第21話

『全速前進!』


 巡視船は汽笛を鳴らしながらスピードを上げた。みずほ型と呼ばれる大型の巡視船は大きく回り込んで停船。船首をロボット軍人に向けた。


『射撃準備!』


 海上保安庁は、事によっては自衛隊と共に防衛大臣の指揮下に置かれることがある。だからといって軍隊化するわけではない。あくまでも警察官職務執行法に従った行動で対処するのだ。


 装備された連装機銃、単装機銃が空に向けられた。不測の事態に対応するために。


『準備完了!』


 船橋の上にそびえ立つレーダーが忙しく回転をする。その大型巡視船の前に隊列を組んだのは、比較的小回りのきく巡視艇や警備艇だ。放水砲を装備した船が前列に並んだ。相手が機械であろうとも、無抵抗のものに武器を使用することはできない。強烈な放水で撃ち落とすのが今回の最大のミッションとなった。


『目標確認!』

『目標確認!』


 長いワイヤーを引いた海上自衛隊のミサイル艇がコンテナを固定して現場に到着。目標であるロボット軍人を40フィートのコンテナに押し込むのだ。およそ2.5メートル四方の入口に、ロボット軍人を放水の水圧で閉じ込めるという前代未聞の作戦だった。


『ミサイル艇、準備完了』


 誰もが心の片隅で思った。活動停止したアレを、なぜ、自衛隊が持つ武器で始末できないのか……。そして誰もが痛いほど理解している。それを許さない法律の壁というものを。

 鳥獣駆除であれば災害派遣だ。しかし、災害派遣に武器の使用は認められない。ではこれは防衛出動にならないのか。しかし、これは日本という国に対しての武力攻撃であるのか、それは明白で切迫しているのかと問われれば、そうとは言えない。日本本土から遠く離れた排他的経済水域で起きたことは、海上警備行動を発令するのが限界であった。


――俺たちで何とかするしかない!

――俺たちにしかやれない!

――俺たちが国民を護るんだ!


 それぞに与えられた権限を最大限に発揮し、職務を全うする。それが警察、海上保安庁、自衛隊にかせられた使命だ。

 この騒動を国民に知らせてはならない。ここで絶対に食い止めろというのが上からの達しだった。報道規制は敷いている。しかし、今の世の中で絶対に漏れないという保証はない。だから、武器は見えるところで使用するな。


『只今より、作戦を決行する!』

『はじめーっ!』


 ロボット軍人に向けて放水が始まった。





 放水といっても、ただかければいいわけではない。目標は人の姿をしており、マトにするには小さい。角度を変えながら少しずつ動かして、コンテナに入れる。簡単ではなかった。

 誰もがいつアレが活動再開するのかと、怯えながらの作業となった。


『頭部を、狙え! 傾いたらそのまま上から押し込め!』

『急げ!』


 こういうときの日本人は職人だ。見事にピンポイントで命中させ、放水する船舶の順番を変えながら角度調整を行った。万一、活動再開した場合に備えて特殊部隊が黒いボートの上で待機していた。それも、その万一に抑えられる武力など持っていない特殊部隊が。


『コンテナまで5メートル!』

『ミサイル艇、コンテナクローズ待機』


 あと少し、あともう少し……。

 その時、ロボット軍人が担いだライフルが肩から海に落下した。


――まずい!


 待機していた特殊部隊の隊員が銃を構える。暴れだしても作戦を止めることはできない。何としてもあのコンテナに入れるまでは。


『2メートル! 1メートル!』


 ガタと、微かにロボット軍人が首をもたげた。その動きはどう見ても人間ではない。やはりあれは機械だと思わせるものだった。


――動き始めるぞ! 急げ!


『コンテナクローズ!』


 待機していた二隻のミサイル艇が交差するように位置を変えた。上を向いていたコンテナは海面に平行になるよう倒れ、同時にクロスしたワイヤーがコンテナのドアを締めた。


 ガタン!

 水しぶしを上げながらコンテナのドアはロックされた。そして海水の重みでコンテナはゆっくりと沈んでいく。


――やったぞ!


