第6章 剣呑な魔法剣士エレメントナイト
1
極彩色の壁や天井が嫌味だ。化石竜フォシルダイナソアが悲鳴を上げている。
誰も僕に注目しないので厭きてしまった。せっかく愉快な珍道中を見つけたというのに。潮時だろうか。
魔族はそんなナリの割に殺生を好まない。生き死にから離れたところに留まりすぎた代償だ。
妖族はそんなナリの割に存在に拘るところがある。生き死にを見つめすぎた功罪だ。
竜族は、そんなナリに相応しく。
平和を好む。
だから、滅ぼしてやった。戦わないならその翼も牙も。必要がない。
というわけで。神の楽園、天の真下。竜族の統べる
本当に、誰一人。僕の存在を認識してない?
それも妙だ。空気?
「おいおい、ちょっと」渡り廊下に出たところで呼び止められた。
やれやれ、やっとか。
「なんでしょう?」
頭部に二つの角。鋭く長い爪。
鬼だった。
魔族の楽園、
随分と下層に堕ちたものだ。鬼の棲む領域は、我らが故郷ジュラクアの真上。
天のはず。
「罪人かなんかでしょうか」悪いことをして流された、とか。
天は不浄を嫌う。
穢れたものは許さない。認めない。
「竜族のにーちゃんよ」
「ご明察」嬉しくなる。やっと僕を視認してくれた。「竜覇王ドラグナのヨリといいます。どうぞ以後お見知りおきを」
鬼は棘の突起で埋め尽くされた金棒を提げていた。首には眼球よりも大きな珠が、これまた眼球より多い三つ。右手と左足に鉄の輪を。左腕は布に覆われて見えない。女帝を眼にしたときも思ったのだが、どうして。
東賊なんかの衣裳を真似ているのだ? 西都や南界ならいざ知らず。
爐ヨミの流行なのか?
「ドラグナ? つーこた次世代か」
「ええ、僕が滅ぼして」
「そうか。そんなことんなってんのか、空は」鬼は天を仰ぐ。見えやしない。
こんな地の底からじゃ。
「追放されちまってな。罪人ってわけじゃないが」
「懐かしいですね」
「戻れねえよ。戻るつもりもねえからよけ悪いんだがな」鬼は、特に落ち込んだ様でもなかった。近隣出身の僕を見つけてつい話したくなっただけか。
岩肌から込み上げる光のカーテンが鬱陶しい。僕自身が光の属性を帯びているからひと際。
魔素は、僕らには馴染まない。関係のない物素。
「おめえは、いろんなとこ旅してんのか」
「そうですね。いろんなところに行ってますね」勇者として。ちょっとした暇潰しを思いついたはずだったのだが。もう厭きてる。「これからもいろんなところに行って」
どうしようか。勇者は厭きたから、最初っから悪の権化みたいな存在でもって。
世界でも滅ぼしてみようか。
「そうか。いろんなとこに」
「それがなにか?」
「いんや。いい。おめえにはどうでもいいこったな」
「なんですか?言ってくださいよ。そこまで言ったんなら」
「いい。おめえに知れても」
禍々しい気配。鬼も気づいたようだった。
奇石、無鬼ナキ。
霊剣、九九九ココノクキュウ。
言わずと知れた殺戮集団、武世来アームエイジドダンの創始者にして元首領。僕を殺さんばかりの眼差しで。
「どうも。ご挨拶ですね」あらん限り友好的に声をかけたつもりだったが。
それが更に、奴の逆鱗に触れたようで。
「なにが目的だ」
一歩でも動けば斬る。そうゆう間合いだった。
「まあまあ、落ち着いて。穏便にね。お仲間も全員無事だったことですし。天使悪魔騒動も一段落と」
「二度は言わない。ドラグナ」
呼んでくれたのでリップサービスといこう。
「目的?そんなものありませんよ。あったらとっくに、あなたがたとは決別してます。無目的なんですよ。僕には何もない。ドラグナ?何の意味があるんです? 竜族は僕を含めて数十体しかいない。たかだか数十体の上に君臨する王は、どれほどの価値があるんですか? こんなことなら滅ぼすんじゃなかったなあ。滅ぼさずに、先代だけ殺してそこに王として」
奴はぴくりともしなかった。瞬きすらうかがえない。
「だったら去れ。俺の気が変わらないうちに」
気が変わる?僕を殺さないという。そうゆうことか。
舐められたもんだ。それとも、
奴が殺戮の味を忘れたか。
「惨めなもんですね」挑発してやろう。斬りかかってこい。
そうすれば。
「全世界から恐れられたあの武世来の元首領ともあろうお方がまさか、力づくでドラグナになった僕をお見逃しになると。笑えやしない。いいんですよ?戦っても。戦えばあなたの意向は叶いましょう。しかしながら、あなたの眼に戦闘意欲は感じられない。できる限り穏便に事を運ぼうとしている。駄目ですよ、そんなんじゃ。だから。ああ、そうなんですか」
部世来が、解散した理由。
「あなたがそんなになったから、下が愛想を尽かして」
「見逃すんじゃない。俺にはお前を倒せない。それだけだ」
ますます笑えやしない。
あの武世来の。元首領ともあろうあなたが。
竜族の僕に勝てない?
冗談じゃない。こんな腑抜け。
「残念です。あなたの本気が見れなくて」
「おいおい、ちょいと待ちなって」鬼が呼び止める。僕じゃない。
傭兵を。
「なんだ」
「おめえ、いやまさか。んなはずはねえよなあ」
「なんだと訊いてる」
鬼は言いにくそうにする。言いにくいのは、これから言うべきことが言われる本人に対して失礼に当たる。というよりは、僕という部外者が聞いているから。らしかった。ので。
「席外しましょうか?」外すつもりなんかないが。蔭でこっそり聞いてやる。
「わりぃな。気ぃつけて」鬼が手を振る。
手を振り返してから。いざ、盗み聞き。
気づいているだろう。
こんなのに気づかないようならそれこそ。元武世来首領の名が廃る。
「おめえ、出身は」鬼が尋ねる。
「まず自分から言うもんだろ」傭兵が言う。
「そーだったな。すまねえな。ここにいるとそうゆうのを忘れちまっていけねえな。見りゃあわかるとは思うが、俺あ鬼だ。シゲって呼んでくれや」鬼は握手を求めるが。
応じない。鬼が怖いとか?
