第21話 人を騙す仮面あるいは己を騙す仮面

 苦境、また、苦境。

 八科さんの家庭の事情の重みだけで参ってたのに、不破さんに彼氏できるかどうかという微妙な悩みまでできてしまった。不破さんが夜寝てるとか起きてるとかもうどうでもいいなぁ……。

 中学の時はこうじゃなかったのに。はたさんも日村ひむらさんも二人に比べれば普通の子で全然悩むこともなく適当な日々で済んだのに、なんでこう、うまくいかないんだろう。

 最悪不破さんに彼氏ができたとして、そこまで距離感が変わらないなら、それでいい。クラスでちょっと喋れる相手になればそれで充分だとは思う。

 ただそうした場合、八科さんとの距離感が近くなるだろう。そうなると私がストレスで耐えられない。八科さんの事情をもう少し詳しく知るなど対抗策を得られないと、八科さんのことをまともに見ることができない。

 二人と対等に付き合うだけでこんなに苦労するのも、私が凡人だからなのか……。

 こうなりゃ、徹底的に不破さんが彼氏作るの邪魔するか!


――――――――――――――――――


 待ちに待った夏祭りもまた、集合場所は不破さんの家だった。

 不破さんの家に集まるのは単にアクセスが良いっていうのと、不破さんが寝てるから起こすためっていうのが理由だけど、今回はもう一つ。

「不破さん、着付けできるんだ」

「ま、乙女のたしなみかな」

 不破家の浴衣を私と八科さんは着せてもらっている。八科さんは不破さんのお母さんが、私には不破さんがついて、丁寧に丁寧にと着込んでいく。

 育ちの良さだ……。あっという間に帯を巻いて、はい出来上がり。

 ただ気になるのは、柄。八科さんのは黒地に金の刺繍が入ったような凄く高級そうなもので、不破さんのも赤い花柄がやたらと目につくオシャレなものなのに、私のこの水玉金魚みたいなのは……。

「なんか私のだけ子供っぽくない?」

「はは……サイズ合うのがなくってさ」

 不破さんの意地悪ということではなく、それは単に都合らしい。それならこの間買った服でもいいし、なんなら私の服でも良いと思うけど。

「雰囲気大事じゃん、やっぱり夏祭りには着物だよ! うん!」

 不破さんはそんな風に押し通る。初めて会った時には考えられない光景と人間性だ。

 でも気持ちは分かる、せっかくのお祭りだし、雰囲気も盛り上げていきたい。

 一夏の思い出みたいなの、後から振り返っただけでも満足できそう。老人みたいなこと思ってるな。


――――――――――――――――――――


 どこからともなく聞こえてくる祭囃子まつりばやし、居並ぶ出店に噎せ返るほどの人の熱。

「結構混んでるね」

 私が子供の頃に行った地元の夏祭りもこんな感じだった気がする。それほど都会じゃないけれど、それでも人が集まるんだ、こういうイベント。特に子供にとっては大事な思い出だろうし。

「樋水って人混み嫌いそう」

「人混み好きな人はいないでしょ。蒸し暑いし、ぶつかるし。不破さんこそ体触られたりしない? 大丈夫?」

「えー? 私は人混み好きだよ? こっそり寝てもバレないし」

「人混みで寝るな」

 ぽこんと叩くときゃっきゃっと笑いながら不破さんが下駄で飛び跳ねる。くそぅ、可愛い。こんなのが寝てたら私が男子なら放っておかないけど。

「八科さんは人混みどう? 好きか嫌いか?」

「どうでしょう。考えたこともありませんが」

「もう自分で考えなさい。お母さん心配だわ」

 なんて言って、地雷踏んだかと思った。八科さんはノーコメントだけど。

 八科さんの保護者面っていうネタ、たまにするけど凄く彼女に負担をかけているかもしれない。今度からしないようにしよう。

 ……ダメダメ、今は重い話は抜きにして楽しまないと。それがお祭りに参加した者の使命である。こんなところで突然別れ話になって泣いてる女子とかいたら小学生とか凄いトラウマになるもん。私の記憶にはこびりついてる。トラウマってほどじゃないけど。