『全速前進!』

『全速前進!』


 まだ終わりではない。任務を引き継いだミサイル艇二隻は、いつ暴れだすか分からないコンテナを曵きながら走らなければならなかった。走りながら、最悪の事態に備えて砲口を後方の見えないコンテナに向けた。


――頼む、上がってくるな。


 コンテナを水深50メートルで維持しながら、ミサイル艇は時速約80キロで射撃訓練海域を目指した。海面をアスファルトの上を走るようにガタガタと船体を揺らしながら走る。向かってくる波で船体は激しく揺れるが、そんなことは構っていられない。


『前方に船舶はいないな!』

『前方、船舶なし!』


 仮に船舶がいても航路を変える余裕などない。緊急配備された海上保安庁の巡視船と、警察の警備艇が民間の船をコントロールした。空からは航空自衛隊の偵察機が周辺の船舶情報を提供。同時に、民間のヘリコプターの進入も防いだ。

 高度10000メートルではF-15戦闘機が4機で警戒行動をとった。


 これだけでも大変な騒ぎである。しかし、今のところ報道に動きはない。


――頼むなんとかあの海域まで行ってくれ!


 祈るような思いで、隊員たちはミサイル艇を見送った。





 その頃、沖縄本島の南部、太平洋よりの日本領海にて全ての準備を整えた潜水艦が待っていた。仲間である海上自衛隊のミサイル艇が、コンテナを沈めながらやってくる。それを潜水艦が装備した魚雷で破壊する。


「標的艦って動かないもんだが、大丈夫だよな。このレーダーはちゃんと目標をとらえてくれるよな」

「当たり前だろ? もしもこれが敵艦だったら、じっとしてなんてくれない。そのためのレーダーやソナーだろ」

「ああ……」


 潜行してから海上で繰り広げられた戦いを彼らは知らない。ただ、コンテナを破壊せよとの命令を受けただけで、中に入ったものがどれほどの物なのか知らない。情報は入っているが、その光景を見ていないため妙な不安がつきまとう。


「ロボットだって、言ってたか」

「ああ。かなり人間に近いロボットだって」

「人間じゃないならいいんだ。やっぱり、いやだろ。どんな悪人でも」

「まあ、な」

「国のために命がけで潜行して、たった一人の人間を魚雷で撃つなんて」

「そんな残酷なことをするわけないだろっ」


 見ておくべきだった。しかし、隠密行動が絶対の潜水艦は外部との連絡は限られていた。納得しようがしまいが、艦長がやると言ったらやるのだ。艦長命令は絶対だ。例え幕僚長や総監部部長の命令でも、艦長の号令がなければ彼らは動かない。

 潜水艦の乗組員の絆は、他の艦艇とは比べ物にならないと言われている。


『標的艦到達まで30分』

『配置につけ!』


 まだ三十分、そう思ったその時。


「ミサイル艇より、コンテナ内部で活動再開した模様。予定海域まで牽引が難しい」

「位置確認しろ!」


 もう一度、ミサイル艇が曳くコンテナの位置を確認した。まだ、撃てる海域に達していない。


「無理です。まだ発射できません」

「ミサイル艇より、直線航行が難しくなったと。このままでは転覆の恐れあり」


――そんなに暴れているのか!

――どうする!

――作戦中止か!


 コンテナが指定の海域まで到達しなければ、破壊処置ができない。誰もが作戦の続行は難しいのではないかと推測した。しかし、その空気を打ち破ったのは艦長である真田俊英さなだとしひで一等海佐だった。


「ミサイル艇にはあと5分、なんとか走ってもらうよう伝えてくれ。我々は9時の方向より前進しコンテナの後方に回り込む」

「艦長! それでは射撃訓練海域から出てしまいます」

「責任は私が取る。一人も殉職させない! それが、我々幹部の使命だ。仲間の危機は仲間で救う。それに、最後にひと暴れしてみたくなった」

「艦長!」


 艦長の真田は今回の任務が最後だった。現場にこだわり続けた真田は、一等海佐でありながら艦から降りることを拒んだ人だ。


「最後の任務で救難信号を出し、今や魚雷発射までやろうとしている。信じられんだろ、普通は。しかし、これはもう普通の事態ではない。臨機応変にやれなければ、海の男失格だ。うまく行ったら、うまいカレーを食わせろと補給班に伝えてくれ」


