第19話 睡眠の仮面・断片
この夏休み、だいぶ暇な日が多い。なんてったって宿題が全部終わっちゃって焦りもないからだ。
良いことと言えばそうなのだが、その分八科さんについて考えてしまって心に悪い。
今日も今日とて暇潰しを兼ねて補講に向かう……途中。
「あ、
「樋水先輩じゃないですか、おはようございます。学校ですか?」
制服姿を見ればそう思うだろう。現に補講に行くわけだから大当たりだ。
かくいう夢生ちゃんも、中学の制服を着ているところ。さらに手に持ってる大きなカバンから予想できることは、恐らく……。
「夢生ちゃんは運動部行くところ? 何部?」
「よくわかりましたね。陸上部です」
言われて、ああ、と納得した。八科さんに憧れるのはそういう理由もあるんだろう。
「そういえば前に八科さんに突然抱きしめられた時どうだった?」
「…………は!? あ!? え!? あっ! あれ樋水先輩が仕組んだんですか!?」
「あはは。まあね」
目に見えて動揺してくれて何よりだ。顔を隠そうにも鞄は大きくて持ち上げるのは億劫そうだけど、顔はみるみる赤くなってあの日のことを思い出しているのだろう。
……さてはガチで惚れてるな。それはそれで、純情を弄んだみたいで申し訳ない気持ちになる。
「やっぱりガチ恋なの?」
「………………わかります?」
色々考えてたみたいだけど夢生ちゃんは観念した風に呟いた。
分かりやすいというか、分かりやすすぎる反応だったけど、夢生ちゃんは誰にもバレてないと思っていたのか。八科さんも不破さんも気付いてると思うくらいだけど。まあ八科さんに人の心があればの話。
「ああ、あの、もう今日は部活があるので、っで、失礼します」
慌ただしさもそのままに、少し噛んで、もたつく足で駅の方へと向かっていく。地元の学校じゃないのかな。
「大丈夫? ちょっと落ち着くまで話してもいいけど。別に学校、行かなくてもいい用事だし」
「そうなんですか? でもわざわざ制服まで着てきて……」
「平気平気。自由参加の補講に暇だから来ただけだし! なんなら一日暇だもん」
「そうですか! じゃ私も学校に休む連絡しますね」
「う、え? いやそこまで、部活なんでしょ」
「部活より大事な話なので」
慣れたかのような手つきで夢生ちゃんはスマホを操作してあっという間にしまった。
「では、秘密の話ができる場所に行きましょう」
有無を言わせぬ様子の夢生ちゃんは普段のイメージとかなり違ってオラオラ系って感じだった。
そして、夢生ちゃんに喋ると言った挙句、暇とも言ったし部活を休ませた手前、断る権利も私にはない。大人しくその場所に、ついていくことにした。
――――――――
「不破さんちじゃん」
「はい」
堂々と夢生ちゃん、家の中に入る。
「ちょっと今日学校休むからー!」
親の返事もそこそこに夢生ちゃんは子供らしいあどけない間延びした声でいくらか応答した後、了解を得られたらしい。
そのまま夢生ちゃんは階段を上って、不破さんの隣の部屋、扉にMuuというミニ看板が吊り下げられた部屋に案内してくれた。
「ここ、秘密の話できる場所?」
「お姉はどうせ寝てますし」
油断しきってるというか信頼しきっているというか。でももし不破さんが起きて話を聞いてても、八科さんのことが好きだなんてとっくに知ってるだろうからいいか。
夢生ちゃんの部屋は、間取りは八科さんのと同じようだけど、陸上に使うオシャレな靴とかプロテインの箱とかありながら、ゲーム機やマンガなんかも置いてあって雑多な印象がある。
そういえば、私達三人とも、部屋に何にもないなぁ。
「ま、そこ座ってください」
床に座布団を二枚敷いて、座った途端、夢生ちゃんは座布団の意味をなさずめちゃくちゃ顔を近づけて堂々と言った。
「まず前提としてなんですが、私が八科先輩に向ける気持ちというのは単なる恋愛感情とか尊敬というものではないんですよ。これは」
「は、はぁ……」
まずい、この話は長くなる。いや別にまずくないけど夢生ちゃんの雰囲気が明らかに普段と違ってて、何か尋常ならざるヤバさを感じる。これは引き込まれる……。
~~~~~~~~~
ざっと三時間、私は夢生ちゃんが振る舞ってくれた昼食のカップヌードルを啜りながらいまだに八科さんを
それは、八科さんと同じ中学だったころからずっと胸に秘めては脳内で磨きをかけた
ファンクラブの中で既に話し尽されているのではないかと思ったが、全く飽きる様子もなくつらつらと話し続けるのだからそういうことはないらしい。
それでいて、お腹すきません? とか喉乾きました? とかトイレ大丈夫ですか? とか……心配りの鬼のようでもあった。
で、面白いのは八科さんの内面を語る言葉が大体予想や推測だったりするのと、恋してるみたいな話は全然しないの。
夢生ちゃんにとっての八科さんがどういうイメージなのか垣間見える気がした。恋、と呼ぶには確かにどこかズレている。アイドルのファンとかってこういう感じなのだろうか、と思うけどそれよりもう少し重いような気がする。
