第3章 闘射の武闘士ファイタ
1
カイとセンジュというなんだかお節介な人たちが泊まっている宿屋に戻る。
ソツもついてきたので合わせて六人。もともと二人部屋だからちょっとどころかだいぶ狭い。ケイなんか天井が低いせいで、入り口から部屋に入るまでで三回も頭をぶつけてる。
でも内容が内容だしあんまし大っぴらに話せない。それにツネアが辛そうだから横になる場所があったほうがいい。ケイがベッドに下ろすとようやく苦痛の表情をしてくれた。心配掛けたくなくて我慢してたんだろうと思う。
「ああもう、いちいち危なっかしい方ですねあなたは。首に縄付けとかないと知らないうちに死なれるんじゃないかってひやひやしますよ」
「おい、一応相手はケガ人だってこと」カイが結構大きな声だったので、センジュが迷惑そうな顔全開で止めにかかる。
「わかってますよ。ええ、重々承知の上です。まったく」
ソツがびくびくしてるから大丈夫、と教えてあげた。いつもの恒例行事みたいだし。
「縄はあかんなあ。気ィつけます。すんません」ツネアが謝る。
「ならいいんですけど。でもあなたはすでに二回目ですからね。二度あることは三度あるとか考えないで下さいよ」
「カイ、そのくらいに」センジュが言う。
「以上。はい、議題を戻します。
「え、あ、はい」ソツが一礼して一歩前に出る。
「別にいいよ。弓守キュウシュとかさ、うん」
「いえ、弓守様は弓守様です。先程のお言葉、いたく感激いたしました。ですから私も一刻も早く次の手を考えねばと、奮い立つための勇気を頂戴した次第です」
「あ、うん」
ソツはいちいちくすぐったい。生まれたときから一緒なのにどうも慣れない。弓守とか面倒くさいしさ。
「私は弓杜封界宮シンで、弓守様の補佐をさせて戴く立場を賜っております弓官キュウカンのソツと申します。皆様は弓守様と随分お親しいようですので、それを信用しこちらも誠意を持って御話し致します。ですがご存知の通り我が弓杜封界宮シンは今も鎖国状態を取っております故、その意味をご理解戴きたく」
「それは勿論。あ、ご紹介が遅れましたが私はカイと申します。見ての通り武道士モンクで、こっちは」
「センジュだ。印術師ソーサラ。口は堅い」
「あなたの場合、堅いんじゃなくて動かない、じゃないんですか」
「まあそうとも言うがな」
ソツがベッドのほうを見遣る。
「あ、俺は自称錬金術師アルヒミストのツネアゆいます。くたばっててすんません。せやけど話は聞いてますんで」
「いいえ、弓守様から伺いました。もう貴方様には何と申し上げればいいのか皆目見当もつきません。ここで改めて弓杜封界宮シンを代表し御礼申し上げます。誠に有り難う御座いました」
ソツが深々と頭なんか下げるからツネアが上体を起こそうとする。それをケイとカイが同時に止める。
「すみません。ちっとも気が回らずに」
「ええよ。こんなん今日明日の辛抱やし」ツネアが言う。
ソツがベッド脇に向き直る。
「いまどき傭兵ウォリアなんかやってる不届きもんだ」ケイが言う。
「いえ、滅相もない。貴方様のことも弓守様より聞いております。そちらのツネア様と協力されて弓守様の脚を治すため遠路遥々、あの
「もういいよ。前置き長すぎ」
狭い部屋に笑い声が響く。ほとんどは豪快なセンジュの声だけど。
「では、本題に入らせていただきます。繰り返しになりますがここからは他言無用とお願い申し上げます」
急にしんとなる。
こうゆう雰囲気はすごく苦手。
「我が弓杜封界宮シンでは、遙か古えより弓守様の御体に神遣葬弓カムヤリソウキュウ神随カムナガラという神なる弓を宿しております。神随は常に弓守様とともにあり、弓守様とともに成長致します。よって弓守様の死はそのまま神随の消滅に繋がるのです」
「ということは」カイが言う。「その弓守様がお亡くなりになる前に神随を移植、といったら変かもしれませんが、する必要がありますよね」
「ええ、その通りです。ですからもしものときのため、神遣葬弓神随を消滅させぬよう弓杜封界宮シンには常に二人の弓守様、いえ、もう一方の名は弓司キュウシ様と呼ばれるのですが、いらっしゃいます。それが弓守様の妹君に当たります」
「そんなら変やないかな」ツネアが言う。「別に血眼んなってヨイッチ連れ戻さへんでも」
「確かに神遣葬弓神随は弓守様と弓司様によって受け継がれますが、実際に神遣葬弓神随を扱えるのは弓守様だけなのです。弓司様はもしものときのための保険に過ぎません。次の弓守様に神遣葬弓神随を受け渡すための寄り代に過ぎないのです。ところで、ツネア様はお休みになっていらっしゃったほうが」
「あ、ええの。なんや気になって」
「無理するな」
「おおきにな、ケイちゃん」
俺もあっちに座ればよかったかも。なんだかちょっと悔しい。なんでかよくわかんないけど。
「神随を受け継ぐには何か条件があるのでしょう?」カイが言う。「それほどまでに秘匿されているくらいですから」
「はい。弓守様ならびに弓司様は代々その血脈が御座います。肩の神験カミシルシをご覧下さい。あれは一見、そちらのセンジュ様の刺青と同等で、術の御使用のため何者かが彫ったかのように見受けられますがそうではないのです。弓守様になられる方には生まれたときより肩に独特の神験が浮き出ているのです。それと対になる文様が弓司様の、同じく左肩に御座います」
「つまり、なんだ」センジュが言う。「最初から決まってるってことか」
ソツは頷いて俺の左肩を見つめる。みんなにじろじろ見られると落ち着かない。センジュが何かを噛み殺したようにがしがし頭を掻く。
面倒。
きっとそう。弓守様弓司様うるさいソツの前だから遠慮した。
「これはまだ完成形ではないのですね?」カイが言う。
「神遣葬弓神随に完成という概念は存在しません。常に成長し形を変えていくが故に現在まで淘汰されずに残ってきたといっても過言ではないからです。その上、代々その神験もまったく形が異なります。ただ、弓守様の神験の形が変われば、それに呼応して弓司様の神験も変化を遂げます」
そいえば、ケイの大剣に触ったときに形が変わった。それまで一回も神随なんか射れたことなかったからビックリした。あんまりビックリしてあの時のことはあんまり憶えていない。気づいたらケイのでっかい背中に乗ってて。
「ここまでで何か御座いますでしょうか」ソツが周りを見渡す。
「気ィに障ったらすまへんね」ツネアが手を挙げる。「もしな、その弓守様と弓司様ゆうのが同時にいななったらどないするん?」
「終わりです。弓杜封界宮シンは忽ち崩壊するほかないでしょう。しかし」ソツがさらに重苦しい顔をする。ううん空気重すぎ。「そのために六宮リキュウが存在するのです。それが一堂に揃えば、例え弓守様も弓司様の両者がお亡くなりになられたとしても、もう一度我々の眼前に神遣葬弓神随を復活させることが出来ます。ただし、その交換条件として」
「六宮ってのを持ってるやつが」センジュが言う。
「はい。命を捧げることになります。しかし我々が守り伝えていくべきは神遣葬弓神随であって六宮ではありません。ですからその点はあまり踏み込んでいただいても」
「わーってる。それぞれ考えが違うからな」センジュが頷く。
「しかしそうなると、六宮だけが盗まれてもそれほど問題ではないのでは?」カイが言う。
あれ?そいえば、カイとセンジュに六宮の説明したっけ。知ってるのかな。確か神遣葬弓神随よりも伏せられているんだと思ったけど。
「失礼ですが、カイ様とセンジュ様は六宮についてどれほどまで」
「もしかして怪しがられてますか、私たち」カイが苦笑する。「一応秘密事項ですしね」
「いいえ、そういうことでは御座いません。ここに向かう道中ツネア様たちには多少なりとも説明させていただきましたのでその補完部分を如何したら、と思いまして」
カイとセンジュが顔を見合わせる。センジュが気のない声でいんじゃね、と呟いたのが聞こえた。
「実は私たちは世界のそういった秘具や秘術、果ては禁術について調べ出来るだけ真実に近い形を追究することを目的にしています。ですからその流れで弓杜封界宮シンの神遣葬弓神随や六宮についても一通りはわかっているつもりでいます。ですからおそらくその補完部分くらいの知識はあると思われますよ」
「そうですか。ならば、わからない部分はその都度質問いただければと思います」
「わかった」センジュが相槌を打つ。
ソツが座り直す。ううん緊張するよ。
「六宮はそもそも列島ヒムカシの古代武器でした。詳しい史実は略させていただきますが、六宮は古代において猛威を奮いすぎたため初代弓守様、といって差し支えないと思います、その方が自らの命と引き換えに六人の忠臣に封印されたのが六宮なのです。そしてその方の思いを受け継ぎ忠臣六官が創られたのが今の弓杜封界宮シンです」
「それ、なんやおかしない?」ツネアが言う。「初代が死んで、六宮。そんでまた弓守様なり弓司様なり創ったら六宮は」
