第6話 深海幻葬 ドル円深度110.92
【ピアノデスピアノ】
深海にポツリと黒い影。甲冑のごとき潜水服を身に纏ったムイシュキン公爵だ。そしてその甲冑に絡み付く巨大な触手。
禍々しき眼光。亡霊の様な質感を纏う怪物。ムイシュキン公爵をズルズルと深海の底へと引き擦り込んでいた。
「ザザー、ピー、ガガガ。此方ムイシュ、ガガ、 此方ムイシュキン。現在ドル円の深度110.92でクラーケンと交戦中。危険深度也救援を求む。」
エウレカ計画は効果をあげているはずだった。しかし、【今】という現実はムイシュキン公爵に無慈悲に襲いかかっていた。
確かにトルコリラ円ロングソードのポゼッションは安定を続けている。
それにポンド円ショートソード、ロングソードによる二刀流両建てを利用した今年分の損失を来年に転移させる計画も達成し、全ての損失を転移させた。つまり含み損としては残るが口座資金としては今年分のマイナスは無いという事だ。
しかし、その際の決済のタイミング等による損失も発生した。結局マイナス50万という損失を来年に転移させた。そしてなによりスキャルピングを狙ったドル円ロングソードのポゼッションが良くなかった。いや悪かった。最悪だった。
ここしばらく114円~112円の間をレンジで安定していたドル円に目を付け113.70円から急速に70pp下降した所でロングソードのポゼッションを仕込んだ。
ムイシュキン公爵の計画では113円近辺で反発して利益を得る予定だった。しかし、予想は外れ、下落を続ける。
損切りをすれば被害を小さく出来たのに行わなかったのは損失を来年に転移させる事への邪魔となるからだ。きっと戻ってくる。それにレンジで考えれば多少下落しても112円位でまた反発し、114円に向かうはずだ。ムイシュキン公爵は神に祈っていたのだ。
なんでかなぁ。こういう時に限って悪い方にレンジブレイクするものなのだ。それが為替相場なのだ。
まだ戻るきっと戻ると考えている内に取り返しのつかない所にいる。奴だ。為替相場レウコクロリディウムが脳ミソを操ったのだ。奴は思考を麻痺させて投資家達を絶望へと誘う。
ムイシュキン公爵はドル円のポゼッションに対して112円に逆指値を仕込んでいた。最悪ここまで下落した際に自動決済し、損失をカットするはずだった。
いざドル円が下落して112円に近づいた時にそのストッパーを自ら外したのだ。これが為替相場レウコクロリディウムの恐ろしい所だ。奴は人間の欲望を好み、這い寄って来るのだ。
為替相場レウコクロリディウムは深海の怪物クラーケンとなってムイシュキン公爵を触手でがんじ絡めにして海の底に引きずり込む。
深い、深い深海の底へと。
112円を割ってもドル円の下落は止まらなかった。それどころか111.50を通過して更にその凶暴性を増してムイシュキン公爵を110円台というアビスへと沈める。
現在の含み損は実に90万。愚かな事だが欲を出さなければ50万の損失で済んだのだ。
「糞が。何故俺はこんなものに手を出した。これ以上の深度はまずい。潜水服が圧壊する。こいつを喰らえ化物」
黒字転化し攻撃可能となったポンド円ショートソードで為替相場クラーケンに斬りかかった。18000のダメージを与えた。18000円の利益を得た。為替相場クラーケンは少し怯む。
問題はここからだ。損失を来年に転移させるためのポンド円二刀流だ。ショートソードを攻撃に使ったら消えてしまう。両建てをするなら直ぐ様ポンド円ショートソードを持たなくてはならない。
ここでムイシュキン公爵は賭けにでる。ポンド円ショートソードは補充しない。
ムイシュキン公爵現在武装
ドル円ロングソード(呪)
ポンド円ロングソード(呪)
トルコリラ円ロングソード(呪)
全ての武装が赤字転化している。
このまま上昇すれば急速に損失は緩和される。
安定しているトルコリラ円はいいとして、ここ数日で300pp下落しているドル円、直近の天井から900pp下落しているポンド円。
ここからは下落も難しくなるはず。しかし運転資金も僅かなためこれ以上下落すればロスカットされ損失転移が水の泡となり含み損がただの損失として残る。ロスカットされると全てのポゼッションが強制決済されるのだ。それは避けなくてはいけない。
ならば後50pp下落したら両建てで来年まで乗り切る。決心した。
幸いにもドル円は110円台からは直ぐに上昇し111円台へと離脱した。少し損失が減少した。
アビスの深淵から現れた為替相場クラーケンは触手の力を弱め静かにアビスへと沈んで行った。
「此方ムイシュキン公爵。現在深度ドル円111.40 トルコリラ円21.17 ポンド円140.90 週末を超えるのは危険だ。両建てでいく。ポンド円ショートソード、ドル円ショートソード装備 。現在損失77。かろうじて生存している。」
ゴポポ。ムイシュキン公爵はまた深海でヒトリ。両建てをした今。精神は安定している。眼を閉じて思考を廻らす。
「77万。サラリーマンが3、4ヶ月無償で労働したと思えば・・・。いや、許容できるかそんな事。あぁ。長い戦いになりそうだ。全てを取り戻して早く辞めたい。」
ムイシュキン公爵は寒く暗い深海の中呟いた。
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