ロボティック・リ・スタート ~戦火の卒業式~

鰹 あるすとろ

本編




「遂に、最後か……」





 そう、高校生である俺―――「栗駒くりこま雄士ゆうし 」が呟いたのは、3月の1日のことだった。


 今日は学生生活の最後の日、卒業式。

 クラスの全員と共に過ごすのは、ほぼ最後の機会だといっても間違いはないであろう貴重な日だ。


 ―――私立、蒼風学園。

 それがこの学校の名だ。

 今年で学校設立から30年という区切りのいい歴史を持ち、全校生徒は1000人を超える所謂マンモス校である。

 だが30年前はそれが全学年の生徒数が4桁に満たない小さな分校のような学校であったというのだから驚きだ。


 学校の特徴としては特段特筆すべきところはない。皆思い思いの学園生活を送っており特に何か問題があるわけでもない、至って普通の、可もなく不可もない学校。


 ―――だがそのこともあり近年まで部活動も大した記録を残すこともできず、誰もが無気力な学校だったことは否めなかった。



 だが、今年、ついにある部活が歴史上初めて大会に優勝した、ということでにわかに活気づいている、というのが私立蒼風学園の現状だ。



 そして、先述した通り今日は卒業式。



 今頃は皆、一時間後に迫った卒業式を前に教室などで談笑をしている頃だ。

 三年間の思い出に浸ったり、これからの展望を話したり―――話題は尽きないだろう。

 それもそうだ、生徒の個性が十人十色なら、その進路もまた十人十色。


 誰もが違う道を歩み、そしてどこかでまた再会した時にまた笑いあう。

 それこそがきっと、「学生生活」というやつの醍醐味なのだ。



 周りがそんな風に校内で過ごしているなか、俺―――否、俺たち三人は、揃って学校の屋上に来ていた。

 そこには、まるでプレハブ小屋のようなあまり大きくはない部屋がある。



 そして何を隠そう、そここそが、俺たち「ロボットバトル研究会」―――通称「ロボ部」の部室だった。


 部といっても、メンバーは三人だけ。


「辛気くせぇぞ、雄士!」



 一人は、勇ましい口調で俺に話しかけてきた彼、「亘理わたり総一そういち」。

 彼は元々部活などに興味はない不良だったが、偶然俺のロボットの起動試験に立ち会い、話が弾んで意気投合。一緒にロボ部を取り立てていくことになったのだ。


 それからというもの、実家が製鉄所だったこともあり、諸々の設備を使わせて貰えたりもして大変世話になった。

 不良とはいったものの実際は気のいいやつで、俺たちと共に部活動をするようになってからは教師達からの印象も大きく変わったようだった。


 ……彼と共に修学旅行で女風呂の覗きを敢行し、後述するもう一人の部員と絶交しかける事態になったのも、今ではいい想い出だ。



「そうだよ、これから学生生活最後の大イベントなんだから、笑顔でなきゃね!」


 そしてもう一人の部員、「鬼首おにこうべさな」。

 元々俺の幼なじみだった女の子で、幼稚園からずっと同じ学校に通い続けていた親友。

 とはいえつい最近までロボットには一切興味を示さず、俺の趣味にもあまり理解はなかったのだが……


 俺と総一が楽しく部活してるのをつまらなそうに見ていた彼女に一度試しに、とロボットのリモコンを渡して操縦させてみたところ、その才能を開花。

 元々アクション系のゲームが好きだったこともあり、その操縦スキルは俺や総一以上だったのだ。


 本人もその楽しさに目覚めたのか、それ以降はずっとこの部室に入り浸るようになっていった。


 明るいブラウンがかったショートヘアーに、体型は極端にスレンダー。極端に、全身くまなくス。


 なぜそんなことを知っているかと言われれば、先述した通り見たからである、修学旅行のときに。

 その時の怒り様といったらすさまじく、「対価に二人の裸を見せろ」と言われた時は撮られてネットにフリー素材として流出される覚悟をしたものだ。





 ―――そんなこんなと波瀾万丈ありつつも、三人で仲良く三年間やってきた「ロボ部」。


 もちろん楽しいことばかりではなかった。

 先述した覗き事件が霞むほど、シリアスな事情で友情が壊れかけたこともあったし、大会で他校に完膚なきまでに機体を叩き壊され、心が折れかけたこともあった。


 廃部の危機もあったし、総一が冤罪で退学になりかけたことだってあった。



