第4話 洞窟

- 2018年6月 -


 その日、僕は愛犬の散歩に出掛けていた。いつもは近づかない天竜湖であったが、この日は何故か足が向いた。

 当然、天竜湖に入る道には幾重にもバリケードが張られ、近づく事はできない。

 しかし、子供の頃から、天竜村の野山を駆け回り、天竜村の地形を把握しつくしている僕には、天竜湖へと続く秘密の洞窟がある事を知っていた。この洞窟は村人でも知る人間は少ない。子供の頃、毎日のように釣りをした天竜湖、懐かしさに浸りながら歩いていると、いつの間にか洞窟の入り口に辿り着いていた。


「昔と全然変わってないなぁ。」

 少年時代の記憶に浸っていると、突然愛犬が洞窟に向かって吠えはじめた。

「どうしたイギー?中には何にもいないよ!」

 ガルゥガルゥガルゥゥゥゥゥ、バゥバゥバゥバゥ! 

 すると!洞窟の中で人影が動いた。

 ???

 誰かいる…、まさか?ここを知る人間は僅かしかいないはず…。

「誰かいるんですかー!」

 声を上げると、走り去る足音がした。

 タッタッタッタッタッタ、、、、

「誰だー!ここは立ち入り禁止だぞー!」

 僕は思わず大声を上げた。するとイギーが走り去る影を追って洞窟に突進した。

 タッタッタッタ、、、、 バウ、バウ、バウ!!


「待って!イギー!そこに入ったらダメだ!戻っておいでー!」

 バゥバゥバゥバゥ…………。

 イギーの鳴き声が遠退いていく。まずい!そう思うや否や、僕も洞窟に駆け込んでいた。

 

 イギーを追って、真っ暗な洞窟の中を進んでいくと、うっすらと明かりが見えてきた。

 くぅーんくぅーん、

 イギーの声が聞こえる。

「よーし、よしいい子だ!」

 イギーに話し掛ける人の声も聞こえた。

 恐る恐るその声の元へと近づいていく。


 段々と明かりと声が大きくなってきた。この先を曲がれば出会すだろう。僕は身構えながら、慎重に歩を進めた。

 灯りの元へ辿り着くと、身構えた僕を裏切る光景がそこにはあった。

 クゥ~ンクゥ~ン。すっかり声の主になついているイギー。

「いやー、見つかってもーた。ガッハッハッ!まさか人が来るとは夢にも思わへんかった(笑)」

 意外にも明るくお調子者そうな声の主。 

「誰ですか!あなたは?」

「俺か?俺は野久保剛造ゆーもんや」

「え?あの映画祭監督の?」

「そうや!」

「その剛造さんが、なぜこんなところに?この先には天竜湖しかありませんよ?」

「その天竜湖に用があるんや!」

「え?天竜湖に?」


「なぜ天竜湖に?天竜湖にいったい何があると言うんですか!」

「それは今は秘密や。せや!君この村の住人やろ?この辺の地理に詳しいやろ?」

「え…、ええまぁ…。」

「わいを天竜湖まで案内してくれへんか?」

「え?でも天竜湖は立ち入り禁止区域になっていて、警備が厳重なはずですが?」

「警備が厳重なのは、天竜湖の回りだけやねん。天竜湖には、警備すら近付けないあるものがいる。」

「え?あるもの?」

「せや!わいはそのあるものの捕獲を政府から任されているんや。でも公にできないので、こうして洞窟から侵入しとるんやけどな!ガッハッハッ!」

「その、あるものとは?」

「それは着いてきたら分かるで!君の連れているチベタンマスティフも道中役にたちそうやしな?ガッハッハッ!」

 半ば強引な誘いではあったが、僕も興味本意に狩られ、そのあるものを見たくなった。


「わかりました。協力します。」

「助かるで!この辺は政府の妨害電波でGPSが使えないから、方向音痴のわいには厳しいねん!間違って富士山登ってまうわ!ガッハッハッ!」

 関西人独特の寒いジョークで凍りつきそうになったが、僕の心は静かに燃えていた。少年時代の思い出が詰まった天竜湖、その天竜湖が地図から消された原因となったもの。その謎がもしかしたら解けるかもしれない?僕は足早に洞窟を進んだ。

「剛造さん!急ぎましょう!」

「おーい!君!歩くの早いなー?」

「剛造さんが、遅いんですよー!」

「ところで君の名前を聞いてなかったな?」

「僕は上田三郎です。」

「なんや平凡な名前やのー?ガッハッハッ。ところで彼女はおるんかい?」

「い、いませんけど…。」

「せやろなー?三郎くんは童貞やろ!」

 ギクッ…。

「やっぱりなぁー!ガッハッハッ!」

 

 こういう関西人のデリカシーの無さはホントに嫌いだ。




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