第32話 樋水楓・殷賑の仮面外れる時
朝も早くから学校に登校しないとダメなわけで。
不破さんが私に対して怒っているのは理解してるけど、それでも三人で学校に行って、そんでから甘んじて怒っているのを宥めようとしたんだけど。
「私も、樋水さんのことを愛しています」
そんなことをよりによって不破さんちで、八科さんが言った。
私も驚いた。不破さんももちろん驚いた。傍にいた夢生ちゃんは泡吹いて倒れた。
「むっ、夢生ー!」
「ア、アギギ……」
およそ中学生の女の子が発するとは思えない断末魔、姉の不破さんが駆け付けるが、時すでに遅し……。
なわけないけど、なんかもう涙でビショビショになってるようなひどい顔だった。
「お姉、今日はがっこ休む……」
「うん、うん、おやすみなさい……」
かくして、感動の姉妹愛を目の当たりにしながら、私達はとりあえず登校することになったのである。
――――――――――――――――――――
「で、なに。昨日私が帰った後二人でしっぽりってことですか。どこまでしたんですか。キッスですか、セックスですか」
「ハグ、ですね……」
「八科さん、誤解を招くようなことは言わないで」
「昨日は智恵理と呼んでくれたじゃないですか」
「八科さん!?」
らしからぬ。らしからぬ。あまりに八科さんらしからぬ
ただ、本題は不破さんの説得。今、八科さんの告白はとりあえず
ハグとかの真相を言うと、また面倒なことになるのだろうけど。
「とりあえず、まず、不破さんに昨日のこと謝るよ。八科さんにも謝った、本当に酷いことを言ったと思うし、八科さんの家に行って、八科さんの家族と会うこととか、それで色々なことを考えないといけなくなるのが嫌で、凄く気分が落ち込んでた。言い訳にならないけど」
「うん。ひみ……楓はそういうとこある。他人と距離作って離れようとする。そういうのやめろって言ってるじゃん。責任とれ責任。私と八科の分きちんと責任とって二人と結婚しろ」
「重婚じゃん。どこで結婚するの」
「カナダとかアメリカとか?」
「やだよパスポート持ってるの不破さんだけじゃん」
「私も持ってないよ」
「じゃ猶更嫌だよ」
不破さんの方が茶化してない? 結構、真剣な気持ちで向き合おうとしてたけど。
と思ってると、不破さんの方がそれに気付いたのか注意してくれた。疑問の解決について。
「八科がそんだけ楓のこと好きっていうなら全然気にしてないんだろ? じゃ私も怒る必要ないし、むしろいつまでも怒ってて八科に楓とられたくないし」
「う……すごい現金なこと言ってる。不破さんの方が最低じゃん」
「かもね。でも私は楓に責任とってもらうから最低でも大丈夫」
「私も樋水さんに責任を取ってもらいますので」
「なにそれ。モテモテだ」
「……そうだよ? 楓、受け取ってもらうからね、愛を」
ゴリゴリに重そうな愛の言葉を不破さんから真顔で向けられた。
それは今までの軽さと違った雰囲気の、妙に真面目腐った雰囲気が漂っていた。
「楓って、恋人一人じゃないとダメ系な人?」
「恋人、ゼロ人じゃないとダメ系な人だけど」
「それならある意味安心かもね。それで友達は二人までって決めてるんでしょ? 八科はそれでいい?」
「……そうですね。やや不満ですが」
「何の話……かは聞かないでいいや。もう不破さんが怒ってないのなら気にすることもないし」
こんな話、これ以上してられるかと一人でスタスタ歩くけど、そもそも二人の方が背高いし足長いし、勝手に追いつかれる。
友情に責任を負うなんてこと自体が私にとっては危惧していた面倒事に他ならない。それは、この高校生活だけのものになるのか、それともそれ以降のこともなのだろうか。
二人はこれからも変わらないのか、私が例えばぽっくり死んだら、また以前のように戻るのか。それとも八科兄が言うみたいに高校生はそんなもんだってくらい簡単に他の人と一緒になるのか。
不破さんに言ったような、また別の世界を見せてくれるような私の代わりの別の人を見つけるのではないか。
それは寂しいことじゃなくて、むしろ私はその方が良いとすら思った。私がもっと器用な人間なら流動的な人付き合いができたのかもしれない。けど私にそれができないとわかったから一人一人、多くないなりに程々の付き合いをすることにした。
でも二人はそうじゃなくて、たぶん誰もいなくても生きていけるような強さがある。特に不破さんなんていくらでも一人で平気だろう。
私は自分の人柄じゃ一人で生きていけるなんて到底思えなかった、不安で仕方なくて、こういう生き方をした。
中学の時はうまく行ったのに、今は一年も経たずにこんなにこじれてしまった。
「ねー楓ー」
「……ごめん、考えさせて、一人で」
「なに、もしかして告白を真剣に受け取ってくれた?」
今は不破さんが鬱陶しい。一目見ると彼女は分かってくれたようで一歩分退いた。
友情に責任ってなんだろう。昔はそつなくこなしたような気もするけど。
――――――――――――――――――――――――――
八科さんを哀れに思った。
兄からも
そんな彼女を哀れんで手を差し伸べたことが間違いなのかもしれない。命を育むということを考えなければ野良の動物なんて拾うものじゃないと、そういうことか。