「六宮はその寄り代である六官が亡くなられても存在し続けます。ただし、次の寄り代になられる方が外部からも内部からも把握できないのが難点なのです。下手をすると、六宮の一つが自らの体に宿っているとも知らず一生を終えることも充分あり得ます。だからそのために」
「神遣葬弓神随というわけですね」カイが頷く。「弓守様にはおわかりになるのでしょう?」
「そうです。神遣葬弓神随は六宮と表裏一体。どちらかが欠けても弓杜封界宮シンは崩壊を辿ってしまいます。そして、その六宮が先日賊によって奪われました。六宮を修める六官たちも皆」ソツが下を向く。
そうだった。六官のみんなはもう。
「だったら国自体も」カイが苦々しい表情で言う。「あの、確かまだ鎖国体制を採っていらっしゃいますよね?」
「賊は六官を差し出せば弓杜封界宮シンには手を出さないと言ってきました。我々は断腸の思いで六官を国の外に送り出し、彼らも承知して下さいました。外に出れば、命を落とすことをわかっていながら、私たちのため、神遣葬弓神随のため、犠牲に」
俺のせいだ。
弓守の俺が逃げ出したりしなければ。
「ちょおええかな」ツネア、脚痛くないの?「六宮があれば神随創れる、ゆうことは」
「いえ、不可能です。神遣葬弓神随がこの世に現存する限り六宮といえどもその能力を有しません。しかし、弓守様と弓司様の両方が亡くなられれば話は別です。私もまさかとは思っています。そのようなことだけは断じて許されない」
「でも神遣葬弓神随はその血族の」カイが俺を見る。「肩のえっと神験でしたっけ。それが生まれつき出現していない限り」
「確かにその通りです。神遣葬弓神随は御遣いになられる方がすでに宿命として定められてはいます。しかし、あくまで最高最上の候補、という意味あいでの寄り代であったとしたなら如何でしょうか」
ケイ以外の人の眼差しが一斉に変化する。
「事実、初代弓守様には神験はなかった、と伝えられております」
「ということは」カイが眼を見開く。
視線集中。痛い。
「俺とヤミュが死ねば神随は誰にでも遣えるよ」
「弓守様、そのような言い方は」
「ソツ、話長いんだよ。最初からそういえばわかるって」
「あいつらが神随を狙ってると決め付けるには早い」
みんなビックリしたらしい。俺もちょっとビクった。ケイの声はすごく低くて迫力があるから心臓を素手で握られた感覚がする。
ツネアはそうでもないみたいだけど。「ケイちゃん、それ確かめられる?」
「わからない」
「まあ、とにかく」カイが空気を一掃する。「ヨイッチさんは命を狙われる可能性があるということですね?」
「んで、その賊ってのはどこの輩だ?」センジュが指の関節を鳴らす。
「かつて武世来と呼ばれてた集まりだ」ケイが言う。
「かつて? なんだ、ありゃ解散でもしたってか」センジュが言う。
「した」ケイが言う。
「へえ、そりゃ詳しいな」
カイがセンジュを足蹴にして身を乗り出す。座ってもケイは相当でかい。
「じゃないでしょ。え、ちょ、ちょっと待ってください。あなたなんでそんなこと」
「武世来は俺が創った」ケイが言う。
「はあ?」カイとセンジュの声がハモった。
声でかすぎ。耳痛い。
「え、創ったって。創る? そんなまさか」カイが言う。
「本当だ」ケイが言う。
「マジ? あの暗躍集団だぞ? 見たやつ皆殺しってゆう」センジュが言う。
「いま、なんと仰りました?」ソツがゆっくり顔を上げる。
そうだった。あの時ソツは気を失ってて。
まずいまずいまずい。どうする。どう出る。
「あなたがあの賊の」ソツが言う。
「首領だった。前の話だ」ケイが言う。
「前といいましても、六宮を盗んで六官を殺したのは紛れもなく」
「俺の知り合いだ」
ソツが弓を取ろうとするから。「離してください弓守様。こやつは、この賊は。騙されてはなりません」
「落ち着いて。ケイはそうゆうんじゃなくって」
「そうではないってどうではないのですか? こやつは、我々の」
「ソツと言ったな」ケイが腰を浮かせる。ソツの前に膝をつけて。
「何のつもりですか? そんなことをされても六宮は六官は」
「あいつらがやったなら俺の責任だ。殴りたいなら何発でも殴れ。言いたいことがあるなら何でも言え。ぜんぶ受け止める。だから、あいつらに歯向かうのはよしてくれ。それは俺がやる。俺が片を付ける。六官とやらは申し訳ないが、必ず取り返す」
「何を言ってるのかわかりません。あなたが首領だったのならあなたの命令でないないという証拠がどこにあるのですか? 私たちだけでなく弓守様まで騙して。許せません。六宮を取り返すだなんて。それに手を出すな? 言い訳にもほどが」
これって土下座かな。としたらケイも列島ヒムカシの。
そういえば言葉も同じだった。それにここで使われてる言葉が列島ヒムカシの言葉だってことにいま気づいた。みんな出身同じじゃん。ビックリ。すごいよそれって。
じゃなくて、今はそんな場合じゃなくて。
「弓守様、この賊と行動を共にするのだけはおやめ下さい。それだけお約束いただけないと私は」
「ねえ、話聞いてた? ケイは武世来やめたって言ったんだよ。もう首領とかなんでもないんだよ。そうゆうの厭でやめたんだよね? 解散したのだって」
「解散しているのなら、どうしてその賊が六宮を強奪して行ったのですか? 奴らは私たちに向かって武世来と名乗りました。この私が証人です。それに単体ではなく、少なくとも四人は」
「すまない」ケイは頭を下げたまま。
「謝らないで下さい。見苦しい。本当に悪いと思っているのならいますぐ我々の前から消えていただきたい。それが出来ないなら」
「出来ない」ケイが言う。
「消えてください」
ケイは頭を上げない。そのままじっとしている。
ソツの口元が痙攣して。「そうですか。わかりました。それなら私のほうがいなくなりましょう。弓守様、ご同行下さい。帰ります」
「え、ちょっとなんで?」
「改めて説明するような理由は御座いません。さあ」
ソツが無理矢理つかんだ腕を振り払う。「ヤダ。俺はツネアんとケイと一緒に行くって決めた。そうじゃないとヤダから」
ケイはまだ頭を上げない。
「あんなあ、弓官の人」ツネアが億劫そうに。脚痛いのに。脚だけじゃなくてきっと全身が。「それ、わかるんやけどケイちゃんの言うてることはぜんぶホンマのことなん。さっきは弓守様救ってくれた恩人やゆうてぺこぺこしとったのに、武世来におっただけでそないに態度変えて。見苦しいのどっち? ゆうとくけどな、俺が渓谷密林暦マヤから生きて帰って来れたんは、ぜんぶケイちゃんのお陰なん。そこでな、武世来の残党が襲ってきてん。俺は一撃食ろうて動けなかったのをケイちゃ」
「もう喋るな」ケイが止める。
ツネアは汗だらだらだった。息も途切れ途切れ。途中から何も言わなくなったのは容態が悪化したから。寝転んでるのも苦痛。それなのに。
また俺のために。
「どうしてそんな賊を庇われるのですか? 弓守様も。なぜ」
「ソツ」
そんな顔しないでよ。悪いのはケイじゃなくて。
「失礼します」
俺だよ。
「待って!」
ソツが部屋を飛び出してしまった。後ろ振り返ったけど、俺が追いかけるしかないじゃん。カイもセンジュもどっちかというと部外者だし。ツネアは動けないし。ケイなんか追ってきたらそれこそ。
「ソツ!」
脚は俺のほうが断然速い。すぐに捕まえた。宿屋を出てほんの数十メートル。
振り払わないのは、俺が弓守だから。
「私は帰ります。弓司様を守らなければなりません」ソツが言う。
「うん」手を放しても。ソツならきっと逃げないから。
「わかっています。あの者が六宮強奪に当たって何もしていないことくらい。ですが」
「うん」
「弓守様」
「なに?」
ソツが顔を上げる。「立派な神験になりましたね」
「これね、ケイのおかげなんだ。大剣見た? 剣になんか黒い石がついててそれに触ったらぶあって広がって」
「黒い石? それは」
「えっと、確か最初にな、が付いたような」
「奇石無鬼ナキ、では」
「たぶんそう。よく知ってるね」
「知ってるなんてものではありません。あれはもともと我ら」
人が通った。ソツが言葉を遮る。
「え、どうゆう」
「遙か古、我ら弓杜封界宮シンの祭っていた奇石です」ソツが静かに言った。
2
またデカくなってる。
着替えるたびに目について本当に厭だ。出来るだけ見ないようにしてるけど、弓官のソツが付きっ切りで傍にいるから常に意識せざるをえない。
日進月歩美しく様変わり、とか。この文様の広がり具合は史上稀に見る、とか。
鬱陶しい。そんなに見たければ妹のヤミュのを見ればいいのに、弓司キュウシュ様の神験カミシルシは何人も侵すべからず、とか言ってみんな俺のばっかじろじろ見に来る。確かにヤミュは女の子だからあれだけどさ。でも肩だし。それも左だけ。ほとんど腕だよ。
毎日毎日うぞうぞ形が変わってる。もしかしたら虫が棲んでるのかもしれない。そう思ったら気持ちが悪くなった。引っ掻いたらソツにすごく怒られた。
「だって虫が」