まさか。泣く子も気絶する武世来の元首領だ。
「ケイという。列島ヒムカシの」
「やっぱしな、塔テラか。そいつ」首と腕の数珠。「塔テラの密ソウはわかりやすくっていいやな。しっかし、もうねえんだってな。残念だ。あすこには世話んなったから、そのうち顔出しに行っときたかったんだがな」
世話とか顔出しとか。お礼参りの意味だろう。殴り込み的な意味で。
にしてもホント、方々に怨みを買ってるなあ。ご愁傷様。
「ちいと見してもらっていいか。そいつ」無鬼ナキ入り、九九九ココノクキュウ。さすがはお眼が高い。「とんでもねえもん提げてんな、おめえよ。使われる同胞もいいやら悪いやらだな。そいつでよ、何人斬ったよ。憶えてねえか」
「同胞?」知らないのか。
知らないで使ってたのか。無知というのは恐ろしい。
「おい、話せねえか。おめえさん方よ。千のともがらよ」鬼が無鬼に触れようとしたところを。
傭兵が身を引いて。
「勝手に触るな。鬼だかなんだか知らないが」
「鬼だから、なんだがな。どうやら本当に知らんらしいな。」鬼が金棒の先で頭を掻く。鬼だからできる芸当であって、僕らは真似しちゃいけない。「んなわきゃねえとは思うんだがな。意地が悪りいのを連れてんのかな」
「用がないなら行くが」
「おめえさんが知らんてこたあ、そいつらが言ってねえてことなんだろうがなあ。なんで言わねえのか。なあ?隠したっていずれ知れるんだからよ。早めに教えちまったほうがよかねえかなあ。まあ、俺が言えた義理じゃねんだが」
立ち去りたい気満々の傭兵が立ち去らないのは。
無鬼と九九九が立ち去るなと命じたから。話したいなら話せばいい。
どうして直接話さない?
同じ鬼なんだから。元は。
その形になると鬼と話せなくなるのか?どんな形になろうが。石になろうが大剣になろうが鬼なのは変わりない。と思うけど。
「おめえ、本当に塔テラのもんか」鬼が言う。
「何が言いたい?」
「いんや、おもしれえことんなってんなあと思ってよ。おめえ、鬼だろ」
傭兵が斬りかかろうとした。無鬼が入ってなくて、九九九でもない大剣だったら今頃鬼は。
うーん、どうかな。
鬼は、金棒を持ち上げる。片手、じゃなかった。指一本で軽々と。
「アブねえことすんなよな。一応、同胞相手によ」
「俺は鬼じゃない」
「鬼さ。同族の俺が言ってんだ。間違いねえ。しかも、おめえこりゃまた。会ったのが俺でよかったなあ。ツノナシよ」
傭兵は殺戮モードに入ってる。あの眼だ。その眼が見たかった。
その眼で僕と戦ってくれれば申し分ないんだけど。
傭兵の禁句は。鬼。
使える。
「俺は鬼なんかじゃ」
2
いきなりお別れ宣言をされて。わけがわからないのもわかるけど。
別れるべきだと悟った傭兵のほうが正しい。
君たちは絶対にうまく行かない。無理だ。
歴史が証明している。二千年前。
何があったのか。
人族ヒュムの君たちは知らないと思うけど。
実は僕も知らない。
寿命が長い竜族ドラゴとはいえ。その中でも最年少だから。僕は。
何があったのかは。
誰もが知っている。二千年前。
天艮角テンゴカク大戦。
錬金術が。地上から消えた。
インチキという不名誉なレッテルだけを残して。
「どしたの?どゆこと?」真っ先に反応して食い下がったのは、武闘士。傭兵の両肩を摑んで揺するが。
文字通り、傭兵はびくともしない。大きすぎる。
「決めたことだ」
「決めたことって。そんな。勝手に」
「そう、勝手以外の何物でもない」お次は、魔導師。ご自慢の頭脳をフル回転させてあらゆる動機を探った上でのセリフ。「勝手なんですよ、あなたは。付いて来いと言ったと思えば、突然解散だと言う。まったく」
「いや、解散とは言ってないよ?」武闘士が小さな声で突っ込みを入れる。張り詰めた空気を少しでも弛ませようとした。
でもすぐに、解散で合ってたことに気づく。
「あ」と声が漏れる。
突然の解散。
というのは、武世来アームエイジドダンのことを指している。
「お前らには関係ないことだ」
「またそれ」魔導師が詰め寄る。お得意の弁論大会に持ち込もうとしている。「関係ないわけがない。今更。僕は巻き込まれたとしても、彼は」武闘士。「相当の関係者です。あなたの部下のせいで」
「元、やろ?」そして真打ち、錬金術師が。呟く。
聞こえるか聞こえないかの。
僕には聞こえた。錬金術師がどう出るのかだけを気にしてた。
「それはもう蒸し返さんと。正論ぶつけるん構へんさかいに」俯いてるので表情が見えない。怒っているのか悲しんでいるのか諦めているのか。
口調からは読み取れない。その全部かもしれない。
いきなりのことで、整理がついていない。ごちゃごちゃになりながらも、何か話さなきゃいけない。話さないと伝えないと。
本当に行ってしまう。
傭兵は本気だ。本気のことしかできない。
不器用な。
「ヘレンカイゼリンに頼んでおいた。無事に送り届けてくれと」
「そか。気ぃ遣うてくれたん。ありがとうな」錬金術師は、誰もいないほうを向く。「ケイちゃんが決めたんやったらしゃあないな。ええよ」
「ツネアん!」武闘士が待ったをかける。
「いいわけがないでしょう」魔導師が異を唱えるのとほぼ同時。
「悪いな」傭兵が頷く。
「せやけど条件があるん」振り向いた。その顔は。
僕でもぞくりとした。
その眼。その眼差し。
君とも戦ってみたい。いずれ。
そう思わせる。
「俺と戦うて勝ったらな」
刹那。
九九九の切っ先が錬金術師の首に。
「お前じゃ俺に勝てない」下ろす。
そのタイミングで、術の発動。
速い。というより、読んでいた。傭兵が九九九で威嚇するのを。
本気で斬ろうだなんて思ってないことを。
本気で戦う気なんかないことも。
「手加減できへんさかいに?俺殺すんがそないに厭なん?目覚め悪うて」挑発だ。
まさか勝ち目があるだとか。起死回生の策でもあるのか?
