第2話冒険者になった

ギルドの扉を開ける。それは新しい職場を見つけるための大きな一歩だ。これからの人生を左右する大事な局面。

大きな希望と少しの期待、ごく僅かな不安。それを胸に抱いて俺は今扉を開けた。


「はははは!」

「最高だよ!」


大きな笑い声、それに便乗するような周りのはやし立てる声。ギルドの中は実に混沌としていた。期待通りで予想通り。荒くれ者の集まりのような冒険者集団は、ギルド運営の食事処で寛いていた。

酒が入っていないであれだ。酔ったらもっと大変だろう。しかし、それも冒険者の醍醐味。

一瞬だけ俺に視線が集まるがそれは直ぐに喧騒の中に掻き消える。新入りが現れても変に絡むものなどいない。それは少しだけ安心した。

現代日本の平和ボケした暮らしの中では喧嘩のひとつも珍しいのだ。絡まれたら一瞬で逃げ出す自信がある。


受付は入口正面のカウンターだろう。流石に街の中央付近ということだけあって中々広い。正面にある受付カウンターは半円状になっていて、五人の受付係がいる。

冒険者集団は受付に向かって左にある席で飲み食いしているがそれなりに距離がある。きちんと空間を分けているようだ。それでも声が通るのだから恐ろしい。というか少し迷惑だ。

だが、中には理性的な人も居るようでその人達は荒くれ者たちと一定の距離を保っている。

こうして状況を俯瞰していると意外と冒険者の性格が分かるものだ。ちょっと楽しくなってきた。


いつまでも突っ立っている訳にもいかず、受付に向かってまっすぐ進む。

どこに行こうか、どれも今は埋まっている。あ、左が空いた。

迷わずにその列に行くと、案の定綺麗なお姉さんが受付をしていた。種族はおそらく人間じゃない。耳が少しだけ尖っているからエルフか?


「今日はどうされました?」

「えっと仕事を探してて...」

「そうですか。もしかして初めてですか?」

「はい!」


受付のお姉さんは、一目見ただけで見抜いたのか、それともオドオドしすぎたのか。どちらにせよ今日が初めてだということが見抜かれてしまった。

「では、冒険者ですか?それとも一般ですか?」


お姉さんは、俺がわからないと言うと丁寧に一から教えてくれた。


この場合に置ける一般というのは一般派遣という意味で、これは誰でもできる日雇いの仕事だ。例えば側溝の掃除や引越しの手伝いなど。

冒険者というのはある程度の実力と資格がなければできない仕事だ。EランクからSランクまである階級の中で経験と実績を積むことによって、受けられる仕事の幅が増える。中には魔物の討伐も含まれるため、一般の人間は受けられない。しっかりと冒険者証を持っていないとだめだそうだ。

つまり俺は一般の仕事しか受けられない。だが、Eランクであれば簡単な手続きでなることができる。なぜかと言うと、Eランクの依頼には討伐任務は含まれないから。Dランク以上にならなければ討伐任務はない。これも無駄に命を散らさないためのギルドの工夫だ。


「冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。ではステータスプレートを見せください」

ステータスプレートをお姉さんに差し出すと、俺がやってみたのと同じように魔力を注ぎ俺の情報が表示される。だが、ステータスなどは表示されていないようだ。どんな原理かは分からないが個人情報で冒険者の生命線であるステータスは他者は見れない仕様になっているようだ。

「コウタロウ・ウトさんですね、登録完了しました。依頼を受ける時は食堂近くの掲示板をご覧下さい。ランクアップは十回連続での依頼達成でされます。その時はこちらから伝えるので忘れないでくださいね」


お姉さんの説明が終わると早速掲示板へと向かう。

掲示板はEランクからAランクまでの依頼が区分けされ貼られていた。とても見やすい。

「Eランクの依頼は...」


倉庫の掃除、屋根の修理、窓掃除、夜のアリバイ造り、失われた秘宝の発見、なんだこれ。最後のなんか一番意味が分からない。少しだけ詳細を読んでみる。


〈失われた秘宝の発見〉

募集要項...Eランク以上

定員...二名まで

備考...ここホーロレンには失われたコレクター貴族の秘宝が隠されている。それは未来を照らす星が導く先の紅き遺跡に隠されている。


以上だ。

たぶんEランクなのは誰かがふざけてこれを依頼したからということだろう。

変な依頼は無視して倉庫の掃除を依頼する。というかこれ、一般派遣の仕事と何が違うのだろうか。

そう思いつつも、Dランクになれば冒険者らしいことが出来ると思い我慢することにした。



「ごめんくださーい!」

ギルドで依頼を受け、依頼主の元へ来た俺は大きな倉庫の入口で声を張る。

「ごめんくださーい!」

「...」

返事が返ってこない。誰も居ないのだろうか。そう思い一歩倉庫に入ると、


ドガァァァン!!

