第26話 伝わらぬ想いの執着との決着
八科さんが放課後、一人一人様々な部活動の選手と戦う「八科チャレンジ」(不破さん命名)、最近ではすっかり対戦相手が萎縮して単なる勧誘までも減ってきた。
決め手になったのはやっぱり女子の野球部だろう。なんでも三回に一回打てれば凄いっていう野球において、百発百中のホームランを打ってたくらいだ。ピッチャーの子は途中で泣いてたから、かなり申し訳ないことをしたと思ってる。たぶん八科さんも申し訳ないと思ってる、はず。それが伝わらないけど。
ともかく、もはや八科伝説と呼ぶべき偉業の数々は校内に知れ渡ることとなり、しかし反対に八科さんを部活に勧誘しようという輩は『門外漢にコテンパンに打ちのめされて、もう一度この鉄仮面見ようなんてタフなやつ、あの篠宮って人くらいでしょ』、と不破さんが言ってた。実際篠宮さんだけはどの面下げてか八科チャレンジ最初の敗者になりながらも、いまだに教室の外からこちらを覗いてくる。
『あの、篠宮先輩。もう八科さんの勧誘は……』
『わ、私はこのクラスの女バスの後輩の様子を生暖かく見守ってるだけで別に八科さんの勧誘に来たわけじゃないし……』
と苦しい言い訳をしてたりした。まあ、そんな風に言われたらこれ以上の無理強いは私達もできない。
けど、これで八科さんの鉄人パワーを当てにした人間が大幅に減ってきたという、ある日のことだった。
もう中間試験が間近に迫って、私は意外と勉強余裕じゃん……と調子に乗ってた時だ。
「八科さん、風紀委員にならない?」
「へいへい待ちな待ちなうちの八科の勧誘なら八科チャレンジを……え!? 風紀委員!?」
何を隠そう、隠すまでもなく暮田さんだ。八科さんを妙にライバル視している風紀委員の一年生。
「誰だこいつ、突然やってきて」
「不破さんもしかして暮田さんのこと嫌いなの?」
まあ、でも暮田さんは特徴のない外見だ。これといって……まあ目つきが凄く悪いから印象的だけど他に特筆すべきこと、なし。それを言ったら私もだけど。私なんて背が低いくらいだけど。
「なりません」
八科さんがさっくり答えた。勧誘にはまず拒否だよね。なろうと思わないもん、そんなの。
しかし暮田さんは意外にも折れなかった。勧誘は後を引いた。
「そこをなんとか。不躾なお願いですが、きっと放課後に何もしないよりかは有意義な時間になると思います」
「へいへい、私達のアフタースクールタイムが無意味だってのかい!?」
そりゃ、まあ、無意味だけど。ちなみに不破さんが妙に強気なのは寝てないから俗に言う深夜テンションだ。
「八科さんの毅然とした態度、物怖じしない姿は風紀委員にこそ向いていると思いませんか? 貴女方も八科さんの親友であるというのなら、八科さんのことを思ってより有用な使命を……」
「有用な使命とか女子高生は考えません~。ね、八科さん」
八科さんはこくりと頷く。暮田さんは本当に重苦しいし、ややこしいことばかり考えている。本質が見えてない。高校生活とは、人生とは楽しむものだ。楽しくないことをわざわざする、という考えじゃこの先やってけない。
そんな堅苦しい考え方をしている暮田さんはやっぱり納得行かないようで、不満げに立ち尽くしている。
「では、八科チャレンジというのは何をしたらいいんですか?」
「テストの点数でいいんじゃない? もうすぐ中間だし」
「そんなのっ……私に勝てるわけ、ないじゃないですか」
戦う前から諦めるのか暮田さん! と檄を飛ばしたくもなる。そもそも八科チャレンジはそういう主旨だし。
「なこと言われてもねぇ」
「八科智恵理という大いなる力を手に入れるのに無謀とも思える挑戦に挑むのは必然だと思うがね!」
不破さんがもうどういうキャラなのか分からないけど、まあ、そういうことだろう。八科チャレンジは不破さんと愛染が主導してるイベントだし。愛染はなんかクラスの端の方で別の男子と喋ってるけど。
暮田さん、なんだか泣きそうなくらい弱々しい顔になってたけど、やがて振り返って教室を出て行った。
そういえば、彼女も篠宮先輩と同じくクラス外からよく来る人だ。でも、みんな八科さん目当てで来る。当然と言えば当然だけど。
「八科さんはモテモテだ」
「それも女からな」
女子の運動部から誘われるからそう言ったんだろうけど、不破さんそれは割と禁句だ。私が不満の表情を向けると、不破さんも気付いたらしくしどろもどろに弁解を始めた。
八科さんは中学の時、女子の後輩と少しだけ付き合っていたという。はてさて、それがどのくらい深い仲だったのか、浅い仲だったのかは知らないけれど、私達が踏み込めない不破さんの秘められた過去の一つでもある。
夢生ちゃんとかその辺詳しそうだけど、本人以外から聞くのも問題だろうし、でも八科さんに聞いてみたら案外あっさりぺらぺら喋りそうだし――なによりそこまで踏み込む気がそもそもない。
興味がないと言えば嘘になるけど、例えば私達は、家庭の話や過去の話をする関係じゃないのだ、そもそもの話。私はそれを求めてない。そこは厳格に線引きして、友達以上の関係にならないようにしたい。
「ま、でも今の暮田さんはちょっといつもと様子違ったね」
「そーなん? 初めて見た人だけど」
「不破さん本気だったの……?」
あまり触れないでおこう。そういうネタということにしておいた方が暮田さんも気持ちが楽だろうし、まさか本気だとは思ってないだろうし。
しかし、風紀委員、風紀委員か……何するんだろ。
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勉強の合間にちょっと調べた風紀委員の役割。
荷物検査、遅刻の取り締まり、その他生活における節制など。
大体普段暮田さんがしてることだった。というか本当にそれ以外ない。
そんなに真剣に取り組むようなことなのかな。暮田さんは、すごく真剣だったけど。
私は友達は二人だけいればいいと思っている。そして幸いに八科さんも不破さんも友達を増やそうとするような人じゃないらしい。中学の時は畑さんが結構いろんな人に声をかける人だったから日村さんと仲良くしてたけど。
要は、私にとって篠宮先輩や夏の男子三人組、そして暮田さんはイレギュラーな存在で、あまりうろちょろしてほしくない。中学から高校へ上るにつれて友達との関係が消えてなくなるように、その他大勢との関係は消えてほしい。
仲良くなることなく、恨まれるような喧嘩別れすることなく、スムーズに消滅する関係。
「ちょっと努力しようかな……」
私の感情は、不思議なことに悪意ではなかった。畑さん周りの人間関係を整理する時は結構な罪悪感が伴ったけど、暮田さんは八科さんと関わっても幸せになれないという確信があった。
そもそも、暮田さんの生き方はどう見ても不幸そうだった。
私、そんなお節介なやつじゃないんだけどな……、しゃあなし前向きに取り組んでやるか。
――――――――――――――――――――
せっかく私がそれなりに好意的な感触を示しても、暮田さん自身がそんなにクラスに来ないのでどうしようもなかった。
最近は荷物検査や遅刻取り締まりの際も私達に固執しないから会話をすることもない。
つまり、関係が自然消滅したと言っても過言ではない。
悪くない終わり方だけど、この、私の振り上げた拳のやり場はどこに……。
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