第4章 険悪な冒険士トレジャハンタ


      1


 あった。

 絶対にあると思った。だってここは魔窟城塞ヴェスヴィなんだから。

 三人は、生き残りの魔導師ウィザードに注目中で気がつかない。

 あ、違った。あの魔導師がヴェスヴィを滅ぼしたみたいだ。大人しそうな顔してよくやるよ。大量殺戮。

 そんなことより、さっさと調べものしないと。

 丹譜ニフ。

 僕が蒐集してるのはそれ。

 まさか写しまであるなんて。どうやって手に入れたんだろう。尋ねたいけど警戒されそう。仲良くなって好機を待とう。

 旋環センカンで中身を複製。取り込むにはほんの一瞬。

 ぜんぶで幾つあるのかわからない。けどぜんぶ揃えてみせる。

「ツグくーん? いる?」暢気そうな声がする。

 ヨイッチが弓杜封界ゆみもりふうかい宮シン出身てのはすぐにわかった。左肩に神験カミシルシの生き見本みたいな文様が浮き出てる。

 僕は本棚の上から飛び降りる。

 やっと気づいた。ヨイッチが駆け寄ってくる。「よかった。なんか難しい話しててさ、俺ぜんぜんわかんない」

 僕は知ってる。二千年前に滅んだ万能の禁術、錬金術アルヒミ。

 確かに魅惑的。実は話はぜんぶ聞こえてる。

 僕はすごく耳がいい。

「ね、なんか面白いもんとかあった? 本ばっかだけど」

 僕は首を振る。

「そっかあ。だよね。魔導師がいたからツネアは無茶しなくて済むからいっか」

 ヨイッチのあとに続いてドームの中央に戻る。自称錬金術師とかいう明らかに素性の怪しいツネアと、最高峰魔導師とか言い張る自信家のノトがこっち見た。神術カムスベ以外をすべて無効化するという興味深い奇石無鬼ナキをもってるケイは、眼を瞑ってじっと立ってる。寝てるのかもしれない。ぴくりとも動かない。

「君は何をしていたのかな」ノトが言う。

 〉〉探検のつもりが迷った。ヨイッチが探しに来てくれて助かったよ。

「へえ、そか」ツネアが言う。

「ふうん。ならいいけど」ケイが言う。ほぼ同時に。

 驚いた。ノトにも聞こえたみたい。予想外だ。魔導師てのは案外手強いかな。

 ヨイッチだけ首を傾げてる。

「まあどうせ見たってわからないだろうけどね」ノトが言う。

「蘇生術がか」ケイが言う。

 ノトの眉がピクッと痙攣する。この二人はうまく行きそうにない。

「修験霊山塔テラで死者の扱いはどうだったかな。あまりにマイノリティな集落すぎて僕には関与しづらいんだけど。確か輪廻転生信仰も入っていたよね。錬金術もそれが大きく影響している。十三の碑文さえ手に入れればエリクサだって製造できる。そうだろ?」

「そいつを手に入れて、自分で殺した魔導師を生き返らせたいのか」

「当然だ。僕の師匠は死ぬべきではなかった。あの人は最高の魔導師だった。彼の弟子になれただけで奇跡と言っていい。彼こそ、ヴェスヴィがヴェスヴィである証」

「何をするかは勝手だが、修験霊山塔テラの悪口は言わないで欲しい。それに輪廻転生も特に貶すべき点は見当たらないが」

 ヨイッチが止めようかどうしようかあたふたしてる脇で、ツネアがノトから借りた錬金術の書を黙々と捲っている。

 〉〉どう? 面白い?

 聞こえていないみたいだった。眼がひたすら字面を追ってる。横からこっそり覗いたら、不可思議な絵文字みたいなものが並んでいた。

 ダメだ。僕には読めなさそう。ちょっとだけ興味があったのに。

「そもそも君は何の目的で、まったく縁もゆかりもない錬金術師の彼に付いていってるんだ? 過去の精算とか言ってたね。何かとんでもない大罪でも犯したのかな」ノトが言う。

「言いたくない」ケイが言う。

「ほら言えない。それは君に後ろめたいことがあるからじゃないのか?」

「俺が気に入らないなら構わない。だが、仲間にはなって欲しい。そのためにここまで来た」

「厭だね。錬金術師だけならともかく。まず君が一緒だというのが気に入らない。それ相応の理由があるなら考えてもいいけど、どう見てもなさそうだ。流れ上雇われた傭兵ウォリアってところだろ? つまるところ、魔導師の僕が加われば君なんか用なしだ。それとそっちの君」

「え、あ、俺?」ヨイッチの両肩がびくんと震える。急に話しかけられたからだけじゃない。関わりたくない人に声を掛けられて、挙句吊るし上げに巻き込まれそうになってるから。

「その左肩、弓杜封界宮シンの神験だよね? 神術の最上奥義、神遣葬弓カムヤリソウキュウ神随カムナガラを遣うんだろ? どうして鎖国村で崇め奉られているはずの弓守キュウシュ様がこんなところにいるんだろう? 要するに、逃げてきたんじゃないのかな」

 ヨイッチがう、と唸る。

 図星。

「君の目的は盗られたものを取り返す、だったかな。何を盗られたのか、想像に難くないな。六宮リキュウだろ?」

「え、なんで?」

「弓杜封界宮シンの弓守様自らが大っぴらに出張ってるくらいだからね。神遣葬弓神随がこの通り無事ならそれしかない。ふうん、一体どこのどいつに盗られたんだ?」

「あ、えっとね、ううんと」ヨイッチがちらちらケイを見てる。助けを求めている。

「わかった」ケイが言う。「すべて説明する。そうしたら仲間になってくれるか」

「内容次第だね。まあ一番の気懸かりは、君の過去というただ一点に集約されるわけだけど」

「俺は武世来アームエイジドダンを創った首領だった。すでに解散したが、実質的には存続している。それを鎮圧し、今度こそ完全に解散させる。それが俺の目的だ」

「んでね、六宮は、その残党に盗られちゃったわけで」ヨイッチが言う。

 ノトが鼻で嗤った。そら見たことか、て顔で。「想像通りで何も言い返せないよ。武世来だって? 嗤うしかない。あんな下賎な集団を創ったのが君? 解散ていうのも俄かには信じがたいな。どうせ選りすぐりすぎた自慢の部下が手に余った末の決断だったと思うけど、莫迦莫迦しい。そんなことくらいでいままでの悪行三昧に蹴りでもつけられると思っているのか?」

「やったことをなかったことには出来ない。だからせめてこれ以上被害を出さないように」

「被害だって? いまのを聞いたか弓守様? その部下の不始末で、大事な六宮を奪っておいてこの態度だ。あり得ない。彼は君の仇じゃないか。どうしてそんな輩と一緒に」

「それはね、もういいの。六宮取り返すの手伝ってくれるって言ってるし」

「取り返すじゃないだろ? 武世来がやったなら彼の責任だ。それなのに」

「ノト君」ツネアが本から顔を上げた。一応話は聞いてたみたい。

 器用だね。それともわざと?

「君からも何か言ってやってくれないか。この出来損ないの僧は、弓杜封界宮シンの六宮を盗んでのうのうと」

「ヴェスヴィ最高峰の魔導師ゆうんは、プライドも最高峰なんやね」

「いまのは、どういう意味かな」

 ツネアが本を閉じてノトに差し出す。「これ、ニセモンやわ」

「まさか、そもそもこれはヴェスヴィの地下書庫にあった書物だ。贋物のはずが」

「ホンマに中身読んだ?」

「当たり前だ。十三の碑文。並びにタブレ・エメラルデ。二千年前における錬金術師の謎の消滅。それ以来禁術とされ、果ては異端のインチキとまで貶められた悲劇の」

「そんなん書いてへんよ」

 ノトの顔が歪む。ヒビが入った、が近いかな。「書いてない? 嘘だ。ほら、ここに」

「これ、何語なんかな」

「これは錬金術師が用いたという暗号の一種だ。彼らは象徴を好み、然るべき者にしか知識を継承させないため、このような手の込んだことを」

 ツネアがううん、と唸る。溜息半分呆れ半分。

「そうだろ? いや、そうに決まっている。君は曲りなりも錬金術師じゃないか。まさか違うとでも」

「ここに、錬金術師モドキがおったのかも知れへんな」

「何を言っている? あり得ない。ここはヴェスヴィだ。最高峰の魔導師だけが集う」

「そか。なるほどな。これな、二重んなっとるみたいね意味が。まあ、内容自体は間違いやないんやと思うけど。俺が自称錬金術師ゆうとるのには、それなりの理由があるん」ツネアがノトの手元にある書物に手を翳す。

「何をしている?」

「俺が見た書はな、こうすると意味が入ってくるん。ここにな」ツネアがこめかみを指でつつく。「せやけどこれはなんも起こらへん。まあ、そうゆうことね」

「まさか、そんな」

「せやからこれは、ここにおった錬金術師モドキが書いた記録みたいなのと違う?」

「ちょっと待て。さっき君はこれが二重の意味と言ったな。それなら君が読むとこれは何が記されているんだ?」

「聞かんほうがええよ」

「教えろ。僕は知りたい。これが贋物だというなら尚更」

「後悔せえへん?」

「しないさ。さあ、教えてくれ。錬金術師の君が読むとこれは」

「弟子の成長日記やわ」

「は?」

 一同がぽかんとなった。渋い顔をして下を向いていたケイですら顔を上げた。

「弟子の? なんだって?」ノトが言う。

「ああすまん、言い方が悪かったわ。弟子の成長観察日記やな。視点は師匠のほうね。なんやめっちゃ丁寧に書いてあるん。弟子入りした日に食べたもんとか、ゆったこといちいちメモってあるよ。相当猫っかわいがりしとったんやなあ」