 だがそんな中でも三人で支えあい、理解しあいそれに耐えた。

 そんな困難を乗り越えたからこそ得られたものが確かにあったのだ。



 ―――全国高等学校ロボットバトル大会、総合優勝。


 プレハブ小屋に飾られた黄金のトロフィーは、今でも俺達の誇りだ。

 血と汗と涙。その結実がそこにはある。


 来年からのロボ部の引き継ぎも完璧だ。

 優勝が決まってからは、入部希望も殺到。

 来年からは同好会ではなく、正式に「ロボ部」として認可される運びとなったのだから。


 入ってきた後輩も将来有望だ、中には総一の弟もいる。

 きっと彼等なら二連覇だって夢じゃない、そう確信できるほどに。


 それにそれだけではない、今では学校全体が活気に包まれている。

 教師からしてやる気のなかった運動部も、喋ってばかりで活動をまともにしてなかった文化部も。


 皆応援席で俺達の勝ち取った「優勝」の二文字を見たそのときから、今までとは比にならないほどに勢いに乗っている。


 受験に来た中学生の数も増加したというし、これからも蒼風学園は、各分野で躍進し続けるに違いない。



「うん……分かってる」


 だから、安心して旅立てる。

 後進にすべてを託し俺達は俺達の新しい道を―――青春を、歩んでいける。


「―――最高の卒業式にしよう、二人とも!皆で!」


 それぞれの進路、その向こうへと。

 その為の通過儀礼―――卒業式がこれから始まるのだから。




「ここにいたのか、ロボ部のみんな」



 そんな折、屋上の階段から声が響く。



「先生……」


「……卒業、おめでとう。君達がこの学園を去るのが名残惜しいよ、私は」


 現れたのは、ベージュのスーツに身を包んだ壮年の男性だ。

 その男のことは、この学校の誰もが知っている。


 ―――「牡鹿先生」、この学校最古参の先生にして、我がロボ部の顧問をも長年続けていてくれている人物だ。


 なんでもこの学校が設立されて最初の年の入学生らしく、当時は機械いじりが趣味だったという。


 だからだろうか、俺達三人が「ロボットバトル研究会を設立したい」と伝えた時、真っ先に顧問になると言ってくれたのは。




「もう、気が早いですよ先生。それに俺達皆、三年間かなり迷惑かけちゃいましたし」


 俺はそういって、少し頬をかく。

 これは謙遜でもなく、本当に、どうしようもなくその通りだった。


「そうだな、だが君達のことを迷惑だなんて、私たちは一度たりとも思わなかったさ。……流石に学校の天井に穴を開けた時はどうしようかと思ったが」


 この三年間の俺達三人のやらかしっぷりといったら、全校に名前が知れ渡るほどだ。


 例をあげるとすれば下記四点。


 ロボ試作1号機の大破による爆発に始まり、修学旅行での女湯覗き騒ぎ。

 果ては他校との乱闘未遂(これは完全に向こうに非があること)や、誘拐事件の被害者になるなんてこともあった。


「あはは……その節は大変失礼致しまして……」


「それもまぁ、今となっては良い思い出だがね……私達の世代は卒業式どころかマトモな青春を送ることは叶わなかったが、皆には素晴らしい有終の美を飾って貰わねばな」


 先生はそういうと、空を仰ぐ。

 それは何かに想いを馳せるような表情だったが、どこか曇りがちなようにも思える。


 そしてそれ以上に気になったのは、先生自身の言葉だった。


「卒業式どころではって、それって……?」


 30年前に何かが起きただなんて、聞いたことがない。

 だが先生の言葉通りに受け取るなら、卒業式も学生生活も、別のなにかの影響で送れなかったということになるだろう。


 だが、それは一体何が原因だったのか。

 あまり踏み込まない方がいい話題だということは十分に察知したが、それでも気になるものは気になる。


「……ほら、さぁ早く体育館へと向かおう。みんな―――」


 だが、先生はまるではぐらかすように目をそらす。

 それに疑問を抱いた俺たちは、不意に声をかけようとして―――、



 ―――その瞬間だった。




「ッ、なんだ!?」



 学校中へと、異音が響き渡ったのだ。


「なに、この曲……?」


 それはまるでオルガンの演奏のような音で、荘厳な音楽のようでありながら、どこか不安を掻き立てるような不協和音。