「まず綿菓子買おう!」

「綿菓子、なんで? まあ樋水は食いしん坊だけど」

「綿菓子は原価率が凄いんだよ」

「……それ買う理由じゃなくない?」

 綿菓子、元手はグラニュー糖かなんか安い砂糖なのに価格は五百円と出店の中でもトップクラスの値段、お祭りで原価率とか考えるのは無粋だけど、とことん酷い原価率だから逆に嬉しくなる。凄い損してるけどなんか面白いっていう……変な話。

 だから購入するのだ!綿菓子を!

 そして水あめ! フランクフルト! イカ焼き! かき氷! たこ焼き! たこせん! 焼きそば!

「おい馬鹿」

「えっ、なんで私いきなり罵倒されたの?」

「それが分からないとなるといよいよもって大馬鹿だけど……」

 後ろからついてきた不破さんと八科さん。八科さんは相変わらずだけど、不破さんの表情につられてか私に憐みの視線を送っているように見えなくもない。

「……綿菓子食べる?」

「食べ物で釣られる私じゃ……あっ!」

 不破さんは気丈だけど八科さんは遠慮せずにガブリと言った。こういう口を大きく開けて食べる姿を見るのは初めてかもしれない、なんかちょっとドキドキした。

「どう?」

「美味しいです」

「うんうん」

「私にも食わせろ~」

 不破さんも、髪が当たらないように手でのけてから綿菓子に食いついた。べたつく砂糖を舌なめずりしてふき取る。私がしたら食い意地が張ってるとしか言われないだろうに、どうしてこう外見偏差値の高い人間ってのは。

「あっま」

「綿菓子だからね」

 残りを一口、二口、三口で食べきって割り箸を近くのゴミ箱に放り投げる。そのままたこせんもガブガブガブと食べきって。

「本家フードファイターは違うね」

「ふぁふぇふぁふーふぉふぁいふぁーふぁ」

「食べてから喋んなさいよ」

「ごくん。誰がフードファイターだ!」

「いつもなんか食べてるじゃん!」

 ぎゃーぎゃーと喚くけど、手に沢山食べ物持ってるからいつもみたいな叩き合いもできない。

 けど不破さんは容赦なく私の頬をつまんでくる。

「ふふぁおあえひふぉふぉ」

「あはははは! あはははは!」

「ふぁっふぁふぁん!」

「なんでしょう」

 八科さん、反応してくれるのはありがたいし凄いけど、見てるだけじゃなくてもう少し手心というものをだね。

「ふふぁふぁんふぉふぇへ!」

「はい」

 不破さん止めて、と言った通りに八科さんは私を弄る不破さんを羽交い絞めにして止めてくれた。不破さん容赦ないから頬が少し痛い。全く……。

「八科さんそのままね。ほら不破、口開けろ」

「な、なにをする……やめ、やめ……」

 不破さんの口にたこ焼きを二つ放り込んだ。アツアツのたこ焼きは一つでも口を火傷するもの、二つも放り込めば火傷は必至、もはやこの後の夏祭りを楽しむ余韻はなくなるだろう……。

 冗談、出店のたこ焼きってなんか温度低いんだよね。

「八科さんもあーんして」

 言われるがまま八科さんも口を開けてスタンバイ。こういう従順な八科さん、好きだな。

 できれば八科さんにはもう新しい感情もなければ情報も出ない、このままの関係でありたい。私も夢生ちゃんみたいにとことん適当な視聴者のような関係性でありたい。

 以前の友達はどうだったろうか、と考える。畑さんは自分のことしか考えてないような子だったから楽だった、高飛車だから鼻につくけど。日村さんは内気だし、静かに一緒にいるだけで満足するような子だった。二人とも会話は増えても、特に私を困らせるようなことはなかったなぁ。

 でも、一つ二つと面倒だったことはある。やっぱり人間と関係を作る以上、面倒事は背負い込むものか。

 じゃあ、この二人も、もう少し何かあっても我慢しよう。

「おー樋水じゃん! それ全部食うの? パネェ!」

「……愛染くん!?」

 この軽薄そうな声、両手を叩いて笑いながら威嚇してくる仕草、間違えようもなくプールで出会った三人組!