ハッタリだ。勝てるわけがない。
錬金術というのは、戦闘と最も縁遠いところに位置する。
誰の眼から見たって明らかだ。
武闘士も。魔導師も。
お願いだからやめてくれ。そういう眼で見守る。
見守るしかない。
錬金術師が本気だから。その本気に付き合おうとしている。
相当の信頼がないとできない。
ちょっと、羨ましい。とか思ったり。
「どうしても戦るのか」やめろ、と言う代わりに。傭兵は九九九を引っ込めようとしている。
「往なへん限りはそっこの最高峰が生き返らせてくれるやん」悪い冗談だ。
最高峰の彼も頷けないでいる。
「口でゆうたとこで止められへんわ。せやろ?」
傭兵が九九九を持ち直す。埋め込まれた無鬼をじっと見て。
確認を取っている。
戦ってもいいかどうか。
「わかった。場所を変える」女帝の御殿を大破させるわけにいかない。魔族というカテゴリそのものにケンカを売るのと同義だ。
枯山水と松で構成された中庭に出る。九九九の間合いを考えたら狭いくらいだが。
本気で戦ろうとは考えていない。
本気で戦ったら、おそらく間違いなく。錬金術師は。
「本気でな?」
「死ぬぞ」
「本気なんやろ?」パーティを抜けるのが。「せやったら本気で戦らへんと」
傭兵が眼を閉じる。
「ちょお、手加減のつもりなん?」嘲笑いながら、首のチョーカに触る。戦闘準備。
「俺の本気に付き合うことはない」眼を開ける。「死んだら元も子もない」
錬金術師を死なせないために。
仲間を辞めると。
「黙って行かせてくれないか」
なんて甘い。
「理由は言われへんの?」
「聞いたら止められる」
「止めてほしないんやね」錬金術師が、チョーカから指を離す。「なにがあったかよう知らんけど、離れなあかん理由、聞きたいわ」
「そうだよ。教えて?」武闘士が口を挟む。
「言ったからこそわかることもある。違うかな」魔導師が言う。自分の事情を重ねて。「さっきのいまで、ツネアを巻き込みたくないようなとてつもない事情が勃発した。元凶は大方想像が付くけど」
視線。バレてたか。
「隠れてないで出てくるといい。僕でよければ相手になるよ」魔導師が言う。
観念のしどころか。
とどめを刺す絶好の機会か。
「残念。仲間同士の潰し合いが見れなくて」
引き裂いてやりたい。信頼。仲間。
大嫌いだ。
「よけーなこと吹き込んだんはお前なん?」錬金術師が言う。
僕には。
「本気でかかってきてくれないのかなあっと」さっきのが。
もう一度見たい。
あの眼。
「勝ったらぜんぶ言おっか。寡黙な彼の口を割らせるよりよっぽどさあ」
「やめろ」傭兵が言う。
「ケイちゃんそれどっちの意味?」
「君は僕の側についたほうがいいよ。言いたくないんだっけ?」
傭兵は。
どうしようか本気で迷っている。傑作だ。
笑いが止まらない。
「知られたくないよね。知られちゃったら仲間に危険が及ぶ。もしかしたら死んじゃうかもしんないなあ。君のせいで」
「やかましやっちゃなあ」錬金術師がチョーカを引きちぎる。
待ってました。
「戦闘ってくれる?」僕も化石竜フォシルダイナソアを。
黒い半円。
気が逸れる。誰だ。
一人しかいない。
「邪魔しないでほしいんだけど?」
大鎌を構えた祓魔師が。あろうことか僕を囲んでいる。
「わたしはあなたの正体を知っています」
「それがなに?竜族ドラゴ滅ぼしたってやつ?」
鳥籠みたいな檻の中から。
禍々しい黒い塊が溢れ出て。それが僕に纏わり付く。
「割と気色いね」もがけば何とかなりそうだったが。祓魔師の出方を見てからでもいいか。
「そういうことを言ってるのではありません。あなたが何をしようが一切関係がない。空洞遠雲ジュラクアがどうなろうとも」祓魔師はもしかすると。
怒っているのだろうか。なにに?
仲間とも認められていないのに。一体何に怒る必要が。
「僕の正体?どぞどぞ。聞きたいなあ」
「竜族ドラゴは竜の姿になれるはずです。むしろ竜の姿のほうが都合がいいのではないのですか?空も飛べるし」
「どんなカッコでいようとさあ。竜族でない君に何言われたって」
「空、飛べますか?」
「飛べない竜なんかいっかなあ」
「空を飛べるのかと聞いているんです。見えるんですよ?わたしには。わたしの眼は、人族のそれと異なっています」
一同の視線が。
祓魔師の眼球を射る。
「戴いたんです。昔、失明した折に」瞼が覆う。計八つもの眼球から出る不可視光線に耐えられなくなったのかとも思ったが。
違った。瞼が。
解放する。
彼の本当の眼球を。それは確かに。
「魂を持ってかれそうになるのであまりやりたくはないのですが」
人族の肉体に強引に魔族の器官を移植した。
「君の目的はそれってわけだ」
「眼球をくれた悪魔はとびきりのお人よしでした。人族のわたしなんかに眼球をくれるほどに。だってあり得ません。どうして悪魔が人族に」
恩返しがしたいって?存在が保てなくなるまで君に存在をくれた悪魔に?