 そしてそれが一頻り掻き鳴らされ、音が止んだその瞬間。




 空に、穴が開いた。



 ―――それは比喩でもなんでもなく、有りのままの感想だ。

 青空に巨大な穴が開き、巨大な何かが這い出してくる光景。


 それはそこから加速度的に広がる黒雲と共に、人々の心を恐怖と混乱に塗り込めた。





「なに、あれ……」



 階下が騒然とするなか、学校の屋上で俺達は呆然と立ち尽くす。

 だが、そんななかである人物だけは、焦りながら確かに確固たる言葉を発した。


「……まさか、このタイミングで復活したのか……ッ!?」


 ―――牡鹿おしか先生だ。


 そしてその口ぶりは明らかにこの異変と、あの異物の正体に検討が付いているかのようなもの。

 それに疑問を抱いた俺は、思わず質問をする。


「先生?あれを知って?」


「……」


 その言葉に、先生は沈痛な面持ちを浮かべる。

 そんな反応を受けて、俺は何も言えずにさなや総一と顔を見合わせて―――、




『あー、マイクテス、マイクテス!』



 ―――そのときだった、声が響き渡ったのは。



「なんだ、この声……?」


 それは直上、空に開いた大穴から響き渡っていた。

 突如聞こえた声に、学校やその近隣にいた人々は、思わず空を見上げた。


 そして、目にしたのだ。


 ―――巨大な異形の怪物が、その中から這い出してくる光景を。


 怪物の姿はまるで生き物のように有機的で、それでいて各部に金属めいた意匠がある、まさしく化け物のそれだ。

 その顔は龍人を想わせる形で、頭部には禍々しい角が生え煌めく。


 ―――そんな化物が突如発した声明。


『聞こえるか、この世界の民共よ!我が名はエスケイピス、異次元より出でた、滅びの使者である』



『突然だが今ここに、この惑星に生きる生命の破滅を伴う、ゲームの開催を宣言する!』



「な―――」



 その突然かつ無慈悲な言葉に、誰もが自らの耳を疑った。

 何故、よりにもよって大切な卒業式の日に……!?


 数多の疑問と困惑、そして恐怖が浮かび、立ち尽くすしかない俺達。

 だが、その隣で牡鹿先生は、ぼそりと呟く。


「……奴はエスケイピス、30年前、私達が高校生の頃にこの学校に現れた、異次元生命体だ」


「奴は突然現れ、その数時間後に分裂を始める。それを許してしまえば、もはやこの星の運命は……」



 ―――突然そんなスケールのでかいこと言われても!?


 俺達は思わず耳を疑った。

 先程まで寂しくも楽しい卒業式に思いを馳せていたというのに、突然やってきた世界の終わり。


 突然のことに、飲み込めと言われても咀嚼できないのが正直なところだった。


「そんな急に…なにか打つ手とはないのかよ!?」


 俺の隣で総一が声を荒げ、先生に掴みかかる。

 その行動が怒りからではなく、言い様のない不安からのものであることは付き合いの長い俺たちにはよくわかった。


 そして身体を揺さぶられる先生は、少し俯きながら呟く。


「……兵器は―――ロボットはある、だが、それには操縦士が……」


 対抗する兵器、それもロボットがある。

 そして、操縦士だけがいない。


 ――その言葉に、俺はある決意を抱く。

 不安はあるし、恐怖もあるし、この急転直下な状況に文句の一つも言いたい。


 だけど、今はそんなことを言っていられる状況じゃあなさそうだ。



「―――ロボットがあるなら、俺乗ります!」


「お、おい雄士、なに一人でやろうとしてんだ!」


 俺の突然の宣言を前に、仲間二人は驚いたように目を見開く。

 だが、それは戦いにいくことへの物言いではなく―――、



「俺も、俺も乗る!こいつだけに危ない真似はさせねぇ!」


「わたしも、二人に置いてかれるのはやだよ!」



 俺が、怪物を倒しに一人で行こうとしたことへの文句だったのだ。


 ―――あぁ、全く。


 俺たちはどこまで行っても、三人で一つの一蓮托生、最高の仲間らしい。


「……先生、ロボットには、俺たち三人で乗る!」


「三人とも……」


 牡鹿先生はただ、申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 だがその表情はすぐに引き締まった決意を持った物へと変わり、俺たちを屋上から校舎内に降りる階段へと、案内をしたのであった。