「三人ともやっぱり来てたんだ。あの後俺たちも夏祭り行こうってなって」

 若林が流暢に説明して不破さんとかふーんと言ってるけど、どういう流れだろうこれ。

「言ってたもんね、夏祭り行く話。プールの時に」

 不破さんが言いながらちらりと見てきて、納得した。私がラーメン買うのに並んでいる間に不破さんが喋ったんだ。今日夏祭りに来るのはあらかじめ不破さんと相談してたことだから。

 こうなると夏祭りを楽しむではなく、カップル成立を邪魔する流れにしないといけない……。


―――――――――――――――――――――――


 なのに、どうしてこうなった。

 あれよあれよと男女一組の三グループで別行動になっている。私に人間関係を操作する能力がないから……というより、若林が巧みだった……。私は食べ物に釣られただけだけど。

「ごめんな樋水、せっかくの祭を邪魔して」

「自覚あるんだ」

 八科さんが愛染と一緒なのは、まあ構わない。八科さんが恋人作るわけないし部活に入るわけもないから。八科さんがあの愛染と付き合ったら、それはそれで面白そうだけど。

「いや、森盛から話、聞いてるだろ? かなり昔から片思いだったから力になってやりたくて」

「へー、友達思いなことで。ケバブ買って」

「おう」

 若林から提示された二人になる条件は、食べ物に限り無制限の奢り。別にお金で困っているわけじゃないけど、まあ、魅力的だよね、お金に糸目をつけないのは。

 けど、いざ離れてみると不安だ。不破さんが恋人作るかどうかなんて、不破さんの自由なんだけど。

「今日だけは二人のことを汲んでやってくれ」

「だからこうして若林くんと二人でいるんじゃん。出汁こんにゃく二本とフランクフルト追加でお願い」

「お、おう……」

 既に沢山食べてるけど、やけ食いになってるからまだまだ入りそう。高校生の小僧のお小遣いがなくなった時点で不破さんの様子を見に行くんだ。綿菓子百個食べようかな。

 知らない男と二人で歩く夏祭り、なんか不安が凄い。でもここで協力的な姿勢を見せることはまあまあ大事だ。森盛は私がどうこうしなくても告白するだろうし、後腐れないように告白させてやるのも、仕方ないと諦められる。

 正直、不破さんの意志次第だ。不破さんが男にうつつを抜かすようになったら……厳しい。不破さんに恨み節を言うのも、言わずに八科さんと二人きりになるのも……。

 うう、恐ろしい……たくさん食べないと……。

「綿菓子五つ買ってくれる? 二つ持って帰る」

「お、おう……」

 これだけで二千五百円だ。しめしめ。自分じゃ絶対に買わないようなお金の使い方してる。

「樋水って本当によく食べるな」

「本家フードファイターだから」

「なんだよ、それ」

「さあ、私にもわかんないけど。水あめ、コーラとグレープ一本ずつお願い」

「なんでもうケバブが無くなってるんだ?」

「え? 食べたからに決まってるじゃん」

 綿菓子買ってる間に食べたに決まってる。全くパシらせてもらって感謝してるし申し訳ないけど、私は微妙に怒っているのだ。こき使わないと気が済まない。

 今だけは不安も忘れよう! 食べて食べて、食べまくるのだ!

