第27話 仮面の奥・不破未代の我侭
『お前ら冬はどんな恰好で外出すんの?(^^)/』
不破さんの顔文字、デフォルトで入ってる飾り気のないしょうもないやつばっかり。私と同じで、なんかやむを得ず使ってる感じが共感できるんだよね。
さて本題、冬服か~、不破さんにはこき下ろされそうだな。
と、早速写メを送った。八科さんも冬服ジャージの写メを送ってた。
『中間テスト終わったら即買いに行くぞ。制服で』
私服は及第点にも満たなかった、どころか文体が怖いから赤点にも足りないっぽい。そんなダメかな……冬服なんてあったかければいいよ、もう……。
夏服も結局そんなに使わなかった。余所行き感が強すぎて、近くのコンビニとか外食だとクソダサでいいやい! て気持ちになるんだよね。
何はともあれテストが近い。
中間テストは科目少なめ。それに二学期が始まってかなり早くに実施されるから、内容の半分くらいは復習だったりするし、これはまだ難しくないらしい。いや、新しいところが理解できてなかったら相当ヤバいけど。あと歴史の授業とかゴリゴリ進んでるから覚えることめっちゃ多いけど。あと英語とか古文みたいなのは気合入れないとさっぱりだけど。あれ、不安になってきたな……。
あ、あとテストが終わってすぐくらいに球技大会があるらしいけど、女子は八科さんと一緒になればもう負けはない気がする。一人じゃ勝てないスポーツもあるかもしれないけど。
とにもかくにもテストテスト! 学生は学業だけ考えたらいんです! それでいんです! はぁ~不破さんと八科さんが一番嫌いになるのもこのシーズンです! ということで中間テストどうぞよろしくお願い申し上げます!
―――――――――――――――――――
誰が予想しただろうか、こんなこと。中間テスト初日の二時間目、今日最後のテストで私は、テストを終わった直後にそれを確認した。
真後ろで机に突っ伏して寝ている不破さん、だいたいテスト終わると寝る人だけど、今回は少し違う。
後ろからテストを集める流れで、私は不破さんを机から引っぺがして確認した。
「……やっぱりずっと寝てた……名前すら、書いてない」
不破さんのテストの解答用紙は真っ新、白紙。誰がどう見ても
「おい! 不破起きろお前! 馬鹿かお前!」
「……ふぁ、おあよ、かえで」
「おあよ、じゃない! なんでずっと寝てるの!?」
「ここどこ?」
「はぁ~~~~???」
不破さんがバカすぎてちょっとキレちゃった……。でもキレても意味はないし、テスト用紙は回収される。
まとめて回収する一番後ろの席の人がちょっと困惑してる。そりゃ困惑するけど、こんなの。
「あ、名前くらいは書かないと集計困るもんね。ちょっと待ってて」
「いや問題、そこじゃないでしょ、点数」
「いいよ減るもんじゃなし」
「前の期末から何点減った!?」
「採点されるまで分からないよ」
「分かるわ! 不破さんの前の数学からマイナス百九十二点!」
「よく覚えてるなぁ」
「あの悪夢の裏面の問八以外全問正解してそこは寝た方が得だと思ったとかいう謎の言い訳を忘れるわけないじゃん……」
二百点満点の数学をを平気で解いていた輝かしい不破さんはどこへやら……。
問答は虚しく、不破さんのテストは回収されていった。腹立たしいのは不破さんの態度だ。くぁぁ、と大きな欠伸をして、退屈そうに眼をこすって、先生から解散を言われてすぐに彼女は言った。
「じゃ、もう今日服買いに行きますか!」
「家で寝ろ!」
流石に本当に怒ったけど、不破さんは不思議そうにへらへらしてた。
「なんで楓そんな怒ってんの~? 私のこと嫌いんなったの……?」
「えぇ……いやいやいや、こんなのいかにも子供向けアニメとかでありそうな嫌いな親とか先生が実はすごく大事に想ってくれてたから厳しく接してましたみたいなやつじゃん。なんでそんなわからないこと言うの?」
「今日よく喋るね」
「アンタが聞き分けの悪い子だからでしょうが!」
本当にかつてなく怒ってたしかつてなく騒いでた。それは実際、出会って半年くらいの間で一回もなかったことだからだ。
「八科さんもなんとか言ってやってよ」
「まず不破さんの言い分を聞きましょう」
不破さんの言い分、とは。でも確かに、寝てた理由とか、赤点でも平気な理由とかがあるのかもしれない。いやないだろうけど。
「不破さんなんで、そんな余裕そうなの」
「人生は長いからこういうこともあるからさ。後悔先に立たずって言うし遊びに行こう」