宗教の勧誘を受けるってこういう気持ちなのかもしれない。夢生ちゃんの語る言葉の端々から感じられる重さと感情は、まさしく信奉、信仰というものを感じることができる気がした。
話を聞いている限りじゃ、八科さんの家庭の事情は知らないようだし、八科さんが私と不破さんがいなくなったら怖い、なんて言ってたことも知らないだろう。知った時の反応が怖いからとても言えないけど。
にしても、こんなに人を惹きつけるとは八科さん凄い。彼女のあの性質は
でも彼女はたぶん近づけば近づくほど異質だと感じる。人間離れしたものがある。
八科さんに憧れてるだけじゃ見えないものがある。それが私と夢生ちゃんの間にある絶対的な
私が、八科さんは家族を失ってああいう風になってしまったのだろう、なんて確信めいたものを持ってしまったからなのか、少し踏み込み過ぎたせいである隔絶は、けれど私には不要なものだった。
私も諦めているのだ、夢生ちゃんに自覚はないだろうけど、八科さんを完全に理解しようとか、謎を解き明かそうという気持ちはない。私も夢生ちゃんのように傍目から見て騒ぐだけの人間になりたいのだ。
これ以上聞くと、私もなんか嫌なこと言いそうだしちょっと話を変えよう。的外れな礼賛も耐えかねる。
「めっちゃ話変わるけどいい? 思い出したんだけどさ、不破さんって夜何してるの? あっと、未代ちゃんの方」
未代ちゃんとか初めて言ってなんか凄い後から緊張してきた。夢生ちゃんと不破さんで使い分けてたけど、夢生ちゃんと二人きりだと紛らわしいからね。
で、本題。不破さんは夜起きてるから朝昼を延々と寝続けているというのを初めて会った時くらいに聞いた覚えがある。
そういうもんか、と思って詳しい内容を聞かなかったけど、まあ勉強かゲームだろうし、高をくくってたけど話を変えてお茶を濁すにはちょうどいい話題だ。
と思ったけど、夢生ちゃんの返事は想像だにしないものだった。
「お姉ですか? 夜は寝てますよ?」
「……え?」
それは、何もかもの前提が崩れている。
夢生ちゃんがきょとんとしているのは当然といえば当然だ。だって夜は寝る、ごく普通のことだもん。
「でも、でも不破さん朝も昼もめっちゃ寝てるじゃん! 夜寝てるんなら、そんなこと……!」
「そうなんですよ、不思議ですよね。でも
夢生ちゃんは慣れた風に、退屈そうに姉の話をしている。それは周知の事実を何度も確認された面倒臭さの伴う『飽き』の反応だ。
嘘をついてないらしいけど、それなら不破さんが初めて私に会った時に嘘を吐いていたことになる。
夜起きてるから、朝昼眠い。というのが、夜寝てるけど朝も昼も眠い、という意味の分からない嘘。
なんで? そんな嘘を吐く必要がある? 眠すぎてぼけた?
更に悩ましいのは、別に詰問するほどの疑惑でもないこと。不破さんが夜寝てようが起きてようが、割とどうでもいい……。
なにこの複雑な気持ち! なんで八科さんの方に比べてどうでもいいのにちょっと気になる程度の程よい謎を投げかけてくるの!? 不破未代イズなに!?
「それって絶対寝てる? 夢生ちゃん嘘吐いてない?」
「それは父も母も確認してますし。そんな夜更かししてたら私がキレますよ。毎日毎日今の樋水先輩とか八科先輩みたいに手伝ってたんですから」
で、その節はどうも、とついでに感謝された。嘘を吐いてないらしい。
となると不破さんがいきなり私に嘘を吐いた
どのような罰を与えてやろうかと思考を巡らせた時、ちょうど噂をすれば影の本人が勢いよく扉を開けてきた。
「おはよ。あーやっぱり樋水さん、声がすると思ったんだ」
「おのれ不破! この私に嘘を吐こうなんて百年早いわ!」
「えっ!? 何の話!? 嘘なんて知らな……あはっ! あはははは!!」
未だに薄っぺらい生地のパジャマを着てたから腋の下に手を伸ばして思い切りくすぐった。まあ、下らない嘘にはこの程度の罰で許してやろう。
やめてよしてと悶える不破さんをこかしてぐずぐずになるまでくすぐってやって、息も絶え絶えになったところで解放してやる。これで二度と不埒な真似はさせない。
「はーっ……はーっ……、嘘って、何の話?」
「初めて会った時、夜起きてるからクソ眠いって言ってたのに、夜寝てるらしいじゃん」
「ああ、それね」
不破さんは悪びれる様子もなく、ふわぁ、と大欠伸を一つ。して、話を切り替えた。
「で、なんで夢生と一緒にいるの?」
なんとでも言いようはあるだろうに、夢生ちゃんが過剰に驚いて背筋が伸びた。下手に喋らせない方が夢生ちゃん自身のためっぽい。
「なんでだと思う~?」
「どうせ八科関係だろ~。おら言え言え! こしょこしょこしょ!」
「んなはっ! やめっ! ひっ! 制服
結局、こってり逆襲されてなんとか解放された頃には話は有耶無耶になっていた。
その後は流れでゲーム勝負したり、この近くでちょうどいい夏祭りのイベントがあるっていう話をして、帰ることになった。そもそもそんな長居することもないし、学校に行くこともなかったけど。
ただ、結局不破さんの夜が気になるからお泊りイベントは絶対にしないとね!
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