「……なんで綿菓子がもうなくなってるんだ」

「食べたからに決まってるじゃん。焼き鳥食べたい。五本」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺、樋水と少し話してみたいことがあって」

「まず五本」

 言うと若林は小走りで焼き鳥の屋台の方へ向かった。水あめは練る時間がかかるから、練らずに食う。

 あめー、うめー。

 横目で、八科さんと愛染が射的しているのが見えた。銃を構える八科さんは集中しているようで、ああしていると心を失ったスナイパーって感じだ。絶対にかっこいい、私が友達だから贔屓目に見てるわけじゃなく。

『君のハートにズキュン』

 銃を持ってそんなことを言う八科さんのイメージ、ちょっと笑った。言わせてみたい……。

「樋水、あのさ」

「なあに、から揚げ棒くん」

「お前、水飴の後に焼き鳥とから揚げ棒ってどういう……」

「こっちが本気を出せば綿菓子十個だって食べれるんだよ。これでも慈悲を与えているんだ」

「ぐっ……!」

 若林くんをパシり倒しながら、ぼんやり八科さんの射的を見ている。愛染楽しそうだな……あの八科さんと一緒にいて笑ってられる精神、私も見習わないと。

 愛染くんがへちょいこけしを手に入れたかと思ったら、八科さんはデカいクマのぬいぐるみをもらっていた。射的も上手いんだ……、流石の愛染くんも驚いて笑ってる。いやいつも笑ってるな愛染くん。

「なぁ樋水、なんで不破と八科と仲良くなったんだ?」

「え、普通に友達になろうって誘ってだけど」

 から揚げ棒を受け取りながら焼き鳥の串をゴミ箱に捨てる。タンパク質と塩分が体にみなぎってきた!

「普通じゃないと、思うんだよ。あの二人とも、ずっと避けられたりしてたの、見てたけど、俺は正直本人にも難しい問題があるからってどうしようもできなかったから。でもあの二人と一緒になって楽しそうな樋水見て、お前のこと本当に凄いって思ったんだよ」

「へー」

 そんなこと言われてもなあ。

「名簿近いから声かけただけだよ」

「普通できることじゃないだろ。尊敬してんだ、俺」

「ふーん」

 言いたいことは分かるけど、彼の感動がいまいちピンと来なくて、何を興奮しているのかよく分からない。

「えなに、私のこと好きとか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。でも尊敬してるし凄いっていう意味では好きだよ」

「ふーん……ああ、なるほど」

 やっと合点が行ったのは夢生ちゃんのことを考えてだ。この人の言う感動は夢生ちゃんが姉や八科さんが仲良くしてるのを見て感動したという類のもの。中学の時の二人を見ていた人間だからこそわかる感動なのだろう。

