第3話 世界の真実
お前はここに閉じ込められた?
何を言っているんだろうこの人は。
「出してください。」
みどりはレオンとドゼに頼んだ。
「駄目だ。ここには本来普通の人間は来られないようになっている。だが、お前は難なく入って来た。それには何かしら意味があるとみるべきだろう。」
レオンは淡々と答えた。
「お前には魔界に行ってもらう。そこである任務をこなしてもらおう。」
「はぁ!?」
みどりは思わず無礼なほどの大声を出した。
だって魔界って…魔界って…
そんなの漫画の中でしか信じられない。みどりの好きな少女漫画は、魔界から人間界にやって来た魔法少女のお話だった。だが今、逆にみどりは人間界から魔界へ行けと言われているわけだ。
「大の大人が魔界なんて言わないでくださいよ。」
そう言いながら、みどりはレオンの顔へ目を移した。さっきよりもふてくされたような不機嫌な顔を浮かべている。どうやらみどりがものわかりが悪いやつだと思っているらしい。そう思われるのは癪だった。みどりは相手の突拍子もない発言を受け入れることが出来ないながらも、頭が固いやつだと思われるのは嫌だった。
「私に行って欲しければ、そういう世界があるって証拠を見せてください」
みどりは食い下がった。
レオンとドゼは一瞬顔を見合わせて、レオンが先にため息をついて顔をうつ向けにしてそらした。ドゼは相変わらず困ったような顔を浮かべながら、
「ごめんなさい、そういうものの証拠を見せることは出来ないと思うわ。出来たところで、それを信じられない人の頭からはいくらでも否定する言い訳が出てくるものだし。だけど私は、今みどりに会ったばかりだけれど、あなたはそういう人物ではないということはわかっている。レオンも同じよ。みどり、証拠の代わりに、これを見てくれないかしら。あなたならきっと、考えを改めてくれると思うの」
そう言って、ドゼはみどりの目をじっと見つめた。
「一体何を………?」
そう言おうとした瞬間、ドゼの目から不思議な光が放たれたような気がした。そして、不思議なことが起こった。
みどりはいつの間にか知らない土地に立っていた。カラカラに乾いた校庭みたいな土地だ。ものすごく広い。何か大きなものが芋虫みたいに包まれて大量に並んでいる。じっと見続けてそれは大勢の人だとわかった。何かの病気で苦しんでいるのだ。皮膚が黒ずんでいる。
言い様のない感覚がみどりを貫いたとき、みどりは頭の奥から引っ張られるみたいな力を感じた。目の前の光景はぐしゃぐしゃになって混ぜ合わせられた。みどりもその中で一瞬同じように混ぜ合わされたみたいに苦しくなった。と、その感覚はすぐに終わった。
驚きと共に目をしばたくと、今度は別の場所にいた。そこはある町の広場のようだった。人々は大きな円になって群がり、怯えた顔をして何か話し合っている。そこへ大きな男の人がやって来た。皆話すのを止めた。男は群衆から一人の男の子を選び円の中央に連れ出した。その子の母親とみられる女性が、円のなかに飛びだし、男に向かってなにか哀願した。男は手に何か布に包んだ黒いものを持っている。男は母親を蹴飛ばし端へやった。男は子供の首にその黒いものを押し当てた。そしてすぐ子供から手を離した。子供は足に力を失ったと見えて、ぐにゃりとくずおれた。子供は痙攣していた。首筋から、真っ黒い染みがどんどん広がった。染みは子供の皮膚から体中を侵食していくみたいだった。子供は初め激しく動き苦しみ悶えていたが、だんだん弱々しくなった。とうとう頭から指の先まで真っ黒くなった。彼は白目まで真っ黒く染められた目を見開いて動かなくなった。
またみどりは頭の後ろ側を引っ張られる力を感じた。景色が変わった。
みどりはキラキラしたところにいた。目がなれてきて、そこが宮殿か屋敷のようだとわかった。周りには派手な衣装に身を包んだ人ばかりいた。人々は何かに注目している。目の前には不思議な光景が広がった。人が黒くなったり、元に戻ったりしていた。しかしそれは先ほどのような病気や痙攣を起こすものではなく、一種のパフォーマンスのようだった。人々は笑いこけていた。庶民の真似がお上手、と。
景色が歪んでいく。人々の笑う顔もぐにゃぐにゃになっていく。笑い声も遠退いていった。
みどりは気づいたらあの薄暗い部屋に戻っていた。顎から何かが垂れていた。触ってみたら涙だった。みどりははっとしてそれを反射的に手で拭き取った。
ドゼが心配そうにこちらを覗いていた。
「今のは何だったんですか。」
声を出すと、少しかすれた声になっていた。
「今あなたに見せたのは今の魔界の現状よ。あなたは一歩も動かなかったけれど、魔界で起こっている問題の一部を見たわけ。」
「……………」
レオンとドゼはしばらく何も言わないでみどりのようすをうかがっていた。みどりに見せるにはあまりにも大きなショックを与えるものだったのではないか、と思っているのだろうか。それとも、みどりがまた魔界なんて無いと言い出すのを恐れているのだろうか。
でも、みどりはわかっていた。二人の瞳の奥では、なにかを期待しているような強い光が煌めいているのを。
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