第3話 ムイシュキン騎士団ダンジョン最下層にて孤立す
「何故だ!何故だ!何故だ!」
叫んだ所で状況が変わるわけでは無かった。セーブ不可能な現実というゲームの中で絶望する。
大魔術師の造り出した迷宮の最下層。ひんやりとした空気が暗いダンジョンに吹き抜けていく。ムイシュキン公爵一行は迫り来る怪物の群れを凪ぎ払い命からがら逃げてダンジョンの最下層一画の小部屋に逃げ込んだ。
その小部屋には古ぼけた机と本棚があり、フラスコやアルコールランプに試験管等がテーブルに置かれ、ガラス瓶には薬液に浸された怪物の組織らしきものがはいっていた。まるで研究室の様であった。椅子にはローブを纏った白骨化した遺体が腰掛けていた。この部屋の主であろう。
瀕死だったパーティーは一人また一人と力尽きていき、その小部屋はムイシュキン騎士団の骸で溢れた。
ロード:ムイシュキン公爵 ・・生存
ファイター:レオナルド・・・ 死亡
サムライ:ケンゾー・・・・・死亡
ビショップ:ロザリンヌ嬢・・死亡
プリースト:ニコライ・・・・死亡
シーフ:ファナ・・・・・・・死亡
回復アイテムもなく、MPもあと僅かだった。孤独。無限にも思える絶望の時間。
あの、アドリアの海戦が懐かしかった。あの戦いで回復した資金を元に先週末仕込んだポンドショートソードのポゼッションは急速に腐っていた。月曜の週明けと共に上方に窓をあけて更に上昇していた。4.5円の短期上昇をこなしたポンド円のトレード転換を狙った僕の読みは完全にハズレた。
「毎日毎日アホみたいにアゲやがって。マイナス70万円・・・だと」
それは到底受け入れることの出来ぬ精神ラインに達していた。
気づけば1ポンド149.40円
実に7円近く上昇を続けていた。
僕が持ったポゼッションはことごとくマイナスに変わる。そこからプラスになることもあるが永い苦渋に耐える事を余儀なくされた。本当に不思議な位に。これは機関が僕の脳を監視して資金をむしり盗ろうとしているのではないか?などという妄執に捕らわれ始めていた。
あとたった50ppの上昇つまり1ポンド149.90円に達すると僕はロスカットされるという限界の状況下の中
日足のRSI【買われすぎ、売られすぎを示すインジケータ】が90%を超えていた。つまりポンドは買われすぎているのである。
ちなみにチャートは様々な時間単位で閲覧出来る。例えば1分足であれば1分毎にチャートが更新される。僕が見ている日足は長期の経済の状況が分かるのだ。チャートの上下がRSIの上下と完全に連動しているわけではないがポンド日足に至ってはかなり同じ動きをしていた。チャートを分析するにトレンド転換を示していた。
とはいえ予想やテクニカル分析を裏切り続けた為替相場だ。僕は最悪のシナリオを頭で想い描く事を忘れなかった。
英国ブレグジットという不安要素がありながらもポンドは下落するという読みは当たった。1ポンド149.40円台を天井にポンドは急速に下落した。
ムイシュキン公爵は戦友達を古ぼけた小部屋に置き去りにしたまま逃走した。走る。出口に向かって走る。死に物狂いで。
襲い来る怪物達からがむしゃらに逃げ続けた。二刀流ポンドショートソードを振り回し、何度も階段を登り、やっと光が差し込む地上に帰って来た。大切な仲間をダンジョン最下層に遺して。
冒険者たちの喧騒懐かしき人間の領域ギルガメッシュの酒場にて、ムイシュキン公爵は葡萄酒を一気に飲み干した。
マイナス70万円の損失はマイナス45万円に減っていた。
ここのところ下げては直ぐに火柱をあげてV字回復を見せたポンドの恐怖から早々に損切り決済せざるをえなかった。
「まただ。またやっちまった。マイナス20万円まで減らした時に慎重にやると心に誓ったのに。やはり為替相場レウコクロリディウムが僕の脳を掻き乱したのか・・・」
高レバレッジによる短期トレードはリスクがでかい。低レバレッジによるスイング長期トレードにて利益を確実に手にすることができるはずだ。
僕は黄金荘【ボロアパート】にて禁断のポゼッションたるポンドスイスフランの通貨ペアをロングソード中レバレッジで保有した。殺人通貨と呼ばれるポンドとスイスフランの通貨ペアである。
呪いの装備で身を固めたムイシュキン公爵であった。
「あの最下層の仲間達を救いだす。アップデート」
僕はまた一つの悪魔であるトルコリラ円の通貨ペアを解放した。
ムイシュキン公爵は禁断の地エウレカを目指すのだ。
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