 最近の私には当たり前になりすぎていたから少し思い出すのに時間がかかった。でも、確かに凄いことなんだよね。

「好きにやってるだけだからそんなに凄いと思わなくていいよ。慈善活動でもなし」

「だから、二人と仲良くなったことについて色々聞きたいんだ。その気になれば友達百人だってできるんじゃないか?」

 冗談めかして言う若林に少しイラっとしたので。

「チョコバナナリンゴ飴ベビーカステラ」

「なんか怒らせるようなこと言ったか!?」

「自分の胸に聞いてくださーい」

 甘味処はちょっと離れてるから時間もかかるだろう。その間に、奢ってもらえないレジャーでもしようかな。あ、じゃがバターあるしそれ食べよう。

 金魚すくい、輪投げ、射的、おみくじ、食べ物じゃない娯楽も無数にあるけどやろうと思えるほどのものはなかった。

 ただ、お面屋さんがある。誰が買うかと思っていた子供の頃と違って、仮面をつけたくなる時間は往々にして増えたような気がする。

「おじさん、その狐の奴一つください」

「おっ、いいよ。へへっ、お面ってお年頃かい?」

「……そですねぇ。もうすっかりお面のお年頃です」

 子供がつけるには少し不気味なくらいの、狐のお面。裏側にはしっかりゴムがついてて簡単につけられる安っぽいものだけど。

「買ってきたぞ……なんだそのお面、と、じゃがバター食べてる……」

「この年になるとすっかりお面をつけたいお年頃じゃない?」

 ズラしながら熱々のじゃがバターをハフハフと二口で食べる。紙皿はゴミ箱にポイ。

 何か言おうとしたけど、やっぱりわざわざ自分から言うのは気が引けた。

 それは私が長い間ずっと抱えて秘めていた誰にも話していない気持ちで、それを仮面をつけたから簡単に話すというのは違うのだ。問い詰められて追い詰められてようやく吐露とろするような事柄で、わざわざ自分からひけらかすものではない。ただそう、お祭りの気分に当てられて口が滑りそうにはなっているらしい。