「虫などおりません。どうしてそのような根も葉もないような」ソツが言う。
「なんかかゆくて」
「気のせいです。どうか神験を大事に」
今日は大事な式典とかいって面倒な衣装を着なきゃいけない。やたら重いんだけど左肩はきっちり出てる。これをお披露目するための会なんだろうけどさ。じろじろ見られるのはもう厭だ。近くに座るヤミュはまったく注目されないのに。どうして俺ばっかり。弓守と弓司に何の差があるんだよ。
あっちでもこっちでもひそひそ言ってる。どうせ言いたいことなんかあのことだけ。現御代弓守様はいまだ神遣葬弓カムヤリソウキュウ神随カムナガラを放てないのか。先例によるならこのくらいの年にはすでに神々しいばかりの光を。神験もこれまでのものと大きく違いすぎている。そのせいでは。
うるさいうるさいうるさい。俺だって好きで弓守様なんかやってるんじゃないのに。生まれたときにたまたま左肩に変な文様が浮き出てたから無理矢理こんなところに連れてこられて。毎日わけわかんないことさせられて。
理由を訊いたって。
それが弓守様ですから、しか。
逃げたい。逃げられるもんなら。せめてソツが見張ってなければいいのに。
ヤミュは厭じゃないのかな。単に俺の妹ってだけで左肩に同じ文様が浮き出てるなんて気持ち悪くならないのかな。
俺だったら絶対耐えられない。左肩をがりがり引っ掻いてる。
でもやっぱりソツに止められて大目玉。ソツだけならまだしも、ソツなんか比べ物にならないくらい怖い人いっぱいいるしな。
そいえばヤミュと最後に口利いたのっていつだっけ。急に会いたくなってきた。
「駄目です」ソツは即答だった。
「どうして?」
「どうしてもです」
「ヤミュだってつまんないよ」
「つまらない筈がありません。弓司様なのですから」
「わかんないよ。そんなこと訊いてみなきゃ」
「訊くまでもありません。さ、お部屋にお戻り下さい」
「ヤダ」
「どうか我が儘は」
「我が儘じゃないよ。俺だってちょっとくらい」
ソツが首を振る。口を利いてくれなくなったら告げ口の合図。これ以上やったら上申するってこと。
やってみろよ。俺は弓守様なんだから。
俺とヤミュが死んだら弓杜封界宮シンは終わりだってこと知ってるよ。
「仕方ありませんね」
やったあ。だからソツは好き。
こっそり屋敷の裏を通る。誰もいない。いたとしても俺の脚に追いつけるわけない。塀の上を歩いたって平気。ソツがいたら顔が蒼ざめるけど、夜だから見えないか。
屋根の上から様子見。ヤミュの変な鼻歌が聞こえる。弓司にはソツみたいな付きっ切りの人はいない。だからここまで来れば。
「あ、にぃだ」ヤミュが気づいた。
「元気してた?」
「うん。にぃは?」
「そでもない」
「つまんない?」
「ヤミュはつまんなくないの?」
「つまんないよ。でもにぃが頑張ってるからね」
「俺別に頑張ってなんか」
「頑張ってるよ。わたしだったら肩がりがりしてるよ」
「え、がりがり?」
ビックリした。おんなじこと言ってる。
「なんか最近すごくかゆい。そろそろってことかな」
「なにが?」
やみゅがにこっと笑う。つい尋ねちゃったけど、わかってるよそんくらい。ふんだ。もう寝よっと。
部屋に戻ったらソツがいなかった。俺が部屋にいることになってるからここにいなきゃまずいなのに。遅いよ。布団に入ってだいぶ経つ。なんで帰ってこないの? ソツが帰ってこなかったら俺は。
「お戻りでしたか」
「ソツ! どこ行って」
「すみません。真弓マユミ様に呼ばれておりまして」
「え、じゃ、じゃあ」
真弓様というのは弓杜封界宮シンで一番偉い人。一番怖い人。
「ご心配に及びません。弓守様は疲れてお休みになっている、と」
ふうと息を吐く。
「で、何だって?」
「おわかりかと」
神遣葬弓神随のことだ。聞かなきゃよかった。
「お休みになりますか」
「もう寝てるよ」
「お休みなさいませ」ソツが隣の部屋に引っ込む。いつもより動きが鈍い気がしたけど気のせいかな。俺が速すぎるだけかも。
眼を瞑る。
その夜、変な夢を見た。
3
部屋に戻ると寝息が聞こえた。どかどか走ったせいでカイに睨まれたけどセンジュが庇ってくれた。
「てめえのがうっせえだろ」センジュが言う。
「いまのあなたの声のほうが迷惑ですけど」カイが言う。
この二人は仲がいいのか悪いのかいまいちよくわからない。付き合いはそれなりに長いんだろうけど。出身も同じだったりするのかな。
ベッドをのぞく。ツネアの額に湿った布がのっている。
「熱があんだと」センジュが欠伸しながら布を手に取る。「もう乾いてやがる」
「ソツさんは?」カイが尋ねる。
「あ、外に」
ケイがいない。
「あの大きな方なら用があるとか言って」カイが教えてくれる。
「ども」
宿の出入り口にソツが待っていた。顔はそんなに怒ってないけど、ケイを連れてこなかったせいかちょっとだけ眉をひそめた。
「入れ違いで出ちゃったみたい」
「心当たりは御座いますか」
「うーん」きっとツネアなら見つけられるんだろうけど。俺じゃ。
「あの者が無鬼ナキを持っているなら可能やもしれません」
「ホント?」
「弓守キュウシュ様がですよ」
「え」
てっきりソツがやるのかと思ってた。
「六宮リキュウの在り処も弓守様ならおわかりになる筈です。どうかご自分を信じて」
「そんなこと言ったってどうやるのかぜんぜん」
「神随を御遣いになられたときのことを思い出してください。それと同じ感覚です」
ますますわかんない。だってあの時はとにかく必死で。
「私が妨げになるようでしたら少し離れていますが」
「ううん。そうゆうことじゃなくてね」
左肩を触ってみる。
光った。ぼんやりだけどこの光景はたぶん。
闘技場コロセオの裏。
「なんかわかったかもしんない」
「私には出来ると思っていました」
「そ、そう?」
ソツが自信たっぷりに頷くから恥ずかしいじゃんね。
とにかく行かなきゃ。闘技場の裏は賭け事をする人たちが集まるからあまり気が進まない。一応俺は殿堂入りとかしてる有名人だから軽い冷やかしに遭うだけだけど、初心者なんか迷い込んだが最後ただのカモにされる。ツネアは大丈夫だったかな。
見っけ。声をかけようと思ったら先客がいた。
誰だろう。なんか。
浮いてない?
周囲の雰囲気から浮いてるわけじゃなくて本当に浮いてる。だって足場とか何もないのにケイより高い位置に頭があるなんて変だし。すっごい巨人てこと?
でもやっぱり。
「浮いてるよね?」
「そのような力やもしれません。しかし」ソツが複雑な表情をする。「厭なものを感じます。あの賊と近い」
「武世来アームエイジドダンてこと?」まずい。声上げちゃった。
「弓守様」ソツが前に出てくれたけど意味ないんじゃ。
「誰だ」ケイが怖い顔でこっちを見る。元々が怖い顔なんだけど。
「あ、えっとね。ごめん。盗み聞きとかするつもりなくって」
ケイの後ろから浮いている人が近付いてくる。額にキラキラするものが嵌ってる。服装も着物っぽいけどすごく型崩れ。背中と腕にふよふよ布が漂っててなんか怪しい。巻物とか襖絵とかで見た風神雷神みたいで。
ケイはソツを見つけてばつの悪そうな顔になる。ううん気にしすぎ。
「その人は?」いちお、訊いてみるけど。
「残念だけど人じゃなかったりする」その浮いた人?はあっけらかんと言った。「お、それって神験じゃん。初めて見た。てことは」
「ダイ!」ケイがものすごい低い声で威嚇する。
まさか取り込み中?
「あーごめんね。まさか弓杜封界宮シンが、て。あ、そっかなるほど」ひとりで言ってひとりで納得してる。だいたい人じゃないってどうゆう。「神遣葬弓神随ってきみ?」
ソツが身構えた。さすがに弓はやめて欲しいけどケイも大剣抜いてるし。
「みだりに話し掛けることは許されない」ソツが言う。
「んじゃせーかいってことね。まっずいなあ。オニ、オレ帰ったほうがいい?」
「とっとと返せ」ケイが言う。
「や、だ。これすっげえ面白いし。只で貰っていいのってゆったんだけどさ」
この感じ。まさか。ふよふよ浮いてる人の手に。
大槌。
「それは」ソツが目を見開く。
六宮。
「えーっと、名前なんだっけ。ついさっきモロちゃんから聞いて」
ケイが斬りかかったけど浮いてる人は上方向に移動する。リーチがまるで足りない。
「ごっめーん、もう一回訊いていい? ちょーど弓杜封界宮シンの人たちいることだし」
「誰が」神験発動。
神遣葬弓神随。
「わお、モノホンは違うね。モロちゃんが興奮したのも頷ける」
「返せ」ケイが言う。
「オニ、面白友だちできたじゃん。弓杜封界宮シンなんて閉じ篭ってるから絶対会えないってのに」
「ダイ!」
射。
無理だってわかってるけど。
「威嚇にもならないね。名前教えてくれたらいまだけこれ遣わない。ど? いい条件だと思うな」
確かにいまここでそれを遣われたら。間違いなく終わり。
「なりません、弓守様」ソツが言う。
「でも」あの時六宮ぜんぶの名前教えちゃってるなんて。ソツが聞いたら。「あのね」
怒る?
哀しむ?