「どぅわ〜!?」


大きな爆発音と共に奥の部屋から人が飛び出してきた。

「大丈夫ですか!?」


慌ててその人に駆け寄る。白衣を着た七十代くらいのお爺さんだった。

「おや、お主は誰じゃ?」

「えと、依頼で来た冒険者の宇都です」

「おー!掃除の依頼じゃな。待っておったぞ。早速来てくれ」

お爺さんは爆発のことなどまるでなかったとでも言いたげに俺の腕を引っ張っていく。

「倉庫の奥の部屋なんじゃがな...」

お爺さんが転がり出てきた部屋に入るとそこはまさに地獄絵図。


「何してたんですか?」

「新しい魔道具の開発じゃ!」

その過程で失敗し爆発を起こしたと。

部屋の中は色々なものが散乱しているが、一番酷いのは中央部分。そこにあったテーブルと思しき物は形をひしゃげさせ部屋の隅まで吹っ飛んでいる。そしてテーブルがあったであろう場所は床が黒焦げている。

「本当に何してたんですか?」

「火炎石と着火剤を錬成でくっつけて作ったクリムゾンロックボムの試作品じゃ。試しに威力を最小限に抑えたんじゃが上手くいったようじゃ!」

お爺さん的には成功らしい。クリムゾンロックボム(以下閃紅石)は、微弱な雷で発火するらしく、鉱石のため雨の中でも使用が可能。しかもお爺さんが作ったのは威力縮小版。指で挟んで持てる程度の大きさであの威力、野球ボールほどで街の門扉を破壊できるらしい。とても危険な代物だ。

「わしは物を作るのが趣味でな、工芸品を街でも売ってるんじゃぞ。流石に閃紅石は売れないが。というかこれは永遠に封印じゃ。危険すぎる」

お爺さんは閃紅石の資料を部屋の一箇所にある書類の山に積み重ねた。もしかしてあれ全部ボツネタの書類だろうか。少し気になったがあえて触れない。

とりわけ今日の仕事はこの倉庫の掃除ということで話がまとまった。




「やっと終わった!」

時刻は夕方と夜の間くらい。部屋に掛けてある時計に目をやると六時を回ったところだった。

お爺さんとあれこれ協力しながら荷物の整理やいらないものの分別、書類の区別化を行った。

書類の中には国家機密にしてもいいくらい危険なものもあった。お爺さんが作った道具類の中には凄いオーラを放つ箱もあり試しにお爺さんに聞いてみると、

「それは凄いオーラを出すだけの箱じゃ、罠もない。洞窟とか遺跡にあったらそれっぽいじゃろ?」

このお爺さん、ただの子供だった。それもかなり悪戯好きの。呆れて声も出なかったが、お爺さんの倉庫は知らないものだらけで面白かった。

「どれ、もう遅いじゃろ。飯でも食って行かんか?」

「いいんですか?」

お爺さんはそう言うと倉庫の隣の家に入る。まさかの隣接!?

たしかにこれだけ趣味に打ち込んでいる人だったら少しでも移動時間を減らそうとしても不思議ではない。


そう言えばこの人料理できるんだろうか、なんか不安になってきた。

しかし、その不安は杞憂に終わることになった。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「メイド!?」


お爺さんの家にお邪魔すると一番最初にメイドさんが出迎えた。

「いや、メイド型ゴーレムフリアちゃんじゃ。わしの若い頃からの夢なんじゃよ」

メイドにお世話してもらうことですね、分かりますよ。

心の中で静かに賛同しながらメイド型ゴーレムフリアちゃんに目をやる。精巧に作られた体の造形や少なくない表情のバリエーション。そして何より、

「自律型?」

「よく分かったの、フリアちゃんには意思がある。一人の人間と言っても問題ないほどにな」

お爺さんはフリアちゃんをとても大事に思っているようだ。何よりフリアちゃんもお爺さんをとても慕っているようだ。

「ご主人様、お尻を触らないでください」

「痛てっ」

これもお爺さんの趣味だろうか。俺はここに関しては目を瞑ることにした。プライバシーの問題もあるしね。

ちなみにフリアちゃんはとても優秀だった。掃除洗濯家事炊事。護衛から歌、マジック全てにおいて平均的な冒険者のレベルを超えていた。このお爺さんの趣味に生きるのを支えているのだ。並の人間に出来ることじゃない。人間じゃないけど。


この日はお爺さんの家に泊めてもらい、次の日にギルドに報告に行くことにした。

お爺さんの家を出る時、お爺さんがひとつのアイテムを持たせてくれた。


「これは歩いた道を自動でマッピングしてくれる便利なアイテムじゃ。お主は冒険者じゃろ?それは土産じゃ」

「ありがとうございます!」

このお爺さんの作る品はどれも一級品、ではないな。くだらないものも作ってる。でも発想は凄いし、それを実際に作ってしまう技術も凄い。もしかしたらどこかの国の技工士だったりして。

俺は早速お爺さんから貰った指輪型のアイテムを装備した。魔力を流すと自分の周辺図が表示され、それは行ったことがある場所なら任意で表示が出来るというもの。お爺さんの家にストックが三つあった。これはその中でも一番出来が良かったらしい。本当に、このお爺さんには世話になってばかりだ。今度恩返しに来ないとな。


この恩返しは遠くない未来に叶えられることになるが、俺はまだそれを知らない。


──────────────────

〈ステータス〉

宇都光太郎 15歳 男 Lv1

職業:冒険者

体力50

敏捷50

筋力50

耐久50

魔法50


〈スキル〉

・バク修正...任意の対象に干渉する

・異世界言語...異世界の言語が話せる

・ステータス...自分の能力を視覚化する

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