「樋水は、あの二人のことをどう思っているんだ?」

 買ってきてくれたお菓子類を受け取りながら、ほんの一瞬考えた。答えは一つ。

「友達だよ、ただの」

 不破さんも八科さんもただの友達、それ以上に言えることがあるだろうか? ない。

「席が近かったからたまたま友達になった。別に普通のことじゃん」

「……そうか。そういうもんかな」

「そういうもんだって」

 バキッ、シャリシャリ、ムシャムシャ、ゴクン。リンゴ飴がなくなった。

「でも、昔八科と仲良くなろうとしたやつがいて、そいつは八科の家に行ってから……」

 モニュモニュ、と食べていたチョコバナナをいったん口から放した。

「行ってから?」

「……知ってるんだよな、八科の家のこと」

「…………」

 沈黙に夏祭りの喧騒けんそうが妙にやかましい。それでいてこの沈黙を自覚できるのは、まるでこの夏の夜に私達が世界から切り離されたかのような錯覚があった。


「八科は兄と二人暮らししてて、親はずっと前からいないんだ。事故で、亡くなって」


 ああ、やっぱりな。と思う反面で新鮮な驚きが私の全身を貫いた。

 ほとんどそれは前から知っていた事実だけれど、シュレディンガーの箱が開かれたのは今。目を反らし続けるのも限界に近い。

「それでも、八科と普通の友達でいられるのか。八科のこと、見続けてやれるのか?」

「…………」

 考えは後回しにした。

 持ち帰り用の綿菓子の袋を裂いて、六口。割り箸を捨てる。もう一つ開けて、六口、割り箸を捨てた。

「……樋水?」

「綿菓子十個」

「……え」

「綿菓子十個買ってきて」

「え、ええぇ……」

 下らないことをぐちぐち言う男にはこれくらいで充分だ。これ以上の罰を与える必要もない、ポンスカポンスカと口にベビーカステラを投げて食べてしている。

 すると、どうも若林は自分の財布とにらめっこしているようだった。それほど時間は長くなく、小さな溜息を吐いた後、両手を拝むように重ねた。

「すまん、十個は買えん! あと五つが限度……」

「あっそ! おーい八科さん! 終わり終わり! こっちきて!」

「あっおい! 三千円くらいあるから他の食べ物なら……」

「綿菓子十個の気分だから! 綿菓子十個買えない時点でおしまい! 八科さん、不破さん探しに行くよ!」

 若林とやんや、やんや、と腕を掴まれたり走ったりを繰り返しつつもなんとか的屋の八科さんに辿り着く。彼女はデカいクマのぬいぐるみを持って不器用に起立していた。

「じゃ、そういうことで」

「あ、もう? いやマジサンキュな樋水。八科と色々話せたわ。なんか食うなら俺がもうちょいおごっぺ? 千円以内な!」

 愛染がニヤリと笑いながら野口英世をチラつかせている。こいつ、全然喋ってないけど良い奴っぽい。

 さて、不破さんを探さなければとなったけど、案外すぐ見つかった。

 というのもどこぞのベンチで不破さんが座っていて、その横に森盛が立っていた。

「……いや、ちょっと歩いてたら不破さんすぐ眠くなっちゃったみたいで……」

「あーらら、これはもう解散だね……八科さん、帰ろっか」

 祭に来た目的は充分果たせたと思うし、これで特に不満もない。この様子だと森盛の告白もまだだろうし、安心安心。

 くぅくぅ言ってる不破さんをいつもみたいに担いで、お祭り会場を後にする。

 不破さんの家まで歩いて三十分くらいか。できれば人混みを避けてから不破さんを下ろしたいから、五分くらいは歩こう。

 そうやって歩いていると、ガクンと不破さんが傾いた。

「おわっ? どうしたの?」

「鼻緒が……」

 よりによって八科さんの下駄の鼻緒が切れたらしい。これで歩くのは難しい。

「……ふぇっ、なに、どうしたの?」

「何がふぇっ、だよ。起きてたでしょ、不破さん」

 森盛が嫌で寝たふりしやがったな、と私は責めるつもりだったけど、不破さんた大層驚いた風に目を開いていたので、その気も少し失せてしまった。

「……やっぱり気付いてたんだ、寝たフリ」

「そりゃもう、不破さんに秘密で不破検定一級受けてたから。寝息でわかるよ」

 自分の寝息なんて誰も分からないしね。不破さんの寝息で分かるのなんて、ずっと一緒にいる私とか八科さんとか夢生ちゃんくらいのものだろう。

「じゃ、八科さんを運ぶよ。……そういえば、前もこうやって八科さんを二人で運んだね」

「あー、懐かしい。そんなこともあったなぁ」

「……申し訳ございません」

 おんぶできればいいんだけど、下駄じゃ不破さん一人で運ばせるのも大変だし、八科さんは身長高くて筋肉ついてるから重いし、二人で運ぶのが一番だろう。

 不破さんに比べると、やっぱり八科さんは体が固い。でもその分なんか安定してる気がする。

「こんなくらいで申し訳ございませんって言ってたら、不破さんなんて一生私達に詫び続けないとダメだからね」

 ま、八科さんの表情は変わらないから本気で謝ってるかどうか、分からないけどさ。

「詫びって言ったらさ」

 そう言う不破さんの声は妙に低かった。

「樋水、私と八科を放ってバラバラで遊ぶなんて、なんでしたわけ?」

 目も、笑ってない。

「なんで、って、まあ……」

「何を考えたか知らないけどさ、三人で遊びに来たのにバラバラになるっておかしいよね。八科もそう思わない?」

「……特には」

「今一瞬八科考えたから! 即答しないくらいには悩んでるんだからね!」

 八科さんを味方につけられなくて急に勢いづいたけど、でも普段と雰囲気の違う重めの不破さんに私も少し申し訳なくなっていた。

「……不破さん、怒ってる?」

「そりゃあね。遊びをすっぽかされた気分だよ。せっかく三人の夏祭りだったのにさー」

 それは申し訳ないことをしたかもしれない。でも森盛に告白くらいさせてやらんと私の方が恨まれたりするし、そういうのは困るし。

 たくさん食べることができたっていう分、彼らを悪く言うこともできないけど。げふぅ。

「次こんなことしたら、どうしてやろうか……」

「怖い怖い」

「本当に怒ってるからね」

 念押しするように言われると、疑ってはいないけれど、やっぱり本当の本当に怒ってるんだろうな、と思った。

「ごめん」

「ま、いいよ。二度目はないけど」

 不破さん、めちゃくちゃ怖い人かもしれない。寝たフリとかいうずる賢さもあるし、ただ寝てるだけのアホではない。

 いやそもそも、不破さんってもしかして……いや、何も言うまい。

 ただ祭の喧騒から離れて、三人ぼっちで歩いていると、これぞ私達、っていう感じがする。王道からは外れてナンボみたいな私達だから。

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