第7話 黒騎士 【ノワール】

ジングーベー

ジングーベー

すっずっがーなるー♪


其処には純真な瞳をしたムイシュキン公爵がいた。クリスマスイヴ。クリスマスケーキ。七面鳥。ワイン。クリスマスツリー。明日になればサンタクロースからのプレゼントが貰えるはずだ。クリスマスツリーの電飾に照らされながらムイシュキンは幸福感に包まれてベッドに入る。


【夢の中】


気配を感じムイシュキン公爵は眼を開けた。目の前に白髭を生やした恰幅の良い老人が立っていた。

ムイシュキン公爵は思った。やっと来たんだ。サンタさんが来てくれたんだ。ポンド円とドル円のショートソードを切った甲斐があった。祝福の鐘が鳴り響く天空の園、神々の庭へと招かれるのだ。

自然と満面の笑顔になる。

いや、まてよとムイシュキン公爵。良く見るとこのサンタクロースは赤い服ではなく、全身漆黒の服に身を包んでいた。


「ブラックサンタクロース・・・」


ムイシュキン公爵の幸福感は急速に不安感へと変わった。


「ムイシュキン君。キミは両建てのショートソードを放棄したね?ブラァッッック!メェェ利ィイー苦利巣マァウ巣。お前は苦死みマァウ巣!!」


とても子供達に愛されるサンタクロースとは思えない、いやらしいにやけ顔を晒すブラックサンタ。その歯は全て金歯だ。暴力的なダンスを狂う様に踊り出す。


「帰ってください。あなたの顔は見たくありません。どうか奈落の底に堕ちてください。二度とこの幸福な世界に来ないで下さい。さようなら、さようなら。」


ムイシュキン公爵は無表情で呟く。顔は幽霊の様に青ざめていた。


「奈落【アビス】に堕ちるのはお前の方だぁ!ムイシュキン公爵ぅぅウ!今のドル円のレートは1ドル110,10円。1ポンド139,90円だッッはぁぁあーん。ジュテーム。ボンソワッハァアアン!シルブップレェ!」


それは最初に損切りラインを設定した1ドル112円を大幅に下回っていた。ポンド円についても同様だ。


「たたっ切る!」


直ぐ様ムイシュキン公爵は腰に手を伸ばす。しかし其処にはつい先日まで装備していた。ポンド円ショートソードとドル円ショートソードはなかった。

両建てを解除していたムイシュキン公爵の武装は全て赤字転化し、呪われていた。これではブラックサンタを攻撃できない。それどころか自分自身に攻撃が反射し、来年に損失を転移させるエウレカ計画が頓挫する。


「日経が20000を割り込んだか。反転する可能性はあるがロスカットを背にしてはやむを得ない。損失を覚悟で両建てをするしかない。」


ムイシュキン公爵はポンド円とドル円をショートソードで装備し、両建てへと移行した。ブラックサンタの脅威は一時的に緩和されそのだらしない肥満体は蜃気楼の様に透けていく。消えかけながらブラックサンタはペストマスクを装着した。その姿はまるで悪魔ではないかと思えた。


「ふぁは!そんなものは一時しのぎのまやかしに過ぎん。両建てを解除したとき私はまた現れる。その時を待っているぞ。ムイシュキン公爵ぅぅうう。」


ブラックサンタは消え去った。

含み損は実に、100万に達していた。クリスマスプレゼントにしては無慈悲過ぎると言わざるを得ない。エウレカ計画に則り両建てを目的としたポンド円は仕方ないとしてスキャルピングの為に保有したドル円がここまで下落するとは。よりによってこのタイミングで。不幸と言わざるを得なかった。しかし、これが自己責任において自分が判断し、決定した対価なのだ。それは人生も同じだ。

とは言えムイシュキン公爵はぐったりと疲れ果て、夢の終わりを告げる朝日に向かって力無く歩きだした。


【深海】


ゴゴゴゴゴ、ギシギシ、メキ、バキン、ギシギシ、ゴガゴゴ。


ムイシュキン公爵を包む潜水服は限界に達していた。圧壊寸前だった。

うつむいたムイシュキン公爵は最早言葉もしゃべらない。

潜水服はブラックサンタクロースの呪いで真っ黒に染まっていた。さながら黒き鎧を纏いし呪われた黒騎士の様であった。






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