頑張り屋のトランペット吹き

wataru

第1話


 トランペット吹きの朝は早い。

 起きるとまず、寝てる間に唇に溜まった水分や老廃物をマッサージと共に流す作業から始まる。

 トランペット吹きにとって顔のむくみは大敵だ。

 唇のコンディションは演奏パフォーマンスに関わるので、ヨガなり、リンパマッサージなり、ラジオ体操なり、なんだってやる。

 トランペット吹きの朝は忙しいのだ。

 マッサージもほどほどに、トランペット吹きは朝食を食べる。

 私はもっぱらハムとオレンジを好んで食べる。

 ビタミンB1を含んだハムとオレンジは、疲労した唇の筋肉を回復させるためにちょうどいいからだ。

 筋肉だって使えば疲労するので、意識的に回復させてやることもトランペット吹きの仕事だ。

 朝食を手短に済ませ気になるあの子からのメールをチェックすると次に、寝起きの唇を起こす作業に入る。

 野球選手や陸上選手が朝からいきなり投球したり走り込んだりしないように、私たちトランペット吹きもまた準備運動から入る。

 具体的には唇を意識的に動かして温め、振動に慣らしていくのだ。

 皆さんは管楽器奏者が朝から唇をブルブル音を立てて震わせているのを見たことがあるだろう。

 今はまさにその時間である。

 ぶるぶるぶる………


 さて、これでようやく私はマウスピースで音を出すことができる。

 長ったらしく偉そうに書いてきたが、本当はこんな事しなくてもいいのだ。

 朝はゆっくり起きて、気になるあの子からのメールをチェックしてニヤニヤするだけでいい。

 私はそんな朝に幸せを感じるがトランペット吹きという仕事に誇りを持っている限り、そこは妥協しない。

 穏やかな朝は休日だけで充分だ。

 え? トランペット吹きの休日はどんなのか知りたい?

 では説明しよう。


 トランペット吹きの休日は、もっぱらトリプルタンギングである──

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