錬金術師に、悪魔創造を依頼していた理由。
「だから視えるんです。あなたが、飛べない竜だということが」
動じたら図星だと。わかってしまうが。
ここで何も反応しないのも。
「あなたの翼は飛行に値しない。飛べないんですよ。どんなに翼を広げようとも」
「僕が飛べない竜だったら?それが?」できる限り平常心で答えたつもりだったが。
「それがあなたのコンプレクスです。同じ竜なのに、どうして自分だけが飛べないのか。飛べる同胞たちが羨ましかった。妬ましかった。だから滅ぼしたんです。竜族は不思議な種族ですね。他の種族を殺すことは禁忌なのに、同族殺しは認められている。種族の繁栄には徹底的に無関心なんですね」
どこまで見えてる?お前如きに。
悪魔のお蔭で命を永らえてる亡骸なんかに。
「悪魔を創ったとして」話を逸らそう。「ビザンティオの皇帝バシレイオンとおんなじ末路を辿るだけだと思うな」
「構いません。僕はどうなろうと」黒い塊が祓魔師の大鎌に集まる。
必然的に僕は解放と相成る。
化石闇竜ディノ。
羽撃け。
「ほら、それを選ぶ。あなたが翼に拘泥しているから」
奴の狙いがわかった。
化石竜にはそれぞれに要素が与えられている。僕が与えた。滅ぼした要素竜エレメントドラゴンから奪ったものを。
でもその中で、一つだけ奪えなかった要素。
光。
奪えなかったわけじゃない。与えるわけにいかなかった。
与えてしまったら、
僕の存在が消えてしまう。僕に与えられた要素が、
光。だから。
祓魔師は、光要素ライトエレメント竜ドラゴンを顕現させようとしている。
僕の正体を曝す形で。
「面白い眼を持ってるみたいだ。正体だけじゃなくて歴史まで見通す。君に眼をくれたってのはもしかしてさ、悪魔なんかじゃなくて」
デヴィルにそんな能力はない。聞いたことない。
デモンにだってない。
魔族なんてのは総じて危うい存在だ。
魔素がなければ、無と化す。魔素で満ちたこの里離叢地爐ヨミにへばりついてようやく存在を保てる。地上に出る方法がないこともないがどれも確実ではない。
己の存在を保つという意味合いにおいて。
真実を暴く眼を持っているなんて。そんなのは。
天使エンジェ。
「さて、どうでしょう」祓魔師は僕にチェックをかける。
闇竜ディノには荷が重すぎる。いますぐにでも化石に戻してやりたい。
しかし戻したら。僕が出ざるを得ない。
そうだ。これなら。
天竜プテラ。
「やっぱり翼ですね」チェックは揺らがない。「わたしの勝ちのようです」
プテラは居心地が悪そうだった。それもそのはず、ここは。
地の果て。
地竜ティラノを喚んだほうが。いや、変わらない。
竜族というのは元来、天に焦がれている。
この翼は天に辿り着きたくて生み出されたに過ぎない。
天に近づきたくて、
天のすぐ下の雲海に棲息地を移した。
敵うはずがない。天に棲むという、
天使になんか。
「降参するよ」
3
そうやって僕らがいざこざしている間に。決着が付いていた。
一人いない。
とかく巨大なのが。
詳しい顛末を聞こうかとも思ったが、僕に完璧部外者という不名誉な張り紙がされている以上。無闇矢鱈に踏み躙れなかった。極端な話、全員を敵に回して勝てない理由はないが。
後天的に紛い物だとしても、天使エンジェ。
かもしれない祓魔師エクソシストと戦闘り合いたくなかった。化石竜フォシルダイナソアだってこぞって足が竦んでいる。何より竜族ドラゴである僕が。天に棲む奴らと相性が悪すぎる。
南界ナンカイの弓主もとい宮主キュウシュ様だってそう。本人は知らされてないのだろうが、神遣葬弓カムヤリソウキュウ≪神随カムナガラ≫を宿しているという身体がまさに。
神の末裔、神実カムザネである絶対的な証拠に他ならない。
冥府の帝王ヘレンカイゼリン愛用の扇子の一振りで、僕らは無事に地上へと帰される。
空。雲。
化石竜が歓喜の声を上げている。僕も。
クレンゲテーネの国王ディリゲントは、地獄の三幹部並びに女帝の親友に弄り倒されて精も魂も尽き果てる寸前だったのだが。彼の宗主国もとい同盟国の皇帝バシレイオンが、予め宰相ベグライトに天使悪魔騒動を報告してくれてあったので。
事なきを得た。
「ありがとう。ほんと、なんて言ったらいいか」国王はほとんど半泣きだった。
「それは僕らが受け取るべき言葉ではありません」魔導師ウィザードが謙遜する。
「無事でなによりだよ」武闘士ファイタは照れ笑い。
冒険士トレジャハンタが国王に個別に話があるとかで。残り勢はむせ返りそうな薔薇園で待つことになった。礼拝堂から前衛的なピアノ演奏が聞こえる。
ところで冒険士は一体どこへ行っていたのだろう。仲間が一人いなくなっていたら事情を気にしても罰は当たらないと思うのだが。彼は何も聞かなかった。どちらかというと心ここにあらずなふわふわした様子で。
「もう一人欠けるなんてこと?」半分冗談のつもりだったが。
「聞いておきたいんだけど、これからどうするのかな」魔導師は断固反対している。
旅への付き添いが増えることを。
「誰に許可取ればいんだろね」
「誰にも許可が取れないと思うけどな」魔導師が言う。
「手厳しいね」このパーティが誰によって束ねられてるかなんて自明。
西都サイトの皇子。てのは隠してるんだろうけどその独特な抑揚からバレバレ。
錬金術師アルヒミスト。自称、だったっけか。
なんにせよ地上に戻ってから彼の声を一言も聞いていない。眼線も合わない。合わせようとしていないからだろう。それほどにショックだったのだ。
傭兵ウォリアが抜けたことが。
ぽっかりと大きな穴が空いている。この集団に。とかく巨大なのがいなくなったせいもあるのだろうが。
その穴に僕とかをぶち込んでくれるわけにいかないだろうか。
「力づくなら?」
「相手にならない」魔導師は僕に勝つ気でいる。相当の自惚れだ。「志半ばで僕らを全滅させないでくれるかな」
あ、違った。そっちか。
「随分と気弱な。ヴェスヴィ最高峰の魔導師てのは」
「最高峰はいいよ。もうそれは」魔導師は複雑な表情で首を振る。
祓魔師が錬金術師に懇願している。
自分も仲間に入れてくれ、と。
「お願いです。ドラグナは確実に付いてきます。でしたらわたしがいたほうがあなたがたも好都合かと」
聞いているのかいないのか。適当な相槌もおざなりな返答もない。
無視?
様子が変だ。ショックで上の空のときの眼とは。
どこも見ていない。わけではなくて、
何を見てる?
僕らには決して見えない。何かを。錬金術師は凝視している。
冒険士が戻ってきた。礼拝堂で国王が手を振っている。丁重に挨拶してその場をあとにした。前衛的なピアノ演奏が鳴り響く中を。
僕が嵐を巻き起こしてなんちゃって奇襲をかけた河まで来た。橋は大破したまま。たった一体を大暴れさせた跡がまざまざと。地面が抉れ、草木は川下へ流されて。自分でやっておきながら酷い有様だった。河の地形も多少なりとも変わってるかもしれない。
冒険士も一言も喋らない。黙って魔導師に眼をくれる。
「それは僕が決めることじゃない」魔導師はその視線を可及的速やかなバケツリレーの如く錬金術師にパスするが。
受け取らない。水が零れる。
「まだなのかな」
「見つからない?」武闘士が、河の水面から突出する石伝いにぴょいぴょい跳ぶ。飛びぬけたバランス感覚と落ちても何とかなりそうだという楽観的見通しがないと、そんなことやろうだなんて思い立てない。「急げばいいってもんでもないだろうけどさ。急がないと追いつくもんも追いつけないし」
「今回のように特殊な場所でなければ僕がいる」魔導師が言う。
「さっすが。頼もしーね」武闘士が言う。
「合意の上で別れたんじゃないてこと」
錬金術師が何をしていたのかようやくわかった。
よく考えればそれしかない。仲間も信頼も大嫌いだから気づくのが遅れた。
いなくなった傭兵の追跡。
さて、どんな方法を使っているのか。
「見つけてどうしようって?お節介にも限度ってものが」
「お節介でないとしたらどうですか?」祓魔師が柔和に微笑む。
完全に僕を見下している。
「彼はどうしても一人で行かなければならない事情があったのだと考えます。仲間を危険に晒さないために、彼は彼なりの最善策を採ったのだと。その事情は、長く彼といた彼らには、容易に想像が付いています。だからこそ、彼の居場所を特定しなければならない。いち早く駆けつけなければならないんです」
「君だって。わからないだろ?長く彼といたわけじゃないんだからさあ」さっさと仲間入りした風に口をきかないでほしい。
無視されてたじゃないか。それどころではないらしい。錬金術師は。
どうやって。捜す?