「う嘘だ。なんでそんな」

「象徴やとか難しこと考えんと、フツーに読んでみ」

 ノトが胡乱な顔をして文面に眼を移す。すぐに顔が引き攣った。「な、こ、こ」

「なあ? 恥ずかしくらいの溺愛っぷりやろ? なんや、むず痒うなってきたわ」

「ぼ僕はこんなものを錬金術の書だと思い込んでいたと、そうゆうこと、に」

「まあ、半分は錬金術の書、で間違いないな」

 ノトはみるみる顔を紅潮させて本を消した。移動させたわけじゃなくて本当に消したのかもしれない。

「後悔しはったのと違う?」

「まさかとは思うけれど、ぜんぶ読んだんじゃないだろうね」

「否定はせえへん」

 ノトの顔がさらに赤くなる。汗も流れてきた。だらだら。

「僕は記憶を歪曲する術を遣えるんだ。君に掛けていいかな」

「でやろ? 俺、いちおう錬金術師名乗っとるしね」ツネアがやけにニヤニヤしてる。「やっぱプライドだけは最高峰やね」

「うるさい、黙れ」

 ついにツネアはげらげら笑い出した。

「え、なに? どゆこと?」ヨイッチが言う。

「ヨイッチ、ケイちゃん。よかったな。最高峰の魔導師が仲間になってくれるて」

「ちょ、な、なんでそんな勝手に。僕はこんなわけのわからない連中なんか厭だと」

 予想はつく。

 たぶん、弟子の観察日記の弟子が、いまここにいるってこと。

「ほお、そないな口利いてええの? 最高峰の魔導師さま。さっき散々ケイちゃんのこと貶しとったみたいやけど、出来損ないの僧がなんとか」

「そ、それは」

「はい。仲直りしたってね。まずはケイちゃんに謝って欲しいな、最高峰の」

「もう、最高峰最高峰ゆわないでくれるかな。わかった。わかりましたよ。すみませんでした。どうせ僕が加わる前からいろいろ調整はついてたんでしょう? ええ、わかってますとも。わざわざ蒸し返して申し訳ありませんでした」

「いや、お前が言ったことは何も間違っていない。悪いのはすべて俺だ」

「ほんなら次はヨイッチね」

「え、いいよ。俺別に」

「そうはあかんよ。ヨイッチはケイちゃん許してるん。それをねちねちねちねち。わかっとるな、最高峰の」

「わかってますよ。だから最高峰はやめてください。その、ごめんなさい。君の国についても酷いことを」

「え、あ、そうだっけ?」やっぱり暢気だ。

 鎖国村。崇め奉られているはずの弓守様。逃げてきた。僕が憶えてるだけでこんなにある。

 〉〉まとまったみたいだね。

「まあな。ああ、せやった。ツグちゃ、自己紹介せんと」

 〉〉僕だけじゃなくて、ツネア以外は誰も名前言ってないよ。

「せやった?」

「ケイだ。一応傭兵ウォリアだが、いまは誰にも雇われていない」

「へえ、本当に傭兵だったのか。適当に言ったんだけどな」ノトが言う。

「俺、ヨイッチ。武闘士ファイタてことにしといて」

「神遣葬弓神随の弓守という身分は隠しているんだろ? わかってる。しかし」

「ああ、ヨイッチ甘くみんといてね。あんなやけど、闘技場コロセオ史上初の殿堂入りやから」

「で殿堂入りだって? この、彼が? 闘技場は術禁止だろ? ということは素手じゃないのか? しかも史上初? 神随要らないじゃないか」

 確かにすごい。あの猛者たちの中で、十回連続で勝ち抜いてるなんて並じゃない。ただの暢気だと思って僕も甘く見てた。人物像を修正しよう。

 でも神随は別だと思う。ヨイッチは弓杜封界宮シンの弓守なのだ。予想の範疇を遙かに超えたせいでノトは混乱してる。

「そんなこと言わなくていいって。だいたい俺」ヨイッチが言う。

「ええやん。史上初は史上初。自慢しおったって罰当たらへん」

 最凶と謳われた殺戮集団武世来元首領アンド無鬼。

 闘技場の史上初殿堂入りでかつ神遣葬弓神随遣い。

 現存する唯一の自称錬金術師。

 ここにヴェスヴィ最高峰の魔導師が加われば。

 無敵だね。

「で、ツグちゃは?」

 〉〉冒険士トレジャハンタ。

「冒険士? そらまたマニアックな」ツネアが言う。

「じゃあさ、すっごいお宝とか探してるの?」ヨイッチが言う。

「ちょっと待ってくれ。君、さっき探検してたとか言ってたよね?」ノトが言う。

 〉〉疑ってる?

「誤魔化しても無駄だよ。ここにあるすべての書物は、僕が並び順から何からすべて暗記している。例え一ページでも欠損していたら、その時は」

 〉〉その時は?

 ノトは一瞬眉をひそめた。

 〉〉その時は? なに?

「ごめん。誤解だった。何も減っていない」

「いま何したの?」

「単に術レベルの高さやないな。照合するにしても、もともとここ入ってへんと」ツネアがまたこめかみをつつく。癖かな。

「ええっ? ほんとのホントにぜんぶ憶えてるの? すごい、これ何冊くらい」

「十万を越えた辺りで数えるのが厭になったよ」

 ヨイッチが小さい悲鳴を上げた。

「まあそれはええとして。ここ出えへん?」ツネアが言う。

「少々時間をくれると有り難いな。僕も準備がある」ノトが言う。

「そらええけど、ここ、海路で来たさかいに。なんとかしてな」

「それは是非任せて欲しい。安心して僕に命を預けてくれていい」

「いや、命まではな。自己管理で」

 ノトがどこぞに行っている間、僕も引き続き探検することにした。暇そうなヨイッチがついてきたいと言ったけど断った。見られると困ることするから。

 ツネアは読書。ケイは本棚に寄りかかって座ってる。今度こそ寝てる。微かに寝息が聞こえる。

 丹譜。

 さすがにもうないか。

 魔窟城塞ヴェスヴィなら三つくらいあってもいいような気も。

「その指に嵌ってるのは何かな」ノトの声がした。

 あっちゃあ。そうゆうことね。僕としたことが。

「何を盗ったんだ?」

 油断大敵。

 〉〉盗ってないよ。見せてもらっただけで。

 ノトはすごく怖い顔をして僕の手を摑む。

 〉〉痛い。

「さて、返してもらおうかな。ここにある書物はすべて僕のものだからね」

 〉〉だから、盗ってないよ。

「嘘をつかないで欲しいな。複製だってわかるんだ。その指輪の原動力は魔素だろ? 僕が魔素を操る魔導師だということを失念しているね?」

 どうしようか。

 観念しておとなしく返す?

 正当っぽい理由を説明して許してもらう?

 それとも最後までとぼける?

 でもそもそもこれは。いや、正しくは僕のものじゃない。

「冒険士というのは、価値基準がよくわからないな。丹譜なんか盗ってどうする気か知らないけど。珍品持ち寄りの品評会とかあるのかな」

 〉〉うん。近々ね。

 摑む力が強まった。「冗談はこれくらいにしてくれ。確かに丹譜は単なる譜面だ。記された音符の並びを見る限りなんてことのない平板な音楽。しかしそれを演奏した者は存在しない。なぜなら演奏した者は、それがたった一小節であろうと命を落とすからね」

 〉〉へえ、呪われてるんだね。

「丹譜を盗んでどうするつもりだ」

 〉〉珍品だから見せびらかそうと思って。

「知っていることを吐いたほうがいい。魔導師の僕は誤魔化せないよ」

 ピンチ。こんなこと初めてだ。さすがに知識の海とか呼ばれる魔導師相手は厳しい。でもとぼけたら没収されることは目に見えている。ここは正直に話して協力者になってもらったほうが吉かも。魔導師の知的好奇心の高さに訴えればきっと。

 僕は、すべてを犠牲にしても丹譜を揃えないといけないわけだから。

「言わないと、いまここで丹譜を消滅させることだって出来る」

 〉〉そんなことしていいの?

「わけのわからない部外者に奪われるくらいならってやつだ。どうする? 最後通告だと思ってくれていいよ」

 〉〉丹譜は僕の弟が創った。

 ノトの顔が信じられないモードになった。この人は自分の所有した狭い知識だけが唯一絶対だと思ってるから、それを揺るがされると弱い。

 〉〉ケイって人と似てるかも。被害拡大を防ぐって点で。

「本当なのか?」

 〉〉吐くにしても、ゆうに事欠いて凄まじいウソだよね。

「確かに」

 〉〉これで見逃してもらえる?

「いや、完全に信用したわけじゃない。それに、被害拡大防止を目論むのなら何故実物を盗らないかな? 複製を奪ったって何の意味も」

 〉〉もし僕が無断で実物を盗ったらどうしてた?

「こんなことじゃ済まないだろうね。ふうん、そうか。僕に断りを入れるために様子を見たわけなんだね?」

 〉〉たぶん。

 本当は違う。

「君の弟は何者なんだ? 丹譜を綴ったということは」

 〉〉わかんない。生まれた瞬間から生き別れで。

「そうなのか。じゃあ何故丹譜のことを」

 〉〉わかるの。俺の双子の弟だし。

 ノトが不審な顔を呈した。世界の深い部分を研究しているはずの魔導師のくせにどうも度量が狭い。

「つまり、君は使命感で丹譜の回収をしていると、そうゆうわけなんだね?」

 〉〉死なれても厭だし。

「わかった。半分は信用する」

 〉〉じゃあ貰っていい?