「なりません」
「あ、思い出してきたかも。いい? 思い出しちゃうと条件呑めないよ?」
「ダメ!」
ケイの突き立てた大剣が禍々しいオーラを纏う。無鬼だ。闘技場を壊したときみたいに。まさかまた暴走するとかじゃないよね。
それじゃあ六宮と変わらない。
ごめん、ソツ。
「一回しか言わない。降動関槌フドウセキツイ≪普然施アマネシ≫」
ケイの鋭い視線。
ふよふよ浮いてる人がにい、と笑う。「賢いね。弓杜封界宮シンも安泰だ」
「ダイ!」
ケイが叫んだかと思ったら、ふよふよ浮いている人がぱっと消えた。六宮の大槌も一緒に。
「っくそ」
「ごめん」
「お前のせいじゃない」そう言ってるけど、ケイの顔は険しい。
でもそうするしかなかった。
「あのさ、ソツ」
「もしや六宮すべての名が」
「ごめん。俺が」ソツたちを助けるために。ていうのは言い訳で。「他のやつらに」
俺が弱いから。
「いえ、もし私が弓守様と同じ立場ならばそうしていました」
「ホント?」
ソツは怒ってなかった。どっちかというと哀しい顔。「私は弓官としてお止めしただけのこと。よくぞ六宮の名を憶えていましたね」
「いいの?」
「取り返せばいいだけです。そのためにあの者がいる」
ケイが頭を下げる。無鬼はもうすっかり鎮まっている。
「信じることにします」ソツが言う。
「すまない。それともう一つ詫びなきゃならない」ケイが言う。
「なんでしょうか」
「無鬼て知ってるか」ケイが大剣を見せる。剣先近くに黒い石。「こいつを複製したやつがいる。それを六宮に組み込んだ」
「そんな」
「見なかったか。さっきの大槌にもあったんだが」
ソツの眼が泳ぐ。状況がよくわからない。無鬼が六宮に組み込まれるとなんか悪いことでも。
「なぜそんな」
「元武世来に妖族エルフがいる。そいつが六宮を盗んだ張本人だ」
ケイと眼が合う。漆黒の瞳。
「えっと」足が竦む。
「無鬼はお前の神随でしか止められない。俺が暴走したらそいつで射てほしい」
「え、でも」確か人に射たらまずいんじゃ。
「狙うのはこっちだ」
大剣の黒い石。奇石無鬼。
「壊れたりは」
「無鬼はそんなに柔じゃない。九九九ココノクキュウもな」
「ここのくきゅう?」
「霊剣九九九。こいつの名だ」
「あ、うん」
なんか無鬼って。
眼みたい。
「その無鬼ですが、どちらで手に入れられたかは」ソツが言う。
「すまないがそれは言えない。九九九も訊かないでくれるか」
「ご出身は」
「国は捨てた。帰るところはない」
ソツがケイの首元を見てる。
黒曜と乳白の数珠。どう見ても。
「修験霊山塔テラじゃ?」
「そう思いたいなら構わない」ケイはぶっきらぼうに言い放って行ってしまった。霊剣九九九を肩に背負って。
「踏み込まないほうがいいのかな」
「おそらくあの者は弓守様のお考えの通りでしょう。しかしご存知の通り修験霊山塔テラはすでに亡き邑。最後の生き残りやもしれません」
生き残り。すごく淋しい響き。
「霊剣とかって」
「修験霊山塔テラで修行僧が何をしていたのかは密教という特徴から想像に難くありませんが、あの邑の突然ともいえる滅亡は列島ヒムカシ内でも謎です。一夜にして山一つ大火に遭い今もそのままと聞きます。霊剣九九九は知らない名ですね。そこで祭られていた秘具を使っているのでしょうか。無鬼については本当に修験霊山塔テラにあったものなのか、それともどこからか持ってきたのか、あの者が黙されている以上わかりません」
確かにすごい石だと思う。廃墟戦跡陵サギの幻術も破っちゃったし。でもその無鬼も神随には勝てないってことなのかな。ううん頭こんがらがってきた。
「ツネア様といいあの者といい、弓守様のお仲間は変り種ですね」ソツが言う。
「ツネアんも?」
「ええ、言葉からおわかりでしょう。列島ヒムカシで最も神妙奇妙な地、祭壇古都京キョウのご出身かと」
「え、そうなの?」西ってのは言葉の抑揚ですぐにわかったけど。祭壇古都京キョウ?
それって。
「皇族ってこと?」
「そうとは限りません。祭壇古都京キョウに暮らす方々は皆、あの抑揚でお話になるようです。それに皇族がこのようなところにいる筈がありません。そのようなことになれば祭壇古都京キョウだけの問題ではなく、列島ヒムカシにおける大騒動になってしまう。実際そうなっていませんでしょう? それが証拠たり得ます」
そっか。そうだよね。皇族の人が最上禁術の錬金術なんかマスタしてたら大笑いじゃ済まないし。
ツネアは大丈夫かな。
4
熱い。
肩が焼けそう。
もしかしたら焼けてるのかもしれない。轟々と炎が上がってじりじり。
怖くて眼なんか開けられない。
熱い。熱い。
皮膚がぞわぞわして触るのすら怖い。
もし触って本当に虫が這ってたらどうしよう。
ダメだ。気持ち悪くて。
誰か助けて。
ソツ。
いないの?
声が出てない。出そうと思ってるけど出し方がわからない。
熱いよ。
肩だけじゃなくて全身が燃えるように熱い。
原因は絶対あれ。
神遣葬弓神随が遣えない駄目な弓守にお仕置き。
でもそんなこと言ったって遣えないものは遣えないよ。
その神験は飾りか。
ごめんなさい真弓様。
怖い。こわい。
弓司様も待ちわびておられるというのに。
ごめんなさいごめんなさい真弓様。
でも。
言い訳などするな。
弓杜封界宮シンの生き恥だ。歴代の弓守様の神験に申し訳が立たぬ。
お前のような奴など最早用無し。
この場でその腕を切り落とし皆に詫びよ。
え、やだ。
こちらに来い。腕をここへ。
やだ。
やめて。
見苦しいぞ。弓官も見ておる。
そんな。
ソツ?
どうして。そんなに遠くに?
黙って首を振るときは。
最終通告。
ウソだよね?
ウソだってゆってよ。
矢張りそなたは弓守様には相応しくない。
ぐちゃ。
虫が湧いておるわ。
「うわああああああああああああああああああああああああ」
「弓守様!」ソツ?
手が届くほど近く。
「あ、れ」
「どうされましたか。随分うなされて」
俺の部屋?
外も真っ暗。まだ夜。
じゃあいまのは。
「ゆめ?」
「怖い夢を?」
これは布団。
服が湿ってるのは汗?
「ねえ、俺の左腕、どうなってる?」
「素晴らしい神験が御座います」
「じゃなくて、腕。ちゃんとあるよね?」
「ええ」
自分で見れない。感覚がない。肩から先がすごく軽い。
「虫に食われてないよね?」
「ええ」
「ホントに?」
「私が嘘を申したことが御座いましたか?」
「あった」
ソツが口元を上げる。「おひとりで眠れますか」
「ここにいて」
「はい」
枕に頭をつける。ひんやりしてる。
「ねえ、ソツ」
「なんですか」
「先代の弓守様ってさ」
「御祖父様です」
「それは知ってる。どんな人だった?」
沈黙。
なんだろう。そいえばあんまり先代の話は聞かない。比べられるのはいつも、最高に美しいとか謳われた神験を持つ弓守様ばっかり。わざわざ神験の写しとか取ってあるところからいって嫌味だと思う。
「ねえ」
「申し上げられません」声が違った。ソツはもっとずっとあったかい声なのに。
いまのは。
「で、でもさ」
「すみません」まるで氷。
「ダメなの?」
ソツが無言で頷く。
「真弓様に言われてるから? 言っちゃいけないって」
「先代について私が申し上げることは、弓守様のお祖父様だったこと以外にはありません」
「なんで?」
「お休み下さい」
「どうして言えないの? 真弓様に怒られるから? 俺が訊いたんだからソツは悪くないよ? それでも」
「明日は早朝より稽古が御座います。寝過ごされぬよう」
ソツはそれっきり何も言ってくれなかった。眼を瞑るまで傍にいてくれたけどそれだけ。しばらくして、するすると襖を開閉する音がした。
じーさんは。
何かいけないことをしたんだろうか。
5
次の日、ツネアはすっぱり元気になっていた。熱も引けたし脚の腫れも治まったけど、朝が弱いらしくベッドの上でぐずぐずしてたのを、ケイが無理矢理担いで停泊場へ連れて行った。
全然知らなかったけど、カイとセンジュは船を運航してるみたい。それもたった二人だけでこんな大型船を。ソツと一緒にこっそりビックリした。
次なる目的地はケイの要望どおりに決まった。
大陸フランセーヌを統治する魔導公国オルレア。
大陸クレの北東に位置し、大陸クレに次ぐ面積を有する。以前は好戦的な国家だったらしい。いまはいろいろあって天子廟香カラを見習い、平和な国づくりに努めている。
弓杜封界宮シンは鎖国してるけど。戦争はしてなかったと思う。
港に着いて、俺とツネアとケイが降りた。ソツはそのまま国まで船で送ってもらえるみたい。だからカイとセンジュともここでお別れ。
「出来ればご一緒したかったのですが」カイが名残惜しそうに言う。
「ええよ。ホンマおおきに」ツネアが手を振る。
「最強の仲間じゃねえか」センジュが、俺とケイを見てうんうん頷く。「な? 俺の言うとおりにしてよかったろ」
ツネアは仲間を見つけるために闘技場コロセオに寄ったらしい。
確かにそれはすごくいい方法かも。俺もいたしさ。
「どうか道中お気をつけて」ソツが大袈裟に頭を下げる。
「ソツもね。ヤミュによろしく」
ケイがすたすた行っちゃうからあまり手を振れなかった。コンパス長すぎ。俺はいいけどツネアが置いてかれそう。
魔導公国オルレアは、内陸から海沿いに遷都した、とケイが言ってた。それに戦争してたときは、気安く船を乗りつけることも出来なかったみたい。
ぜんぜん違うにおいがする。闘技場の周りみたいに埃くさくないし、弓杜封界宮シンみたいに重々しくない。街はすごくきれいで、笑顔が溢れてる。道は放射線状に延びていて、それが集まるところに尖ったお城がある。白亜の壁。花もいっぱい。本当にこんな国が戦争なんかしてたのかな。