「……分かった、着いてくるんだ!」





 ◇◇◇




 職員室に隠されていた、謎のエレベーター。

 その中に乗り、俺たち四人は未知のエリアに向かっていた。


 ……まさか、学校のなかにこんなところがあるだなんて。

 驚く気持ちは隠しきれない、だが今はそれどころではないのだ。


 そして小さな揺れが俺らを襲い、ゆっくりとエレベーターの扉が開く。


 ―――瞬間目に入った光景に、俺達は目を見開いた。


 そこに広がっていたのは、およそ学校とは思えない光景だ。

 辺り一面に張り巡らされた配線と、そこら中に無造作に置かれた見たこともない機械達。


 それらには一様に計器のような物が取り付けられており、なんらかのデータ―――もしくは出力された数値を計測するためのものであることが伺えた。


 そして、その中心。その数多の機械から伸びた無数のケーブルが聚合しゅうごうした先に、それはあった。




「これが……!」



 ―――そこに鎮座していたのは、巨大な人の形をした機械。

 全身を鮮やかな白と、コバルトブルーに塗り込めたその装甲を燦然と輝かせ、今まさに羽ばたかんとしているかのような躍動感すら感じさせる強い意思の結晶。


「あぁ、そうだ。対異次元生命体用戦略決戦人型機動兵器―――」


 先生はそれを背に、宣言する。

 突如現れた怪物への唯一の対抗策にして、無数の生徒達の青春が詰まったこの学園の防人の鎧。


 ―――その名は。



「―――ΩMEGAオメガ YOUTHユースだ」




 ◇◇◇




 時は流れ、数分後。

 あの巨大ロボットの前に呆然と立ち尽くしていた俺たちは、既にそのロボットの操縦席へと乗り込んでいた。


 機体はどうやら元々3人乗りだったらしく、ロボ部の三人は亘理、俺、さなの順で奥から席についた。


 俺が座るのは二人の席より前方に突き出たもので、メインパイロット用の物のようだ。

 席前方には巨大なスクリーンが設置されており、まるで窓があるかのように外の様子を写し出している。


 そして、その写し出された地下の風景のなかには、機体の最終調整を行う先生の姿が見える。


 そしてそれが終わったのか、先生は機器に取り付けられたマイクで通信をしてきた。


「よし……出撃準備完了だ」


 言葉とは裏腹に、先生の声は浮かない。

 そこに秘められた気持ちは、きっと心からの謝意。そして―――、



「……これを作るために、私達は青春を捨てた。エスケイピスを発見してしまい、どうにか増殖前に再封印したあの日から」



 ―――後悔。

 それだけが、先生の中に渦巻く想いだと俺達は言葉から悟る。

 30年間この学校に居続け、こんな兵器を作ってまで彼がやろうとしたのはきっと、懺悔と贖罪。


 その鬱屈とした想いと執念を何年も捨てられずに生きてきた先生の苦悩は、俺達には計り知れないものだろう―――当然だ、俺達は未だ18歳になったばかりの子供なのだから。


 ―――だけど。


「だがそのせいで、君達の卒業式を、滅茶苦茶に―――」



「まだですよ、先生!」


 ―――だけど、これからその苦悩を取り除くことはできる。



「……?」


 先生はその言葉に、驚きと疑問の色を表情へと映し出す。


 ―――そうだ、そうなのだ。


 奪われた青春は帰ってこない。

 これからの戦いだって、もし相手を倒せなければ、俺達も先生と同じ道を辿ることになるのかもしれない。


「俺達の卒業式は、まだ始まってない!だから、アイツをさっさと倒して始めるんです、青春よを!」


 ―――なら、倒せばいい。

 俺達と先生の力で、奴を打ち倒す。

 そうすれば俺たちの青春は護られ、この世界も取り返せる。


 そしてきっと―――、


「―――そして、先生達のこれからの青春も、きっと!」


 先生と、共に在ったという仲間達が歩むはずだった青春。




「だから……行きます!」



 その全てを奪取する為、人類生存、学校存続の未来を賭けての戦いが、今始まる。



