第25話 失敗を繰り返せども濯げぬ執着との決着
ついに二学期の授業がもろもろ始まって、私も結構勉強できるようになってるじゃん! と感激に打ち震えている時。
八科さんは八科さんで、再びスポーツテストの圧倒的な成績を修めたことでまたいろんな部活の勧誘を熱烈に受けていた。
愛染くんもその集団に混じってるけど、一番ひどいのは、やっぱりあれだろう。
「おねげーしますおねげーします八科さぁん! ダメですか! どうですか! ぜひぜひお願いしますよ! 土下座ですか!? 土下座すれば入ってくれますか!? しますけど!」
女子バスケ部の
バスケやってるにしては背が低い方で、私より少し高いくらいだ。八科さんより不破さんより低いし百六十ちょっとくらいだろう。いつもああして八科さんにぺこぺこしてる姿ばかり見てるから、どうも人の良さそうなイメージがある。八科さんは決して部活には入らないけど。
「舐めます! 靴でも足でも舐めます! 八科さん、舐めますよ!」
「やめてください」
こういう時の八科さんは冷たい人間に見えるけど、まああれでも困ってるんだろう。何度も断るのは普通の人間として心苦しいし申し訳ないものだ。八科さんくらい繊細っぽい人ならそれなりに悩んでるだろう。
それに、この光景はもう見飽きた。だって篠宮先輩は一学期の半分以上ここに来てたと思うし、この二学期もスポーツテスト関係なく来たんじゃないかって思うくらいしつこいもん。
それだけの手間をかけてるから、たぶん靴も足も本当に舐めるだろうし土下座だって平気だろうし、毎日不破さんを運ぶのだって代わってくれるんじゃないかな。
「なんでもぉ……なんでも望みを叶えてやるぅ……金か! 名誉か! 力か!」
「どれも結構です」
「望みを! 望みを言ってみろォ!」
何者なんだ、篠宮華火。調子良いなぁこの人、やっぱり面白いししばらく放っておいてもいいかも。
「お引き取り下さい」
「帰ったら女バス入る?」
「入りません」
「やだやだやだやだーっ!!」
ついに駄々こねだした先輩はじたばた、じたばたとあろうことか床に体中を打ち付けている。
「今日は一段としつこいね」
不破さんがこそっと耳打ちする。風紀委員の暮田さんを覚えられない不破さんでも、この先輩のことはもう顔も名前も覚えているらしい。あまり起きてない不破さんでも覚えるくらいなんだから相当ここに来てるっぽい。
「たぶんあれ、他の勧誘が珍しく多いから八科さんとられたくないって必死なんじゃない?」
「あー。必死なわけだ」
別にどの部活も入らないから安心してくださいと言いたいけど、それでも不満なんだろうな。少しは気持ちを汲んであげたいけど、八科さんを取られるのは私も嫌だし。
「でも実際、篠宮先輩って八科さんの入部と引き換えにどれくらいまでできるんだろうね」
「楓、今めっちゃ悪い顔してるけど」
「でも気にならない? お金ならいくらまで出すだろ……」
「楓、それはヤバい」
冗談、というか実施するわけじゃなくて八科さんへ懸ける想いの強さを測ろうって言ってるんだけどなぁ。
っていうか不破さん、いちいち楓、楓って呼んでくるの若干、困るな。私が不破さんって呼んでるのに下の名前で呼ばれると距離感が変だから、周りからも変だと思われる。でも不破さんって呼び方を変えるのも、なんかなぁ。
「あ、でも最近私がちゃんと、少なくとも登校と下校の時には起きれそうだから八科さん部活参加できるかもよ?」
大胆な不破さんの意見に、私と八科さんが思わず注目した。
「それ、ほんと?」
「マジマジ。八科に青春を謳歌させてやろーよ」
ふむ、と一考していると、八科さんと篠宮先輩がこっちを見てた。無表情とキラキラ瞳の対照的な姿は、少しシュールだけど。
「あのあのあのあの今の話が本当なら私はぜひぜひ是が非でも」
「……」
八科さん、無言だ。言いたいことがあるなら言ってみたらどうですか~、と意地悪してみたくもなるけど、その前に浮かんだ疑問を不破さんにぶつけなければならない。
「じゃ、私も不破さんち行かなくていいってこと?」
「……? なんで」
「なんでって、だって八科さんが行かずに済むなら私もじゃん。八科さんより役に立たないよ。前寝坊もしたし」
「……やっぱ、なーし。毎日うち来い。な、八科」
「はい」
「そんなーーー!!!」