「遷都ついでに名前変えるゆう案はどないなったんかな」ツネアが思い出したみたいに言う。
「破棄だ」ケイが言う。
「ほお、まだ諦めてへん、ゆうこと?」
「それを確かめに行く」
ケイとツネアはなんだかよくわからない話をしている。尋ねようにも何から尋ねればいいのかちっとも。ううん置いてけぼりは俺だよ。
ケイが欠伸の門兵に話し掛けるとすぐに案内された。薔薇の庭を通って天井がすごく高い建物に入る。弓杜封界宮シンには上じゃなくて横に長いのばっかだからちょっと新鮮。
きっと女王に会いに行くんだ。ううん緊張する。
「女王ゆうても形だけなん。生きる広告塔ゆうたらヒドイかな」ツネアが言う。
「そんなもんなの?」
「列島ヒムカシでゆう祭壇古都京キョウやな」
それじゃあますます偉いじゃん。ツネアに怖いものなんてないんだろうな。
ただっ広い空間に出た。薄暗いけど壁が白いから明るく感じる。両側に同じような格好の人が並んでいる。ぱっと見二十人。ふわふわする赤い絨毯を辿った先にキラキラする椅子があって、そこに桃色のドレスの女の人が座っていた。凛々しい。真弓様より優しそう。琥珀色の髪に銀色の王冠がのっている。
女王だ。二人とも片膝立ちしてる。俺も急いで真似したけどちょっと遅かったかも。女王の脇にいるひげのじーさんが睨んでる気がする。
「よい。頭を上げよ」女王が言う。
ふう。こっそり安堵。言葉もわかりそう。
「久方振りだな、ケイ。そちはちっとも変わらぬ。どうだ? 新しい我が都市は」
「前よりいい」女王の御前なのにケイはいつもの口調。この人も怖いものなしってゆうか。
「まさか我の顔だけ見に来たわけではあるまい。用があるのだろう。申せ」
「ヴェスヴィは」
女王の顔つきが変わる。脇のじーさんもさらに怖い顔に。
「諦めてないと思っていいだろうか」
「なぜそう思ったのだ」女王が言う。
「ここは魔導公国オルレアだ」
じーさんが咳き込む。
「じい、病に障るなら引っ込んでいろ」
「滅相も御座いませぬ。このじい、遷都くらいで忘れ去ることが出来ようとは露にも思ってませぬゆえ。ケイ様がいらっしゃったと耳にしたときより覚悟はしておりましたぞ」じーさんがしわがれ声で怒鳴る。なんて言ったかわからなかったけど、それが絨毯の両側に立っている人に対する命令だってことにやっと気づく。
「違う。誰も兵を貸せとは言ってない」ケイが言う。
「なに?」女王が言う。
慌ただしく移動してた人の足が止まる。この空間にいるすべての人の視線がケイに集中する。
「ヴェスヴィには何がある?」ケイが女王に聞く。
「魔導師ウィザードの学校並びに研究機関で間違いないだろうが、魔窟城塞という名の通り、かつての我らのような力を求むる者と相容れないために防衛策を採っていたにしては強すぎる。その意味も込め、初代オルレア女王が命名したと考えるほかあるまい」
「その城塞は、いまはないんだな?」
「火山灰の下に沈んだ、と文献にはある。近づいた者たちの報告を信じるならば一面に灰が積もっていたと」
「実は俺も近づいたことがある」
「それは誠か」女王が身を乗り出したけど、じーさんが咳払いしたせいか座り直す。「すまぬ。まさかそちがあの島に」
「別にそっちの意に従ったわけじゃない。興味があっただけだ。俺が見たのも一面の火山灰だったが、たぶんそれは幻術だ」
「なに?」
今度はじーさんも身を乗り出しそうになった。凄まじい視線量だと思うけどさすがケイ。全く動じてない。
「幻術なのか?」
「ここで提案がある。俺はこれからヴェスヴィに乗り込むが許してくれるか」
ついに女王が椅子から立ち上がった。「乗り込むだと? それは」
「本気だ。その許可を貰いに来た」
よかった。置いてかれてるのは俺だけじゃないみたい。
女王とじーさんは顔を見合わせてぽかんとしてる。
「許可出来ん」
「悪い。行くぞ」
え、なんで。いいの? 女王はダメだって言ったんだよ?
城の外に出る。門兵の人はまた欠伸してた。
「えっと」何から訊いたらいいのかわかんない。
ツネアが肩を回す。ごきごきゆった。「ああ、しんど。おおきにな、ケイちゃん」
「いや」
「ええっと」
「ヨイッチも気づかれてへんよ。あの女王、ケイちゃんしか見てへん」
「え?」
「俺は錬金術師やてバレたらあかんし、ヨイッチはその肩。あの位置からやったらわからへんよ」
神験。
「ダメなの?」
「素性は伏せたったほうがええさかいに。殿堂入りもやけど」
確かに弓杜封界宮シンは鬱陶しいくらいに秘密主義だし、神遣葬弓神随だって大っぴらに見せびらかすようなもんでもない。ちっとも気が回らなかった。ツネアが一言も喋らなかったのも、抑揚からうっかり国がわかるのを防いだんだろう。
「それはいいけどさ、さっき女王は行っちゃいけないって言ってなかった? いいの? 許可取りに行ったんじゃ」
「要らない」ケイが言う。「そんなものを貰ったらオルレアの派遣になる」
「つまりな、女王の命やなくてこっちで勝手に行くんやから邪魔も手助けもせんといてね、て釘差しに行ったん。せやから、もし何やええことわかっても教えへんし、何かオモロイもん手に入っても献上せんでええゆうこと。わかった?」
「え、じゃあ三人だけでってこと?」
そいえば兵は要らないとか何とか。
「当然だ。不満か?」ケイが言う。
「不満てゆうか、何しに行くの?」
「ああそか。ヨイッチ、ヴェスヴィの悲劇知らへんね」ツネアが言う。「いつやったかな、こっから西にある孤島の火山が爆発してん。そんで、そこに魔導師のガッコがあったんやけどまるごと火山灰の下、ゆう哀しい話」
「それじゃあ、そこに住んでた人は」
「ちょうどな、魔導師の会議しとってん。世界中の魔導師がそこ集って。なにもそないな日に噴火せんでもなあ」
「そんな」
ひどい。いくら自然災害っていっても。
「んで、その悲劇に島に行こ思うとるわけ。まあ、俺はどないでも」
「よくない。お前のせいで」ケイが言う。
「あれ遣わなあかん状況にならなええ話と違うん?」
「絶対に遣わないと約束できないだろ」
「まあ、せやなあ。でもあれ、そないにあかんかな」
「あれって何?」
「ヨイッチの脚治したったあれ」
「それがあれ、なの?」
錬金術じゃないのかな。
「まほーゆうて誤魔化そ思うたんやけどそうもいかんかな。精霊なん。おっさんからそれ貰うてうきうきしとったらなんやケイちゃんがな」
「遣うなよ」ケイが言う。
「ほらな、禁止令出てん。リスクなしの高等治癒術ゆうたらなんやろ、て考えて。そしたらケイちゃんがええとこ知っとるゆうから、任せたったらこうなったゆうわけね」
精霊とかおっさんとかよくわかんないけど。
「魔導師仲間にすんの?」
「せやな」ツネアが言う。
「え、でもさっき滅んだって」
「それを確かめに行く」ケイが言う。
「んで、あわよくば世界最高峰の魔導師ゲットゆう企みね」ツネアが言う。
すごい。いつの間にそんな話に。
「まずは船やな。せやけど」ツネアが言う。
「無理だろうな」ケイが言う。
「無理って?」
「ヴェスヴィはな、行ったら誰も帰れへんゆうそらもう恐ろし島なん。島の周りはごっつい結界。過去何人も魔導師が挑んだけどミイラ取りがミイラゆう仕組み」
本当だった。港でよさそうな船ぜんぶに声かけたけど全員に首を振られた。ヴェスヴィの名を聞いただけで顔を歪める。廃墟戦跡陵サギみたいな雰囲気。
なんかそれ、面白そうじゃん。
「どないしょ。泳ぐ?」ツネアが言う。
「向こうまで何キロあると思ってる」ケイが言う。
「冗談やわ。本気にせんといてよ」
早くも行き止まりで海を眺めてぼんやり。鳥だったらよかったかも。もしくは魚。
「カイとセンジュがいればよかったのにね」
「せやったね。しくじったわ」ツネアが悔しそうに言う。
ケイが買ってきてくれた果物を齧る。酸っぱくて美味しい。もう一個もらおっと。
「お前、そうゆう術持ってないか」ケイが言う。
「ないない。あっても遠距離会話止まり」ツネアが首を振る。
「それで呼べば?」
「ええ考えなんやけど、ちょお無理ね。精霊遠伝テレゆうんやけど、テレはそれと対になるやつが相手んとこおって初めて成り立つ術なん。せやなかったら同業」ツネアが眉をひそめる。上向いてあーあーとか呟いてるけど耳が変になったのかな。急に立ち上がるし。
ケイは驚いてない。何で動じないのさ。
「よおやった。たまには役ん立つな」ツネアはそう言ってきょろきょろし出す。停泊してる船の中で一際大きな船に近づいて、荷物を積み込んでる人に話しかけてる。あれはツネアがヤダってゆったから声をかけなかった船なのに。気が変わったのかな。
ツネアが手招きしてる。
「どうしたの?」
「これ貸してくれるらし」ツネアが言う。
「え? ホント?」
カイとセンジュの船、ナグファだったかな、それも大きかったけどもっとでかい。どっちかと言うと無駄にでかい、かもしれない。乗組員の人たちがにこにこしながら小型船を海に下ろす。
そっか。そうだよね。こんなでっかい船貸してもらってもね。
「天子廟香カラか」ケイがそう呟いて船に乗り込む。
ぐわんと揺れた。危ない危ない。バランス感覚なら自信あるけど。
「なにが?」
「帆を見ろ。紋章が入ってる」ケイが言う。
「そうなの?」
乗組員の人たちはツネアにいろいろ物資を渡してる。ぜったい只で。
「こないにもろうても沈んでまうよ」迷惑そうに言ってるけど顔はうれしそう。もしかして恐喝じゃないの?