「八科さんは、不破さんと仲良くしてたらいいよ」
気付いた時にはそう発言していた。
八科さんが反応して口を開けるけど、ぽかんとしているまま。知ってるよ、それは喋ることが思いつかなくて硬直してる仕草。
「ごめん、やっぱり無理。本当にごめん、そういうの無理っぽい。そういう重い感情に耐えらんない」
「樋水さん」
「本当に無理だから、お願い、一人にして」
今はこの空間にいることさえ耐え難い。吐き気をこらえている始末だ。
もう何も考えたくない。何も受け入れたくない。私も我侭になる。
「楓、お前」
「不破さん、怒りたかったら怒っていいよ。無責任なことしてるし。もう好きにしたらいいよ」
高校なんてそもそも通わなくたっていいや。よくわからない社会のルールだの規範だのに囚われて仕方なく通っていたけれど、そんなものそもそも必要ないんだ。
もしかしたら、なんだかんだ中学の頃が楽しかったのかもしれない。もっと学校に行きたいみたいな、変な願望ができていたから勘違いしていたのかもしれない。
そもそも私にこういう集団行動は無理だったんだ。自分の馬鹿さ加減に呆れてほとほと嫌気がさす。
「なんで荷物持って……」
「帰る」
「……えっ、いや授業中にいきなり……」
「帰る」
帰った。
――――――――――――――
「なんだよーあいつ、もー! ビビりにビビりまくってんじゃん! どうにかした方が良いよ、な、八科!」
授業が終わってそんな文句を八科に言う。授業中も全く内心気が気でないくらい怒りに満ちて、何なら私も後を追っかけてやろうと思ったくらいだけど、呆れてそれもしなかった。
けど八科は私と違ってむしろ楓の身を案じているらしい。
「私のせいです。私が、彼女を追い詰めてしまった」
「そんな立派なものじゃないって。どうせ告白されてキョドってるだけじゃん」
私はそう思ってたけど、この件に関しては八科の方が正しかった。
まず楓は連絡先を絶った。
そして次に、私と八科が先生に呼び出された。
「……樋水さんから連絡があって、高校を辞めるって。二人は仲が良いから何か知らないかと思って……、引き留めはしたんだけど……」
「なんで、そんな。親はどう言ってるんですか」
「それが……あら、二人とも知らないの?」
そんなことは微塵も感じさせなかった、楓の秘密。
決して楓本人からは語られなかった、半年近くずっと知る由もなかった重大な事実を、あっさりと他人から話される。
「私から言っていいことかわからないけど……樋水さん、父子家庭で、お父さんの方がご多忙で連絡が全然つかないの。だからしばらく自主退学について引き留めるつもりなんだけど」
「……じゃ、あいつずっと家で一人ってことですか?」
「ええ、たぶん」
なんだそれ、なんだよそれ。
『……いいじゃん、別に親いないったって一緒に遊んでワイワイするだけで。色々忘れられるよ、それで』
『親いないって何ができるの!? どうするの!? 私だって不破さんだってそんなのどうしようもないじゃん!』
わからない。楓のことを知ってますます樋水のことが分からなくなった。
じゃあ楓の奴は、八科の家のこと知ってどう思ったんだ。
八科が自分と同じような境遇だって知って、それを八科にも話さなかったのか。
その後も先生は色々言ってたけど、ほどなく去った。残された私達は静かにしていた。
私自身、八科に聞きたいことがいくつもあった。それでも、自分の中で整理をつけたかった。
楓にひどいことをした。ひどいことを言った、ひどいことを思った。
私にとって楓は、理想の存在そのものだった。だから私の意にそぐわない楓のことを嫌ったり憎んだりしてた。
楓は私の光だった。私を導いて助けてくれる憧れのヒーローそのもの。完成した完璧な人間である風にすら思えた。臆病なことが、ちょっと玉に瑕なだけで。
でもそうじゃなかった。楓は極端な性格をしているだけの、ただの人だった。
私と八科を導いたのは、単なる偶然で、でもそんな偶然はきっとそんな楓でしか起こせなかった。
私にとって楓はただ一人の人間だから、今でも特別な人だけど、それは特別な救世主じゃなくて、明るく振る舞っていても愛らしい私の友達として、彼女を愛してあげたい。
「……八科、は、どう思って……」
「……私は」
「!? 八科……泣いてるの!?」
「……涙、ですか」
八科は変わらない表情のままでも、確かに泣いていたのだ。
※ ※ ※
樋水楓の”極端な臆病”からなる賑やかし、場当たり的なムードメーカーは、親友二人からなる強い踏み込みによって暴かれ、その役目を終えた。
しかし他人の愛を恐れ、また自分の感情をも恐れる仮面を外した中にある己の本性は、もはや自分の気持ちにも素直になれないほど歪みきっていた。
親もいなければ人間関係というものに信頼を置いていない彼女にとってあるのは不安定かつ傲慢な自分勝手による人間関係で、己の構築した関係性について、未だ取捨選択もできないままでいた。
※ ※ ※
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