「―――ッ!分かった、発進シークエンス、スタンバイ……!」


 先生は思わず目元を拭い、そして操作を始める。

 その涙が意味するところは俺達には推測しかできない。


 だから、今は。


「学生用プール内隔壁緊急展開、発進カタパルト構築!」


 ―――機体後方の垂直カタパルトから連結音が響き、天井の一角がゆっくりと開く。


 サイレンが鳴り響き、地下区画各所に設置された回転灯が一斉に回転し紅く輝いた。

 それと共に機体背部のバーニアから煙と蒼いの炎が吹き出し、そして。


「今だ、三人とも!」


「「「オメガ・ユース、出撃!」」」



 俺達は蒼き巨人と共に、地上―――仲間達が騒然とする慣れ親しんだ学舎へと、飛び出していくのであった。




 ◇◇◇





 照りつける太陽を遮るように産み出された黒い雲。

 その下で、侵略者―――「エスケイビス」は、増殖の準備の為力を貯えていた。

 黒い曇天はみるみると広がっていき、今や学園全体を覆わんとしている。


 だが、エスケイビスがそれを一瞥した、その瞬間。


『ん……?』





 突如響き渡った異音と共に雲から、一筋の光が射す。



 ―――そう、雲が、突如として真っ二つに分断されたのだ。



『な―――』



 そして割れた雲の向こう、突き抜けるような青空のその最中から、何かが学園へと降下する。



『な、なんだ貴様は!?』



 それは、全身を空のような白と蒼、そして赤で覆われたヒロイックなカラーリングの鉄の巨神。

 その背中には四基のバインダーが翼状に取り付けられ、それは不規則に七色の光の粒子を噴出する。


 そしてその燐光の煌めきと共に呼応するように、俺達は声を、宣言を発した。




『―――我ら、蒼風学園ロボ部部員!』


 俺達は支配に対する反旗の声を高らかに上げる。


『栗駒雄士!』


『亘理総一』


『鬼首さな!』



『『『―――オメガ・ユース、見参!!!』』』



 これは宣言にして、宣戦布告だ。



『―――な』


 エスケイビスは突然の俺達の登場に呆気を取られたのか、リアクションすら出来ずに固まっている。


 ―――ならばそこが付け目、速攻あるのみ!


『行くぞ、二人とも!』


『『おう!』』


 俺達は操縦棹を強く握りスロットルを上げる。

 それに呼応するように機体の背部ブースターからの光が強く、煌々と迸り熱を上げる。


 そして、それを―――一気に解き放つッ!



『な、速いッ!?』


 エスケイビスがそう認識した瞬間に、オメガユースの機体は彼を追い縋っている。


 そしてエスケイビスがそれに気付き、振り向こうとした瞬間。



『―――グォォオオッ!?』


 すれ違い様に振るった剣の切れ味が、遅れて反映される。

 エスケイビスの左腕は大きく切り裂かれ、その切れ目からは赤色の光が絶え間なく噴出したのだ。


 それはまるで血のような色。おそらくそれは、エスケイビスを構成する物質に他ならない。


 そのダメージを確認した俺達ロボ部の駆るオメガユースは、直ぐ様反転、次の攻撃に移る。

 もはや時間はあまり残されていない、奴が分裂を始めれば、俺達の卒業式は愚か、人類の未来すらやってこなくなってしまう。


 ―――そんなこと、認められるか!



『武装は……これか!』


 横から聞こえる総一がコンソールを操作し、武装を選択する。


 <Friends-bit [Activate.]>


 その表示がなされた瞬間、機体背部のバインダーが機体より分離する。

 四基のバインダーは、そのまま浮遊し遠隔攻撃端末として機能するのだ。


「さな、俺らでこれを制御するぞ!本体の操縦は雄士に!」


「うん、わかってる!」


『了、解!』


 俺達はそれぞれ役割を分担し、操縦を行う。

 咄嗟のことでも問題なく対応できるのは、この3年間3人でずっとやってきたからこそだ。


 そう、その連携、信頼、そして絆こそが、あの怪物を打ち倒すのに必要な鍵となる!