不破さんの浅はかな考えのせいで涙目になった篠宮先輩には、申し訳ない気持ちが少々。
でも、私達の友情の前には部活とかいう複数人数の難しい人間関係はないのだ。そもそも不破さんにそんな高等なコミュニケーション絶対無理だし。
私自身は、割と暇だから部活っていうのやぶさかでもないな。不破さんも放課後になるとすぐ起きるようになってきたし、帰る時間が早まったわりに遊びに出かける頻度が増えたわけでもない。何か考えたいけど、私が何かが得意とかしたいってわけじゃないから部活は選べない。
運動はもってのほかだ。八科さんが大得意だけど、私や寝ぼけた不破さんじゃ力になれないし、変に友好関係が広まって八科さんと微妙な仲になるのも困る。
まあ、でも、こないだの不破さんみたいに激重感情ぶつけられるようになる前に離れるっていうのも選択肢としてはありかもしれない。また一考。
私は、この間のお泊りの時の不破さんは単なる一時の暴走なんじゃないかって思ってる。
私が夏祭りで若林くんに妙に本音を晒しそうになったみたいに、夏の魔力が一瞬、妙な作用をしたんじゃないか、みたいな。
その割には不破さん、恥ずかしがる様子もなくちょっとべたべたするようになってきたけどなんだろ、ヤケクソかな。
「でもいい加減鬱陶しくなってきたな。不破さん、解決策」
「三人で同好会でも作ってそこに入る」
「不破さん、八科さん趣味は?」
「寝ること」
「特には」
「ほら、無じゃん。無」
不破さん頭良いくせに片腹痛い提案してきたな。と思うけど、いやいや、と否定してきた。
「別に趣味でも好きなことじゃなくてもいいじゃん。漫画とかでも存在意義の分からない無の部活あるじゃん?」
「へー。でも無の部活でも作るってなると先生とかに許可取らなきゃダメなんじゃ?」
「同好会なら生徒会を通し、仮にだけでも担任を顧問に据えればこれといった条件や義務なしに成立可能です」
八科さんのそういう知識はどこから出てくるんだろう。便利で助かるけどさ。
話を聞く限りじゃ、部を作るなら先生に申し訳程度の確認をすれば、生徒同士の話し合いで同好会はできるらしい。
同好会にさえ入れば八科さんが部活を断る理由にもなるし、うるさくて面倒くさくなってきた八科さん勧誘の集団ともお別れできる、と思う。
「お菓子同好会でいいんじゃね?」
「この学校、一応はお菓子禁止だよ。補食補食」
補食と捕食って字も似てるし読みも同じだし面倒臭い存在だ。学校にお菓子を持ってきていい口実として真っ先に覚えた言葉でもある。
「補食同好会」
「何するのそれ」
「……狩り、とか」
「それは捕食だね」
「ひみ、楓にもわかったか」
「分かるよ」
たまに不破さん、樋水って呼びそうになる。別にそれでも良いんだけど、いつも妙に律儀に訂正する。なんかむず痒いし、私が不破さん呼びを続ける限界も感じるから嫌なんだけど。
それはともかく同好会、昔は断念したけど、今ならこの三人で何かするっていうのもありかもしれないと思う。
問題は、何をするかだけど。だっていつも喋ってるだけだし。
「バスケはどうすか? こう、ジムでトレーニング的な感じで。お二人ならこうお安くジムに通うくらいの適度な軽い運動をご提供できますよ~へへへ」
下品な笑顔を揉み手で横からアピールしてくる篠宮先輩、年上の威厳とかもなく全力で媚びてきてるから本当に、やめてほしい。
「そういう競技スポーツは、ちょっと苦手なんですよね」
「名前だけ! お二人は名前だけで良いですから!」
「いやそれじゃ八科さんが一人で入るのと変わらないし……」
この先輩、なりふり構わな過ぎてもう自分でもよく分かってなさそう。
と、いい加減昼休みの予鈴がなって、集まっていた人達が退散する。
でも篠宮先輩、昼休みどころか放課後やら
「いい加減、排除しようか、あの先輩……」
「樋水さん、殺人は犯罪ですが」
「殺しはしないよ! ただ今の勢いじゃ八科さんお弁当もおちおち食べられないじゃん」
「だいぶおちおち食べてると思うけど」
八科さん、食べるのもめちゃくちゃ早いし、言われてみれば先輩にも遠慮せず黙々と食事してた気もするけど。
「っていうか私達も落ち着かないでしょ?」
「それはまあそうだね。あんまりうるさくて起こされる時もあるし。まあまあ笑えるけど」
