第19話 天河石の宮
一同は恐る恐る倒れた女に近づいた。
女はこちらを睨みつけることもなければ、罵ることもなかった。なんか変だ。みどりはこの敵を見た時から感じていた違和感を、今はっきりとより強く感じた。
この女は、まるで自我がないように感じる。
「あんた、操られているのか?」
海王石が女に聞いた。女は無言だった。この女は杖なしで魔法を使えたが、海王石の魔法の縄で今や魔法を使うこともできず、ただ無言でどこかを見つめている。
「負けを認めてくれるかな」
海王石はそう言って、相手に一歩近づいた。
その時だった。女の口から黒い液体のようなものが溢れ出した。海王石は驚いて後ずさった。黒い液体はどんどんどんどん溢れ出し、だんだんと気体のようなものに変わっていった。気体は女の前に渦を巻いて丸い穴のようなものになった。女は、黒いものを吐き出しながら言った。
「天河石サマが、その娘を所望していル。我ラガ宮に招待スル」
その途端、みどりは息ができなくなった。気がつくと、黒い穴に強い力で吸い込まれていた。一瞬のことで、みどりはいつのまにか黒い穴に片手を突っ込んでいた。
「うそ…」
みどりはつぶやいた。
「みどり!」
誰かが、強い口調で叫ぶのが聞こえた。しかし、みどりにはもはやその声すらも遠く感じていた。みどりはもう半身を闇の中に吸い込まれていたからである。みどりは右手を誰かに掴まれたのを感じた。そして、そのまま、闇の中へと落ちて行った。そして、意識を失っていった。
闇の中でみどりは声を聞いた気がした。その声は笑いを含んだ声でエコーして響いた。
「邪魔者が来たかと思えば、これは面白い。連れて来てやるか」
みどりは明るい空間で目を覚ました。そこはどこかで見たことがあるような気がする空間だった。上体を起こして、目を瞬いてわかった。そこは、前にドゼに見せられた、魔界のどこかにある貴族の宮殿だった。部屋こそ違えど、アジアと西欧の混ざったような装飾が似ているので雰囲気でみどりはわかった。
みどりの背後から咳払いが聞こえて来た。みどりが振り返ると、そこにはレオンがいた。
「まったく、面倒なことになった」
「レオンさん、どうして…?」
「好きで来たわけじゃない」
レオンはあの時、みどりの右手をつかんで引っ張ろうとして、一緒に引き込まれてしまったのだ。
「ここが天河石の宮か」
レオンがそう言ったのを聞いて、みどりは自分が今どんな状況に陥っているのか理解した。天河石といえば敵のボスだ。その懐に、招待されてしまったのだ。しかし、なぜ。こんなところじゃ、何が起こるかわからない。みどりは恐怖心に包まれた。
「大丈夫だ。俺がついてる」
レオンが周囲を警戒しながらも言った。
普段だったらこんなくさいセリフを聞いたら吹き出すところのみどりだったが、今回ばかりはそうはいかなかった。レオンがいてよかったと思う一方、自分のせいで危険なところに連れて来てしまったという申し訳ない気持ちにもかられた。
「天河石は、どうしてここに呼んだんでしょう」
みどりがそうつぶやいた時、部屋のドアが開いた。そして、侍女と思われる若い女が二人入って来た。
「みどり様、天河石様がお呼びです」
みどりは心底行きたくなかったが、行かないと行かないで何をされるかわかったもんじゃないからまず立ち上がった。そして、侍女についていくことにした。
レオンがそれに続こうとしたが、
「アメシスト様はこちらへ」
という声がして、もう一人の侍女に別の方向へ連れて行かれそうになった。
「みどりに危険なことがあったらタダじゃおかないって、天河石に伝えとけ」
レオンが、人間界の領事館にいた時を思い出させる暗く低い声で言った。かしこまりました、とみどりを引率する侍女が言った。そして歩き出したので、みどりはそれに渋々ついて行った。レオンの顔を見ると、眉間にしわを寄せて、深刻そうな顔をしていた。最初みどりは、行くのは嫌で泣きそうだったけど、その顔をしゃんとさせた。大丈夫だよ、とレオンに伝え、少しでも安心させる為に。そして姿勢を正し、堂々とその部屋を後にした。
みどりと侍女は長い豪華な装飾の施された廊下を歩き、幾度か角を曲がった。
「こちらの部屋になります。」
連れてこられた場所は大きな扉の前だった。明らかにそこは立派な部屋へと続く扉だった。みどりはゴクリと唾を飲み込んだ。侍女が扉を開け、みどりを中へ促した。みどりは中へ一歩ずつ入った。背後で、侍女がドアを閉める音がした。
みどりの目の前には、玉座の間が広がっていた。そこは広く、幾本もの柱に支えられている荘厳な部屋だった。一番奥の玉座には一人の男が座っていた。
この男が天河石に違いない。
「伝言とやらはわかっておる、案ずるなと先の男に伝えよ」
男が命令すると、侍女はかしこまりましたという意味のお辞儀をして重い扉を開きその場を後にした。
みどりは、この玉座の間に男と二人取り残された。
「さあて」
男は玉座に座りなおすと、みどりに声をかけてきた。
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