とか思ってる間に出航しちゃった。でっかい船の乗組員の人がずっと手を振ってる。見えなくなるまで振ってくれた。もしかしたらまだ振ってたりとか。
「ね、ねえ平気?」
「舵やったら精霊いてるさかいに」ツネアが詠唱する。
首のチョーカを外して血を塗りたくる。指はあらかじめ噛んであったみたい。トップの水晶から何かぬるぬるしてるものが出てくる。それがぼちゃんと海に落ちた。
「目指すは魔窟城塞ヴェスヴィね」
風もないのに船が勝手に動き出す。
やっぱり錬金術ってすごいよ。
6
結構遠いのかと思ってたけどそうでもないみたい。
島だ。
霧が立ち込めててよくわかんない。上陸しないで少し様子見るって。
俺もそれがいいと思う。なんか変な気配感じるし。肩がかゆい。
「幻術ゆうか、もっと」ツネアが言う。
「なんだ」ケイが言う。
ツネアがううんと唸る。「ちょお斬ってくれへん?」
ケイが九九九ココノクキュウを振り下ろす。霧の合間に一瞬なにか。
「城?」
俺も城に見えた。古城だ。でもどっかでみたような。
「いや、幻術だろう」ケイが言う。
「どこまでが幻術なんか区別つく?」ツネアが言う。
「たぶん」
「も一回頼むわ」
ケイが九九九を振り下ろす。今度は二回斬った。
「これ!」
「なんで」ツネアと同時だった。
ケイは瞬きしただけ。
「どないなってるの?」
「リマならやり兼ねない」
いま見えたのは間違いなく。廃墟戦跡陵サギで乗り込んだ城塞。
「あっちは幻術だったんだよね? じゃあこっちが」
ホンモノ?
「どやろ。火山灰の下ゆう話やから」ツネアが言う。
どっちもニセモノ?
ダメ。ぜんぜんわかんない。
「行くぞ」ケイが言う。
「え?」
ケイが霧を斬って島に踏み込む。ツネアを引っ張ってあとに続く。ここまで一瞬。
結界を破った。
「あかんわ。超高等術くさい」ツネアが言う。
石を積み上げて造った高い塀。古びて蔦が這っている。古さもにおいも廃墟戦跡陵サギとそっくり。だけど、城塞自体に結界はない。
「人はおらんのかな」ツネアがきょろきょろする。
空がどんより曇ってる。空気が湿っていて視界が暗い。そびえ立つ城塞の向こうに一際高い山が見える。あれが噴火した山だとしたら、やっぱりこれは幻術?
「いないな。二十年は放置されている」ケイが言う。
「二十? 噴火騒ぎ、そないに前やったっけ?」ツネアが言う。
「時間歪曲の可能性もある。相手は魔導師ウィザードだ」
ケイに続いて城塞の周りを移動する。入り口を探してるのかもしれない。
「不気味ゆうより、なんや意図がわからへんな。魔導公国オルレアに復讐したいんやったらなんも噴火させへんでも。あ、噴火は自然災害か」
「復讐って?」
「ここな、魔導公国オルレアに研究費用のカネ積まれて、その見返りに優秀な魔導師を仕えさせてたん。魔導公国ゆう名前も腹立ってたのと違う?」
「仕えるって? 女王の下で働いてたの?」
「まあせやな。魔導師は頭ええさかい。なにやらせても秀でとる。国政、対外政策、ほとんど戦争やけど」
「え、じゃあ」
ツネアが振り返る。「戦争兵器ね。そらもう最強の」
「無理矢理?」
「魔導師もいろいろおるし。好戦的なんもおったかもな」
ケイが足を止める。ツネアが後ろ向きながら歩いてたからぶつかりそうになった。
「どないしたん?」
「お前、空飛べないか」ケイが言う。
「空はなあ。上から見たい、ゆうこと?」
「塀が高すぎる」
「俺、行ってこよっか?」
「頼む」ケイが言う。
確かに結構高い。だけどこうゆうの大得意。助走つけて一気に駆け上がる。も少し。てっぺん。
「着いたよ」下に向かって手を振る。
二人ともちっさい。
「なんか見える?」ツネアが言う。
「待って」
曇ってるせいで真っ暗。眼を凝らしても火山くらいしか。その麓に建物が密集してる。そこに魔導師が住んでたのかも。でもケイが二十年云々て言ってたし。
幻術?
「街がないか」ケイが言う。
「うん。でも壊れてるっぽいよ」
「わかった。降りてきていい」
今度は簡単。ジャンプ。
「島の中央に火山がある。俺だったらその向こう側だ」ケイが言う。
「なにが?」ツネアが言う。
「ひとり、いる」
「せやからなにが」
ケイがそれ以上何も言わないのでツネアと顔を見合わせる。
「他にオモロイもんあった? まあ幻術やけど」
「あの山が噴火したってこと?」
「せやなあ。これ、噴火前の島の様子やったりしてな。人なしヴァージョン」
「あながち間違いじゃないかもしれない、だそうだ」ケイが言う。
「だそうだ?」
「ああ、そか。知らへんね。ケイちゃん、ヨイッチも出来るん?」
「錬金術師だけらしい」
「そら残念。ケイちゃんの剣、九九九ココノクキュウやったっけ? 喋らはるん」
「無鬼ナキもな」
「そなんだ。へえ、すごい」
てことは、いまのは九九九か無鬼の喋ったことばをケイが代わりに伝えたってことかな。
「ひとりおる、ゆうのは?」
「生き残りだ。そいつがこれを見せてる」
「え、みんな死んじゃったんじゃ」
「なにか裏がある。おそらく俺たちがここに向かう前から筒抜けだ。そいつにとって何か都合の悪い自体になるまで泳がせてるのかもしれない」
「そんなんゆうたら、都合の悪い自体ゆうのが起こって欲しいみたいやね」
「相手に応じて幻術の内容を変えるんだろう。俺が以前見たのは火山灰の積もった惨状だが。どちらにせよ現時点でこちらに対する敵意はない。無駄な殺生を嫌ってる」
「余計なことせえへんうちに早う帰りぃゆうわけね。せやけど何のために」
「わからない」
難しくなってきた。とっくに最初からちんぷんかんぷんだけど。
「おるんやったら会いたいなあ。それが火山の向こう?」
「ヴェスヴィ周辺は、海流の関係でさっき停泊した位置からしか侵入できない。誰にも会いたくないならその反対側だろう」
「誰にも会いたないん?」
「そんな気がする」ケイは勘なのか当てずっぽうなのかよくわからない。
合ってたとしても、誰にも会いたくなくて一人で居るってことは、淋しいんじゃないかな。
「まあええわ。会いに行こ。そんでそいつ仲間にしよ」ツネアが言う。
「強そうだよね」
「期待してええよ」
巨大な城塞の周りをうろうろしてようやく街に抜けた。塀のてっぺんから見えたあれ。でも近づいても、石造りの建物が古くて無人だってことしかわからない。鍵が開いていたり壊れてるのが大半みたいだから、手分けして手掛かりを探すことにした。
と言っても、何の手掛かりなのか聞きそびれて困ってる。埃っぽいからすぐ咳き込んじゃうし。相変わらず肩がむずかゆいし。適当に五軒くらい眺めて外に出る。
「精巧すぎてあかんわ。なんもあらへん」ツネアがぶつぶつ文句言いながら向かいの家から出てきた。頭に蜘蛛の巣がついてるから払ってあげた。
「おおきに。まあこれも幻術やけどね」
「怖いね。まさかこの島自体も幻術ってことないよね?」
「さあなあ。魔導師のすることはわからへんよ」
急に地鳴りがした。ケイが家から飛び出してくる。
「ちょお見て。あっち」ツネアが指差した先に。
火山からどす黒い煙がもくもく。
「え、ちょっとまさか」
「落ち着け。幻術だ」ケイが言う。
「幻術甘く見おったらあかんよ」
立っているのがきつくなってきた。地震かも。低い波動が地面の下から突き上げる感覚が不気味で。
「ブラフだよね?」
「機嫌を損ねるようなことしおったのと違う?」
「え、俺?」確かに勝手に家に入って引き出し開けたり箪笥開けたりしたけど。
空気がうねる。耳が聞こえづらいな、と思ったら目も見えなくなった。
なにこれ。一応みんないるけど。眼が合わない。
もしかして見えてない?
景色が徐々に回復する。湿った空気。古い大樹。下はぬかるんだ土。
あれ?