あの必死さを見て笑えるっていうの、不破さんも相当悪い性格してる。私はこれでもノミの心臓なんだから。女バスなんてやんちゃな女子多そうだし後が怖くて怖くて。
「ってかさ、部活断るならいい方法があんじゃね?」
と、突然話に割り込んできたのは、誰ぞある愛染であった。愛染は下の名前が
夏休みのノリそのままで仲良く……というのは非常に困るというか、私が許容しきれない人間関係なんだけど、いい方法というのは気になる。気になるから聞く。
「いい方法って?」
「八科がその競技で勝負すんだよ! で、勝ったら金輪際近寄らない、負けたら部活に入るって条件」
「いや、八科さん初心者だし負けちゃったらどうするの?」
「八科マジパネェからまず負けねえって! それに負けたらその程度かって八科を逆に諦めるじゃん? 一回入部しても即日退部すればいいじゃん? 約束は守ってるべ」
「き、汚い……」
意外と搦め手だった。人の好さそうな愛染からは想像もできないゲスみたいな策、しかし理に適っている。
「……うぅ、八科さんにそんな悪事の片棒を担がせるような真似……できないっ!」
「楓って真面目だよね。八科はそれでいいよね」
「はい」
「良心の呵責!?」
今のはノーモーメントだった。八科歴五ヶ月少々の私にはわかる、一切遠慮のない快諾だ。
愛染も不破さんも八科さんに悪いことを教えて……私は許しませんからね! と思いつつ、多勢に無勢だし、ここは渋々承諾しよう。
「……じゃ、今度来たらその作戦で行こうか……」
乗り気じゃないのは態度で示した、これが精いっぱいの抵抗である。
そのまま愛染も席に戻り、午後の授業が始まるのであった。
―――――――――――――――――――――――
実際のところ、八科さんと篠宮先輩率いる女バスと戦う日はすぐに来た。
「がんばれ八科さーん!」
不破さんは寝てたけど、まあ寝てても構わないくらいの場の空気。
放課後の体育館は、初秋が訪れてようやく少し涼しくなってきた外に比べて、人の熱量と運動量のせいでどうにも蒸し暑いところがあった。
そんな中で、あろうことか制服姿の八科さんは、女バスのエースとかいう人とのフリースロー対決で見事に勝利を収めた。三十五回連続成功。
八科さんは表情一つ変えないけど私は、もうノミの心臓だから……。
でも、やっぱり八科さんはかっこいいなぁ。私達が運動する機会なんて、それこそ水風船をぶつけ合うくらいしかなかったけど、こういう八科さんを見れるならたまにはいいかもしれない。
と、思っていたけれど篠宮先輩が何やらもめだした。
「フリースローはあくまで女バスの一部だから、本当はその、五対五の勝負がバスケの真髄で……」
これはいけません、スポーツマンシップに則らない我侭は制します、八科さんのジャーマネとしてね。
「構うことないよ、八科さんもう帰ろ帰ろ! ほら不破さんも起きて!」
「ノー! ノ―! 私は八科さんと喋ってるから部外者は話に入らないで!」
「部外者じゃないですぅ~、篠宮先輩よりかは部内者ですぅ~!」
往生際の悪い先輩だ。八科さんが反論しないのをいいことに利用する人間なんて全く許せない! わが身は顧みないけど!
「一点先取、私ボールからならしてもいいですよ、試合」
「ほんと!?」
「ええ!? 八科さんそんな……」
もう散々わめこうとしたけど、篠宮先輩がささっと五人集めて、制服姿一人とユニフォーム五人のひどい構図が完成したけれど。
こう……私も今でも信じられなかったんですよ。八科さん、ボールを持つじゃないですか。それで三人がゴール下を守って、二人が八科さんに近づこうとするじゃないですか。
八科さん、どうしたと思いますか? その場で、小学生がドッジボールを投げるみたいにボールをドヒューンと投げたんです! ええ、誰もがその放物線を見つめてましたよ。
ボールは見事にゴールに突き刺さってですね、ええ、おしまいです。八科さん「では、帰りましょう」って不破さんを担いでそのまま帰ったわけです。はい。
……この、八科さんの人間離れした姿を見るのも少しデジャブだった。そういえば世界記録レベルの能力を沢山持ってる人だったなぁと、興奮しながら下校した。
その後、他の部活からの勧誘が激増したのは言うまでもない。ちゃんちゃん。
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