魔導師のほうが向いてそうな術だが。
「君がやったほうが」
「僕にはできない。ケイに対しての理解が低い。何か勘違いしているようだから説明するけど、僕らウィザードは確かに魔素を操るけど、実質は膨大な知識がそれを支えている。魔への飽くなき探究心なしに、魔は導けない。これが僕らの基本理念だ。要するに」
「混沌たる世界から赤の他人を見つけ出すことはできないってことね。それでも錬金術師がやるよりはもっとスマートに」
「僕にはできないよ。こうゆうのはなによりもまずやる気がものを言うんだ。どっちがやったほうがいいかなんて、わかりそうなものだけれど」
未練たらたらじゃないか。
少なくとも気持ちよく送り出したのではなさそうだ。
「彼がアームエイジドダンを解散させたってことと関係し」
絶叫と絶句が。
絶妙な入り混じり具合を。
「ちょおあかん。あかんわ。あかんすぎてもう」錬金術師がこの世の終わりみたいな表情で。「いますぐ行こか。俺の本が」
本?
「わかったのかい?どこに」魔導師は冷静さを保って尋ねるが。
本。錬金術師は呪文のごとく唱え続ける。本本本本。
魔導師と武闘士とで粘り強く訊いた結果。
傭兵の行き先は。
あの平和ボケの一等地。天子廟香カラ。
そんなところに。なんで?
貿易と商業の港だ。そんなところに。
なにをしに?
魔導師もまったく同じことを思ったようで。
「あなたの能力を過小評価してるわけではないのですが」いままさに過小評価に修正されたのだ。
「ええから、早よう」行けばわかる。と、そうゆうことか。
冒険士はうれしそうだった。好奇心の塊みたいな彼らにはさぞ魅力的なんだろう。魔導師の腕をぐいぐい引っ張る。
僕は。ここへ来て、
同行を見直したくなる。どうして僕が。
あんな平和ボケの本拠地なんかに。
「行かれるのですか?」祓魔師も否定的だった。
「エクソシストの、あーなんやったけ」名前を訊いている。「一緒に行かへん?」
「よろしいのですか?」祓魔師が、ついほかのメンバを確認したくなるのもわかる。
ここへ来て。いきなりもいきなりだ。
しかし、他のメンバは。
リーダがオーケィなら異論はないらしく。誰も何も言わない。
むしろそんなことより。どうして天子廟香カラなんかに。
行かなきゃならないのかが気になっている。
パーティが増えようが減ろうが。目下最大の問題点は。
「ノトくん。よいっち。ツグちゃ。見えへん?」錬金術師が祓魔師を視界に入れて。
笑う。
「そっちの天使やったか堕天使やったかは」
「天使でも悪魔でもありません。わたしは」
堕天使?否定しないし。
「どーでもええわ。視えた?」
「え?なにを?」武闘士には見えていない。神実にそんな能力はない。
「視ようと思えば見えないこともないですが」魔導師には可能だ。「どうしたっていうんだい?知ってるなら教えてくれればいい」
冒険士は首を振る。見えていない。
「そか。せやったら降りるんいまのうちやさかいに」確実に僕以外に言っている。
僕を強制的に無理矢理に是が非でも。
巻き込もうとしている。
「ひ弱な俺庇って死んでまうかもしれへんしなあ」
僕と。祓魔師を。
自分の盾にすべく目論んでいる。とんでもない身勝手。
でもそれでも。
面白そうだと思ってる僕がいて。
「やってもうたよ」錬金術師が、顔を引き攣らせる。
乗っ取られた。
「俺の本」
意味がわからないので自ずと。見えたとかいう、祓魔師に視線が集まる。
「乗っ取られました。国ごと」新世アームエイジドダンに。
4
ここいらで僕の。使役する竜ドラゴンを紹介しておこうと思う。仲間になりたいなら手の内を明かせと、他ならぬ錬金術師にせがまれたから半ば仕方なく。
化石竜フォシルダイナソアが十体。それぞれに要素エレメントが付与されてる。
火竜スピノ。
水竜プレシオ。
風竜ブラキオ。
木竜スティラコ。
土竜アンキロ。
氷竜ステゴ。
雷竜パラサウロ。
地竜ティラノ。
天竜プテラ。
闇竜ディノ。
「光が僕。見るときは君ら全滅だけどね」冗談ではない。
力を制御できない。する気がないだけ。
ほかにも。要素エレメントは付与されてないけど、僕の大事な手足。
亜大陸竜ゴンドワナ。
「君たちと最初に会ったときに戦闘ったのが」
ダイナソア。
ドラゴン。どちらも竜で間違いないのだが。
違い。魔導師が説明したそうにしてたが、錬金術師は敢えて僕に振った。
「絶滅しちゃってね、ダイナソアは。いま世界に存在する竜は全てドラゴンてわけだ。ダイナソアが死滅することで新たに現れたのがドラゴンてわけじゃなくてね。太古の昔は両者が共存。ううん、違うな。棲み分けをね」
空の覇者がドラゴン。
陸の覇者がダイナソア。てなふうに。
「両者は仲がいいわけでも悪いわけでもなかった。接点がなかったからね。仲良くもできなかったし互いに憎しみ合うにも距離が遠すぎた。でも、あるとき異変が起きる」
起こした。が、正しい。
天が。
気紛れか。
自身の足元ががら空きなことに気づいて危機感を緩和するための。奇策だったのか。
「ダイナソアとドラゴンを戦わせた。最後の一体でも残ったほうを、自分の真下に棲まわせる、とね。それはどうでもよかったかもしれない。強さこそが竜の誇りだから。それしかないんだよ。我ながら好戦的な部族だとは思うよ」
結果は。現状から明らか。
ダイナソアは地上から姿を消し、僅かな化石が残されるのみ。
ドラゴンは天の直下、空を住処として許され。
空洞遠雲ジュラクアが建国された。
いまでこそ竜は、ドラゴンと同義になっている。
神に利用された。ことは重々承知のうえで、ダイナソアがいなくなったと見るや。同族同士で殺し合いをおっ始める。殺戮や虐殺が似つかわしい。
竜ドラゴン。
竜族ドラゴ。どちらも竜で間違いないのだが。
魔導師が説明したくて解説したくて知識を披露したくてうずうずしているのだがやはり。錬金術師は僕に振る。当事者の口から聞きたいのだろう。
「ドラゴンとヒュムの混血とかじゃないよ? そもそもドラゴンありきで、ドラゴンをなんてゆうかなあ、改造てのはニュアンスが違うなあ。突然変異。にしたって変異はし得ないよね。して堪るかってね」
神。によって人族ヒュムの姿に変えられたのが。
哀れ。僕ら、竜族ドラゴ。
人族が竜に化けたわけじゃあない。そこんとこ勘違いしないように。
「スタンダードはこっちじゃなくて。ドラゴンのほうが楽なんだよ?この姿じゃ空も飛べない」
祓魔師が憐憫の情をくれる。竜の姿でいようと人族の身にやつそうと。
皮肉だ。