においが違う。さっきはもっと張り詰めた。
「無事か」ケイが肩を揺すってくれた。
「あ、うん」
「やられた。その手があったか」
「なに?」
鬱蒼と茂る森の中にいた。空気がすごく澄んでる。でも周囲が暗い。
ツネアは上を見ながらまたぶつぶつ言ってる。「あかん、戻されたわ」
「どゆこと?」
「ここ、渓谷密林暦マヤね」
「え? なんで?」
「せやから、そうゆう術なん。空間移動と時間歪曲の合成やね。みんなバラバラにならんかったのは、不幸中の幸いやけど」
全然わかんない。説明してもらおうかと思ったけど、あえて聞いても意味ないかも。
「ちょうどいい。あれを返して来い」ケイが言う。
「なんで? ええやん。せっかくもろうたのに」ツネアが言う。
「あったら遣うだろ。お前に死なれると厄介だ」
木の根っこの辺りに小さいものがうろちょろしてる。赤い帽子が見えた。今度出たら。
いた。
「待って!」
「ヨイッチ。あかんよ、そら」
「え」
ツネアが眉を寄せる。「ノームのおっさん怖がりなん。脅かしたら殺されるえ」
「それはヤダかも」
「せやったら大人しくしとってね。おっさん、ええよ。こいつなんもせえへんさかい」
ツネアが見遣った先に、赤い帽子がのぞく。先っぽだけちょこんと木の陰に。
「事情は見てたよ。うん、ヴェスヴィからおかえり」すごい小さい声だった。くしゃみしたら聞こえないと思う。
「どないしょう。繰り返すんわかって行くんもなあ」
「そっちの子がケガした子だね。そっか。神随カムナガラの。ふうん」
左肩がじろじろ見られている気がして隠す。
「珍しい型だね。最近眼醒めたばっかなら、やっぱり珍しいね」
なんか監視されてたみたいな。ちょっと厭かも。
「ヴェスヴィまで送ってあげるよ。でも条件がある」
「ホンマに? なに?」
気配。木の上。
今まで気がつかなかったけど、きっと最初からそこにいた。
「ツグ君、よかったね。行っておいでよ」
木の枝に人間が座ってる。身長は低いというより小さい。ケイと比べたら大人と子どもくらいの差。灰青の髪を左耳の裏で結わえている。でもそんなに長いわけじゃなくて。
「降りておいで。うん、平気だよ」
可愛い顔だけど男の子だと思う。背中側だけちょっと長めになってる上着。半ズボンで長いブーツを履いてる。身軽にぴょいと地に足をつけた。
「この子、ツグ君。喋んないけど喋んないだけ。音は聞こえてるからね」
「お前か。あのとき助けてくれたのは」ケイが言う。
ツグがこっくり頷く。
「そうか。すまない。命拾いした。俺はケイだ」ケイが手を出す。
ツグも手を握ったけどケイの手が大きすぎて完全に見えなくなった。
「あ、俺ヨイッチ。よろしくね」
「ツネア。で、そのツグくんをどないしろって?」
「ツグ君ね、ヴェスヴィに行きたいって言ってたんだ。面白そうだって」
「ああ、ふうん。俺らにお守り押し付けよ、ゆうこと?」
「荷物にはならないよ。うん、ツグ君邪魔しないよ」
「せやのうて、強いん? 見たとこなんや丸腰やし」
きつい言い方だけどツネアは心配してるんだと思う。あんなすごい幻術と、なんだかよくわかんないけど空間なんとかを使われて、いつの間にか渓谷密林暦マヤなんかに来ちゃったわけだから。でも超強いケイを助けたみたいだし。俺の経験則でも見た目で判断するのはなあ。
「え、なに? ホンマに? ちょお見せて」ツネアの目つきが。きらーんて光った。「無駄遣い、て。ううん、悔しいな。ほんなら指だけ。な?」
ツグが両手を開いてツネアに見せる。ぜんぶの指に指輪が嵌ってる。ぜんぶ種類が違う。小さな石みたいなのが埋め込まれてて。
「錬金術師の子。聞こえたの?」
「聞こえたって、おっさん。なんやこいつ喋るやん。嘘ゆわんといてよ」
「え、なに? ちょっと待って。俺知らない」
「へ、そうなん?」ツネアがツグを見る。
ツグは小首を傾げる。
「うん、確かにツグ君はメッセージを発するよ。僕にも聞こえる。でもいままで僕ら以外に聞こえたことはなかったからね。錬金術師の子が珍しいんだよ」
「え、俺には聞こえないよ」
「適性なんかな? ケイちゃんは?」
「俺にも聞こえない。だが、なんとなくわかる」ケイがツグの指を見遣る。「お前が造ったのか」
「旋環センカンゆうらし。魔術の元んなる魔素宿してな。せやけどわざわざこないなことせえへんでも魔法くらい」
「ツグ君は生まれつき魔法の素質がなかったんだ。だから苦労したんだよ。旋環もひとりで造ったんだ。僕の力も借りずにね」
魔法の素質がないから。魔法の代わりになるものを発明する。
それって凄くない?
「え、じゃあこっからまほー出るの? 見たい見たい」
ツグは小さく首を振る。
そっか。さっきのツネアはそれのお願いをしてたんだ。
「ヴェスヴィ連れてったるさかい。ええやん。一回」
「無理強いはしないでね。旋環はツグ君の身を守るためのものだから」
ツグが両手を後ろで組んじゃったから仕方なく諦めた。
赤い帽子の小人はどうしても出てこない。「じゃあ送ってあげるよ。どこがいい?」
「火山の向こう側に頼めるか」
「うん、でもあっちは危ないから気をつけてね」小人が赤い帽子を宙に放り投げる。
放物線を見ていたらすぐににおいが変わった。鼻をつく独特の煙と乾いた空気。
視界に。
どろどろしたマグマ。
「ここ、噴火口なのと違う?」ツネアが口の端だけ上げて笑う。
下に深い森が広がっている。黒い土と灰色の砂。魔窟城塞ヴェスヴィに戻ってきたのは間違いなさそう。全然熱くないのはやっぱり幻覚だから?
「火山の向こう、ゆうたやん」
「いや、この中かもしれない」ケイが覗き込む。
「なんやの? しんどいなあ」
山の頂上に大きな穴が空いている。煙のせいか喉が気持ちが悪くなってきた。ケイがそっちに向かって九九九を振り下ろす。
肩がかゆい。さっきとは比べ物にならない。
「来るぞ」
「うわ、時間差やね」
どす黒い煙の合間に何かの影がちらつく。轟々と揺々。火炎を纏ったぼろ切れみたいな。真っ黒い仮面をつけてて額の部分に角がある。それがぼわっと宙に浮いてる。
「これも幻術?」
「わからへん。ヨイッチ、あれ」
「言われなくても出すよって」神験カミシルシ発動。
神遣葬弓カムヤリソウキュウ神随。
射。
「どう?」
「属性なんかな。せやったら神術カムスベはあかんか」
貫通はしたと思うけどそれだけ。むしろ往なされた。
ケイが斬りつけるとちょっとだけ火炎が揺らいだけど。また元に戻る。
「無鬼も物理もあかんかったら、やっぱ属性か」
「来る」ケイの声で一斉に伏せた。マグマが噴き出して辺りを取り囲む。
「逃がさへん、ゆうこと?」
どうせ幻術だろうと思って。
「熱っ」
「こいつ自体は術で造られたものだが、遣う術はホンモノだ」
顔が凄く熱い。髪がじりじり焼けてるかも。汗がだらだら出てくる。喉も乾く。
「そか、火責めね」
ツネアが詠唱。
雨?
上から水滴が落下。でも威力が弱くて相殺された。
「あかんな。まやかしや通じひん」
「まやかしなの?」
「錬金術は万能やけど多芸は無芸ゆうか、まあ痛い話なんやけど、戦闘には遣えへんね」
「え、それって」
ツネアが苦笑いする。「せやから俺は仲間欲しかったん」
そうだったんだ。てっきり錬金術って何でも出来ると思ってた。じゃあ俺とケイが戦闘要員てことだよね?
でもこの状況はちょっとまずいよ。神遣葬弓神随も無鬼も通じないなら。
ふとツグを見る。眼があった。
退いてて。
そう言った気がした。
ツネアもケイもツグに注目する。もしかして、まほー見れる?
ツグは指輪を一つ外して宙に放り投げる。小人が赤い帽子を放り上げたみたいに。
それが一番高いところに達したとき。
光って。
上空から大量の水が落ちてくる。
ツネアのが小雨だとしたら、ツグのは集中豪雨。台風だってこんなに降らない。火炎を纏ったぼろ切れがみるみるうちに縮んで。周囲のマグマもしゅうしゅう消える。水蒸気が立ち込める。水の落下が已むと真っ黒い噴火口が見えた。ぼろ切れはいない。
「すご」思わず声を出しちゃった。あんな小さな指輪でこんな凄いまほーが。
「やるなあ、ツグちゃ。あ、ツグちゃでええ?」
ツグが頷く。表情は特に変わらない。ぽやっとしてる。
「やはりこの下か」ケイが噴火口の淵に立って下を覗き込んでいる。
「まさか飛び降りなん?」ツネアが言う。
「そうゆう術はないか」ケイが言う。
また地鳴り。さっきとまったく同じ。むしろ強いかも。
ケイが九九九で地面に円を描く。「この中に入れ」
「ああ、なる」ツネアが言う。
「今度はへましない」
「ほお、へまやったん?」
結界みたいなもんかな。無鬼のおかげで激しい揺れに耐えるだけで済んだ。
治まった頃に空気に亀裂が入る。そこから黒い塊が出てくる。丸い。頭蓋骨くらいの。
頭蓋骨だった。
「なにこれ」神随で射ろうと思ったらツネアに止められた。
骸骨の頭が窪んでる。歯がカタカタ鳴動して低い音がした。
『いま戻れば殺しはしない』
そう聞こえたかと思ったら。
眼前に。
細長い黒マントと。体積の大きな茶マントが。
そして、噴火口から。闇色の棺みたいなものが。
浮かび上がってきた。
7
これって、まずい状況?