「僕が持っていても意味のないコレクションにしかならないからね。いいよ。許す」

 〉〉ありがと。

 といっても、これはそもそも写し。だから実物じゃなくて複製でよかったんだけど、ノトのプライドにヒビを入れるとアフタケアが面倒だから黙ってよう。

 旋環に丹譜の写しを収納。

「へえ、これはどういう仕組みなんだろう。興味深いな」

 〉〉輪源リンゲンに魔素を混ぜて、固めて指輪状にする。名前は旋環センカン。

「その発想は慧眼だよ。僕ら魔導師は魔素を保存するという概念がないから」

 〉〉僕には術を操る素質がなかった。

「それでこれを? えっと旋環だったかな。君、結構優れているよ。魔素をうまく操れない者がこれを使用すれば術の発動は容易い。しかし、遣い方を間違えるとただの殺戮兵器になり兼ねない。技術の流出には注意を払ったほうがいいな」

 〉〉そんなのなんでも同じ。錬金術だって、魔導師だって。

「そうだね。オルレアがいい例だ」

 ドームの中央に戻る。本棚が迷路みたいだったから迷いそうになった。ノトがいなかったら辿り着けた自信がない。

「準備はもうええの?」ツネアが言う。

「君、相当性格悪いんじゃないかな」ノトが言う。

「なんのことかわからへんけど」

 ノトが溜息をつく。うんざりした様子で。

 たぶん、ツネアはぜんぶ承知の上で読書のふりをしていた。僕らの会話を盗み聞きしながら。

「さ、行こか」



     2


 ノトが深海書庫と言った意味がようやくわかった。湖底書庫じゃないかと思ってたんだけど、それは間違いだった。本当にここは深海だった。湖自体が幻術だったからよくわからなくなっていたみたい。火山はたぶんホンモノだと思うんだけど胸張って言えない。

 大きな球状の膜の中に入って陸地に上がる。ヴェスヴィ島。

 ノトが幻術を解く。見渡す限り、火山灰の平原。島の中央に火山がある以外はのっぺりとした地面。やっぱ火山はホンモノで正解かも。

「えらい殺風景な」ツネアが呟く。

「だから僕がわざわざ」ノトが口を尖らせる。

「自分のやったこと、見つめるんが怖かったのと違う?」

「そう思いたいなら思ってくれていいよ。しかし初期の、最初の魔導師が島に上陸したときのヴェスヴィはこうだったと聞いている」

「うわ、なんや歴史に無理矢理結びつけて」

「うるさいな。君だけ泳いでもらってもいいんだけど」

「ああすまんすまん。せやけどなあ、最高峰の」

「もうそれはやめてくれないか。しつこいな」

「ね、そうそう。訊こうと思ってたんだけど、日記だっけ? 何が書いてあったの?」ヨイッチがきらきらと眼を輝かせている。

 ツネアがにやっと笑う。ノトはあさっての方を見てうんざり。

「ゆってええ?」

「断ってもどうせ言うんだろ? しかし、そんなことをしたら君だってただじゃ」

「どうでもいいが、早くしてくれ」ケイが一番冷静だ。或いは、単に眠ってて話を聞いていなかっただけかな。

「ところで君たちはどこに向かっているんだ? 目的はバラバラだろ?」

「せやなあ、オルレアはもう用ないさかいに。なんや行きたいとこある人挙手」

「俺は武世来アームエイジドダンの残党に会わないと」ヨイッチが言う。

「俺も」ケイが言う。

「それ、どこなん?」

 ヨイッチとケイが同時に首を振る。

「そんなものなのか、君たちの目的は」ノトが言う。

「そら、ノト君にゆわれたないよ。なんや無目的の」

「何を言う? 僕だって十三の碑文という、君と同等の目的が」

「俺は別にどうでも」

「そんなわけないだろう? 十三の碑文ないしタブレ・エメラルデを揃えて、錬金術の失われた二千年を取り返さなければ」

「そないなこと言われたかてなあ。ピンと」

 〉〉じゃあなんで錬金術師なんてやってるの?

「せやなあ、なんでやろ」

「気にはなっていたんだけど、君は祭壇古都京キョウ出身じゃないのかな?」

「せやけど?」

「皇族のはずがないにしたっておかしい。あの地域は、弓杜封界宮シンとまではいかないものの外部との接触を制限していると聞いて」

「制限? してへんよ。来るもんは拒まず去るもんは追わずゆうて、緩い国なん。せやから俺のひとりやふたり外出ても、なんも困らへん」

 〉〉皇族なの?

「ずいぶんまあストレートに訊くんやね。せやけど皇族がこないなとこにうろうろしとるわけないなあ。おまけに国定最上位禁術の錬金術マスタやし」

 〉〉深読みするけど。

「構へんよ。好きにしたって」

 じゃあやっぱり皇族かも。

 変なの。

「話を戻すけど、どこに向かえばいいのか言ってくれないと僕も」ノトが言う。

「ケイちゃん。まだ仲間おったほうがええかな」ツネアが言う。

「魔導師、系統は?」ケイが言う。

 〉〉白じゃないの?

「白? そうか。確かに幻術とか移動系しか見せてないからね。実は僕は、全系統魔術を修めた唯一の魔導師だ」

「はあ? ホンマに?」ツネアが言う。

「成程。だから破門か」ケイが言う。

「え、なにが? 何の話?」ヨイッチが言う。

「魔導師は、一つの系統しか極めてはいけないことになってるんだ。代表としては、要素エレメント、白シラスベ、黒クロスベ、幻マボルシ、召喚サモナ、神カムスベ。ちなみに僕の師匠は、召喚だった。だから僕も召喚で然るべきなんだけど」

「欲張りやね」ツネアが言う。

「そうじゃない。自分の力を試してみたかった。あとは自信」

「じゃあ、不可能ではないんだな?」ケイが言う。

「不可能じゃないからこそ制限する必要があった。ある程度力の均衡を図らないとヴェスヴィは滅んでしまう。強大な力は脅威にしかなりえない。僕には、全系統魔術を修められない出来損ないたちの言い訳にしか聞こえなかったけど」本当にノトはプライドが高い。本人は本気で言ってるんだろうから嫌味に取れないところがまた嫌味。

「へえ、ノト君無敵やん」ツネアが言う。

「その通り」ノトが言う。

「ならいい。充分間に合っている」ケイが言う。

「せやったらますます困ったな。ノト君、なんや知らへん? ここ行くとええことあるよって」

「錬金術については、どこに行こうが得られる結果は肩透かしだ。あの書の著者ではっきりしたよ。僕の師匠があんな知識しか持ち合わせていないというなら、全世界の誰もが錬金術について知りうることはこの程度にすぎない。しかし、あくまで人族ヒュムにおいて、という観点からの話だけど」

「妖族エルフ、ゆうこと?」

 ケイの眉がピクッと動いた。エルフに知り合いでもいるのかな。

「そうは言ってない。だいたい、人族に対して他の種族からの風当たりは芳しくないからな。それに追い求めているものがよりにもよってあの錬金術だ。二千年前に時空移動したとしても、果たして得られるものがあるかどうか」

「時空移動はなしね。そらあかんわ。せやけどエルフもなあ。ノームのおっさんはなんや意地悪みたいで」

「ノーム? まさか君たち、渓谷密林暦マヤに」

「あんなあ、ノト君が吹っ飛ばしたのと違うん? まったく二度手間」

「確かに僕は時空歪曲を遣ったが、あれの着地地点はランダムだ。君たちが以前行ったことのあるどこか、に強制転移させただけなのに、どうして」

「ああ、そか。確かにな、俺もケイちゃんも行ったことあるよ。せやけどヨイッチは」

「ないない」ヨイッチが首を振る。

「おかしいな。僕の腕が鈍ったということはあり得ないから、しかし鈍っただけならひとりだけ別地点に行っても。いや、そもそも三人とも同地点に着地という時点で」

「ツグちゃ、なんや知らへん?」

 〉〉おじさんかも。

「やっぱな」ツネアが言う。

「そんな、え、君はノームなのか? それにしては大きいような」ノトが言う。

「どないしよ。ノームのおっさん、何や知っとるかな」

 〉〉こんなに大人数だとダメ。怖がる。

「そか、せやったらホンマに行き止まりやん」

「ちょっと、ノームがおじさんって、そこに驚くべきだろうに」

「錬金術の粋を知っとる尊敬を込めて、おっさんて呼んどるんやけど、なんやおかしい?」

「君じゃない。そっちの、ツグ君。君は」

 〉〉ノームじゃないよ。

「だろうとは思う。しかし、おじさんというのは」

 〉〉捨てられてた僕を育ててくれたのがおじさんだから。

「あ、じゃあそれで」

 ツネアもわかったみたいだった。やっぱり盗み聞きしてたな。

「えっと、俺ぜんぜん」ヨイッチが言う。一人だけ僕の声聞こえないみたいだし。

「大したことやないよ。それよりこれから」

 〉〉みんな行きたいところないなら、僕が決めていい?