僕は飛べない。だから意地になって不便で極まりないはずのこんな二本足をやってる。いまさらもうすっかり慣れちゃって。自分の本来の姿形を忘れそう。
忘れちゃえれば楽かもだよね。
飛べない竜なんか、存在価値もない。
魔法剣士。
エレメントナイト。厳密には両者は異なる。
前者は、僕が勇者であるときの。
後者は、僕が。竜の覇王ドラグナである証。
要素エレメント。
魔導師にもお得意分野かもしれないけど、それとは趣を異にする。
「君たちは魔素を操る。魔素を材料にエレメントを創り出す。二段階操作が要るんだ。けどね僕は、エレメントそのものを操れる。エレメントそのものってわかる?自然だよ。魔素みたいなイレギュラで不安定なもんじゃなくってさ。もっと広大で雄大な」
エレメントそのものとの対話はむしろ。
錬金術師のお得意分野だ。錬金術が死学なのが残念で極まりなかった。
二千年前に滅んだ。
インチキだと隠蔽されて。
その錬金術師が、例え自称でも。復活したという事実。
僕でなくても身震い必須。飛べない自分に絶望するには早すぎた。
僕は、飛べる竜になれるかもしれない。
本当の意味でのドラグナに。
「こんくらいでいい?」
「まあええやろ」錬金術師が眼を開ける。精霊の眼を借りた周辺調査が完了した。
「あったのかい?」本とやら。魔導師が待ってましたとばかりに尋ねる。
錬金術師の所有する本だ。錬金術師に関する本に決まっている。魔導師としても気にしないわけにはいかない。
「まさか奪われたなんてこと」
「それはへーきなんやけど」
天子廟香カラ。
世界随一の貿易港。商人の街。
僕の亜大陸竜ゴンドワナで移動する方法も提案したんだけど、最速という観点では移動系魔術に勝てない。里離叢地爐ヨミでの疲労もすっかり回復した魔導師の独壇場で。僕ら6人を一瞬にしてかの平和ボケ震源地へ運んだのだけど。
とてもアームエイジドダンに乗っ取られた。ようには見えない。
なにか、とてつもない天変地異が通り過ぎた跡地。のような。
まず、港を賑わしているはずの船舶。
船舶としての機能を果たせるものが見当たらない。残骸。海上を浮遊する。
次に、港から真っ直ぐに延びているはずのメインロード。
両側に展開するる商人の露店が大破している。店を開くどころではない。
砂埃。香辛料。
メインロード自体が。
真っ直ぐではなくなっている。縦横無尽に城に延びている。
死体が転がっていないのが唯一の救いだが。
どうして死体が転がっていないのだろう。これだけ船や店を滅茶苦茶にされて。一方的で圧倒的な暴力に巻き込まれて。単なる人族ヒュムでしかない商人たちが。
無事に逃げおおせるはずがない。
無事に逃げおおせたとしても。どこへ逃げる?
城?
いや、それはない。もし僕が天子廟香カラを力づくで乗っ取ったとしたら。
天子の存在の象徴ともいえる、
城を本拠地とする。支配の証として。
「確認してるんだけど」魔導師が感覚を広域に延長する。生存者を見つけようとしているのかもしれない。「おかしいな。城の中からしか」
生存者の反応がない。
「避難してんじゃなくて?」武闘士は暢気で考えなしな意見を披露するが、その発言内容の割に表情は。硬い。神験カミシルシのある左肩に。ぎゅうと爪を立てる。
「ビザンティオとは事情が違うと思われますが」祓魔師が両の瞳を見開いてぐるりと。周囲を見回す。何かを探している。「境界のようなものは見当たりませんね。妖族エルフの十八番の気配はありません」
幻術ではない。ということ。
皆の視線が錬金術師に集まる。
眼は開いていた。
「ケイちゃんはおるよ。せやけど」露店で扱っていたであろう、金属の加工品。ひび割れた石畳に散らばったものの一つを拾い上げる。「なんじょう人がおらへんのやろ。こないに血の」
においが。
ようやく感じる。濃度が強すぎて麻痺していた。というより、
むしろ。このくらいの濃度が。
通常なのだ。
僕の滅ぼした国では。
「行ってみれば?」それしかない。わざわざ僕が音声化せずとも。
誰も何も言わない。
同意。
瓦礫と布と木と石が。二本足を妨害する。
業を煮やした魔導師が城までの最短距離を生み出そうとした、その一瞬の。
間。
奇襲を受けたのが僕でなかったら確実に。獲られていた。
疾い。おまけに、
強い。破壊だけを目的に。
察知だけは僕とほぼ同刻だった魔導師が詠唱しようとした空気を。
禍々しい轟音で消滅させる。
殺意に反応して反射的に身体が動いた武闘士が放とうとした神随カムナガラを。
無に帰す。
わかっていたのかわかっていなかったのか。動けなかったのか動かなかったのか。錬金術師が。
「返してもらおやないの。俺の」
「駄目です。皆さ」何かに気づいた祓魔師が発した警告も虚しく。
僕らは、
見事にばらばらに引き裂かれた。集団では厄介だと認識され、已む無く取られた措置だとするなら。なかなかの実力揃いだと、新参の僕とても鼻が高いが。
そうではないらしい。
どこだ。ここは。
潮の。
海か。
眼下に船舶の残骸が映る。
波と。風と。
港の外まで押し戻されたらしい。僕が飛行可能と知っての選択なのか。
海。
この広い空が必要なほどの破壊神を。
竜覇王ドラグナの相手として見繕ってくれたのか。
だとするなら。
望むところだ。
「くせえと思えばよお。あ?んなとこにいんじゃねえの」脳天のその更に上。
いる。それは、
いままで感じたこともないような。可視される殺意。
アームエイジドダン。
のうちの一人だ。この流れから言って。
「のこのこ俺の前にツラぁ出しやがって」さも僕と往年の知り合いであるかのように話すが。ここであったが百年目的な。
知らない。かれこれウン百年生きてるので記憶が浚えてないだけかもだけど。
アームエイジドダンの構成員についてさほど知識はないが。
竜族はいないと思う。いないはずだ。
「姿を見せてくれると返事のしようもあるけどな」頭上を踏みつける位置で話されているのでなかなかに気分のいいものではない。
「あ?てめえに見せる姿つーもんなんざねんだよ。てめえはな、ただ黙って俺に殺られりゃいい。あっちゅー間によ、なんも気になんなくなっからよ」くせえんだよ。
てめえら、
ドラゴンは。
もし僕に飛べる翼があったら、二度と飛べなくされていた。翼を。
翼だけをまず、
斬り墜とす躊躇ない動き。
「んだよ、てめ。ドラゴンになんだろうがふつー」耳まで裂ける大きな口。
異様に鋭く、それでいて存在感のある眼球。
外見の造形に、
人族ヒュム以外のにおいが。するが。
人族ヒュムのにおいがしないわけでもない。混血ブリド?
