第15話 自制と自信による選択、また不休の暴走

 こういう建物全部がショッピングモール、みたいなところは私も滅多に来ないけれど、不破さんはそこに堂々と存在した。思わず振り返って見る美人、というのは彼女のことだろう。

 その傍にいる私と八科さんは思わず二度見してしまう存在なのかもしれない。少なくともこれは八科さんだけ……だよね。

「ところで、二人の予算はどれくらい」

「あんまり持ってきてないよ。水着買うだけのつもりだったし」

「私もです」

 と言いつつ、まあ昼食代からあわよくば夕食代、遊ぶ金なんかもちょっと持ってきてるけど。

「具体的な金額を言いなさいな」

「十万オーバーくらい」

「三千と三百四十円です」

「ピンからキリまで!? っていうか八科は何買うつもりで来たの!? っていうか樋水はむしろ服買いに来ただろ!」

 今日の不破さんはなんだかやたらテンションが高いような。だんだん私や八科さんに対して打ち解けてきたとは思うけど、それにしても元気だ。敵意も強いし。

「不破さん大丈夫? 今日なんかあった?」

「死ぬほど寝てないだけ」

 くてん、と八科さんを抱きしめるようにもたれかかった。もう歩くのも辛いっていうのが見て分かる。やせ我慢だったんだ。

 八科さんが不破さんを軽く抱き支える。こういう頼り方するのも仲良くなった証拠だよね。ジャージ姿の八科さんにもたれるのは結構な勇気がいると思うけど。

 が、不破さんはギラついた目で八科さんの肩を掴んで顔を上げる。あんな近くであの顔で睨まれると、凄いドキッとする。

「アンタ一体三千円で何買うつもりだったわけ……!」

「水着を」

「くぉの……人間のクズめ……」

「ちょっと落ち着いた方がいいよ」

 まあ三千円は……ちょっと、いや、かなり安いかも……。

 服買う前に座らせた方が良いと思ったけど、不破さんの体力以上に鬼気迫る気迫が私達を寄せ付けず、結局そこそこ安いブランドのお店に連れていかれた。

「大体予算五万で上から下まで……まあここなら余裕かな」

「……え、私が八科さんに奢る感じになってない?」

「なってるけど」

「なんで」

「なんで?」

「その奢って当然みたいな態度なに!?」

「アンタ八科の保護者でしょう!」

「いやいや……五万はちょっと……」

 そりゃ八科さんのジャージ外出はやめてほしいけど、私がそんだけ出すのは流石に、友達としてヤバいところにある。対等な関係、八科さんが何も感じなくても私が上から出ることになる可能性もある。

「せめて貸すだけとか……」

「私は別に」

「いや八科は他の服着ろ。それは最悪樋水が着替えなくても八科は着替えろ」

 ……まあ、それはそうだよね。渋々不破さんの言うことに頷いて、とりあえず今日は払うけど後日きちんと返済することを約束してもらった。

 不破さんができるだけ安く済ますということなので、それを信じて。


――――――――――――――――――――――


 ファッションデザイナーMiyoミヨ Huwaフワのコーディネーーーーーット!

 エントリーナンバーワン、樋水ひみずかえで~!

 まず足元から、白を基調としたカラフルなビーサン(約二千五百円)に、ポップでキッチュなキャンディ柄のミニスカート(約四千円)、なんと上は着てきた白いダサT(同じの三着で千円の古着)をばっちり捨てる形で白いキャミソール(約八千円)! 占めてなんと一万五千円(下着代はもちろん別)!!!


不破「今回はこのまま海にも行けるというコンセプトですね。ワンポイント帽子なんかもあった方が良いと思いましたし、外出用ならもう少しアクセントとしてトレンドの青をちりばめたアイテムなんかもあった方が良いと思います。全体的に白色で抑えているのは前も今日も白いダサTを着てたので白が好きなのかな、と思ったからです」


樋水「この服ちょっと露出多くない? 恥ずかしくない?」


不破「前の方が恥ずかしいっての」


 ではエントリーナンバーツー! 八科はっか智恵理ちえり~!