「ダメ人間じゃない?」
「ダメ人間……かもしれませんね」
八科さんですら認めるダメ人間。そんな……不破さんどうして。
「じゃ前と同じとこ行こ」
「ダメ。八科さんには家で寝ててもらいます」
「それじゃ一人で遊びに行こうかな~」
「不破さん私達と一緒じゃないと寝るでしょ」
言うと不破さんはきょとんと固まった。不破さんが寝ちゃうかどうかは知らないけど、そもそも夏祭りで森盛と二人きりになっただけで寝たフリしだす女だから、私達と一緒じゃないと遊ばないと思うけど。
……まあ、もっと言うと不破さんは自称『世界から捨てられた仔犬で、これからずっと私に尻尾を振り続ける』人らしいから強引に言えば聞いてくれるだろう。……思い出すとめっちゃ恥ずかしいじゃん。
しばらく不破さんはむくれてたけど、やがて悪戯っぽく笑みを浮かべた。不破さんには全然似合わないけど、黙ってる不破さんらしい愛らしい仕草だった。
「三人で服買いに行かないと明日のテスト受けませ~ん」
「……え、なんで」
「脅しだよ脅し」
「不破さんは私のために勉強してるわけじゃないでしょ。自分のために……」
「楓のためなら八科にも勝ってみせるよ。楓のために勉強してる」
うわぁ熱い告白だ。わけが分からない。自分のために勉強しろよ。
「不破さん、怒るよ」
「私は鞭では動かないよ。飴」
「はい」
「いやポケットの汚いやつじゃなくて」
汚くない、という意思表示として私はポケットの飴を舐める。夢生ちゃんにも同じこと言われたな。
「あ、それでいいよ。口移し」
「ん?」
ポッケから別の飴を渡してやると、それは再び私のポケットに戻してきた。何がしたいんだこいつ。
しかし説得の方法が分からない。っていうかね、普通に明日もテストだから早く帰って勉強したいんだ。服買ってる場合じゃない。
ということで折衷案。
「じゃ明日。明日の金曜日なら服買いに行っていいよ。今日は明日のテスト勉強するから」
テストは三日間、今日は木曜日、金曜日に服買うくらいなら土日に勉強すれば月曜日のテストもモーマンタイってわけだ。
不破さんはかなり渋々、と言った様子だけどなんとか了承した。けど私はさらに条件を言い渡す。
「明日のテスト寝たら……本当に怒るから」
「もう結構怒ってない?」
「怒ってる」
「なんで?」
「頭大丈夫?」
またもブーブー文句を言い合う形になってしまった。なんでこう、不破さんとの話し合いってへんな形にばっかりなるかな。ブーブー、互いにブーイング出してるだけでも楽しいんだけどね。
「八科さんもなんとか言ってやってよ!」
「不破さん、テスト頑張りましょうね」
「あ、はい……」
流石ご意見番の八科さんと言ったところか、不破さんも彼女がそう言うと大人しくなった。
ただ、普段と違う不破さんの様子には私も少し違和感が生まれた。
元々、不破さんも八科さんも、言わば我が強い人だ。私みたいなおどおどした人間と違って彼女達は規範とかルールというものに縛られない印象がある。
学校に来るようになって不破さんも丸くなったと思っていたけど、まさか学校に来るだけでテストも勉強も意欲がないとは。
彼女は賢い人だし、テストの点だって私よりずっと良いから安心してたけど、そもそもやる気というものは感じられなかった。
生粋の遊び人……、寝るのも彼女にとっては娯楽だとかいうし、そういうことなんだろう。自分にとって楽しいことしかしたくない。
超・我侭な人間。
カスだ! そんな不破さんのことも好きだけど、深まらなくていい不破さんへの理解が深まったようだ。
どちらかと言うと悪い人間、という印象もある。本気出せば何でもできる完全無欠の人間、という印象だけど根本的にやっぱりダメ人間なわけだ。彼女を尊敬して羨ましがってた私が馬鹿みたいだ。
早く帰って勉強、勉強。はあ、やだやだ、これだから不良は。
「あ、楓~見て見て、なんか下駄箱にラブレター入ってた」
「は!? え、は!? 誰がアンタに!?」
「ふふ。楓ったらこんな慎ましい真似しなくても素直に言えばいいのに~」
「私じゃねーよ頭沸いてんのか」
「人のこと苗字にさん付けしてたら距離置けると思うなよ、暴言」
まさか不破さんに暴言を
「誰から?」
「見る?」
「えぇ~いいの~? でも心当たりあるなぁ~」
森盛に五百円賭ける。これはたぶん絶対だから内容は見ないでいいや。他の人だったら、それはそれで驚くけど、不破さんと付き合ったらすぐに別れるだろう。不破さんはカスだからね!
