友達がいなくて何が悪い!

形利 秋

第1話


 高校生活、これは人生の中で最も華々しいイメージのある時期である。

 勉強、部活、そして恋。実に希望に満ちた多忙な日々を過ごす高校生たちは、絶望に満ちた多忙な日々を過ごす社会人にとっては眩しく見えるだろう。


 しかし、高校生がみんなこんな生活をしていると思ったら大間違いである。

 朝遅刻ギリギリに登校、授業中はおろか休み時間や昼食すら一言も発さず、下校のチャイムが鳴ったら光の速さで即帰宅、学校以外では家の外にすら出ない……。

 もはや修行のようなこんな生活を送っている高校生もいるのだ。


 高校生を見て眩しく感じる人は、その光には必ず影がいることも忘れないでほしい。華々しいイメージなど、所詮イメージでしかないのだ。


 俺は影、周りの眩い光に虐げられし影だ。

 そういう表現をするとなんだかカッコいい気もするが、その影とはとどのつまり。


 俺は、ぼっちだった。



ーーーーーーーーーーー



「はい! 今日の授業はここまで!」


 ようやく終わったか。やれやれ、やっと家に帰ってゲームができるな。おそらく今日で全クリ出来るだろう。

 俺はカバンを持った。俺ほどの帰宅部上級者ともなると、最後の授業の前には既に帰宅する準備を整えているものだ。

 俺は教室から出て行こうとする。はぁ、やっと地獄の空間から解放される。刑務所から釈放される時ってこんな気分なのかなぁ。


「あの、下条くん」


 ふと、教室を出ようとした瞬間声が聞こえた。

 あれ、俺以外にこのクラスに下条って苗字のやついたっけ。ほかのクラスのやつかな。


「ねえちょっと! 下条くん!」


 俺が反応を示さずに教室から出て行こうとすると、肩を叩かれた。

 後ろを振り返ると、クラスメイトの上田さんがなんだか嫌そうな表情を浮かべて俺を見ている。


「え、俺、ですか……」


 俺は掠れた声でそう言った。学校にいる間は殆ど声を発さないために声帯が閉じきっている。

 マジかよ、本当に俺に話しかけてたのかよ。久しく話しかけられてなかったから、てっきり別の下条さんだと思って無視しちゃったよ。


「えっと、その……」


 上田さんはモジモジと俺の方を見る。

 え、何これ。もしかして、いきなり告白されちゃったりするのだろうか。

 上田さんとは殆ど交流はない、というかクラスメイト全員と殆ど交流はないが、寡黙な男子が好きな女子もいるだろうし、学校での俺は昭和の父親よりよっぽど寡黙だからな。


「な、なに、一体……」


 俺は胸を高鳴らせた。

 今まで完全無欠のぼっちとして高校生活を1年間過ごしていたが、遂に高2の春にしてリア充の仲間入りか。

 俺の春は一年遅れてやって来たのか、もう、遅いゾ!


「あの、今日、私部活があって、他のみんなも忙しいみたいだから、掃除当番代わりにやってくれない?」


 春の雪解けかと思ったら、ただの雪崩だった。



ーーーーーーーーー



「ようやく全員教室から出たか……」


 クラスから人がいなくなったのを見計らって俺は掃除を開始した。

 クラスの連中はとっくに授業が終わっているというのに一向に教室から出て行く気配を見せず、友人と談笑に花を咲かせており、結局俺以外誰もいなくなるまで1時間もかかってしまった。

 まったく、奴らが考えていることはまったくもって理解に苦しむ。さっさと帰れよリア充ども。


「……静かだな」


 先程まで生徒たちの声が飛び交っていた教室が、シーンと静まり返っている。

 廊下の方に出てみるが、他のクラスからも声はせず、皆帰ったか部活に行ってしまったようだ。


「やっぱり、人がいないって落ち着くなぁ」


 俺は少し高揚した。なんせ、学校内なのに人がいないなんてなかなか経験することではない。まるで、世界に俺だけが取り残されたような気分になる。

 人が見ていないとわかると、人間はついつい普段できないことをやってしまう傾向にある。


「あ〜あなたのハートを〜私の恋の矢が射止める〜」


 俺は誰もいない教室でちょっと歌ってみた。

 これは、俺が好きなアニメ『魔法少女マジカルキューピッド』のテーマソングである。

 おお、普段は絶対に言葉を発しない教室内でこんなことをすると、なんだか背徳感がすごいぞ。別に悪いことをしているわけではないが。


「あなたのラブを〜私にプリーズ〜」


 俺は調子に乗って大きな声で歌う。


 ガタッ。

 不意に廊下から物音がした。やばい、もしかして誰かいただろうか。

 誰かいたのだとしたらマジでやばい、俺が教室で少女向けアニメのテーマソングを歌っていることをSNSで拡散されるかもしれない。

 いや、それだけならまだいい、最悪動画なんぞ撮られてた日にはもう完全に晒しものである。


「あの〜誰かいますか?」


 もうこうなれば交渉だ。そんな映像を晒されるくらいならば直談判して口止めした方がいい。金だってちょっとくらいなら払える。

 とにかく、俺の名誉のためにもなんとかしなければ。


「あなた、教室に1人で何をやっているの?」


 そう言って廊下から入って来たのは、黒髪ロングで目鼻立ちの整った美少女だった。やっぱり人がいたのか。


「そ、その、このことは忘れてくれませんかね? もしかして動画とか撮ってますか?」


 俺は普段コミュ障で身内以外とはロクに会話をしないが、この時ばかりはなんとかしようと言葉をひねり出す。


「動画って、そんな盗撮行為するわけないじゃないの」

「そ、そうですか」


 取り敢えず、俺の醜態が映像で拡散される事態は防げたみたいだ。まったく、携帯端末の進化も一長一短だな。


「そんなことより、あなた2年C組の下条俳太くんよね? 私はあなたに用があって来たの」

「用、ですか?」


 というか、なんでコイツ俺の名前知ってんだ?

 そもそも俺はこの少女を知らない、コミュ障ぼっちの俺にこんな美少女JKと接点があるはずがない。


「そう、あなたは部活動には入っていないわよね?」

「ま、まぁ、入ってませんけど」


 なんだ、部活の勧誘か? あいにくだが、俺は帰宅部という立派な活動をしている、当然部活に入る気はない。

 それに、わざわざ暇な奴を見つけてまで部員を補充しに来るのだからしょうもない部活なのだろう。


「あの、もしかして勧誘ですか?」

「話が早くて助かるわね。そう! 私はぼっちであるあなたを勧誘しに来たのよ!」


 コイツ、俺がぼっちであることまで知ってやがるのか。

予め誰かから帰宅部のぼっちという勧誘しやすい人材の情報を入手してたってわけだ。

 ぼっちを馬鹿にしやがって、そう簡単に部活に勧誘できると思うなよ。


「すみません、俺は部活に入る気はなくて……」

「そう、確かにあなたみたいな人間はそう言うと思ったわ。けれど、この部活動名を聞いても断れるかしら?」


 その少女は、腰に手を当ててビシッと俺を指差した。


「下条くん、ぼっち部に入ってみない?」

「……ぼっち部?」

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友達がいなくて何が悪い! 形利 秋 @pokepoke1996

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