『いけ、F フレンズビット!』


 分離したバインダーは「Fビット」となり、前方へと推進する本体を優に追い抜いて攻撃対象、エスケイビスの元へと突貫する。


 その動きはずっとロボ部で操縦をローテーションで回してきた俺らならでは。

 片方のビットを左方から向かわせながら、もうひとつのビットで右方へと操作することで相手の逃げ道を塞ぐ構えだ。


 それを迎え撃とうとするエスケイビスであったが、同時に四方向から変則的に攻撃をしてくるビットに、反撃どころか防御をすることすら敵わない。


 ビットから放たれた無数のエネルギー弾は真っ直ぐにエスケイビスの肉体を捉え、その体表を焼き焦がす。


『グ、ウゥ……!』


 だがその傷穴は、ゆっくりとではあるが塞がろうとしていた。

 恐らくはエスケイビスの回復能力によるものだ。

 分裂体精製用のリソースを負傷箇所に回すことによって自身のダメージを補完しているのだろう。


 だが、それは奴の目的の達成が遠のいていることと同義だ。


 それに気付いた俺達は、負傷箇所を狙って再度機体を反転、追撃の構えへと移行しようとした。


『なんとしても、分身前に倒す!』


『ほゥ……俺の侵略方法はお見通しか……だァが!』



 しかし、振り向いたその瞬間。



 ―――目前からエスケイビスの姿が、消える。


「ッ、どこだ!?」


 俺は思わず、狼狽えてしまう。

 先程までの優勢はどこへいったのか、相手が消えたというただシンプルな事実は、俺の精神へと大きく負荷をかけた。


 ―――張りつめていた緊張のなかで忘れようとしていた恐怖が、一度に押し寄せてきたかのような、そんな気味の悪さ。


「……雄士、上!」


 だが、そんな雑多な思いも隣の親友の言葉でかきけされ、ふと我に変える。

 そうだ、こんなことで怯えてなんてられない。俺の操縦の如何で、両脇でサポートし共に戦ってくれた仲間の、親友の命がかかっているのだ。


 俺は恐怖を拭い去り、空を扇ぐ。


 見るとエスケイビスは空中に跳躍しており、その右腕を槍のように変形させて真っ直ぐに降下してきていた。


『くっ!』


 俺は身を捻るように、その攻撃を間一髪で回避した。

 奴の腕槍は機体の胸部をかすり、激しく火花が散る。だが、それは掠り傷にも含まれないほどの軽微な損傷だ。


『うぉぉぉっ!!!!!』


 俺は臆せず、右腕部の拳を握りしめて相手へと繰り出す。

 それを左手で受けようと、エスケイビスもまたその手を前へと繰り出す。


 ―――だが、拳が触れあう瞬間のビットからの射撃により、エスケイビスは手から注意を反らされる。

 そして振るわれた拳は散漫となった手を、確かに撃ち貫いたのだ。


 その勢いで、大きく吹き飛ばされるエスケイビス。


『ちィ、……だがァ!』


 だが直ぐ様体勢を建て直すと、奴は空中に飛び上がり胸元に手を翳す。


 その瞬間、小さな光球がエスケイビスの翳した手の間に産み出される。そしてそれは時間がたつと共にみるみる巨大化し、遂にはエスケイビス本体と同等の大きさへと至った。


 ―――あれは、まずい!


「二人とも、ビットを!」


「分かってる!」


 俺は空中で機体の腕を大きく広げ、胸を張る。

 すると胴体よりジョイントパーツが前方へと展開し、そこにFビットが四基、プロペラ状に接続される。


 ―――それと同時に、エスケイビスから光球が発射される。

 あのエネルギーは爆発的破壊エネルギー、万が一にも学校に着弾してしまえば、学校は崩壊どころか消滅することだって有り得る。


 だから、なんとしても防がなければ―――!


『―――シールドォッ!!!!!!』


 機体腕部に接続されたFビットから、放射状に光の壁が構築される。


 そして、そこに巨大な光球が着弾し―――



『ぐ、うぅ……ッ!』


 その破壊力が、遺憾なく光の盾へと発揮される。

 幸いまだ眼下の学校や街に被害はないが、もしもこの盾が破壊されてしまえばあるのは崩壊のみだ。


 つまりは俺達が、最後の砦。

 エネルギーの一欠片だって、ここから先へ通すわけにはいかない―――!