「ええよ。移動したったほうが武世来にも会えるのと違う?」

 〉〉天子廟てんしびょう香カラ。

「あかん。そこ、なし」ツネアの反応がすごく早かった。天子のし、の辺りでもう首を振られた。

 〉〉世界一の貿易港だから一度行ってみたい。

「ダメやわ」

「何故?」ノトが言う。

「なんでも」

「そこにあいつらはいないと思うが」ケイが言う。

「せやろ? ほら、却下」

 なにそれ。そこなら丹譜があると思ったのに。

「そうか。神聖帝園ビザンティオがある」またノトがぶつぶつ呟いている。

 ツネアは聞き取れなかったみたいでもう一度尋ねた。

「ビザンティオだ。知らないのか?」

「俺が田舎出身やと思うて莫迦にしとるねノト君」

「君は単にお隣の出日臨君イズルヒリンクン央ヨウと比べれられるのが厭なんだろ? あの国はとても興味深い。ツグ君のように魔素を操れない者が寄り集まって、魔術に匹敵する素晴らしい文明を生み出した。是非一度この眼で」

「で、そのなにやっとるのかようわからへんことで有名な神聖帝園ビザンティオがなんやって?」

「ヴェスヴィには遠く及ばないが、そこには、教育も兼ねた研究機関ソフィ・ア・カデメイがあるんだ。君はよく知ってるみたいだから端折るけど、あの国は謎が多い。謎だらけと言っていい。だからこそ、廃術で禁術の錬金術なんかを研究をしていたところで外部には漏れないし」

「ああそか。可能性としてはまあ」ツネアが頷く。

 確かに面白いかも。丹譜が魔窟城塞ヴェスヴィになかったのはたぶんそのせい。

「だがそれには一つ、根本的な問題がある」ノトが言う。

「入れへんゆうことやないの? そんなんノト君が」

「僕の術をもってしても、あの国に侵入することは不可能だ」

「手加減せんといてよ。移動系で」

 ノトはゆっくり首を振る。

「結界なん?」

「いや、結界解除なら僕に出来ないわけがない。違うんだ。あの国はある意味ヴェスヴィと同じ。絶海の孤島、限定された居住者。つまり、結界なんてわざわざ面倒なことをしなくても、侵入者は自ずとそれと知られる。どの方法を採ろうと、侵入者という札を首に提げて大騒ぎしながら上陸するのとなんら変わらない」

「ふうん、誰某に見られたらそこでアウトゆうことね。せやったら」

 透明とか。

「言いたいことはよくわかる。無論僕に出来ないことはない。しかし、それはやりたくない。そんなことをしたら僕たちは、眠れる黒き悪魔、神聖帝園ビザンティオに宣戦布告したのと同義だ」

 眠れる黒き悪魔。

 神聖帝園ビザンティオ皇帝バシレイオンのまたの名。

 寝てばっかりいるからじゃなくて、持っている力が測り知れないから皮肉としてついた名だと思う。そうじゃなきゃ、黒き悪魔なんて如何にもな名前はちょっとね。

「せやったらどないするん? その眠れる黒き悪魔に頭下げる?」ツネアが言う。

 〉〉列島ヒムカシの文化は通じないと思う。

「大いに同感だ」ノトが言う。

「ノト君もツグちゃもまともに考えたってよ。ケイちゃん、無鬼ナキやんに訊いてくれへん?」

「堂々と入ればいい」ケイが言う。

「あんなあ、そないなこと出来たら苦労せんの。ケイちゃんもまともに」

「いや、堂々と入ればいいじゃないか。そうか、その手があった」ノトが言う。

 ツネアが眉をひそめる。じろじろ見られても僕もよくわからない。

「確か皇帝は、音響オトビキ王国クレンゲテーネの国王と親しい。それどころかかなり懇ろにしていて、幼少時よりお互いの国を行き来していると聞く。先にそちらに寄ろう」



     3


 大陸フランセーヌの南、大陸クレの南西に位置する中程度規模の陸地。

 大陸プレウゼン。

 大陸クレが平和ボケする遙か昔、いやむしろ有史以来この大陸で戦火が上がったことはただの一度もないという。徹底的に平和を貫いている大陸。戦争という戦争に干渉せず、自衛権や軍隊すら掲げない。

 その全土は、音響オトビキ王国クレンゲテーネに緩く治められている。国王は法の下で内外政治を担う代表者であり、議会並びに国民との上下関係は存在しない。城も、国民を威圧するための視覚的圧迫ではなく、出入り自由の開かれた施設になっている。

 その証拠に、国王は国王とは呼ばれない。

 指揮師ディリゲント。

 軍備を持たないためか、全国民の関心は、術等力の誇示やそれを磨く鍛錬よりも娯楽、とりわけ音楽に集中する。よもや彼らのほとんどは術を操る方法を忘れてしまい、そもそも素質があったとしてもそれを磨く努力をしないので、最初から術が遣えなかった者となんら変わりがない。事実上、大陸プレウゼンにおける魔術は滅んでしまった。

 国の内部は、大きく三つの区域に分かれている。政治的に、ではなくそこに住む者の得意分野別に。

 北部チェバリーレンは、楽器職人の町。

 南部ハープスヴェアンは、作曲家の町。

 その二つに挟まれる形で、首都クラディムジーク。ここには城があり、楽器職人と作曲家をつなぐ演奏家たちが居住している。

 楽器職人だから北部に住まなければいけないという決まりがあるわけではない。町の特色として、北部は楽器職人が多い、南部は作曲家が多い、首都は演奏家が多い、というあくまで統計上の話。

「オルレアとまた違うたとこやね。賑やかやなあ」ツネアが言う。

「世界中のありとあらゆる音楽は、ここで永久保存され再構成される。君たちの故郷の歌も絶対にあるよ」ノトが言う。

 そこらここらで路上演奏が行われている。歌だったり、曲だったり。いろんな楽器がいろんな旋律を奏でている。僕はそれらすべての演奏が、まったく同じ音量でまったく同時に耳に入る。楽しげな曲。綺麗な曲。哀しげな曲。激しい曲。ゆったりした曲。

 耳が良すぎるのも考えもんだ。少し、制限をかけたほうがいいかな。そうしないと音符に体力が奪われる。

 〉〉ごめん。いまから閉鎖モードに入るから話しかけても聞こえない。

「なんやのそれ」ツネアが言う。

「意味がよく解らないが了解はした」ノトが言う。「要するに、うるさくてやってられないということなんだろ? いいよ。僕らで進めておく」

 〉〉ありがと。

 とはいえ、まったく聞こえなくするのは危険だから、話しかけても聞こえない、というのはウソになってる。ノトはそれもわかってくれたみたい。怪訝そうに眼を細めるツネアに説明してくれてる。

 実は、ここが僕の故郷。訊かれないから黙ってるけど。

 もしかしてノトは気がついたかな。僕の着ている服が、この国特有の衣装だから。

 クラディムジークの中央広場ほど賑やかな場所はそうそうないんじゃないかな。天使の周りで魚が歌ってる像から水が噴き出る。今日は風が強い。噴き出た水が下の溜まり場の外に飛んでる。近くに寄ると水を被りそう。

 立ち話が疲れる、というツネアの意見で、オープンカフェで一休みすることになった。実はヨイッチはお腹が空いていたみたい。話がわかんないから黙ってたわけじゃなくて空腹で喋れなかったなんて、なんてお気楽な。ライ麦パンを口いっぱいに頬張ってから、ようやくそれが硬いことに気がつく。

 やっぱり抜けてる。それとも単に食べたことなかっただけかな。

「ねえ、俺、いまだによくわかんないよ」ヨイッチが言う。

 ツネアがヨイッチに炭酸水を渡す。口のものを飲み込んでから喋れ、という意味。僕には聞こえたけど。

「ありがと。んで、どうなってるのいま」

「目的地はこっから西のビザンティオなんやけど、そこ行くには、皇帝バシレイオンと仲良うしはってるここの王様に口利いてもろうて、堂々と入るしかあらへんのよ」

「え、じゃあまた王様に会うってこと?」

「オルレアの女王よりは気ィも楽なのと違う? ほら、えと」

「指揮師ディリゲントかな?」ノトが補足する。

「な? 腰低い感じせえへん? 国民と心一つに国創ってこ、みたいな姿勢が」

 ケイもずっと黙ってるけど、まさか同じく空腹だったとかいわないよね。運ばれてきたビールを一気に飲んでしまった。手元の皿もいつの間にか空っぽ。どんどん追加してもらってるけど追いつかない。隣のテーブルのノトがその食べっぷりに呆れている。口があんぐりのままストップ。

「なんだ。喰いたいのか」ケイが言う。

「結構だ」ノトが首を振る。

 そうゆう意味じゃないと思う。

 ケイはその厳つい外見に似合わず相当ボケてる。きっと本人は本気なんだろうけど。

「ところで、ここの会計は誰が持つのかな」ノトが言う。

「ん? ここ、通貨は」ツネアが言う。

「共通通貨が使えると思うのだが」ノトがちらりとこっちを見遣る。

 僕はジュースしか飲んでないけど、テーブルがお皿で埋まってる。

「金なら心配しなくていい」ケイが腰のポケットを叩く。

「はあん、まさかノト君」ツネアが言う。

「何なんだ、その顔は。ヴェスヴィは貨幣概念がないんだ。仕方ないじゃないか」

「騒がんといて。それにヴェスヴィは黙っといたほうがええよ」

 ノトが眉をひそめて周囲を確認する。用心深いに越したことはないけど、この国は魔術とか禁術とか世界のこととかどうでもいいから平気だと思う。無干渉てゆうのは言い換えると無関心だからね。