たぶんかなりまずい状況だと思うんだけど、そうゆう状況って嫌いじゃない。むしろすっごい血が騒ぐ。いてもたってもいられなくて、ぴょんぴょん跳ねていたらツネアに呆れられた。
「気ィ早いよ。戦闘るき満々やと思われる」
「じゃあどうすんのさ?」せっかく強そうなのが三つも出てきたのに。とか思ってる場合じゃないんだけど。
ツネアはケイに目配せして頭骸骨に近づく。
「ああ、えっと無断で入ってすんません。責任者さんで?」
『いますぐ立ち去れ。さもないと』
頭蓋骨の後ろに控える三つが一斉に殺気を放った。細長黒マントが詠唱。太っちょ茶マントが地響きを起こす。闇色の棺は中央に切れ目が入ってて、そこから骨ばった両手が蓋をこじ開けようとしてる。
「魔導師ウィザードさん、なんかな。俺は自称錬金術師なんやけど」
『自称? 錬金術師など二千年前に』
「生き残りやないよ。それはあんさんやない? ヴェスヴィの悲劇ゆうのは裏がある思うんやけど。でやろ? 話せへん?」
『本当に錬金術師だというのか』
「証拠見せたるわ」ツネアが詠唱する。
風が起こる。だんだん強く。
渦を巻いて竜巻になって、上空の暗雲を少し退かした。
一瞬だけ光がのぞく。
『ホムンクルスは』
「まあ、出来へんことはない、とだけね」
頭蓋骨の顎がカチカチ歯軋りする。気味悪い。
『四大元素とエーテル操作はマスタか』
「精霊も何人かいてるよ」
『まさかそれほどの段階を、独力では』
「そのまさかやったら?」
『何者だ』
「そっくりそのまま返すわ。あんた何もん?」
闇の棺と太っちょが噴火口に消えて、細長黒マントが重低音を発する。湖が見えた。
『飛び込め』
「命令なんかな?」
『命は保障する』
さっきまで火口にいたと思ったんだけど。いまはすっかり湖畔。周囲が針葉樹林でひんやりとした空気。
これも幻術?
「しゃーないなあ。息は?」
『請け負う』
「え、水ん中だよ?」
「せやからな、幻術やていま」ツネアが言う。
「怖いのか」ケイが言う。
「違うよ。何がなんだかわからないだけ」
ツグは水面に自分の姿を映してる。飛び込む準備かもしれない。もしかして俺だけびびってる?
どぼん。ぼちゃん。
せーの。
あ、ホントだ。水の中にいるっていう重い感覚はするんだけど、苦しくない。何もないけど歩ける。声も出るし。変なの。
両側に太い柱が立ってる回廊をしばらく沈むと、本がみっしり詰まった背の高い本棚が見えてきた。本棚?
濡れちゃうんじゃ、て思ったけど幻術だった。たぶん本棚と本はホンモノで、水のほうがニセモノだ。
迷路みたいに入り組んだ本棚の合間を進む。水もいつの間にかなくなった。先頭が頭蓋骨。ツネアさえ見失わなわなければ大丈夫。ツグがあっちこっちきょろきょろしてるから注意してあげた。ケイが見当たらないけどきっと平気だよね。
天井の高いドームに出た。オルレアの建物と似てるような気がするけど、こっちのほうが神秘的な感じがする。古代遺跡がそっくりそのまま湖の底に沈んだみたいな。
中央に机と椅子。
そこに誰か居る。
「深海書庫へようこそ。錬金術師並びに他三名」
銀色の細い髪。身長は俺より高い。地味なローブだけど雰囲気は出てる。
これが、魔窟城塞ヴェスヴィの最高峰魔導師ウィザード。
「本当は誰にも会いたくなかった。ゆっくり研究をしたかった。邪魔をするなら追い払った。魔導公国オルレアなんて、端から相手にしていない」落ち着いた静かな口調。頭骸骨から聞こえた音はこの人の声じゃなかった。
小さめの丸メガネ。淡い蒼の瞳が凍えるくらい冷える。
額にあるのはなんだろう。刺青じゃないし。神験カミシルシとも違う。
「噴火は僕がやった」
「ホンマに?」ツネアが訝しい顔を向けた。嘘だろう、てゆう口調。
「裏が知りたかったんじゃないのか。僕がヴェスヴィの魔導師を皆殺しにした。オルレアへの復讐説は面白いとは思うけど、大ハズレだ」
「理由、聞いてええかな」
「大したことじゃない。師匠に破門されたから、その腹癒せに」
「そか」
破門されたから。島ごと埋めたってこと?
「莫迦だと思わないのか」
「莫迦ゆうよりアホやね。大アホ。ヴェスヴィゆうたら魔導師やん。魔導師のおらんヴェスヴィなんてただの島やないの。そないな意味ない島にいつまでもおって、研究? あかんあかん。宝の持ち腐れなのと違う?」ツネアが魔導師に近づく。やっぱり魔導師は結構背が高い。「一緒に行かへん?」
「意味がわからないな」
「俺、探しもんあってん。あっちのケイちゃんは過去の清算。こっちのヨイッチは盗られたもん取り返す。で、ツグちゃは、なんやったかようわからへんけど、な? オモロない?」
「名前を訊くよ」
「ツネア」
魔導師の手元に本が現れる。分厚くて古い本。「僕が集めることができた錬金術の文献はこれだけだ。おそらく現存する書物はこれともう一冊。それを読んだんだろう。違うか?」
「さすが、天下のヴェスヴィ魔導師さまやね。あ、名前聞いてへんけど」
「ノトでいい。魔導師の名はいちいち長いんだ」
「お前だけか」本棚に寄りかかってるケイが喋った。ノトもビックリしたみたい。だって眼を瞑ったまますごく低い声出すから。
「運よく逃げおおせた魔導師はいないことはない」ノトが答える。「術が効いているから二度とこの土を踏むことはないだろうね。しかし、僕だけしかいないと何か問題でも」
「師匠は誰だ」
「そんなことを知ってどうするつもりだ? すでに死んだ者を」
「死者の蘇生は可能か」
明らかに動揺した。ノトが本を持ち直す。
「それを研究してたんじゃないのか。この棚はぜんぶ」ケイが本棚の枠を叩く。
乾いた音。
「ふうん。随分と稀少な石を持っているようだけど、その霊剣も異形な力を感じるよ。黒曜と乳白の数珠。成程、山火事で滅んだ修験霊山塔テラの生き残りというわけか」
「山に火を放ったのは俺だ。驚いた。お前と同じで」
ウソ。修験霊山塔テラを滅ぼしたのは。
ケイ?
ツネアも知らなかったみたい。一瞬眼を見開いた。
「君と一緒にしないでくれ。大方君は何か已むに已まれぬ事情があって仕方なく」
「お前は已むに已まれぬ事情じゃないみたいだが」
ノトが眉を寄せる。「師匠に破門されたくらいで島一つ潰した僕が、已むに已まれぬ事情なわけないだろ? これ以上踏み込んでこないでくれ。錬金術師、僕は行かない。この僧とそりが合わない」
「僧と言った憶えはないが」
「ああ、なんやどっかの殿堂入りみたいやな。ケイちゃん、さっきのホンマ?」
「俺も師に嫌われて、厭になって、気づいたら山が燃えてた」
なんか空気重いよ。てゆうかどっかの殿堂入りって俺だよね。確かに最初、ケイには反発したけど。俺もこんなだったんだ。
「なあ、後悔しとるん?」ツネアが言う。
「後悔? 何人殺したと思ってるんだ。百人、千人の単位じゃない。後悔なんてとうに通り越している。もし出来るなら、ここを元のヴェスヴィに戻したい。最高峰の魔導師が集う最高の研究機関に」
「出来そうなのか」ケイが言う。
「出来るわけないだろ? だから僕は、ここで」
「反省しとったわけね」
床の本が消えた。ノトが本棚に戻したのかな。
「んで、何やわかった?」
「何もわからないさ。だけど錬金術なら」
「それで俺呼んだん? エリクシル欲しうて」
「その言い方だと手に入ってないらしいね。君が探してるのは十三の碑文だろ。またはタブレ・エメラルデ。エリクサの製造法が記されているという」
「それがそないな簡単なもんやないらし。な、ケイちゃん」
ノトが一瞬厭そうな顔をした。ケイの名前が出たから。
「君が何を知ってる。修験霊山塔テラの僧の分際で」
「僧と呼ばないでくれないか」
「修験霊山塔テラにいてどうして僧でないんだ。おかしいよ」
「あんなあ、それ言い過ぎ」ツネアが言う。
「いい。おかしいのはわかってる。それと俺は何も知らない。知ってるのは」ケイが九九九ココノクキュウの布を解く。無鬼ナキ。
いつ見ても眼みたい。
「これ、無鬼じゃないか。どうしてこんなものが霊剣の中に。まさか君が」
「俺がやった。修験霊山塔テラから盗んだのも俺だ」
え、なんだか暴露大会。
「あり得ない。無鬼が欲しくて山に火を」
「それもあった。師を殺すつもりはなかったが」ケイが言う。
「えっと、話戻したいんやけどええかな」ツネアが言う。
「こいつによると、ああ、うん。ツネア、触れ」
「君は話が出来るのか?」ノトはすごくビックリしたみたいだった。石と剣が喋るのは魔導師にとっては珍しいことなのかな。
「なに? 教えたってよ。渋らんと」ツネアが無鬼に手を翳してる。
「錬金術師に出来るなら僕も可能だろ?」
「いや、錬金術師しか駄目らしい」
「そんなわけは。だいたい君は錬金術師じゃないだろ。だったら」ノトが無理に無鬼に触ろう手を伸ばすけど、ケイが止めた。手を振り払った。
「何をする」
「悪いことは言わない。こいつが求めない者には厄災が降りかかる」
「無鬼は魔導師の僕を求めていないというのか」
なんか火花見える。眠いのかな。
そういえばツグがいない。探検かも。俺もそっち行こうかな。話ついていけないし。
「適性やらなんやらがあるのと違う?」ツネアが言う。
「君はどっちの味方なんだ? こんな僧紛いのわけのわからない男と、ヴェスヴィ出身の最高峰魔導師の僕と」
「身分はどうでもええよ。力あるんならなんでも。とにかくな、十三の碑文やったりタブレ・エメラルデを見つけても、エリクシル手に入るかどうかわからへん、て」
「そんなはずはない。僕の知識だと」
ツネアがチョーカを触る。「さっきの本、見せたってくれへんかな」
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