第5話 ショパン:ノクターン第2番変ホ長調
暗い深海にヒトリ身を潜める潜水服。広い空間にヒトリ。
「ピアノ?音楽が聴こえる。懐かしい。ショパンのノクターンか。記録を開始する。此方はムイシュキン公爵。現在深度21.54。トルコリラの領域は未だに安定を続けている。」
ゴポポ
見渡す限り暗く冷たい海水が広がる。その深い青色はノクターン。海底は見えない。深い海溝の只中に浮遊する。
エウレカ計画は順調に成果をあげ始めていた。トルコリラ円ロングソードは毎日スワップ金利を稼ぐ。マイナス45万あった損失はマイナス38万に減少していた。それに諸刃の剣たるポンド円ロングソード、ショートソード二刀流の両建て効果により今年の口座マイナス分は25万にまで減っていた。それは差額13万の損失を来年に転移させたということだ。このまま全てのマイナス分を来年に転移させればいいのだ。そうすれば来年一杯トルコリラ円のスワップ金利を稼ぎながら上昇も期待できる。
「もし深海の底に連れて行かれたら追加トルコリラ円ロングソードで迎撃してやればいい。」
今まで蹂躙され続けて弱気になっていたが攻勢の意欲も沸いてきた。
今年も残り1ヶ月。危険なハイレバレッジスキャルピングは避けて期を伺っていた。
急激な利益も見込めないが
急激な損失もない。
なんと平穏なのだ。ムイシュキン公爵にとってエウレカ計画は心の救いでもあった。
高レバレッジによる発狂寸前の過度なストレスなど人生にとっての損失だ。
「これ以上為替相場レウコクロリディウムに頭の中をいじられてたまるか。」
僕はインスタント珈琲を啜った。パソコンから奏でる曲はショパンのノクターンからサティのジムノペディへと移っていた。優しいピアノの旋律が心をほぐす。
寒い黄金荘【ボロアパート】のソファに横たわり毛布を被る。家庭持ちが妻や子供に家族サービスをしている昼下がり。僕は来週の戦略を練っていた。それは悲しい事なのかもしれないが、僕にとっては現実から逃れるための糸口を探る重要な円卓会議なのだ。その円卓にはムイシュキン騎士団はいない。
未だダンジョン最下層に置き去りにしてきたもの達を救うために。ヒトリ腰を掛けムイシュキン公爵は思考を巡らせた。
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