 艦長が決めたことに反対する者はいなかった。操舵室にいた全隊員が艦長に向って敬礼をする。何が起きても最後までついていきます! そんな思いがこもっていた。


「潜水艦ほくと。全速前進」

「ほくと、全速前進っ!」


 海上で得体の知れない敵と命がけで戦った仲間たちを思えば、何が何でもこの作戦は成功させなければならない。真田率いる潜水艦乗組員はあまりにも重い役割を与えられてしまった。


 人目につかずに静かに敵を葬れ。それが彼らに与えられた任務だ。


「ミサイル艇、限界を迎えワイヤーを切り離しましました! 間もなく我々はコンテナ後方に到達」

「よし、コンテナが沈んでくる前に態勢を立て直せ!」

「減速、停止! 魚雷発射準備!」

「準備完了!」


 射撃訓練海域から大幅にはみ出してしまった。もしこれがバレてしまえば重大事故で国会は大騒ぎになる。艦長は間違いなく罰せられる。最後の最後でこんなことになるなんて。

 しかし艦長本人は部下の心配をよそに、なにやら悪い笑みを浮かべている。


「そんな顔をするな。ようは射撃訓練海域にアレがあればいいんだろ?」

「艦長……どういう、意味でしょうか」

「コンテナがギリギリ訓練海域にかかればいいんだ。幸い海流は我々の味方をしてくれたようだしな。魚雷がコンテナに接触したころにはなんとか海域に入っているだろ。ようは、押し込んでしまえばいいってことだ」

「――なるほど!」


 艦長は魚雷でコンテナを射撃訓練海域に押し込めといっている。


標的艦コンテナ、間もなく射程範囲に到達します!』

『秒読み開始せよ!』

『秒読み開始! 20秒……15.14.13……』


 艦内に緊張が走った。息をするのも躊躇うほどの張り詰めた空気。そして、その時は静かに訪れる。


「発射」

「発射っ」


 発射の衝撃で僅かに艦は振動した。しかし、大した揺れではない。


――これで、終わりだ! 消えろ!







 山崎が乗った巡視船はまだ緊張は解かれていなかった。ポツンと浮いたクルーザーの立入検査が残されていたからだ。

 大きな脅威はひとまず海上からは消えた。ここからようやく海上保安庁の通常の業務を行うことになる。


「山崎さん」

「大丈夫です。これからクルーザーの中を検査して、曳船して戻るそうです。俺たちはここで待ちましょう」

「あっ、まさやさん! あの人は、あの人はどうなりましたかっ」

「それは……」


 林原は夏恋が気絶した直後、山崎の目の前で息を引き取っていた。あとは頼むと、意味深な言葉を残して。


「死んだん、ですか? そうですよね。血まみれだったし、助からないって……思っ……ううっ」


 夏恋は両手で顔を覆い、涙を流した。もう、壊れたようには泣かなかった。しくしくとその死を惜しみ、一人で何かに耐えるように泣く。


「山口さん。あの男と何があったんですか。嫌なことはされていない? もしかして、あの男のこと……」


 夏恋は首を横に振った。何もないと言っているのだろう。山崎はそう信じたかった。


「悪い人なのに、いい人、でした」

「え?」

「分からない。分からないの。でも、これ」

「これは、メモリーカード」

「そうなんですか? 最後、無理やりこれを私のポケットに」


 薄汚れた小さなプラスチックケースに入ったものは、間違いなくメモリーカードだ。山崎はそれを見てドクンと心臓が跳ね、鈍い痛みを覚えた。


――これって……まさかあの男も!


「これ、もどったら警察に渡さなければならないと思う。被疑者の持ち物だから」


 山崎がそう言うと夏恋は黙って頷いた。




『これより本船は石垣島へ帰還する』


 被疑者、全員死亡が確認された。

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