 もし、明日突然音響王国クレンゲテーネ以外の国が滅んだとしても、この国は変わらず楽器作ったり、曲作ったり、演奏したりするんだろうな。

 それもいっか。

 みんなの食事が終わる前にケイは、ツネアに金の入った袋を預けてどこかに行ってしまった。それを見たヨイッチが、スープを流し込んで追いかける。そっか。この二人は目的が重なってるんだった。

 武世来アームエイジドダン。

「まさか、こんな無防備な場所で戦闘るんじゃないだろうね?」ノトが言う。

「いや、たぶん、情報収集やと思う」ツネアが言う。

「本当に?」

「五分五分やけど、どの道ケイちゃんとヨイッチは交渉には向かへんよ。時間潰すにはちょうどええ」

「じゃあツグ君はどうするんだ? 喋らないならついてきても」

「なあノト君、ツグちゃ聞こえてへんのと違うん?」

 僕は首を振る。

「ついていかない、とそうゆうことかな」

 やっぱりノトは気づいてた。

 僕は頷く。

「なんや、聞こえてたんか」

「当然だ。まったく無音の世界を想像してみるといい」

 僕は自分の分だけ金を払って中央広場を離れる。用が済んだらここに戻ってくる、という約束で。

 音響王国クレンゲテーネの三つの地域にはそれぞれ同業組合ギルデがある。北部チェバリーレンは楽器職人の、南部ハープスヴェアンは作曲家の、首都クラディムジークには演奏家の。だからその利便性から住み分けがされて、統計的に地域特色が出た。

 それぞれに巨匠マイスタがいる。ある程度は年季があったほうがいいんだろうけど、勝手に名乗るわけでも、選挙をするわけでもない。

 国王たる指揮師ディリゲントから任命される。

 楽器師ストルメント。

 作曲師コンポネント。

 演奏師シュピレント。

 三人をまとめて、音響巨匠マイスタ・シャレンと呼ぶ。

 これはとても名誉ある称号。同時にひとりずつしか存在しない。それに相当する人が亡くなれば新たに任命される。だけど、援助金がもらえたり、広い施設が与えられたりはしない。もらえるのは賞状より小さなプレート。そこに名前と称号が彫られてるだけ。本当に純粋に名誉のみ。

 なだらかな坂をしばらく上って、見覚えのある建物の扉をノックする。知り合いの演奏師の家。返答がない。留守なのかも。だとすると、考えられるのは二つ。

 坂を引き返して診療所に向かう。待合室はがらがら。外とは打って変わって空気が淀んでいる。薬品のにおいがちょっと厭だ。

 奥の扉をノック。やる気のなさそうな生返事が聞こえた。眠ってたっぽい。

 診察室。まだ昼なのに部屋が暗い、と思ったらカーテンが引いてあった。やっぱり眠ってた。患者が来ても来なくてもどうでもよさそう。

「ああ、道理で声がしないと、ええ。そうでしたか。えっと、どうされましたかね」

 ぼさぼさの髪。眠そうな眼。メガネと無精ひげ。おまけに猫背。白いシーツと硬い枕しかない簡易ベッドの脇で、いまにも壊れそうなボロ椅子に寄りかかっている。

 医師アルツトのユサ。

 僕は空気中に文字を出現させる。旋環センカンの特殊版。

 ノームのおじさんに僕の声が聞こえたのはある意味当然として、ツネアやノトはどうしてだろう。錬金術師と魔導師ウィザードはそうゆう能力が備わってるのかな。ケイもなんとなく伝わってるみたいだし、ヨイッチも何とかわかろうと努力してくれてるし。フツーはこうしないと話が出来ないのに。

〔アスウラさんは?〕

「さあて、ここにはいらっしゃいませんよ、はい。お城のほうかと」

 結局お城だった。ツネアたちに遭遇せずに用事を済ませたかったんだけどなあ。

「ご一緒致しましょうかね、ええ。どうせ暇ですしね」

〔いい。一人で来てるわけじゃない〕

「ほお、それは珍しいことも。その、どのような繋がりで」

〔流れ上、便利そうだったから〕

 ユサが独特の笑い方をする。

 僕はもう慣れたけど、初対面の人がこれを見たらしばらくこの顔が離れてくれない。

「ではあの、私は会わないほうがね、いいといいますか」

〔会いたいみたいだ〕

「それはね、気になりますよ、はい。人嫌いのあなたがまあその、一緒に行動をされている方ですからねえ」

〔写しが見つかった。魔窟城塞ヴェスヴィで〕

「ヴェスヴィに。そうですか、ははは。それは利用したくもなりますか、はあ」

〔これから面白いとこに行く。どこだと思う?〕

「そうですねえ、世界中の主要面白地帯を回り尽くしたであろうあなたが面白いところなんていうくらいですからね。えっと、ヒントのほどは」

〔ヴェスヴィと似てる〕

「はあ、それはまさか。ふむ、それならば一刻も早く指揮師に会ってですね」

〔そのつもり。だから僕は別行動〕

「ううん、底抜けの意地悪ですねえ。いえ本当に」

〔先生に言われたくない〕

 退屈そうなユサにさよならして城に向かう。急がないと鉢合わせだ。演奏師は、国王つまり指揮師に会いに行ってるから。

 坂を駆け上がって近道を通る。こんな裏道、大陸中で僕しか知らない。

 僕はここで育ったわけじゃない。渓谷密林暦マヤの近くに捨てられてたのをおじさんに拾ってもらわなかったら、いまここにはいない。音響王国クレンゲテーネ出身だってわかったのは、僕に魔素を操る能力がなかったから。魔術を放棄した者は、音響王国クレンゲテーネくらいにしかいない。加えて、僕の着ていた服が、音響王国クレンゲテーネ特有の衣装だった。

 列島ヒムカシの東部、出日臨君央ヨウも、魔素が操れない者が集まってるんだけど、それとは仕組みが違う。そっちは先天的にまったくもって素質がないわけだから、魔素の存在にも気がつかない。材料が揃っていても、それが材料だとは知らない状態。

 でも僕の場合は、魔素の存在には気がついてたけど、それをどうすればいいのかわからなかった。材料は揃ってるけど設計図がない状態。こうゆう段階の人は、然るべき師匠の下で幼いうちから魔素を操る訓練を積めば、それぞれ個人差はあるけど概ね可能になる。

 僕はそれが出来なかった。臨界期を通り越してからおじさんに見つけられたから。手遅れだったわけ。悔しかった。おじさんはノームだから魔術くらいお手の物だけど、僕にはそれが出来ない。見ているだけ。すごい、と唱えるだけ。

 だから僕は、旋環を発明した。大元はおじさんのところにあった書物だけど、それをそのまま参考にしても実用化には至らない。失敗作。それを僕が改良した。

 ピアノの音がする。荒々しいけど斬新で繊細。アスウラの奏でる音だ。とするときっと指揮師も一緒。迷路みたいな薔薇園を突っ切って、円柱状の建物に踏み込む。縦に長い嵌め殺しの窓に綺麗なステンドグラス。石造りの床がいろんな色で染まっている。一段高いところにある、白いグランドピアノも然り。

 音響王国クレンゲテーネに伝わる由緒あるピアノ。アスウラが気に入ってるから、家にも診療所にもいないときはたいていここでピアノを弾いている。いや、ここが最優先で、このピアノの前に座ってないときが家か診療所ってゆう流れが正しい。

「ダメだよ天使くん。終わるまでそこにいてね」

「ええっとですね、なんかさっき俺に会いたいっていう人が」

 まずい。絶対にツネアたちだ。

「あれ、おひさ。ツグくんじゃん。どしたの?」手を動かしたまま喋った。

 小柄の細腕なのにピアノを弾かせるとすごくパワフル。長い前髪の合間から綺麗な眼がのぞく。鎖骨の下まで留め具を外している。蒼白い肌。そこにシルバのアクセサリ。

 演奏師シュピレントのアスウラ。

〔指揮師、まだ行かないで〕

「え、あ、うん。なに?」すごくビックリして声が出なかったわけじゃなくて、いつもこうだから注意。

 細めの猫っ毛は茶に近い金色。背は高いけどガタイが良くないからひょろ長い印象。情けないほどの垂れ眼だけどそれが優しげに映る。腰が低すぎともいう。

 国王のユースケ。

 指揮師の衣装じゃなくて普段着だった。どちらにせよ白一色。

 なんせ指揮師の二つ名は。

 妙なる白き天使。

 明らかに神聖帝園ビザンティオの皇帝と対比されてる。どっちが先だったかはわからないけどね。同時かも。

〔写しが見つかった〕

「ホント? 見せてよ」アスウラがピアノから離れないので僕が近づく。表示。「へえ、こんななんだ。弾いてみたいなあ」

「や、やめてくださいよ? これ」

「だいじょー。しないしない。先人の勇気を大事にって」

 ユースケが息を吐く。この人はホントに気が小さい。

「どこにあったの?」アスウラが聞く。

〔ヴェスヴィ〕

「ええっ?」ユースケが驚く。

「ついにそんなとこまで入っちゃったかあ。じゃあ次はビザンティオだね、天使くん」

「あのお、トモル様に言えと?」

「いいじゃん。君ら仲良しサンでしょ? 世間話だと思ってさ」

「そんな簡単に切り出せたら苦労しませんよ。疑り深くってもう」

 丹譜は、のんびりな音響王国クレンゲテーネにしては真面目な話題。ぱっと見何てことのない楽譜なんだけど、演奏した者は命を落とすらしい。犠牲者を増やす前に一刻も早く探しだす必要がある。

 でも、大々的に手配すると冒険士トレジャハンタたちの好奇心を煽って無駄な争いを引き起こしかねない。だからこそ、指揮師ならびに音響巨匠と協力して僕がこっそり回収してるってわけ。