 まず下から大胆にもダメージジーンズ、膝小僧とか色々見えてるぞ~(四万五千円)

 そしてなんとなんとまさかの樋水ズダサT(大体三百円)を活用! サイズが小さいから八科さんの小さなおへそが見えるその上にラフな本革の革ジャンをアウトレットから(三万円)しつらえた!

 ワンポイント、クールに決めた首にかけたり目に着けたりするサングラス(六千円)がますますワイルドな雰囲気があふれ出る~~~~!!!(だいたい七万七千円)


不破「こちらはやはり素材が良いですね。モデル体型でスリムで筋肉もある整った八科智恵理さん、何でも似合うのでちょっと自由にしちゃいました。テーマとしては街のヤンキーも恐れをなす存在ですね。女子ならだれでも口説かれたら着いて行ってしまいそうなくらいかっこよくできたと思います。ちょっとマニッシュすぎるかもしれませんが……」


樋水「いや払うかァこんなもん!! 私の四倍! なんで私のお金で私の四倍も費用がかかる服装を買わせんだ! あのジーンズの時点で私の総量超えてる! 三倍! 馬鹿じゃないの!?」


不破「……っはぁ~~~~。はいはい。安く済ませればいいんでしょ」


――――――――――――――――


 ということで、私のは据え置き、八科さんのはサングラスを買わなかったりもっと安いのとかブランドじゃないのとかアウトレットのとかあの手この手で三万円以内にまで収めた。

「いや、ごめんごめん。八科さん、私と違うタイプの美少女だからこういう服が似合うの面白くって」

 不破さんは悪気なく笑うけど、私はだいぶ怒ってる。私みたいなのに似合う安い服は夢生ちゃんで学習済みだとか。それもひどい話だ。

 でも、言うことは分かる。不破さんは大人びてる美女って感じの人だから、大人っぽい衣装が似合うし、女の子っぽい。でも八科さんは顔付きも目つきも鋭いし、胸も大きくないから男性的な衣装を着ると凄くかっこよく見える。それこそ、そこらの男性よりもね。

 ……あれ、結局私、自分の分の倍くらい八科さんにお金払ってる……?

「あの、不破さん」

「じゃ、水着見に行こう!」

「不破さん不破さん」

 体よく騙された……、その事実に気付いた時、なんかもうどうでもいいや、という気分にされていたのだ……。


――――――――――


 不破さんが私にごり押ししてきた水着は、私のスカートと同じような、カラフルな水玉模様のものだった。上下はセパレートしており、フリルがついていて、可愛いと言えば可愛いのだが。

