第24話 あの時と違って

「……け」

「け?」

「結局寝てんじゃねーか」

 言いたいことだけ言い尽くして満足、と言わんばかりに不破さんは枕に顔を突っ伏してすぅすぅと寝息を立てている。結局夜も寝るんじゃん。あんまり寝てないとは言ってたけどさ。

 私は結局何を言われたんだ? 愛の告白と言うにはあまりに、なんていうか、重い想いだった気がする。恩讐おんしゅう、恨みと好みが一緒くたになったみたいな。

 不破さんがそこまで思っているなんて想像だにしていなかった。普段寝まくってるくせにノリと気前の良い軽くて明るいやつ、くらいの印象だった。夏祭りの時に意外と男子苦手なのかな? くらいは思ったけど、男子が苦手なんじゃない。

 私のことをかなり好きになってて、私に恩義を感じている、というところだろうか。

 思わず八科さんの方を見て、何か相談しようと思ったけど、八科さんに何が答えられるものか。

「どう、思った? 今の不破さん」

「どう、とは?」

「え、えーっと……」

 私がどう思ったかを先にまとめてしまわないと話にならない。……八科さん相手じゃ話になるか分からないけど。

「ちょっと怖かったね、今のは。私は、あくまで友達として、不破さんに声かけたり、遊びに誘っただけじゃん? それに、そんな恩とか感じてもらわなくていいのになって」

「それは怖いことですか?」

 言われて、別に怖がらなくていいのかもしれない、と一瞬だけ思った。

 だけど違う。私は不破さんの人生に影響を与えるまで喜んでもらいたくはない。あくまで軽いノリの明るい不破未代と付き合っていきたいのだ。愛憎がいつ反転するか分からない、できれば高校が終わったらひそやかに家で一人でじっとする生活を送って行きたいのだ。もう義務のような生き方はしなくていいから。

 高校でも、きっと進路の話はされるだろう。中学じゃ折悪く父が進路の面談にわざわざ来たから進学したけど、もう次帰ってきても私は文句を言って家で一人引きこもりライフを送りたいのだ。

 未練に残るような人間関係は残しておきたくない。

「……八科さんは、人間関係ってもっと軽い方が良いと思わない? 遊びたいって誘って、会えたら遊ぶ、会えなかったらまあいいや、みたいなさ。私はさ、ずっと一緒~! っていう女子っぽいわちゃわちゃしたの、正直苦手なんだ。友達は、程よい距離感が良いなって」

「……そうですか」

 そんなこと八科さんに言っても仕方ないのに、確認ついでに言ってしまう。でも、これはつまり、八科さんにお前は面倒なことを言うなよ、っていう圧になる。

『二人がいなくなることが怖い』

 違う、既に圧をかけられてた。

 なにか? 私は不破さんと一緒に八科さんとずっと一緒にいろって?

 そんなの、私には耐えられない。

「……八科さんは、不破さんみたいに私のこと思ってないよね。そんな、好きじゃないよね、いや好きは好きだけど、大好きじゃない、よね」

「……どうでしょう」

 少し考えて答えをはぐらかすんだ。

 八科さん、表情も目も動かないし口調も変わらない。

 でもね、でも八科さん覚えてるかな。

 八科さん、最初にあった時は好きな人も嫌いな人も「いません」って言ってたんだよ。

 ほんの少しの間が、如実に語っている。



「私のこと嫌い?」

「いいえ」

「じゃあ、好き?」

「…………どうでしょう」



 既に、答えは出ていた。こんなに――こんなに分かりやすい人だったのか。

 …………。

 どうしよう、少し、感動してた。決して変わらない表情が、今は儚く脆い仮面のように見える。

「ねえ八科さん」

 隣で寝てる八科さんの頬に手を添えた。

 いつも八科さんは抵抗しないよね。抵抗した時も、まあ、あるけどさ。

「……なんでしょう」

 怯えてるのかな。それとも実は喜んでたりして。

「八科さんって」

 私のこと好きだよね、という言葉が喉元まで出てきて、深く息を吐いて、沈んだ。

 少し目を閉じて、八科さんの顔をなぞるようにして、手を放した。

 聞けるわけないよ。これ以上聞いたら、もう答えが出てしまうから。

 私はそういうのいらない。わざわざ八科さんが隠そうとしてる本音まで暴こうなんて思わない。だって八科さん、普段は全然嘘も隠し事もしないから。

 わざわざ隠すには理由があるんだよね? 私、聞かないよ?