〔仕方ない〕

「ツグくんにしては諦めが早いなあ。ん? なんか隠してるね?」アスウラはまだ手を止めない。演奏中。「えっと、いまどんくらい集まったんだっけ?」

〔丹譜の全体像がわかってないからパーセントが出せない〕

「こないだ二つ見つかって、今回は写しだからどちらにせよぜんぜんかあ」

 城門で取次ぎをしてくれる人がユースケを呼びに来た。早くしろ、と怒ってる。だいぶ待たせてるってさ。

「もういい?」

〔ありがと〕

「えー行っちゃうの? 僕も行っていい?」

「いや、それはさすがに」

 ユースケがきっぱり断らないからアスウラがついて行っちゃった。

 僕は多めに距離をとって気づかれないように追跡。さて、ツネアとノトは交渉成立するかな。

 回廊を抜けて謁見の間へ。と行くのがフツーなんだけど、この国は警戒心がないからお客さんを一気に城の奥へ通してしまう。薔薇園が見下ろせる二階のバルコニは風が強いせいでやめたみたい。小振りのシャンデリアが下がる、ほどほどの広さの部屋。

 端と端に座るとお互いに叫ばなきゃ聞こえないみたいな必要以上に長いテーブルじゃなくて、手が届くくらいのサイズ。それが中央にあって、片側にツネアとノト、もう片側に指揮師と宰相が座ってる。アスウラがいないけど、どこかで覗き見かな。

「確かに指揮師ディリゲントと神聖帝園ビザンティオの皇帝バシレイオンはそれなりに付き合いがありますが、あなた方はどういったご用件で彼国へ?」柔らかに見せてかなり強か。見た目で騙されてはいけない。

 音響王国クレンゲテーネがのんびりでいられるのもひとえに彼の尽力があってこそ。国王が指揮師なのと同じように、議会を取り仕切る宰相も違う名で呼ばれる。

 伴奏師ベグライトのブレヒト。

「失礼ですが、錬金術についてどの程度までご存知でしょうか」ノトは淀みない口調で一気に喋った。やっぱり慣れてる。魔導師ウィザードは口達者。

「二千年前に忽然と姿を消した者たちが扱っていた禁術じゃないかな。浅学で申し訳ないが」

「禁術と位置づけられたからにはそれなりに理由があります。錬金術に対する宰相いえ伴奏師様の立場は中立、と考えてよろしいでしょうか」

「我々音徒オトは、世の中のあらゆる事象において中立の立場をとりたい、と日々そう願っている。その証拠がこの国だね」

「ありがとうございます。そのお言葉に甘えて僕も正直に言います。こっちの彼は錬金術師です」

 ブレヒトが僅かに眼を細めた。この人が表情を変えるのは珍しい。「嘘にしては、悪質だね。信じることにするよ。それでツネアくんといったかな。君が錬金術師だと何か問題でも」

「すみませんもう一つだけ。神聖帝園ビザンティオは錬金術についてどのような立場でしょうか」

 ユースケが黙ってるのは何ら不思議じゃないんだけど、ツネアが何も言わない理由がわからない。相槌すら打たない。まるで言語が通じてないような。

「なんとも言えないな」ブレヒトが言う。「いくら指揮師と付き合いがあるとはいえ」

「そのような意味ではありません。訊き方を間違えました。伴奏師様は、国外のことは一切何もご存じないのですね?」

「知っていたとしても、さすがにこの場で話すわけに行かないよ。我が国は君主独裁体制ではないから」

「そうですか。では聞き流してください。僕はこの彼とともに、錬金術の失われた二千年を埋めるため旅をしています。それにはどうしても、世界最高水準の研究機関ソフィ・ア・カデメイの力をお借りしたい。それが、僕らが神聖帝園ビザンティオを訪問する目的なのです」

 窓枠がカタカタ鳴る。城がぼろいか、はたまた。

「今日は風が強いようでよく聞こえなかったな。少し待っていてもらいたい。どこかの窓が開いているようだからね」

「お手数おかけします」

 議会の代表が部屋を出た。その瞬間に全身脱力する国の代表。

 大丈夫かなこの国。

「指揮師様はよろしいのですか?」ノトが言う。

「あ、いえその、俺、じゃなくてぼくは、なんと言いますか」

「僕らを見張っておられるんですね。いいですよ。気にしないで下さい。客とはいえ侵入者には警戒して然るべきです」

 ユースケがワンテンポ遅れて頷いた。見張りとか監視とかじゃなくて、ただ単に置いてかれちゃっただけだと思う。付き添うタイミングを逸したともいう。

 受け取るほうは自由だからね。相手が頭でっかちでよかったね。

「いたいた。ツグ君も気になる?」アスウラだった。僕の後ろを取るなんてさすが。「面白そうな子たちだよね。錬金術だっけ。天使くんのおにーさんはどうするかな」

 噂をすればなんとやら。ブレヒトが戻ってきた。

「待たせたね。君たちの目的が、世界最高峰の研究機関ソフィ・ア・カデメイの見学のようだから、特別に許可することになった。学問に熱心なのはいいことだからね」

「ありがとうございます。お心遣い感謝いたします」ノトが言う。

 伴奏師に案内されて、ノトとツネアはどっかに行っちゃった。

 指揮師は置いてけぼり。

「へえ、交渉成立ってこと?」アスウラが言う。

「そ、そうなんでしょうか」ユースケが言う。

「話聞いてなかったんじゃない? だいじょーぶ?」

「あ、アスウラさんたちこそ、盗み聞きなんて」

「違うよ。僕らはたまたまそこの譜庫に用があって。ねえ?」

 僕は頷く。

 ユースケが怪訝そうな顔をした。「あの、錬金術は滅んだって習ったんですけど」

「僕もそう思った。でもさっきの子さ、一言も喋んなかったね。なんで?」

〔言葉が通じてなかった〕

「ああそっか。じゃあどこ出身なんだろう」

「そんなことより、交渉成立ってことは、俺、トモル様に話」

「そうゆうことになっちゃうね。良かったじゃん。最近疎遠だったんじゃないの?」

 ユースケがううん、て唸る。「疎遠てゆうか、なんか忙しいからっていってて」


     4


 やっぱりツネアとノトに怒られた。実際に怒鳴ってたのはノトだけだけど、ツネアは眼差しで怒ってた。

「知り合いなら最初からそう言ってくれればいいじゃないか。まったく、僕らがどれだけ苦労して」

 〉〉ごめん。

「まあ、君は行きがかり上、僕らに同行しているに過ぎないかもしれない。だけど、一応目的地を同じくしてこうやって一緒に旅をしている仲なんだから」

 〉〉ごめん。

「こうゆうことをされると、僕らへの裏切り行為とみなすしか」

「その辺にしたったら、ノト君。済んだことやし」ツネアが言う。

「わかってますよ。渡航許可をもらったからもう何も言うことないんだけど」ノトの口調に棘がある。

 僕はもう一回謝った。

 風はさらに強くなってきて、中央広場で演奏してた人たちはすっかり引き上げてしまった。僕らも建物の中に避難する。噴水付近が見下ろせるカフェ。ケイとヨイッチはなかなか戻ってこない。

「呼びに行ったほうがいいんじゃないかな」ノトが言う。

「急がんでもええよ。どの道、今日は船は出せへん。嵐になる」ツネアが言う。

「それなら余計に」

 ツネアが顔の前で手を振る。なんだか様子がおかしい。喋るスピードがいつもよりゆっくり。心ここにあらずで眉を寄せている。

 雨だ。雨の音。

 ぼたぼた。

「まあ、僕より付き合いの長い君が言うのなら信じることにするけど」ノトが言う。

 飲み物が運ばれてきた。客は僕ら三人だけ。みんなお家に帰ったかな。

「なあ、城に妙なのいてへんかった?」ツネアが言う。

「どういう意味だろう」ノトが言う。

「ツグちゃ、なんや知らへん?」

 〉〉妙なの、のカテゴリがわかんない。

「人族ヒュムやのうて、ううん」ツネアが頬杖をつく。

「的を射ないな。君らしくもない」

「俺な、城ん中探索しとってん。ノト君が国の代表と交渉しとるときにね」

 〉〉それで喋んなかったの?

「あーやっぱ見とったんやね」

 ノトにも睨まれた。

「まあそれはええとして。透明んなれる精霊放ってな、そいつの眼ぇ借りて、いろいろぐるぐる。伴奏師やったっけ。いななったときも」

「何をしてたんだ?」

「会議。見方変えると作戦会議ね。錬金術が云々」

「じゃあ僕らはやはり」

「歓迎はされてへんね。せやけどノト君が正直やったおかげで拒絶もされてへんから、ビザンティオには行ってええ、ゆうことやと思う」

 〉〉人族じゃないとまずい?