透明な柄の先に薙刀。反対側には刺股。
見覚えがある。
弓杜封界宮シンの六宮リキュウが一つ。
灼枷魃刃シャカバットウ≪魂供贄タマクニ≫に、
奇石無鬼ナキの紛い物が嵌っている。
左肩は、
1の刺青。
アームエイジドダンで最も強いという意味の1なのか。加入順なのか。
詳しいことは割とどうでもいい。
要は、強いか強くないか。強くないはずがない。
竜の覇王である僕を、
ここまで虚仮にした攻撃を続々と仕掛けてくれるのだから。
「名前くらいは」聞いとこうか。
「千年待った甲斐があらあなあ。ようやっとドラグナを」
屠れる。
5
海に墜ちた場合の保険として。
水竜プレシオ。
「あ?化石じゃね?」薙刀だか刺股だかを振り回しながら。「んで化石に肉付いてんだ?」
自分で質問して自分で答えに思い当たったようだった。
「あー」
要素エレメントを付与することで。
化石竜フォシルダイナソアを蘇らせた。
「よくできたドラグナじゃねえのよ。ウン千年ぶりの逸材つーわけ」
「喋りすぎだよ」薙ぎ払われることを見越して、
空圧。
1の正体を見抜かないことには。手の出しようもない。
チカラの塊に、
チカラで挑んだところで。
「んだよ。そっちが来ねンなら」来る。
防戦一方ってのは僕のシュミじゃないが。
どうも、
嫌な感覚が拭えない。戦闘を拒んでいる。直感と本能で。
混血如きに。本当に混血なら。
人族ヒュムと、
何の。混血なのだろう。何だったら、
この防戦一方の原因たり得る。
小細工は一切ない。力だけで押してくる。
力だけで、
僕が押されている。
「ちーとばかしアタマでかすぎんじゃね?悩むなよ。そっこー悩む必要なくなんだからよお」1は化石竜を眼中に入れていない。そっちを攻撃しても意味がないことをよくわかっている。
主人の僕を殺らないと。
だから僕も、無意味な顕現をしない。
最低限の一体のみ。
要素エレメントの使い分けでなんとかなるような相手ではなさそうだ。
何なんだ?こいつは。
「諦めて俺に」喰われちまえよ。
衝撃波。予想ができないわけではなかった。
海中。
助けに来てくれた水竜プレシオを。
一振りで化石に戻す。海中でどうしてその動きが。
疾い。
水棲動物との混血ブリド?いや、一生水の中で暮らさなければいけない事情以外に。その混血ブリドに利点はない。利点?
駄目だ。竜族は広い空でこそその能力が発揮される。
この深い海では。
「わけもわかんねえと動けねえ?」空気の泡が出ない。ということは、
頭の中に直接話しかけている。
人族ヒュムとの混血ブリドにそんな芸当ができるだろうか。
とにもかくにも、海から脱出しなければ。
亜大陸竜ゴンドワナ。
空まで連れて行ってくれ。
来ない。僕の呼び掛けに応えないだなんて。どうして。
海の水が、
濁る。赤褐色。まるで、
血の海。
「ゴンド」ワナには。
首から上がなかった。首からゆらゆらと赤褐色が漂っている。
首から上を、
1が。串刺しにしている。
「あーてっきりてめえが化けたと思ったがなあ」切り口にべろりと。舌を。「違えし」
凍てつけ。氷竜ステゴ。
停止した大海の水面に立つ。1の気配を感じ取って。
閃け。雷竜パラサウロ。
稲妻をお見舞いする。
亜大陸竜ゴンドワナの首の修復方法。
赤褐色が飛び散る。
その方向に。
咆哮。
口の周りどころか顔面と首元を真っ黒に染めた。1が。
頭を放り投げる。
それが何の骨なのか。僕が海中から脱するまでに、
1が一体何をしていたのか。
わかった。
1の正体。
わかるのが遅すぎた。
「僕を殺したら本当に滅ぶよ。何もいなくなる。そうしたら」
「したらまた千年待つだけだな。千年待ちゃなあ」1が口から血の塊を吐き捨てる。
凍った水面がそこだけ融解する。
できれば出会いたくなかった。神話上の存在でいてほしかったが。
実在するのかその神は。
「千年待ちゃあ、また出てくんじゃねえの。ぼこぼこと。ドラゴンてのは」
竜を常食するという。
竜の創造と破壊を司る。竜祝尊リュウホフリ。
「てめえが竜覇王ドラグナんなったあと、ジュラクア帰ったか?帰ってねえだろうなあ。帰ってみろよ。俺に」喰われる前に。「喰われたらそれはそれで帰れんだろうがな。見てこいよ。てめえがぶっ殺した同族は一体残らず俺が」喰った。「キレイなもんだぜ?」
親兄弟姉妹を喰われたこと自体は割とどうでもいいのだが、
亜大陸竜ゴンドワナを。喰い散らかしたのは。
だいぶキた。
火竜スピノ。焼き尽くせ。
凍らせた海を煮沸までもっていく。
竜祝尊が手にしている六宮が。その壱式でなければ、まだ。
武具全体が灼熱を纏う。
火竜スピノの噛み砕いた炎を。端から絡め取られる。
「お前以上に俺と相性最悪なのもいねえよなあ」炎を手繰り寄せて火竜スピノを喰おうとするので。
化石に戻す。
「同感。勝ち目が見当たらないね」
しかしむざむざ喰われてやる義理もない。竜覇王ドラグナの名が廃る。
海の上は不利だが、天子廟香カラを灰にするのも気が引ける。
もっと上空へ。
行かれないものか。
羽撃たけ。天竜プテラ。
「そーは」させねえよ。
疾い。
のも予想済み。
駆け抜けろ。風竜ブラキオ。
眼眩ませ。闇竜ディノ。
その場凌ぎでしかないこともわかってる。その場も凌げてない。
雲の合間。
一直線。で来たのは僕の反応速度を、
軽く超えられると確信していたから。
「アムリタて知ってっか?」
「神版エリクシルだっけね」
違えよ。頭の中に直接。
至近距離で首根っこつかまれていると思いきや、
離れる。
