ミライ

公欠届:1年1組 オオハラ イズモ

 事務室の前にある書類ホルダーからB6版の再生紙を引き抜いた。そこに印字された『公欠届』の少し掠れた黒い文字は、中学の頃から見慣れたものと何ら変わりない。

「イズモ、また大会? 今度はどこ?」

 高校で知り合ったクラスメイトと廊下で落ち合ったので、そのまま2人でホームルーム教室に向かう。所属しているというサッカー部で朝練に参加していたからだろう、朝から汗拭きシートのシトラスの香料がやたら濃くて鼻につく。

「大会じゃなくて、強化合宿に招待してもらった。てか、どこって県内だよ。そんなしょっちゅうどっかに出てかないって」

「強化合宿。ほへー、やっぱ凄いな。なんだっけ、硬式テニス?」

「そー」

 公立高校の、古くなって少し黄ばんだ教室の引き戸を開けると、教壇にはすでに担任が居た。

「やっべ」

 小走りで席に向かったそいつに反して、俺は真っ直ぐに黒板の方へ進む。背負ったでかい鞄が机の端に当たってしまい、歩くのに邪魔だ。

「あれ、また公欠ね。今度はどこの大会に行くの?」

「あ、いえ、県内の強化合宿に参加してきます。先にサイン貰ってもいいですか」

 はいはい。そう言って何度目かの担任印を拝借し終わる頃にチャイムが鳴った。

「ん、はいよ。……はーい、遅刻してる人は居ない?」

 廊下側最前列の席についた。

 一時間目はたしか生物基礎の授業だ。途中途中が抜け落ちた授業用ノートを見返すと、覚えず表情が消えた。


 * * *


 硬式テニスは大好きだ。

 もっと強くなりたいし、まだまだ上には好敵手が沢山いるし、とことん突き詰めたいと思う。

 でも、推薦を受けていた私立の強豪校を蹴ってまでこっちに来たのは、受験の時にありありと分かってしまった、決まりきった進路に嫌気がさしたからで、願わくばもっとちゃんと授業に参加して皆の様に進路に悩める高校生になりたいという本心を閉じ込めたままでいる。

 贅沢な悩みなんだって事は分かっている。

 だから、「それが自分にとっては不自由で仕方がない」なんて口が裂けても家なのだ。


 __________


「ミライ」が決まりきった青年の話

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