でも、丁寧な茶封筒に、アンティークな雰囲気のオシャレ装丁の便箋、文字はどれどれ……きれいな字だ。
「結局覗いてんじゃん」
「隠そうとしないじゃん」
けど、内容は凄く簡素だった。僕の気持ちを伝えたいので、明日の放課後に校舎裏側に来てください、森盛、以上。
ほ、ほぉ~、これが恋文というやつですか。自分の気持ちは直接伝えるという気概もなかなか見上げたものじゃないですか。
不破さんが隠さないから反対側から八科さんも覗いてる。意外と好きなんだねこういうの。
が、あろうことか不破さんはその想いの詰まった紙をくしゃっとポケットに突っ込んだ。
「じゃ帰ろ。今日は一人で帰れそうだし、せいぜい早く帰って勉強しなよ」
まさか不破さんがここまで人の心が分からない人間とは思わなかった。
「? どしたの」
「どしたのじゃないよ……、ラブレターをそんな……」
「別にいいじゃん、すっぽかすつもりだし」
「いや断るにしても、もうちょい誠実にした方がいいよ」
「楓は結構真面目だね」
真面目、というのだろうか。不破さんが自由過ぎるというか不誠実なだけだと思うけど。
「じゃ行くだけ行くよ。テスト頑張って眠いかもしれないけど」
「……ま、テストの方頑張ってくれればいいよ」
「おっけ~楓のために頑張る~」
不破さんはそんなことを言って、熱いハグを交わしてきた。オオオイ、オオオイ、と慌てながら私も背中をぽんぽんしてやると、彼女は意気揚々と帰っていく。
テンション高いな、今日。
――――――――――――――――――――――――――――
来たる金曜日、テストは終わった。
私は死んだ。不破さんは生きていた。
「それじゃ服買いに行こうよ、楓」
「まずあれ。校舎裏」
「ん……、ああ、そうだった」
「はぁ、この人でなし。ここで待ってるから早く行ったげなよ」
「はいはい」
面倒くさそうに不破さんは一人歩いていく。私もそれを見送る。
大丈夫かな、テストもそこそこ起きてた分、不破さん眠いかもしれない。それに後で服買いに行くっていう予定もあるし、心配がある。
だから、覗きに行くのは悪くない! 純然たる善意です!
「じゃ行くよ八科さん」
「はい。……はい?」
八科さんは誠実な人らしいけど、私はそこまで綺麗じゃない。というか最悪邪魔するつもりですらいる。不破さんに彼氏ができると色々困るから。
校舎裏と言えば西校舎の西側、住宅と校舎の間にある日の当たらないじめっとした僅かなスペースのことだ。一応一年の廊下から見えるところだけど、そこからは少し距離があるから会話を聞き取るのは聞き耳を立てないと難しそう。
私はそこに面した廊下の窓から二人の様子を覗き見る。ただし、二階から。一階は流石にバレそう。
下を覗くと、不破さんと森盛は既にいた。真正面から向き合って、告白の瞬間とは、何とも緊張する。
「いいんですか? 覗きなど」
「不破さんが寝たら私達が支えるんだからね、いつでも駆け付けられるようにね」
「なら、一階で待機すれば……」
「バレたら不破さん達に不快な思いをさせるし。つまりこれがベストな選択。いいね?」
「……はぁ」
「八科さん、バレないようにね」
「……はぁ」
不満そうな、納得いかないような、そんな八科さんも反意は見せないので私は特に気にしません。不破さんがどんな告白を受けるかの方が重要だからです。
おっと、ようやく動きがありそう。聞き耳を立てないと……ヒヒヒ。
「不破さん、中学の時のこと、覚えてますか?」
むむっ! これは森盛がプールの時に話してくれた『登校中の不破さんを支えたらありがとうって言われてそれ以来気にしてる』という純愛エピソード! 良い話なんだけど、これは報われなさそう。だって不破さんは覚えてないだろうから。
うーん、ちょっと森盛を応援したいような気持ちがある。ちょっとは報われていいよ。
で、不破さんは考えるような素振りもなく、溜息を吐いていた。
「今日用事あるから手短にお願いできる?」
「うわぁあのクソ女」
「樋水さん、口が汚いです」
「不破さんの心ほどじゃないって」
森盛も唖然としたけど、それもつかの間、言われた通りに感情を手短に言葉にした。