「人版アムリタが」エリクシルなんだよ。「天艮角テンゴカク大戦の発端だ。錬金術師が復活しちまったらしいってな。ただぼさっと二千年うだうだしてたわけじゃなかったみてえだな」
発言の終着地が見えないので相槌は保留した。
それより、どうしていまそれを。
引き合いに出してきたのか。
気を逸らす?逸らさなくたって竜祝尊の優勢は揺らがない。
「ここを占拠したのは、いちお理由があってな。ちっと前まで錬金術師が居ついてたとかどうとか」殺気が消えた。
雲の切れ間から、竜祝尊が眷属。
竜樹ナーガを携えて。
「タブレ=エメラルデはどこだ?」
「僕に訊く?」
「なんか聞いてねえか。お仲間なんだろ?」答えても答えなくても。
竜なんかじゃない。そいつは、蛇を神化させただけの疑似竜。
竜樹ナーガが襲ってくる。
あれを、顕現ぶしかない。亜大陸竜ゴンドワナがいないのが痛手だが。そうも言ってられない。
地竜ティラノ。結晶化。
地アースエレメント剣ソード。
空と、
海に、切れ目を入れて。
混ぜ合わせる。
空は吹き荒び、海は猛り狂う。
顕現せよ。
超大陸竜ロレンシア。
「いんじゃねえのよ。そいつだそいつを」待ってた。竜祝尊が舌なめずりする。
いまお前の眼の前にいるのは誰だ。
錬金術師じゃない。
竜覇王ドラグナだ。
「胃袋爛れるよ?」
どいつもこいつも。錬金術師錬金術師。二千年前に滅んでる。
僕が生まれたのは千年ほど前だけど、そのときだって滅んでた。それなのに、
どうして。いまさらになって、
現れるんだ。錬金術師。
竜族は、二千年前。天艮角大戦で神に駆り出されて。
鬼に相当数減らされている。
たった一人の錬金術師が、神を裏切って。
神に教わった術を、
神を滅ぼすために使おうとした。結果、
錬金術は滅ぼされる。人族ヒュム如きが神に追いつこう成り代わろうなどと。
おこがましい。
僕は神の味方でもなんでもないけど。
錬金術師だって利用価値があるから生かすけど。
「覚悟決めて喰われちまえよ」竜樹ナーガが僕の周りをぐるぐると回り。大気ごと取り込もうとする。
超大陸竜ゴンドワナと、僕を。
一気に丸呑みにしようとか。
「俺に見つかったことを光栄に思うんだな」
相性最悪。
喰う・喰われるの上下関係。覆せない。
覚悟は決まらないけど、抗う術が見当たらない。まさかこんなところで、
終わりにされて堪るか。
「終わりだ」竜樹ナーガが大口を開けて。
超大陸竜ロレンシアを盾に。するには気が引けたので。
甘んじて呑み込まれてそれで。中から壊してやろうと思ったが。
僕が。
竜樹の胃袋に収まることはなかった。
気配。
禍々しさでは眼の前の竜祝尊に劣るが。猛々しさでは、
凌ぐ。
遙か。
黒い一閃。眼の前で、
竜樹ナーガが右と左に裂けていく。様を見ている。
僕が。
悔しくてならない。なんで、お前が。
その石は神の術をのみ防げない。裏を返せば、
神の術だけを、
認める。通らせる。
「こいつの相手はお前じゃない」傭兵が言う。
前面に竜樹ナーガの血を受けて。尚、
揺らがない。
海に落ちる。竜樹ナーガの残骸。
「勝手に付いてきた僕が悪いと思うけど」
自業自得。首を突っ込むから、
首を。
取られる。
「付いてくるな、とは言ってない。少なくともお前らには」傭兵が顎を向けた先にあるのは。「行ってくれ。付いてきたんならそんくらいのことは」
ここはいいから。向こうで戦っている仲間を。
助けてやってくれと。
そうゆうことか。なんだそれ。
付いてくることは見越して。完璧にお見通しで。
錬金術師の、あくまで。
補佐をしろと。そうゆう。
まったくおんなじこと考えているじゃないか。
錬金術師と。
「よお、クウとお愉しみなんじゃなかったのかよ」竜祝尊が高笑い。
灼熱。
斬って払う。
「行けよ。死にてえのか」傭兵が言う。
「一人残ってどうするつもりか知らないけど」
確かに、この相手に関しては不利以外の何物でもない。喰われる以外の未来が描けない。だが、
そんなのは。僕じゃなくたって。
竜覇王ドラグナの僕に敵わないのなら。他の誰が刃向っていたところで。
「あいつらを頼む」身の丈ほどもある大剣を振り下ろして。
竜祝尊に向かっていく。が、
かわされてあっけなく。
海に落ちてしまった。落ちた?
「っかじゃねえの。知ってんだよてめえが」飛べねえこたあ。竜祝尊が腹を抱えて大笑いする。
捕獲せよ。水竜プレシオ。
「他人を助ける余裕があったかてめえにゃあ」
まずい。
後ろががら空き。
なにやってるんだ。助けるのか助けられるのかどっちかに。
僕にも傭兵にも当て嵌まる。
顕現も。結晶化も間に合わない。
光。
ああ、そうか。僕が、
僕は。
光の。
「遅えって」
遅いかどうかは、
これを。見てからでも。
光ライトエレメント剣ソード。
使うのは初めて。使ったことはないけど、
なるほど。
手に馴染む。
「頼んでいいかな」水竜プレシオにも云った。
「言ってだろ。最初っから」ずぶ濡れの傭兵が海中から現れて霊剣を振りかざす。大丈夫だ、というアピール。
九九九と呼ばれる、九九九体の鬼を封じたという。
とんでもない罰当たりの。
乳白と黒曜の数珠。
「飛べないとか言ってたっけか」
天竜プテラも顕現んでおこう。これで、
空と海を味方につけたも同然。
「逃がすかよ」竜祝尊が僕を灼熱で足止めしようとするが。
薙ぎ払う。光で。
「うん。逃げさせてもらうよ」僕じゃ絶対勝てないらしいから。
勝てる相手に。
勝つことにする。
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