「せやのうて、俺の精霊バレたったさかいに。どないしよ、てな」

「何も危害を加えてないなら平気じゃないかな。ところで、君の操る精霊は人族じゃないものには可視なんだね。僕はちっとも気がつかなかった」

「どやろ? ツグちゃ」

 あのあと特に何もなかったけどなあ。アスウラはユースケ引きずってピアノ弾きに戻ったし、もしツネアの精霊が問題になってたとしても、指揮師そっちのけで伴奏師が何とかすると思う。それに、すごく大きな問題になってたとしたら、僕らはここで暢気にジュースなんか啜ってられない。

 〉〉心配しなくていいよ。

「そか? ならええけど」ツネアが言う。

「君は何を見たんだ? 僕はそれが」ノトが言う。

「そんなん俺が知りたいわ。なんやけったいなもんが」

「そのけったい、の内容を話してくれればいいじゃないか。僕に知らないことはないから正体くらいはすぐに」

 店の入り口の戸が荒々しく開いた。

 ずぶ濡れのケイと、あんまり濡れてないヨイッチ。

「ごくろーさん。よお場所わかったな」ツネアが言う。

「うん、ケイがここだって」ヨイッチが言う。

「行くぞ」ケイが言う。

「どこに?」ノトが言う。

 ケイはそれに答えずにまた外に出てしまった。

「ちょっと待ってくれ。よくわからない。どうゆうことなんだ」ノトが言う。

「俺も厭な予感する」ヨイッチもいつになく真剣な顔。

 それを見て、ノトが言葉を呑み込んだ。

 雨が斜めに降り注ぐ。中央広場を突っ切って、郊外の河まで一気に走った。大きな橋が架かってるけどケイは渡ろうとしない。荒れる河辺を睨んでじっとしている。

「ケイちゃん、まさか」ツネアが言う。

「あいつらじゃない。違う」ケイが言う。

 草も木も斜めになってる。僕もつられて斜めになってる。

「よおわからへんけど」

「たぶん、上」ヨイッチが指した方向は雨雲。真っ黒い暗雲。

「全然わからない。僕にもわかるように説明」ノトが言う。

「魔導師ウィザード、集中しろ」ケイが凄まじい声で怒鳴った。

 ノトが言い返そうと息を吸ったその瞬間。

 ずん。

 と地鳴りがして、大量の水が降ってきた。ツネアのおかげで僕らは流されずに済んだ。水は空から降ってきたわけじゃない。河の中に何かが落ちて、その反動で水が氾濫を起こした。

 大きい。赤い。

 脚?

「竜族ドラゴ」ノトの声が掠れた。たぶん僕しか聞こえていない。

 空を引き裂くほどの叫び声。竜が咆哮している。足の大きさだけで僕らよりずっと勝ってる。踏み潰されたら一溜まりもない。

 竜の翼が竜巻を起こす。

 今度はノトの術。風を塞き止める。ケイとヨイッチはそれぞれ反対側に散って足やら尻尾やらに攻撃。

 僕は。

 どうしよ。

 竜なんか初めて見たからかなりどきどき。ごつごつした肌に雨水が滴る。

 破壊音。橋が壊された。竜のせいかと思ったらケイだった。それじゃあどっちが悪いのかわかんないよ。

「あかん。なんやの、これ」ツネアが言う。

「だから竜族だ」ノトが言う。「でもおかしい。彼らは遙か天空に棲んでいて、地上には降りてこないはずなのに。しかも場所が最悪だ。何故大陸プレウゼンなんかに」

「誰か話できへんかな?」

「それは僕に言ってる?」

「ダメなん?」

「確かにそうゆう術はなくもない。だが、向こうに何かを伝えたいという意志が見えないんだ。だから無意味に終わる」

「使えへんなあ。見てみい。血気盛んやねえ」

 ケイの九九九が振り下ろされる。雨は斬れるけど効果なし。ヨイッチは竜の背中に飛び乗って、蹴りを入れてる。皮膚が相当硬いらしくこっちも効果なし。

「何を暢気なことを言ってるんだ。僕らも」ノトが言う。

「ああ、せやなあ」ツネアが詠唱する。

 眩しい。雲の合間から。

 光。

 それが地面に垂直に突き刺さる。

 少し遅れて。

 地響き。

 竜が河の中に倒れた。いや、水はもうほとんどないから、もともと河だった溝に。

「やるじゃないか。さすが錬金術は」ノトが言う。

「ちょ、ちょお待って。いまの」ツネアが言う。

 ケイとヨイッチが戻ってくる。

「ツネア。お前か」ケイが言う。

「うっわーすごいね」ヨイッチが言う。

「せやからね、いまのは」

 〉〉ツネアじゃない。

「君じゃないって? 僕じゃないなら君しか」ノトが言う。

「違うの? でも」ヨイッチが言う。

 他に。

「ありがとう。君たちがここで食い止めてくれなかったら町に被害が及んでいた」知らない声。高くて人懐こそうだけどすごく落ち着いた。

 横転した竜の腹に。

 金髪の小男。

「誰なん?」ツネアが言う。

「竜を倒したのは君なのか?」ノトが言う。

「ご明察。はじめまして、勇気ある諸君」小男はカッコつけて竜から飛び降りる。体に馴染んだ甲冑。キラキラ光る勲章。にこにこと笑顔が張り付いている。「僕は魔法剣士エレメントナイトのヨリ。もっとも伝説の勇者ていったほうが有名かもしれないけどね」

 全員がぽかんとなる。

 どうやら誰も知らない。

「あれ、おかしいなあ。フツーはここで喝采が沸くんだけど」

 ツネアの口が引き攣ってる。ノトは困惑。ヨイッチは怪しんでる。ケイは倒れた竜を睨んでる。

「え、君たち僕のこと知らないのかい? 大陸中で名を轟かせてる伝説の」

「すまんけど、どこの大陸で?」ツネアが言う。

「どこってあらゆる大陸だよ。そうか、大陸プレウゼンに奴らが現れたのはこれが初めてだったから、伝説の勇者の知名度が低かったわけか。ふんふん」

「勇者とやら。奴らってのは」ケイは武世来じゃないかどうか確認する。

「見ての通り竜族だよ。ここ最近、天空だけに飽き足らず、地上まで我が物にしようってゆうとんでもない考えが巻き起こっているらしくてね。あちこちでいまみたいな破壊活動から、殺戮。果ては国すら乗っ取る。許せない謀略だよ」

 遙か天空にある竜族の国。空洞遠雲ジュラクア。いまそこが大変なことになってるらしい。覇権を争うなら雲の上でやればいいのに。それを鎮圧するために世界中を飛びまわってる伝説のヒトが。

「なぜこんなところに? よりによって軍隊の概念のないこんな」ノトが言う。

「真っ先に乗っ取れるてことに気づいたからじゃないかな。もしくは、まあ彼らにそこまでの知能があるとも思えないけど、属国を攻めれば自ずとね」

 神聖帝園ビザンティオ。建国当時の約束で永久同盟国ってことになってる。初代皇帝バシレイオンが、初代指揮師ディリゲントのあまりの情けなさを見るに見かねてお守りをしてくれるってゆっちゃっただけみたいだけど。今も昔も変わらないなあ。お荷物でしかないのになんだか放っとけないんだよね。わかる気がする。

「眠れる黒き悪魔に喧嘩を売るなんて、まったく、混沌ぶりも極まってきたよ」伝説の人が言う。

 嵐の原因がいなくなったおかげで予定より早くに出発できることになった。ユースケに挨拶して豪華な船を借りるはずだったんだけど、早まった予定はさらに早まりそう。ヨリの調伏したドラゴンに乗せてもらえるってさ。やったあ。乗り心地は微妙だけど一度空飛んでみたかったから満足。

 て、はしゃいでるの僕だけじゃん。みんな興味ないの? 真っ先にはしゃぎそうなヨイッチもビクってるし。さては高所恐怖かな。根掘り葉掘り質問責めに忙しいノトと笑顔で応答するヨリは置いといて。あ、ケイは居眠り。すぐ着くってゆったのに。海路でも数時間の距離。

 ほらもう見えてきた。はやーい。

 〉〉つまんなそーだね。

 眼線。逸らす。

 ツネアの焦点は。

 〉〉虫が好かない?

「せやないとはっきりゆえへんとこがあかんけど。あいつ」

 伝説の勇者。

「ホンマに?」

 〉〉嘘くさい?

 触る。下。ごつごつした鱗。

「そないに簡単に調伏できるもんなん? さっきあいつ、知能がどうのこうのゆうてはったけど、俺の知識に照らすと竜族ゆうんは」

 〉〉アタマいいの?

「いいわるいゆうんは、どないして測れるん? 俺にはわからへんな。人族にないもんをもっとったらそれはそんだけで利点やと」

 笑顔。ヨリが気づいた。なんか言おうとしたけどノトが止める。まだ僕の話は終わってないってさ。そんなに質問することあるかなあ。確かにジュラクアは人族にとって未知の領域のひとつ。竜族が住んでるってことくらいしか。

 〉〉気に障ってるのは仲間入ったこと?

「入れてへんよ。ビザンティオ着いたらさよならね、のつもり。せやけど」

 付いてきそうだよね。なんかそんな雰囲気。

「僕の素性にご不満がおありでしょうか。錬金術師の」

「自称や自称」

 ノトが不服そうな顔でこっち睨むけど今度は止めなかった。やっぱネタ切れかな。もしくは小休止とか言って止められたか。

「お前、なんやの? 勇者ゆうの」ツネアが言う。

「怪しいですか。そんな如何わしさの滲み出た僕ではあなたのお力にはなれませんか」

「頼んだ覚えないな」

「釣れないですね。僕はこの先あなたの最重要戦力になると自負しておりますが」

「そらまずいぶん自惚れの強う」

 耳打ち。ツネアは避け損ねた。

 眼。

「嘘だと思いますか」

「なんでそれ、早う」ツネアが言う。

「ゆっていたとして、あなたは目的地を変えないでしょう。どうです?」

 高度低下。徐々に地面に。

「僕を同行させたくなりませんか」ヨリが僕に向かって微笑む。

 聞かれてたってこと、バレてる。ノトが問いただすけど僕は何も言えない。

 海岸。瓦礫の山。

 もとは城壁だった。

 ケイが眼を開ける。ヨイッチがこっち見て首振る。だよね。僕もそう思う。

 行くの、やめない?