 掲げる光盾にかかる負荷はその時間経過と共に増大し、オメガユースの機体はゆっくりと、だが確実に地上側へと押しやられている。


『ぐ、う……ッ!』


 だが、耐えねばならない。

 この光球が消滅するその時まで、この手を離すわけにはいかない。


 ―――その決意が、祈りが、天に届いたのか。


『……チィ』


 エスケイビスの舌打ちと共に、光球はついに消滅する。

 おそらくはエネルギー切れだ。エスケイビスは分裂用のエネルギーを温存するために、力の供給を止めたのだ。


 勿論最大出力であれば、オメガユースごと地上を焼き払うことも容易だっただろう。

 だが、エネルギーを使い果たしてしまえばエスケイビス自身とて消滅してしまう。だからこそ、ある程度のリソースしか割くことが出来なかったのだ。



『……ふん、まぁいい』



 光盾を解除し再度戦闘体勢を取るオメガ・ユース。

 それを前に、エスケイビスは未だ見下すような姿勢を取り続ける。


『戦い慣れしていない貴様らを打ち倒すことなど、造作もない……せいぜい我が侵略ゲーム、その最初の脱落者のしてくれようゥッ!』


 それは本人の慢心からの勝利宣言。

 だが、彼にはそれを実現をするだけの力が確かにある。だからこその説得力。




『……ゲーム……ッ!?』


 ―――だがその言葉が、俺の琴線に触れた。



『あぁそうだ、我が分裂体同士で、貴様ら下等生物を如何狩っていくか、それを競うゲームだ!』


 ―――ゲーム。

 確かにアイツはそう言った。

 分裂した自分同士で人間を狩り、その成果を競うのだと。つまりは遊興で、人々の命を弄ぼうという目論見なのだろう。




 そう、老若男女、無差別に、だ。



『―――ふざ、けるなぁ……ッ!!!!!!』


 俺は歯を食い縛り、吐き捨てるように叫ぶ。

 義憤、なのだろうか。だがそうと呼ぶにはあまりにも苛烈な闘志を伴ったものが、俺の胸中に渦巻く。


 人類全員、皆それぞれの生活がある。

 それは辛いものかもしれないし、もしくは楽しいものかもしれない。残り短い幸せなものであるかもしれないし、これから続く長い幸せへの期待のがあるかもしれない。


 ―――俺達のことだってそうだ。

 進学する者、就職する者、それは当然様々。

 百人居れば百通りの、それぞれの未来があるのだ。

 そんな吸いも甘いな詰め込んだこんな世界だからこそ生きている甲斐があるのだと、楽しいのだとそう信じて生きてきたつもりだ。




 だがそれを、あの怪物は物見遊山の遊び気分で破壊する?


 こんなにもいとおしく、こんなにも美しい世界を、気分と一時のカタルシスのためだけ汚すのが、彼の使命だと?





 ―――冗談じゃない、冗談じゃあないッ!!!



 俺は機体のスロットルを強く握りしめ、機体の出力を最大出力へと引き上げる。


「―――頼む二人とも、俺に力を……」


「力を貸す、じゃねえだろ、雄士!」


「うん、だってもう私たち、一つなんだから!」


「……そう、だったな」


 二人の言葉に、俺は目を覚まされたような気持ちになる。

 そうだ、俺達ロボ部は既に一つ。このロボットに乗った時点で、その命運は常に共にある。

 力は借りるものなんかじゃなく、既に一つに束ねられていたのだ。


 ……ならば、やることは一つ!



『『『行くぞッ!!!!!!』』』


 ―――刹那、Fビット射出後の骨組みのみとなったバックパックから、光の翼が展開する。


 機体はふわりと宙へと浮かび、機体各部の出力が爆発的に上昇する。


 もうエスケイビスの分裂開始まで時間も乏しい。となれば、一撃必殺を見舞ってその息の根を止めるしか、学校を、この町を。


 ―――この地球を、護る術はないッ!!!


『うおぉぉぉぉッ!!!!!!!!』


 瞬間、機体が光となって加速する。

 向かう先は当然一ヶ所、エスケイビスのその身体のみ。



『ぐォあッ!???』


 光の如き速度のタックルを受けたエスケイビスは、思わず苦悶の声を上げる。


 だが、その加速は止まらない。

 エスケイビスを掴み上げたまま、オメガ・ユースはみるみる加速しながら空へと飛翔する。



 ―――もはや、地上は遥かな遠く。


 もはや学園がどこかも判別できないほどの高空で、オメガユースはエスケイビスを宙へと投げ放る。




『遊び、ゲームとして人を殺す……お前はそういった……だが!』



 俺は、俺たちは拳を翳す。

 目の前の純粋悪、その腐りきった野望を打ち砕き、平和を、みんなの未来を勝ち取るために。



『そんなくだらない理由で!人類の命運を、俺達の卒業式を、俺達の青春をッ!』




『これ以上……奪わせて!たまるか―――ッ!!!!!!』



 その声と共に最大出力で、殴りかかるオメガ・ユース。

 その拳はもはや度重なるダメージで磨耗しきっているが、構うものかと俺は振りかざす。




『雄士、ビットを腕部に!』


 不意に響く、総一の声。



『分かってる!』



 それと共に宙を飛翔していた四基のFビットが一転オメガユースの元へと突貫。

 そして一基ずつ腕部のジョイントへと連結し、その腕は拳を必要としない、巨大な近接兵装へと変貌を遂げる。


「エネルギー出力150%だよ、雄士!」


 叫ぶ、さなの声。


 二人の声とアシストが、俺の拳を支えてくれる。

 溜まりに溜まったエネルギーは臨界を迎え、もはや拳は光の槍と化しその余剰エネルギーを帯状に背部へと垂れ流しているのだ。



 ―――あぁこれなら、倒しきれる!



