第2話 狂い疲れた週末を経ての休息

穏やかな陽射しが窓から入ってきて僕は目を覚ます。今日は土曜日。為替相場は土曜の朝から月曜の朝まで休場となる。つまり我々FX戦士にとっての休息の時間なのだ。

「昨日はくっそ疲れた・・・」

熱々のインスタント珈琲を口元で冷ましながら啜る。

「ぐあああ。最低な1日だった。」

深くため息をつきながら金曜日の後悔を頭の中で整理し始めた。

激戦となった金曜日に至るまで僕は一時的にマイナス50万円の損失をマイナス20万円まで減らしていた。少しホクホクな気分で週末の仕事を終えて黄金荘(ボロアパート)に帰えると、何時もの様に缶ビールとツマミを準備して薄暗い部屋の中モニターに対面して戦闘態勢に入る。

「バカヤロー!ユロドル上がりすぎだろ。2日続けて上がり続けるとかインチキモンキーマジックかぁ?あぁん」

僕はユロドルを売りのポゼッションで保持していた。ユーロと米国ドルの通貨ペアである。僕にとっては米国ドルの価値が上がれば利益が生まれるシステムであった。

日足下限の1ユーロ1.12米国ドルにタッチする形で反転し上昇したユーロを

僕は1ユーロ1.13後半の米国ドルで掴んだ。上昇する通貨に対して売りのポゼッションを持つ、いわゆる逆張りというやつだ。

そして保持したポゼッションは一度も利益を産むことなく絞首刑の縄の様に僕を吊り上げていた。僕が1日労働をしていた裏でこのような経済戦争が行われているのだ。

為替相場のチャートというものは大抵上下運動を繰り返す。レンジと呼ばれるもので通貨が安定していれば同じ位置で上下運動を繰り返す。

それが2日間緩やかに上昇を続けているのだ。そろそろ反転するだろうと逆張りしたポゼッションを嘲笑うかの如く。

「オイオイオイオイ!ざっけんな!そこまであげるかよ!」

もうすぐ金曜ロードショーでジブリの紅の豚をやるな、などと呑気に考えていた僕がチャートを見ると1ユーロ1.1450米国ドルまで上昇し続けた。

この時点で僕の今年の損益は丁度マイナス40万円まで押し戻されていた。

「がぁああ。金ローでジブリやる時はドル弱くなるってオカルトちゃうんけ?ユーロが強い。強すぎる。」

咄嗟に決済のスイッチを押した。損切りしたのだ。

苦しい。すごく苦しい。あと少しでプラマイを零に出来たのに。またかという感情が心を締め付けた。なにせ今年はこのマイナス50万円からマイナス20万円を行ったり来たりしていたのだ。

そして今度こそはマイナス20万円を突破し。零の領域に辿り着けると考えていた。その想いがまたも踏みにじられる結果となった。

「アヤツラレタ?」

僕の脳髄はレウコクロリディウムに寄生された蝸牛の様に冷静な判断を欠いてまんまと世界経済に敗北した。僕の脳髄の中に為替相場レウコクロリディウムが寄生し、破滅するように操っているのではないか?というあり得ない思考が支配した。

金曜ロードショーで紅の豚が始まる。テレビのモニターには物語の冒頭での主人公で豚の飛行挺乗りポルコ・ロッソと空賊マンマユート団の空戦のシーンが映っている。

この頃のジブリは最高だよなぁ。と考えながらパソコンのモニターには先日から上昇を続けていたポンド円の通貨ペアが目に入った。

「お?ここ数日で400ppも上昇かよ?しかも相場がかなり荒ぶってるな禁断の殺人通貨に手を出すか?・・・」

大英帝国の通貨たるポンドは為替相場界隈では殺人通貨と呼ばれていた。急激な変動や一方通行のチャートが数多くのFX戦士達をヴァルハラへと送ったのが理由であろう。

ちなみに2015年にスイスフランショックという恐怖の事件があった事を記し警告とする。スイス中銀が行っていた永続的な対ユーロ介入を突然ギブアップしたのだった。スイスフランの殺人チャートの変動は数時間で4000pp変動し数多くのFX戦士達が天に召された。

僕はそのラグナロク【神々の黄昏】を眺めていた。驚愕し恐怖した。もの凄い利益を生む可能性もあったが恐ろしくて手出し出来なかった。

ただ眺めているしかなかった。

あの衝撃をもろに喰らった人は相場の世界だけでなく現実世界からも退場した人がいるはずである。

もしFXをやってみたいと考える人がいるならそれだけのリスクが有ることを心に留めて欲しい。

スイスフランショック程ではないが400ppの変動である。

1ppというのは最小単位で日本円で言えば1錢である。1ポゼッションを保有すれば1ppの変動で100円の損益がでるので400ppと言うことは4万円の損益が生じるのだ。10ポゼッションを保有していれば40万円の変動である。

ゴクリ。

それに数日でこれだけ動いていれば反転する可能性も高い。

僕は直ぐ様荒波のマグロ漁にでも出る気持ちでキーボードを操作した。ポンド円ショート20ポゼッション。もはや冷静さを欠いていると言える高レバレッジで戦闘態勢に移行した。

「ぐっ。かなり早い。こいつは鉄火場だぜ。」

通常なら1ppがゆっくりピコピコと変動する緩やかな海原は雷鳴轟く嵐の荒波となっていた。

10pp以上の大幅の上下運動。高速レンジの中でどこで反転するかも不明である。まさに勘でアンカーを下ろすしかない。

「30pp利益がでたな。今だ。ドテンロング発射」

ショートポゼッションの決済と同時にロングポゼッションを保有した。読みは当たった。急速レンジの下限で反転し、チャートは高速上昇を始めた。モニターには直ぐに損益表示が黒字に変わっていた。時にポゼッションを減らしながら。また一方通行に怯えながらこの急速上下のレンジ運動を捕捉しようと全神経を集中した。

金曜ロードショーでポルコがカーチスとの一騎討ちに勝利し大団円を迎える頃。9割方勝利を納めマイナスは30万円まで減らす事ができた。

「取り敢えず破滅は免れたな。」

疲れきってパソコンの電源を切った。そして今に至る。

昨日40万円の損失まで引きずりこんだユーロドルの通貨ペアのチャートを確認したら僕が損切った1.1450を天井に暴落を続けてそのまま保持していれば利益が出ていた。つまり殺人通貨たるポンドの荒波に出て死闘を演じなくてもチャートを閉じて好きなことをしていれば良かったのである。

「あーあ。早く辞めたい。」

そう呟くと夕暮れを迎えた部屋のなかで缶ビールを呑みながら戦争映画のプラトーンを再生させるのであった。










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