英単語:3年3組 ウチカワ ノゾミ
開き癖の付いた単語帳を閉じた。閉じてもなお反り返る、ボロボロの単語帳だ。四隅はよれ、付箋が飛び出し、背表紙に書いた名前も滲んでいる。少しの間それを眺めて、息を吐いた。
これだけ勉強している。こんなにも努力している。なのに、まだ結実していないらしい。
リュックにしまった模試の結果を思い出して憂欝になる。なかなか伸びない英語と数学の結果は前回よりもワンランク下がってしまい、得意だった国語の点数も最近は思わしくない。文系の私にとって、これから日本史を仕上げていかなきゃならないというのに、この時期に主要三科目がこれではいけないのだ。
車窓を流れていく夜の街並みはやけに眩しかった。家々からあたたかな夕食の灯りが零れているのが、今はとても憎らしく、遠いものに思えて仕方がない。苦しんでいる私の知らない世界で、知らない誰かは家族と食卓を囲み、幸せに居るのだろう。
二回目の溜息が零れ落ちた。
電車のアナウンスが最寄り駅の名を告げた。単語帳をリュックに投げ入れ、ブレザーのポケットからイヤホンを取り出す。端末に繋いで、耳に差し込んで、再生ボタンをタップする。
もうすぐ夏が来る。吐き出される人の波に飲まれながら、その間を湿り気の多い風が抜けていった。久し振りに傘を差さずに帰れる夜だ。気分は大雨なのだけれど。
* * *
駅前の学生全てが敵に見える時がある。
見えない全国の学生を怖く思う時がある。
学校への通学中、お昼休み、妹と当番制の風呂掃除をする間、肌の保湿をしている時間、この時間にも受験生たちとの差が開いている気がして泣きたくなる。
でも、どうしても進学したい。進学先はあの大学でなければいけない。だから今は泣きながら苦しみながら、頑張って頑張って頑張る時であることも理解している。
長い人生の中の、たかが一年。
この一年が、やけに長く、やけに辛い。
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「ミライ」に必死の少女の話
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