 その確信の矢を、向かう天敵を突き立てるべく、俺は叫んだ。


『喰らえ!これこそが、青春の一撃ッ!』




『―――プライム、インパクトォォォォォッ!!!!』



 着弾する、拳槍。


『がァァァァァァァ!????』


 その光は易々とエスケイビスの腹部を貫通し、そこから螺旋状に光を伴った衝撃波を放出する。

 その竜巻の如きエネルギーの奔流は確実にエスケイビスの身体を分解し、破壊していく。




『こんな、俺のゲームが、野望が!こんな簡単にィ―――?』



 響くのは、エスケイビスの信じられないといった様子の声。


 そしてついに、その身体を完全に突き抜けてオメガユースの機体は熱に晒されながら地上へと急降下。


 そして学校の校庭へと墜落するその瞬間に背部に舞い戻ったFビットより光を放出し、まるで鳥が地に降りるかのようにゆるやかにオメガユースは着陸をした。


 そして俺は叫んだ、勝利の叫びを。


『―――これが、学園生活最後の花火だ!』


『ぬ、ぐワァァァァァッ!!!!!!!!』



 ―――断末魔と共に膨大な大きさの光球となりて爆発するエスケイビス。

 これが地表近くであれば、日本列島の半分近くは消滅したのではないかというほどの規模のその爆発は、空を鮮やかな紫色へと染めた。



 それが、あまりにも場にそぐわず美しく。



 人々は皆、その巨大な花火を呆然と見上げることしかできなかったのであった。




 ◇◇◇






 着陸したオメガユースは、それと同時にその活動を停止した。

 戦闘のダメージの蓄積によるものなのか、そもそものシステムが壊れてしまったのか、それは分からない。


 だが、俺たちはこう解釈した。


 ―――30年越しに使命を果たし、こいつも満足して逝ったのだと。



「みんな……!」


 そんなオメガユースの足元で、先生は涙をこらえながらこちらを見つめる。



「―――先生、俺たちやったよ」



 俺たち3人は機体から降り、先生を正面から真っ直ぐ見据えそう告げる。

 それを見て感極まった先生は、ひとすじの涙と共に呟いたわ


「……ありがとう、ありがとう!私たちの30年も、死んでいった友も!」





「これで、心置きなく死ねるというものだ……」


 何も悔いはない。

 これでもいつでも死ねると、そう独白しようとする先生。


 だが。


「―――人生の目標、達成するのはまだ早いよ、先生!」


「雄士くん……?」


 俺はたまらず、そう叫んだ。

 先生はもう全部が完結したと、そう呟いた。

 だが、違う。まだ全部を達成したなんて言えるわけがない。



「俺達の卒業式は、これから始まるんだ!そしてきっとそれは、先生の卒業式でもある」


 先生はこの30年間を、全てエスケイビス妥当のために犠牲にしてきたという。


 ―――30年。それはとてつもなく長く、未だ18の僕たちには想像すら出来ないほどの年月だ。


 だからこそ、思ったのだ。

 それを亡くしたまま、ひっそりと息を引き取るなんて、割りに合わないじゃないか、と。


「―――取り戻すんだよ、アイツを倒すために使った時間を!今からだって、楽しいことはいくらでもできる!」


 物を知らない若者だと嗤われても構わない、それでも俺はそう言いたかった。

 だって先生には、この30年間を取り返し幸せになってもらわなければ、とてもじゃないが不合理だ。

 それを取り返すためなら、俺たちはなんでも協力する。


 そうだな、まずは先生が以前好きだといっていたゲートボールでも薦めてみよう―――



「……あぁ、あぁ……!」


 ―――先生は、俺達の声にまた、滝のように涙をこぼす。

 だがそれは悲しみからのものではなく、喜びと感謝からのもので。


「行こう、先生!」



 俺たちは笑顔で、体育館へと向かう。

 校内放送ではなにも言われていないけれども、生徒達は皆体育館裏手に集まっていた。

 そしてクラスメイト達の親御さんや校長達は一同席に静かに着席し、その始まりを今か今かと待ちわびている。


 保護者、生徒、教師。


 立場は違えど、あの光を見た皆の思いは確かにひとつとなっていたのだったのだ。



 きっとここから。

 卒業、それは終わりでは決してなく、むしろここからが始まりなのだ、と。



「―――さぁ、始めよう!第30回、私立蒼風学園卒業式を!」



 俺達は足を踏み出し、会場へとその魂を委ねた。




 ―――そして一同、沢山の人々の未来―――青春がこれから始まるのだと胸に契り、俺達は、卒業式を始めたのであった。





~ fin ~

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ロボティック・リ・スタート ~戦火の卒業式~ 鰹 あるすとろ @arusutorosan

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