「好きだ、付き合ってほしい」
「やだ。じゃあね」
それだけで足を動かした不破さんを、流石に森盛も止める。
「待って! いきなりそういう関係になろうとは、僕も思ってなくて、友達から、少しずつお互いのことを知っていきたいから」
「好きな人いるから」
不破さんのその言葉が決定的だった。森盛も驚いた表情をしている。
いや、何より驚いたのは私かもしれない。
「え、嘘。八科さん不破さんの好きな人知ってる?」
「樋水さんのことでは?」
「え、やっぱ? どれくらいのやつ? それ、どれくらいのやつ?」
「森盛くんが不破さんを想うくらいでは」
「うーん、ガチっぽいねそれ」
八科さんが言うと、なんかすんなり冗談じゃないと飲み込めた。つまり、不破さんは私のことを好きなんだろう。
けど、そういう感じがしない。最近は私の前では起きてる不破さんとばかり会うから、そういう色っぽいセクシーさが見られないからどんどん普通の友達という風に思ってた。
それは不破さんにとって、私がかけがえのない存在になってたから、ということらしいが。
「照れるね」
「では、不破さんと恋人同士になるのですか?」
「や、それはないかな。私恋愛とかって興味なくてさ」
というか、そもそも恋愛関係とか告白とかされないように男性との関りを絶ってたのに、まさか不破さんに想われるとはね。悪い気はしないけど。
「ちなみに八科さん、ここで見聞きしたことはなかったことにすること、いいね」
「はい」
よし、それでは引き続きの告白劇を。
「……それでもいい。振り向かせたい」
「無理。絶対に」
「どうしてそんなことが言えるんだ」
「好きな人、楓なんだけどね」
本当に私だったのか。堂々とした物言いの不破さんは有無を言わせない雰囲気がある。それは彼女の気持ちの強さでもあり、想いの強さでもあるような気がした。
「中学の時のこと覚えてないっていうのは本当。だってずっと寝てる方が楽しかったくらいだし、夢生以外の人のことなんて忘れちゃったよ。でも、ここに入学して楓と出会ってから、私は寝るより面白いことを一杯教えてもらった。世界を広げてもらった。私にとって楓は神様みたいなものなんだ。だからないよ。他の人間にはチャンスさえない」
「あれ寝ぼけて言ってるんだよね。怖くない?」
「
「言い得て妙ですね、じゃないよ。私そういう深い関係とか嫌なのに」
「嫌なんですか?」
「あ、いや……」
口が滑った。いや、この状況では口が滑るのも仕方ないと思うけど、八科さんに聞かれたのが……幸か不幸かの判断も難しい。
彼女は正直に言えば全てを包み込んでくれるかのような
「ほら、あんまり友達増えてもなんか差別みたいに距離感バラバラになったりするし、友達から恋人っていうのも距離感難しいしさ、今の友達二人っていうのがちょうどいいじゃん?」
「なるほど」
いい具合に取り繕ったとは思う。が、こっちが収まっても不破さん達が収まってない。
「樋水さんとの関係は友達じゃダメですか?」
「そもそも、友達とか恋人とか親友とか、関係性に記号を当てはめるのが不愉快だ。私にとってこの高校生活で樋水楓が全て、あとは私と八科、他は他、くらいの気持ちなんだ。もう、一秒も君に時間を使いたくない」
不破さんのそんな言葉が決定打になって、ただ森盛が立ち尽くしているのを不破さんはその場を後にした。
あまりにひどい失恋の場面を見てしまった。不破さん、ここに来ないつもりだったというけれど、それの方がまだ温情があったかもしれない。ただ、彼女が誠実に森盛くんに向き合ったばかりに、罵倒にも似た本音をぶつけられることになったのだ。
「……八科さん、今の見ててどう思った?」
「どう、とは?」
「不破さんの印象とか変わらない?」
「はい」
「そっか。八科さんは不破さんのことよく見てるんだね」
ま、告白された当の本人が一番ドギマギするのは当然か。告白されたわけじゃないけど。
ひとまず教室に戻らないと不破さんに覗き見してたとか疑われかねないので、急いで戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます