第20話 未取得のものを喪失する恐怖について

「やっとプール!」

 不破さんの家から歩いて三十分くらいしたところにある市民プール。ボウリングやカラオケみたいなレジャーがメジャーなところでこういうアナログの極みみたいなところ……ってあまりよく思ってなかったけど、意外にも盛況そうで子供たちのはしゃぐ声が既に聞こえている。

私服しふく買った甲斐も水着買った甲斐もあるってもんだね」

「その節はお世話になりました、ほら智恵理ちゃんも頭下げなさい!」

「お世話になりました」

 教育ママが塾の先生にするみたいにぺこぺこしてると、不破さんは満足そうに笑って、勝手知ったるプールの説明をしてくれた。

 説明されるまでもないことばかりだけど、シャワーや目の洗浄機の場所、売店でお菓子やカップ麺などの補食や玩具の水鉄砲や風船を買えるみたいな微妙な情報もあった。

 学校のプールより一段階分汚い感じの場所だけど、安いしまあ贅沢は言えないだろう。

 それにしても、凄いのは。

 不破さんの水着のエロさにも勝らんとする、八科さんのビキニ。

 八科さんのビキニ!

「……ぬぅ」

「どした樋水」

 不破さんが心配するみたいに言うのも白々しい。気付かないわけがないだろう、こんな差を見せつけられて。

 不破さんの水着は実際に着用するともう大学生なんじゃないかってくらいの感じだった。はっきり言ってエロいよ。八科さんと色は同じ黒だけど、胸のところは谷間を見せるように少しだけ開かれたチューブトップで、下はビキニのパンツみたいなもの。明らかに見せるための水着で魅惑してやろうという意志を感じる。他人をどうこう言いたくはないけど、自分と比べてしまうと全く参ってしまう。

 なにって不破さん、こうなると、胸がデカいよね。

「不破さんってバストアップのために何かしたとかってある?」

「え、ない」

「……まあそうだよね。普通にしてて差が出るもんだよね」

 身長も、羨ましい。まあでも、夜寝てるんだし仕方ない。私も夜寝よう。寝てるけど。

 ……いや待て、もしかして朝も昼も寝るようにしたら不破さんみたいになれるのでは?

「寝る子は育つってことだね」

「そんなに胸羨ましいなら毎日揉んであげようか? 好きな人に揉まれると大きくなるっていうけど」

「ええ~なんでナチュラルに自分が好かれてるって思ってるの? ま……大好きだけどねっ!」

 イチャコラと抱き合って、はしゃいでみせて、一人残された八科さんをちらり。

 てん、てん、てん、と彼女は無言でただじっとこっちを見つめている。

 相変わらずツッコミも何もないなぁ。こんな痛々しいやり取り一秒だって早く止めてほしいのに。

「八科、ノリが悪いぞ」

「うん、ノリが悪い」

「……は?」

 この『は?』、少しだけ怒りの感情を感じた。もしかして八科さんにも怒りの感情というものが芽生えたのか……だとしたら茶番にも意味があるのだろうけど。

「八科さん、不破さんより胸が小さいことを悩んでいるのかもしれない」

「それはないですが」

「しょうがないから私が毎日揉んであげるか……好きな人に揉まれると大きくなるっていうし」

「ナンセンスですね」

「私のこと嫌いか!?」

「いいえ」

「好きか!?」

「……どうでしょう」

「いつも通りだ。泳ぎに行こう」

 三人でシャワーをきゃっきゃと浴びて、さあプール、というところで。

 そういえば、嫌いかと聞いた時に「いいえ」と即答されたことがあったっけ、とちょっと思考が渦巻いた。でも真夏に浴びる水の冷たさにかき消されて考えは霧散むさんした。


――――――――――――――――――――――


 八月の初旬、燦燦と輝く太陽の光を浴びて、煌めく水飛沫、弾ける汗もまとう女子高生三人!

 正直こんなに楽しいと思っていなかった。最悪三人でプールサイドに座ってガールズトーク、みたいなのも想像してたし、それも結構楽しいかもと思ってたけど。

「うぉら樋水! くらえ!」

「なんの! そっちこそ!」

 十円で買える風船に蛇口で水を入れて作る水風船を大人気おとなげもなく投げ合う。今だけ心は小学生、しかも男子寄り、だけどこれが楽しい。

 別に勝ち負けなんてないし、お金も減るし、ただプールの水より冷たい水道水を浴びてひゃっとなるだけなんだけど、今が夏休みで一番楽しいってくらいキャーキャー騒いでた。

「む」

 八科さんが投げられた水風船を掴もうとするが、甘い。柔らかくて、なんなら質の悪い風船は弾くことはおろか掴むことさえ至難の爆弾。

 八科さんの手と言えどもぶつかって風船は割れ、慣性に従った水はそのまま顔面にぶちまけられる。

「あははっ……はは……」

 顔面ずぶぬれの八科さんはうんともすんとも言わず、まるで幽霊のように髪から水が滴り落ちている。

 怖い。幽霊みたいだ。

「八科、これで終わりじゃないぞ!」

 不破さんが一切の遠慮なく次弾を発射! でもそんなの八科さんの能力なら次は避けることを簡単に……。

 八科さんは投げられた風船の、空気を注ぎ込むところを器用に掴み、伸びるゴムのまま勢いを殺して水面につけ、それを割らずに受け取って見せた!

「ばっ、そんな!」

『鉄人』八科の陸上記録、砲丸投げは確か世界記録にも迫るほどの……。

 猛烈な勢いで投げ放たれたそれは、八科さん自身が半身を水に沈めていることを全く感じさせない勢いで不破さんを猛追する。

 あれ、当たったら死ぬんじゃね? という恐怖もそこそこだが、位置が低い。不破さんに当たる前にあれは落ちる。

「ぬかったな、八科……、……!?」

 既に八科さんは、不破さんの方を見ていない。

 水風船はあろうことか、水面を水切石のように跳ねた。

「は……」

 まるで獣のように水風船の一撃が不破さんの喉元に食らいつき、はじけたゴムが首に張り付いていた。

「ぐはあーっ!!」

 断末魔の叫びと共に水に沈んでいく不破さんは、自ら浮かび上がってくることはなかった……。


―――――――――――――


「投げ合いっこはやめよう。死ぬし」

「それな」

 あっさり不破さんの同意を得られたので全会一致で可決。八科さんの投げ放った水風船、水の上をバウンドしても不破さんの首に赤い跡をつけたのだ。直撃したら本当に無事では済まなさそう。

 今は市民プールの休憩時間らしくて、一時間ごとに十分くらい誰も泳がせない時間があるらしい。安全面の配慮らしいけど、八科ボールには監視員さん何も言わなかった。あれが一番危険だと思うけど。

「なあ、樋水、だよな」

 ご飯でも食べようか、と言う時に声をかけてきたのは三人の男子だった。

「なにナンパ?」

 不破さんが半笑いで見、八科さんは変わらない無表情だけど……。

「不破さんは寝てるから知らないかもね。八科さん、不破さんに紹介してあげて」

「どなたでしょう」

 ダメだこいつら。不破さんも八科さんもダメダメだ。

「ク・ラ・ス・メ・イ・ト・の! 左から若林わかばやしくん愛染あいぞめくん森盛もりもりくん」

「若林です……って自己紹介も変だけど」

「愛染っす」

「森盛です」

 三人それぞれの軽い自己紹介があるのに八科さんはおろか不破さんまで全く興味なさそうにぽかんとしてる。まあ興味ないって言ったら私も興味はないよ。名前知ってるって程度だ。

 恋愛って一番邪魔臭いんだよね、感情がモロに出るし揉め事にもなるし、人間関係の厄介事を全部まとめた最悪の存在だとすら思っている。

 私はモテるなんておごってはないけど、男子と仲良くなるっていうと、例えばその男子が好きな女子といざこざがあったり、逆に私を好きな男子が別の男子に、とか、他の人と仲良いと嫉妬するとか、女子同士の友情が欠ける、とかなんとか色々、考えるだけで面倒臭い。

 だから極力無視なんだけど、こんな風にばったり出会って向こうから話しかけてくると無碍むげにはできない。

「今日三人で遊びに来たの? 奇遇じゃん、ってだけの話なんだけど」

「あはは、奇遇だね。それじゃ」

 先鋒、若林との会話を爆速で終わらせたが次鋒愛染がしゃしゃり出てきた。

「ってか本当に、不破さんがあんな動いて喋ってるの初めて見て俺ケッコ感動したわー。学校でもああいう風にすればいいのに」

「眠いし」

 なんかうざったい愛染は不破さんに一言でばさりと切られて二の句も告げられないうちに若林に退けられた。ナチュラルボーンキラーってやつかな、ありがたいよ不破さん。

「私達ちょっとご飯買うから、それじゃ」

 露骨に話を切り上げても、今なら不破さんの愛想の悪さを言い訳にできる。気まずいムードにしてくれて本当にありがとう不破さん。

 だけど、森盛くんがついてきた。

「俺も二人の分もまとめて買ってくるよ」

 これはまた、面倒臭い。私が場を離れることで強制的に分断しようとしたのに、森盛が同じ行動をとることで残された四人が一緒にいる口実になってしまう。

 まあ、今日くらい六人で遊ぶのも……、しかしグループで水着デートみたいな空気になると後々のことが怖い。穏便に済めばそれでいいけど。

 あと、森盛と二人になって話すことがない。

「樋水さん、その、不破さんって、プライベートだとどんな感じ?」

「えー? 別に普通だけど」

 何を言い出すかと思えば、森盛は目を反らしてあんまり話に集中してないような雰囲気だった。しきりに四人の方向を気にしているような。

「好きなの?」

「…………」

 最近、浮いた話が多いな。私は八科さんや不破さんの小間使いじゃないっての。

「森盛くんにとって不破さんはどう映ってるの?」

「いや、ずっと寝てたよ。基本ずっと寝てたけどさ」

「けど?」続きを促すと、森盛はしきりに髪を触りながら恥ずかしそうにもぞもぞ言った。

「中学の時、あいつがふらふら登校してる時に、思わず支えたんだ。そしたら、なんか小さな声で、めっちゃ近くでありがとうって言われて、そっから……」 

 そっからフォーリンラブか。まあ寝起き不破さんは仕方ない。不憫な人だ、森盛くん。

 中学時代のことは知らないけど、つまり森盛くんは昔からずっと片思いをしていたらしい。

 不破さんが昔からあの調子なら――私と八科さんが運んでない時のことは知らないけど――大人びた雰囲気も振りまく魅力のある眠り姫だったことだろう。

「さっき見てたんでしょ? 水風船投げ合ってはしゃいでるの。起きてる時の不破さんなんてあんな感じだよ。ま、基本ずっと寝てるけど」

「だよな……」

 納得と不満の混じるような言い方に、少し、なんだろう。

 腹が立った。

「不破さんだって眠いだけの人なんだから、そりゃ普通はあんな感じだよ。なんか不満ある?」

「いや、知らなかったからさ、驚いてる」

 売店で手早くラーメン買って、お湯を入れて。

「不破さんって妹以外と喋ったりとかってあんまりしなかったし、あんな風に遊んでる姿見たことなかったから」

「仲良くすればよかったじゃん」

「無理だって。中学の時の不破さんって本当に、神々しいって言うか、寝ているだけの姿が、凄かったし……」

「今は?」

 聞いてみたけれど、森盛くんは答えない。ラーメンにお湯を注ぐ手が止まっている。

「最初から変わってないよ、不破さんは。今も寝ているだけの姿に憧れてたらどう?」

「……すげー、樋水さんって結構キツいこと言うのな……」

 森盛くんの力のない空笑いを見て、やっと自分が言いすぎていることに気付いた。そうなると、こっちまで気まずくなる。

「いや、でも、本当に樋水さんのことは凄いと思うよ。だって、あの不破さんと八科さんの二人とプール来たんだろ? 朝日中学にいた奴、全員が信じないって、そんなの」

 そりゃ、交わらないよね、あの二人。接点何もないだろうし。

 私がいない時のあの二人、今じゃ想像もできないや。不破さんも比較的八科さんと仲良さそうにしたりするし、全く知らぬ仲ではないと思うけど。

「中学の時の二人ってそんなに関りなかったの?」

「俺が知る限りではないなぁ。不破さんの妹が八科さんのファンだったけど……あ、八科さんのファンクラブあったの知ってる?」

「それは流石に知ってる。夢生ちゃんとも色々話す仲だし」

 ラーメンの準備ができたからもう戻ろうかな、と思ったけど、一人で三人分持つのは無理があるな。熱いし。

「人呼んでくるね」

「あっ! 樋水!」

「なに?」


「お前のこと、本当に凄いと思ってるんだけど、その、不破さんに彼氏、できたらどう思う?」


 ほ、う。

 可笑しすぎて顔がくしゃくしゃになってると思う。

「なんだよその顔」

「不破さんに彼氏できる前に私に五十回彼氏できるね」

 小粋なジョークで、私からは一切真剣に取り合いません、と意思表示だけしておいた。

 しかし不破さんが告白されたらどんな反応をするのか、というのは充分気になる。あっさり許可するのかもしれない。むしろ告白されてそれをわずらわしく思って断る方がない可能性な気がしてきた。

 森盛くんは別に顔が悪いこともないし、性格も真面目そうだし、成績も悪くないらしい。中学の時からずっと慕っていた誠実さもある。良い奴では……?

 不破さんに彼氏ができたらどうなるだろう。一緒に帰ることも遊ぶこともなくなるのかもしれない。登校、下校のたびに不破さんを運ぶ役割も森盛が背負うのかもしれない。

 それはつまり不破さんが私達から離れるということ……

 ……私、八科さんと二人きり!? やだやだそれは困る。重い。

 どうしよう、それとなく牽制して不破さんに恋人なんかいらないよね的な空気を作っておくか。

「あの、ラーメン、持ち運べないからもう一人くらい来て」

「オッマジ? じゃ俺行くわ~よろしく樋水ちゃん」

 愛染、こいつちょっと態度がよろしくない……。

 と思ったけど、特に何を言うでもなくささっと早歩きして、すぐにラーメン二つ運んでくれた。

「お待ち~お熱いうちにどうぞイェーイ」

 さては、馬鹿だけど面白い奴だな? まあ悪人なんてこの世にはそうそういないだろうけど。

 いるとして、私くらいなものだろう。他人のことを、自分の便利な道具としか思ってない気がしてきた。私もワルよのう……。


――――――――――――――――――


 ラーメン食べてるうちにプールに入ってもいい時間が訪れる。まあ、まだ食べてる不破さんや私がいるし、食べてすぐプールに入るのも憚られるところだ。水泳は運動だから。

「少し泳ぎます」

 が、八科さんはそう言い放って着水した。まだ人の少ないプールに彼女の姿は目立つ。

「おー良いじゃん! 八科、レースしようぜ! 先に向こうに着いた方が勝ち!」

 同じく着水した愛染はラーメンのカップも処理しないまま、そんなことを八科さんに言った。あいつ……と思ってるけど、ゴミは若林が渋々片づけてる。

「レースて」

「愛染はあれで水泳部なんだよ」

 トリビアだ。無駄な知識つけられたなぁ、と呆れてみせたけど、意外と愛染は真剣そうだった。

「はいよーいドーン!」

 不破さんが突然言って、虚を突かれた二人は、けれどそれで同時に泳ぎだした。

 暇潰しの見物はちょうどいいかと思ったけど、案の定鉄人八科は水中でもその実力を遺憾いかんなく発揮した。早々と向こう側に着くと、そのまま愛染の前に立つ。

 さて、向こう側で何を話しているのかは知らないけれど。

「やっぱ凄いな~八科。圧勝だ」

 不破さんが楽しそうに語りながら、ややもすれば欠伸を始めた。

 しめた、これがチャンスと言わんばかりに私は畳みかけるように言う。

「不破さん、眠いね!? ここで眠られたら困るからもう帰ろう! 運ぶの大変だしね!」

「んぇっ!? まだ大丈夫だって! 昼食べたばっかじゃん!」

「泳いでごはん食べたから眠くなるんでしょ! ほらほら、寝ないうちに……」

「やーだー、寝たら責任とってもらいます~」

「寝てる間に八科さんのジャージ着せて運ぶから」

「しょうがないな……」

 不破さんが、んああ、と大欠伸してから立ち上がった。

 よしよし、言い訳めいてるけどこれで帰る流れが完全にできあがった。

「八科さん呼んでくるから荷物とかまとめといて」

「んー」

 プールサイドの反対側に歩いていって、ようやく近づいた二人が、どうやらまだ会話していると言うことに気付いた。

「な、頼むって八科。絶対水泳部入るべきだって」

「私はそうは思いません」

 か、勧誘されていたのか。レース勝負も恐らくはその布石のようなものだろう。

 マネージャーを通さずに勧誘するような不埒ふらちな小僧に八科さんはあげられませんので。

 どぼん、と二人の間に着水。そのままぶわっと自ら顔を出して、愛染に一つ物申す。

「もう帰るから! 八科さんも帰るから!」

 油断も隙もないとはまさにこのことだ。不破さんと話せば八科さんが勧誘され、八科さんとこうしている間にも森盛が不破さんと喋っているかもしれない。

 私は!? ノータッチ私じゃん! 私は二人のマネージャーじゃないからね!?

 そこはかとない虚しさを抱えながらも、その場を無事に切り抜けた私はなんとか三人で帰ることに成功したのであった。


―――――――――――――――――――


「ところでさー、二人って恋人欲しいとかって思う?」

 帰り道、とにかく不破さんにリサーチをかけねばならないと聞いてみた。

「……んぉ! なに、樋水あの中に好きなやつでもいたの!?」

 既に半眠半起はんみんはんき(寝ぼけているという意味の私の作った四字熟語)で、八科さんと二人して間に挟んで手繋いで歩いてる状態の不破さんだから会話にならないかと思ったけど、恋バナには乗り気らしい。

「いやいないけど。二人に聞いているんじゃん」

「どうでしょう」

 八科さんは、まあそんな反応で良いよ。君は欲望から離れている人間だからね。

 重要なのは、不破さん。

「考えたこともないなぁ」

「そうなの? でも可愛いし眠り姫だからさぞおモテになるんでしょう?」

「なに急に褒めてるの? モテたことないけど」

「嘘だ、それは絶対嘘だ」

「嘘じゃないよ、告白とかされたことないし」

「でも、不破さん可愛いし、大人っぽいし、胸も大きいし」

「なに、どうしたの?」

 不破さんの手を握る手が、妙に熱くなる。何を、どういえばいいのかが私にはわからない。

「あの男になんか言われたんでしょ。名前……なんだっけ」

 大丈夫そうだけど、全然不破さんに恋人とかできなさそうだけど。

「しょうがないな~、樋水に彼氏できるまで彼氏作らないでいてやるか~」

「……クッソ腹立つ」

「あははー! 大丈夫大丈夫! 私達、友情、不滅。私を運んでくれる限りね」

 言うと不破さん、こっちに思い切り体重を傾けて倒れてきた。一人じゃ背負い切れるわけなくて、押し倒される形になる。

 辛うじて不破さんに潰される前に、八科さんが繋いでいた手のおかげで、頭と頭がぶつかる前くらいで止まったけど。

「……ちっか。早く自分で立って」

「支えてくれないと彼氏作るけど」

「……はぁ。不破さんに彼氏できる前に私に百回彼氏できるし」

「なにそれ! 可愛げないなぁ樋水は」

 ギャンギャン言い争いながら不破さんを家に送り終わった。

 やれやれ、なんだか無駄に疲れた。楽しいは、楽しかったけど。

 全ての肩の荷が下りたかと思った時。

「樋水さんは、恋人が欲しいのですか?」

「えっ、いや別に、いらないけど」

「そうですか」

 最後の最後に、そんなことだけ聞かれた。

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