第16話 落ち着く
海王石は言った。
「『芳香療法、アロマセラピー』だろ」
「あたり!」
レオンはニイと笑ってそう言った。
アロマセラピー?聞いたことある。
みどりがそう思っていると
「なるほど、植物の香りで気分を落ち着かせてあげるんですね」
とすみれが言った。
「そういうこと。これは植物の精油を用いてやるのが一番だが、魔法を使うことでも同じ効果を発揮できる。みどり、この魔法はもう習ったか?」
とレオン。
「いいえ、まだ」
「そうか。じゃあ、俺のいう呪文に続いて復唱してくれ。植物系のエナジはお前が一番強く持っている。ちょっとコツを掴みさえすれば、呪文と杖を通して魔法を発揮できる。やれるか、みどり」
「できますが……」
みどりは、海王石の方をちらっと見た。海王石はフウとため息をついて言った。
「負けたよ。確かにこの方法ならあのケルピーを落ち着かせてやることができる。よく考えたら、放置してもいつまた襲いかかられるかもわからない。後味も悪いしな。ここで逆らってもあんたたちは曲げないだろうし、私も協力するよ」
レオンは両手をパンと合わせ頭を下げて言った。
「ありがとう!海王石、あんたがいないと何もかも成立しないんだ。そもそもこのまたたびボールを泳がせているのはあんただからね。」
「やると決まったらさっさとやるよ。あのケルピーのところまですぐ戻るぞ」
一行はケルピーのところまで移動を開始した。
その間にみどりは『アロマセラピー』の呪文を教えてもらった。それは外国の言葉みたいで、発音も難しかったが、だんだん言えるようになってきた。そして、『アロマセラピー』の魔法のコツを教えてもらった。
「自分の好きなものを思い浮かべるんだ」
とレオンは言った。
「自分の好きなもの?」
とみどり。
「そうだ。例えば、好きな音楽とか、景色とか、花とか自分が思い浮かべて落ち着くものを思い出すんだ。相手を落ち着かせるためには術者も落ち着いていないといけない。その思い浮かべたものの成分で相手を癒すぐらいの心意気でやらなきゃ、効果は発揮されない。このことはほとんどの回復魔法で必要なんだ。いや、回復魔法だけじゃないな。落ち着くことという意味では全部の魔法で必要か」
「そうだったんですか」
とみどりは言った。
「海王石、教えてないの?」
とレオンが聞いた。
「教えたさ。『落ち着け』ってね。ただ、あんたがいうように詳しいことは教えなかったな」
と海王石がいうと
「なんでだよ!」
とレオンが突っ込んだ。
「落ち着き方は人それぞれだからなあ。教科書にも書いてないし、ていうかそういうこと話すのって結構恥ずかしくないか?みどりが自分でつかんでいければと思っていたんだが……。まあ、今回でレオンが魔法を使うときどんなこと考えてるかおおよそわかったよな。好きな花か。なるほどなあ」
と海王石は言った。
「………」
レオンは絶句していた。
すみれは顔を赤くして唇をぎゅっと真一文字に結んでいた。きっと笑いをこらえているのだろうとみどりは思った。硬派なレオンに花は確かに意外すぎる。
「……花は女子であるみどりに対する例えだよ!ほら、みどり、笑ってないでやってみろよ!」
レオンが言った。
「笑ってませんっ!っっっふふふ…」
「笑ってんじゃねえか!つーか最初から顔に出てんだよ!」
みんな一斉に笑い出した。
そうこうしているうちに、一行はケルピーの近くまでやってきていた。
一行はケルピーから一定の距離を置いた岩場の影に隠れた。
「まず、練習から始めよう」
海王石が言った。
「できるかな」
みどりは思わず呟いた。
「簡単さ。まず、やってごらんよ」
レオンが言った。
みどりは目を閉じて好きなものを思い浮かべた。
好きなもの、好きなもの……
レオンはなんと言ったっけ。花、そうだ。花と言った。私の好きな花はなんだっけ??花、花……
だめだ、花という言葉を思い浮かべるだけでさっきのレオンの顔が思い浮かんでくる。これではまた笑ってしまう。だめだ、落ち着け、ああ…
みどりは目を開けてしまった。
「すみません、うまくできない…」
「もう一回やってみな。別に、さっき言ったものに限らなくていいんだから」
海王石はそう言った。
みどりはまた目を閉じた。
海王石は、落ち着くの得意なんだろうなあ…
すみれも、落ち着くの得意そうだな……結構おとなしいもん。
いけない、そんなことより、好きなもの、好きなもの…
好きな音楽…景色…
みどりは物心ついた時から口ずさんでいたあるシンガーソングライターの曲を思い出した。それから、社会の教科書に載っていた、海の見える、真っ白い壁と青い屋根の建物が連なっているギリシャの写真を思い浮かべた。どちらもとても綺麗だ…
「いけそうです」
みどりは目をパッと開いてそう言った。
「そうか?まだ少し、固いと思うんだが」
とレオン。
「私もそう思う。みどり、呼吸にも気をつけろ。いつのまにか息を詰めているぞ、さっきから。深呼吸して」
海王石が人差し指を立てて注意した。どうやらこの人たちはみどり自身よりも人の気分に敏感なようだとみどりは悟った。みどりは深呼吸した。
「そうだ、いいこと思いついた。みどり、片手を出してくれ」
レオンがそういうので、みどりは左手を出した。
「我が国に古来より伝わる、秘伝の魔法を教えてやろう」
レオンはそう言いながら、みどりの左の手のひらに、レオンの方からみて「y」の字のようなものを人差し指で3回描いた。
「みどり、それ、飲み込んで」
とレオン。
「これってまさか……!!」
「言ったろ?『我が国』における秘伝の魔法だって。」
レオンはウインクした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます