弁当:3年5組 ノノシマ アイト

 昨日の夕飯で残った肉じゃがとほうれん草のおひたしに、卵焼きと、梅干をのせたご飯をつめた今日の弁当。昨日はタッパーに麻婆丼を作って、その前は冷凍コロッケと胡瓜の酢の物と卵焼きとミニトマト、更に前はインスタントの豚汁に夕飯の残りだった炊き込みご飯のおにぎり。

 自分で弁当を作るようになって3年目、ほんの少しだけ記憶力が向上したと思う。少なくとも4日前までの献立は思い出せるし、他にも、センター範囲で重要な諸々の強化の単語類も忘れにくくなった。料理の腕も上がったし、早起きの習慣もついたし、時間配分にロスが少なくなった。

 冷たいジャガイモを咀嚼して、しみ込んだ味を少し辛く感じながらも飲み下す。母さん、また疲れてんだな。そういや3ヶ月前に入ったとかいう新人の教育担当係になったとかで父さんに愚痴ってたな。

「アイト、俺ら購買行くけどなんかいる?」

 すぐに空になった弁当箱を閉じながら聞いてきたクラスメイト達に、卵焼きを飲み込んで答える。

「あー、総菜のパンが余ってたら適当に2個買ってきて」 

「りょーかい」

 1つは仕事に家事にと多忙で、晩御飯を作って食べずに病院に戻る母さんに。もう1つは俺の部活後に食べるために。

「いつものアクエリは?」

「金欠だからいいや」

「ほーい」

 今日の夕飯はカレーでも作っておこうかな。下の兄弟たちだってそれぐらいは作れるだろうし。


 * * *


「苦学生だね」とか「親孝行だね」とか、「お母さん思いだ」とか「マザコンなんでしょ」とか、色々言われるけど、そんなことは一切意識していない。

 将来必要な生活力を養わせようとしてくれた母に感謝しているし、看護師の仕事で休み知らずにもかかわらず育ててくれてる事実には尊敬しかないし、別に3人兄弟の長男だからって貧困になるほど家計は圧迫してないし、父は父で飄々と家族を守り養ってくれている。

 ぶっちゃけ、サラダを作るための野菜を切る事だけに神経注いで満足そうな顔してるお前らの方がマザコンじゃねぇの?たいして手際も良くないのにドヤ顔決めてる君たちの方が恥ずかしくないの?


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「せかい」を少し抜け出している青年の話

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