 私が深い仲を恐れているからっていう理由ももちろんある。不破さんでさえ厄介なのに、八科さんにまで似たような感情を突き付けられたら私が困るから。

 でも、それだけじゃない。自分から言葉を出さない八科さんが、きっと自分から言うんじゃないかって、私は少しだけ期待してるから。

 綺麗ごとだと思われるかもしれない。自分の都合の良い風に思っているだけかもしれない。

 それでも八科さんのこと少しくらい信じたい。私のこと好きなんだったら、少しくらい気持ちをぶつけてほしい。

 ……なんて、重すぎるのは嫌だけど、貴女の特別になりたいなんて、都合のいいことを思っているけど。

「私も、八科さんのこと好きだよ。でもね、不破さんみたいに重いのは嫌。好きって、もっと軽いものじゃない? 良いなって思ったり美味しいって思ったりした時に言うくらいのさ。私の好きってそういうことなんだ。

 ……ね、八科さんも私のこと、そんな風に好きなんだよね?」

 問いかけても答えはない。暗闇の中で八科さんの開かれた両目だけが妙に恐怖を掻き立てる。

 早く答えてほしい、私だって眠くなってきた。

 ねえ八科さん、お願いだからサクッと答えてよ、いつもみたいに。「はい」って言うだけでいいよ。それで私は安心できるから。

 難しい事じゃないよ。

「……樋水さん、私は……」

 もういい、もう私の望む答えじゃない。

「湿っぽくなっちゃったね。不破さんも寝ちゃったし、寝よっか」

 いいんだよ、別に言いたいことがあるなら言ってみても。言えるもんなら言ってみ。

 八科さんはそうしない。絶対しない。賭けてもいい。

「おやすみ」

「……おやすみ、なさい」

 八科さんは語調さえ変わらない。目も口も物を言わない。だけどその間だけが雄弁だ。

 今度から八科さんの間を気にしてみよう。有効活用できるかどうかは知らないけれど。

 布団をかぶって静かに待つ。やがて悩みも戸惑いも全て静かに闇に溶けていくような気がした。


――――――――――――――――――――――――――


 どうやら朝になった。耳をすませばまだ不破さんの寝息が聞こえる。

 がばっと体を起こすと同時に

「おはようございます」

「うわっ」

 八科さんは、まるで朝から変わらない様子で両目を開けてこっちを見ていた。

「ちゃんと寝た?」

「はい。普段は布団で寝ることがないので少し懐かしくもありました」

 そういえばソファで寝てるんだっけ。布団で寝ていつもみたいにすやすやできないんだったら、かえって損だ。

「んー、不破さんが起きるの待ってたら日が暮れちゃうしもう帰ろっか?」

「そうですね。確認は入れておきたいですが」

「通知一つ残しておけばいいって。んじゃかいさーん」

 ふわぁ、と私も大欠伸。

 できれば、早く帰りたかった。軽い気持ちでお泊りなんて言うんじゃなかったと今は後悔している。

 今後不破さんとどういう関係になるか、私にはまだ想像もつかない。

 ずっと名前で呼ぶのかな。畑さんとか日村さんも名前で呼んできてたけど、中学の時の気軽さに比べると、あの呼び方は少し重さを感じる。

 幸い、もう夏休みに会うことはないだろう。

 けど二学期はやってくる。絶対に二人と会わないといけなくなる。

 ……っていうか、始業式から不破さんの家にきて運ぶべきなんだろうか。まあ、また連絡して聞けばいいや。

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