      5


 空気が血のにおい。なのに死体が見当たらない。そこから先に進みたくない。天を突き刺す勢いで聳え立ってたはずの城が。この位置から見えないのは。

 皇帝バシレイオンに、なにか。

「つい今しがた崩御されました」勇者が無感動に言い放つ。

 〉〉デマ?

「これも竜族なんか」ツネアが言う。

「違うと思います。奴らならもっと徹底的でしょう」

 ツネアが何か唱える。近いところから城壁が修復される。道ができた。城までの。

 皇帝が死んだなんて信じない。絶対ウソだ。なんでそんなウソゆうんだろう。勇者のくせに。

 だいたいビザンティオにはチーロがいる。軍事総司令マルシャル。軍てゆっても生身の人族は戦地に赴かない。必要ない。地図さえあれば、城にいながらビザンティオを自衛できる。

 じゃあチーロも? そんなはずない。それはもっとないと思うけど。

 皇帝が死んだってことは、チーロも。

 中央の城を護るように両側。向かって左が聖堂。右がそもそもの目的地。教育機関ソフィ・ア・カデメイ。跳ね橋のところに誰かいる。エメラルド。聖堂とソフィ・ア・カデメイを司る者の色。でも僕は知らない。そこを渡れば城なのに。すぐなのに。

 そいつが邪魔をする。

「生存者の方でしょうか」ヨリが近寄ろうとしたところで、強風。

 息ができない。旋環センカン発動。

 僕にはわかる。そいつがやった。だから僕らを遠ざけるために。

 違う。

 たぶん、消すために。

「ようこそ。神聖帝園ビザンティオへ」風が耳で鳴ってて。僕とツネアにしか聞こえてないと思う。「すみませんが、錬金術師がいたら手を挙げてください。助言をくださいませんか。わたしは祓魔師エクソシストなんですが、皇帝に悪魔が憑いている恐れがあったので狩ったのです。そうしたら悪魔じゃなかった。誘える黒き悪魔に憑いてたのが」

 風が已む。ノトだ。ツネアは修復作業でだいぶ疲れちゃったみたい。ヨイッチにもたれかかってる。

「おや、長旅でお疲れのようですね。そちらでお休みになってください。あ、わかりませんよね。ここ、初めてですもんね。ではわたしがお連れしましょう」

 祓魔師の手に鎌と鳥籠みたいなのが。鳥籠ってゆうより檻かも。そこからなんだか黒い物が出てきて僕らを取り囲む。それで気づいたら、聖堂。

 血のにおい。聖堂の空気じゃない。祓魔師から。吐き気がするくらい強い。なんだか黒いのが檻に戻ると鎌も消えた。

 祭壇。祓魔師が何かを放り投げてキャッチ。僕にはそれが何かわかる。

 わかったからこいつを敵とみなす。旋環発動。

「クレンゲテーネのお遣いでしたか」祓魔師が言う。

 〉〉返せ。

「わけがわからない。僕にわかるように説明してくれないかな」ノトが言う。

 それはお前が持っていいものじゃない。

 チーロの左手の中指。名前はわからないけど。それで戦う。皇帝を護るために。

「悪魔に悪魔が憑いてないってどういうことでしょうね」祓魔師が言う。「残念だ。なんのために学長になったかわからない」

「学長?」ノトが声を張り上げる。「まさかソフィ・ア・カデメイの」

「他にないと思いますが。魔導師ウィザードでしょうか。厄介なので」

 黙っていてもらえますか。

 防ぎきれない。ノトはたぶん平気だと思うけど。眼を開けて人数を確認。

 みんな無事っぽい。ただひとりを除いて。

 いない。ツネアが。

 攫われた。勝手にいなくなるわけないから。それとも自主的についてった?

 血のにおい。ヨイッチが一点を見つめて立ち尽くしてる。僕もやっと気づく。駄目だ。相当動揺してたんだ。ケイが壊していいか、みたいな顔で僕を見るから、頷いた。

 詠唱。ノトの声。座ったままなんて余裕な、て思ったけど立てないみたいだった。

 手を貸す。

「情けない。油断した」

 視線。祭壇の上方。天井近く。ケイがいま穴空けた。

 息はあるっぽいけど、どうすればいいんだろう。傷の手当は僕の専門じゃないし。彼に僕の声は届かないし。

 神聖帝園ビザンティオの首相カンツラ。

 名前はなんてゆったっけなあ。そこまで親しくないし。それより、何があったのかそれが知りたい。

 咳して床に。黒い血。

 僕はポケットに入れようと思ったそれを手渡す。チーロの中指。見えてないのかもしれない。メガネかけてない。壊されたんだろう。

「君たちは」やっとの思いで絞り出したみたいな声だった。

 ノトがてきぱきと説明する。怪しいもんじゃなくて、てのを特に強調させて。首相が僕を憶えてくれてたからすぐに信用してもらえた。僕は忘れてたのに。ごめんね。

 助けられなくて。僕にはなんにもできない。

「他に生存者は」ノトが聞きづらそうに言う。

「これがここにあるのなら」チーロはもう。首相は言葉を呑み込んだ。

 僕にしか伝わってない。

 ケイが苦々しい顔で吐き捨てる。空気。

「すまないが私を城へ」ケイの肩を借りて首相が体を起こす。外のケガはだいぶいいみたいだけど、中身。

 ノトが眉を寄せて詠唱を続ける。聖堂を出て回廊を進む。通りやすいように、ヨイッチが瓦礫を壊してくれる。僕には道案内もできない。

 そういえば、ヨリがいない。勝手にいなくなったのか自主的にいなくなったのか、はたまたツネアと一緒に攫われたのか。わかんない。それどころじゃないから黙ってるけど。

 みんな気づいてるかな。

「誰もいないのか」ノトが用心深く周囲を見回す。

「地下だろう」首相が言う。「危機が迫った場合そうするよう定められている。心配ない。やつの目的は皇帝だ」

「悪魔がどうとか」ケイが言う。

 首相が黙る。城の崩壊具合を目の当たりにして、止まる。

 中央の一番高い等がへし折れてて。でもそれ以外は。ここから見る分にはなんとか。

 例によって入り口が塞がってる。

 ヨイッチが抉じ開ける。「行かないの?」

「ここまででいい。降ろしてほしい」首相が言う。

「歩けるのか」ケイが心配そうに言う。

「これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。それに、これは我々の問題だから」

「何が起こってる?」

「国家機密だ。誰にも知られるわけにいかない」

「死んじゃうよ」ヨイッチが悲痛そうに言う。

 死ぬ気なのかもしれない。皇帝を護れなかった。でもそれは首相の仕事じゃない。総司令の役目。チーロにも敵わなかったんなら。

 轟音。城じゃない。あっちは。

 ソフィ・ア・カデメイ。

 ノトが頷く。首相は任せてくれ。言われなくても。

 潮と血との混濁。

 建物が傾いて。あれ、そもそも傾いてるんだったかな。屋根の上に。

「ツネア!」ヨイッチがぴょいっと飛び移る。相変わらず身軽だなあ。

 僕は前衛に向いてない。旋環ごと指切り落とされたら一巻の終わり。

 ちらりと。ああやっぱり。

 ケイがすっごい怖い顔で睨みつける。

 黒い塊みたいなのが。さっきも見た。祓魔師がでっかい鎌を。

 ツネアがなんか唱える。遅れて音。

「ええか。こいつ、ぐっちゃぐちゃのねっちょねちょに悪党やさかいにな」

「わかってる」ヨイッチの腕が光る。綺麗。やっと見れる。

 神遣葬弓カムヤリソウキュウ神随カムナガラ。

「珍しいものを見せてくれて有り難いですが、生憎とわたしには」

 効きません。

 黒いのが取り巻いてて近寄れない。

 厭な感覚。ここにいるだけで、ここにいちゃいけない気がしてくる。

「無理するな」ケイが盾になってくれた。

 〉〉ありがと。僕のことはいいからあっち。

 ドームの屋根。ケイが首を振る。あ、そっか。ケイのリーチならここからでも。それにあんなところに四人も立てない。九九九ココノクキュウで仲間まで巻き込む。

「あなたさえ応じてくれれば、こんなところに用はないというのに」祓魔師が言う。「何もしませんよ。お約束しましょう。錬金術師の方、わたしに協力してください」

「何遍もゆわせんといて。願い下げやわ」ツネアが言う。

 射。当たった。

 けど、ホントに。

「効かないといったでしょう。話はきちんと」

 聴きましょう。

 黒いのの正体がわかった気がする。おじさんも彼らとは仲良くなれないってゆってた。

 悪魔デヴィル。

 ヨイッチが屋根から落ちそうになって。でも壁を蹴って這い上がる。

 ツネアもそれがわかってたらしく、振り返りもしなかった。詠唱。でっかいのをぶつけるつもりだ。

 ケイが時間稼ぎ。対悪魔の祓魔師が、悪魔を使役してるんだ。

 へえ、それじゃあ、破門されても仕方ないね。だってここには天使を信仰して。

 あ。

 天使エンジェ。

 僕にできること。あった。

 〉〉ちょっとごめん。

 聞こえたかな。僕はそうゆうのは向いてない。戦いたくないし。血のにおいだってもう限界だ。

 城の入り口。ノトに説明する時間が惜しい。詠唱中だから気になってないかも。とか高を括って。

 旋環センカン発動。捜して。僕にはわかる。

 皇帝バシレイオンは生きてる。

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