「やだよ、ガキ臭くない?」

「でも可愛いよ」

「けど夢生ちゃんっぽいの選んでるんでしょ? やだよ」

「でも可愛いよ」

「それに安いし……高ければいいってわけでもないけどさ」

「でも可愛いよ」

「壊れた玩具おもちゃじゃないんだから他の説得してよ!!」

「でも可愛……あー、じゃ他の選んでみたら」

 やっと心を取り戻した不破さんは、私の自主性を信じてくれた。ここは期待に応える時だろう、

 と、いうことでお店の中をぐるぐるしてみる。その間、不破さんは八科さんの水着を見るらしい。

 さてさて、私の方は。

 目移りするほどたくさんの水着が並んでいる店内、だけど確かに私に合う水着っていうのは少ない気がする。

 というか、可愛い系が嫌なのだ。はっきり言うと、めちゃくちゃ不破さんに憧れている。背は高いしオシャレだし賢いし……すごく美人だもん。

 年上とかなら諦めもつくけど彼女は同い年だ。家族とも仲が良さそうで、どうしても劣等感を刺激される。

 ……やめよう。ちょっと八科さんと仲良さそうにしてるの見てジェラシーに浸ってただけだ。たったの二人の友達なんだから。

 今は水着選びだ。なんだかんだ競泳水着ってフィットして着心地も良いし、私の体型でも引き締まるし、可愛げはないけど大人っぽいから好きなんだけど。

 でもセクシーなビキニとかレオタードって、やっぱり自信ないし。

 と、ふと目に留まった、ちょっといい感じのやつ。

「……タンキニ、ってやつ」

 タンクトップとボトムスのビキニ、上下別れてるセパレートタイプだけど上がタンクトップだからそんなに恥ずかしくないし、下もぴっちりしてて泳ぎやすそう。

 でも、お腹出すのも結構恥ずかしいような……いやいやそんなのピチピチの競泳水着も一緒だ。そもそも私、そんなお腹出てないし。恥ずかしがることない。

 あー、でもちょっと柄は地味かもしれない……、ワンポイントだけ花の模様があるやつで、八科さんのジャージを馬鹿にできないかも。でも、大人びた感じと手ごろなお値段がまた……。

 よし即断即決! ファッションが私を選ぶのではない、私がファッションを選ぶのだ!

 お腹も減ってきたことだし、そのタンキニを手に取って、とりあえず不破さんを発見して、声をかけた。

「私選んだよ~これどう?」

「んん、攻めたじゃん、樋水。それより八科凄いよ」

 凄い? と言われて目をやると、どうやら八科さんは試着室に入っているらしかった。

 不破さんの八科さんコーディネートは先ほど見た通り力の入り方が凄まじい。

 さてさて実力拝見と行きましょう、なんて意気込むとカーテンがシャ、と音を立てて開いた。

 八科さんの下着がまず丸見えだった。相変わらずのファッションセンスらしい白無地の無骨な下着の上に黒い紐とパッチみたいなのがついている。

 それだけだった。

 だけど、八科さんが両腕を上げ、上体を反らす。しなやかな四肢の伸び、決して不健康ではないのに妙にほっそりとしている、血色のいい肌理キメ細かい肌、かなりきわどいところまで見えているのに、セクシーな、いやもうエロ水着なのに、不思議とそういう考えに至らない魅力があった。

 例えるなら……芸術品だ。世界史で見た裸体のダビデ象やミロのヴィーナスみたいな大理石の彫像を見て、卑猥な考えをしないように、八科さんの水着姿を見ても疚しいところはない、と思えるような神々しいまでの魅力があった。

「……やっぱり惚れ惚れするなぁ……。ギャグみたいな水着だけど、たぶん八科が着ると化けるよ」

「……でもあんなの着てたら犯罪じゃない?」

「それは、まあ、そうかな? でもブラジルってみんなあんな水着じゃないの?」

 うーん、知識不足のダメな雰囲気だ。でも流石にあの恰好の八科さんと一緒に居並ぶのも、いろんな意味で無理そう。いろんな意味で恥ずかしい。

 結局、もう少し布面積のある黒いビキニを買って八科さんの水着選びは終了となった。それでも充分セクシーで、実用には難しそうな感じだけど……。

「っていうか黒は私と被るじゃん」

「見た目が被ってないからセーフじゃない?」

 なんてのより、八科さんの意見があるかどうかが一番問題な気がするけれど。

「それで大丈夫? 恥ずかしくない」

「お二人が選んでくれたのですから、問題ないかと」

 八科さん、めちゃくちゃ良い子だ……不破さんが荒んでいるから猶更そう思う。


 結局、服を見ているだけで一日は終わったし、力尽きた不破さんは食事の途中から寝始めて、私達はそんな不破さんを家まで送り届けるためにタクシーを使う羽目にまでなった。流石にこの都市で運ぶのは、きつい。

「……プールとか花火大会とか、不破さんと行くの大変かもね。今からちょっと先が思いやられてる」

「そうですね。不破家に宿泊する予定と合わせてしまえば、彼女の睡眠をいくらか増やせるのでは」

「あ、いいねぇ。それじゃそういう方向で行こうか」

 夏はまだ始まったばかり。

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