第14話 もはや自覚なき罪

『水着持ってる?』

『はい』

『八科さんはどうせスクール水着とかでしょ。明日買いに行こうね。不破さんは?』

 なんて連絡を取っていると、不破さんからこじゃれた黒いセパレートタイプの水着の画像が送られてきた。恥ずかしくもなく、オシャレでもあり、セクシーさもある。うーん。

 無難に競泳水着にしようかな、と思っていたけれど、これはまた私までダサいの烙印らくいんを押されかねない。

 でも私は、やっぱり身の丈にあったというか、あんまり不破さんみたいに大人っぽいのは着られない。でもあんまり可愛い系のやつにすると、それはそれで子供っぽく見られて恥ずかしい。

 こういう時に二人が凄く羨ましい。八科さんも不破さんもモデル体型だし、特に不破さんはお胸の方があるから何着ても様になりそう。

『待ち合わせは広江ひろえ駅で良い?』

『宵空でいったん集合しないの?』

 不破さんの疑問に、逆に私が疑問を抱くけど、彼女の考えと私の考えの相違に気付いた。

『不破さん来るつもりだったの? いちいち寄るの手間だし八科さんと二人で行くつもりだったけど』

 だって不破さん、水着あるし。わざわざ家に行って二人で背負って……なんて、水着買うのにそんな面倒な真似してられないでしょ。

 けど、不破さんは猛反発してきた。

『ひどくない? 私達三人一組じゃん。絶対起きるから! もう今から寝るから! じゃ広江駅で集合ってことで』

 と、勝手にまとめて不破さんはたぶん退出した。付き合いが良いのは良いけど、眠り姫らしくワガママなところが見受けられる。

『八科さんはそれでいい?』

『はい』

 八科さんも付き合いは良いけど、コミュニケーションは最小限だ。まあ私らからスキンシップしても文句言わないのは、良いと思うけど。

 ……本当に、最小限。


―――――――――――――――――――――


 広江駅は結構デカい、地元から一番近い都市と言っても過言ではないだろう。

 私や八科さんの地元は住宅街とかゴーストタウンみたいな人が多くいるだけの場所だし(都市に比べれば超田舎!)電車でちょっとは時間かけて移動しないと。まあ水着くらいなら不破さんとこの地元でも探せばあるけど、どうせなら大きなお店でね。

「あっ……」

 駅で八科さんを一目見て、固まってしまった。

 彼女は衆目を集めて、私を見つけるとまっすぐこちらへ歩いてきた。

「おはようございます」

「や、やめて……こないで……!」

 上下! 青の! ジャージーーーーーーーーー!!!!

「おバカ! どうしてそんな……うあーーーん!」

「何故泣いているのですか?」

 不破さん早く来てください。連絡を何度も何度も取って彼女が来るまでの五分間、これほど辛い時間はなかった。

 しかしその不破さんは、私達を一目見るや否やそそくさと離れてしまうのだが。

「逃がさんぞ不破ァ!」

「前も言ったけどお前も大概ダサいからな樋口ィ!」

 ガシッと手を重ねて手押し相撲みたいに押し合うけど、体格差的に私が負けた。

「お前らの服を買う。私がここまで来た大きな理由ができたよ」

「ええー私そんな高い服いらなーい。ね、八科さん」

「ジャージで困りませんね」

「いやジャージは暑くないの?」

 不破さんの疑問はもっともだけど、八科さんは長袖長ズボンのジャージで汗一つかいてなかった。人間じゃない。

「樋水、お前のカッコは午前四時くらいに近所のコンビニ行くおっさんと相違ないぞ。駅までならこのカッコでいいだろ~みたいなゆるい恰好で電車乗ってきたっていうレベルだぞ」

「う、そこまで言う……? こないだ勉強会した時は何も言わなかったじゃん」

「家の中とこことじゃ全然違うし。まず服買うぞ、服。そんで着替えてから水着探す。いい?」

 こういう時の不破さんには、もう強く出られない。私も本能的に誰が正しいかっていうのは分かるんだよね。

「じゃ、君達はちょっと離れて後ろから着いてきて。他人のフリして、よろしく」

「ね、不破さん酷くない?」

「外見による差別ですね」

「あ?」

 普段ゆるふわねむ目の不破さんが、射殺いころさんばかりの形相でにらみつけてくるから思わずぶるると震えた。この威圧感を前にすると、流石の八科さんも言われた通り一歩下がって黙々とついていく。

 そんな風に言う不破さんは、普段のふわふわと違って毅然と歩いている。見られることを意識している、っていう感じだ。

 背も高いしモデル体型の不破さんは、服装もいつにもまして気合入ってる感じはする。ふわふわのスカートで足は出してるし、かつスカートと同色の薄手のシャツの上に深緑のボレロが妙に大人びた雰囲気を醸し出している。少なくとも、同い年には見えない。

「……でも確かに別物だよね。大人のお姉さんに見えるね」

「私にはくたびれたOLとくたびれたオヤジに見えるけど」

 再び不破さんがじろりと睨んでくる。そんなに目の敵にしなくても……。

「私の恰好そんなダメかな?」

「私のもダメだと思いますか?」

「八科さんのはダメ」

「だからどっこいどっこいだって言ってるでしょ!」

 不破さん、本当に許せない様子なのでこれ以上迂闊なことを言う気にもならない。私はダサい、その事実と向き合って生きていく……。

 そう考えると途端に恥ずかしい気持ちが芽生えてきたけど、今更恥ずかしがってもどうしようもない。

 ……にしても、本当に八科さんの面の厚さには惚れ惚れする。歩き方だけなら不破さんにも引けを取らず、まっすぐ立ち、前を向き、堂々と歩く。

「八科さんって恥ずかしいって感じたことある?」

「ありますよ」

「マジ? いつどこで?」

 八科さん、人間として何かしら感情はあるだろうし、感じ入ることもあるんだろうけど、それを言葉や表情では出さないから分からない。

「貴女に、キスをした時に」

 ドカーン! 何を言い出すんだ突然この子は! という気持ちがドカーンという擬音です。

「……今、八科なんて言った?」 

 不破さんが振り返って凄い形相で見つめてくる。いや、そりゃ、詰問してくるだろうけど。

「誤解誤解、スキンシップのを頬にちゅっとね。私もビビったよ」

「いや私の方がビビった。八科が、スキンシップのチュウ……」

「少し恥ずかしかったですね」

 また臆面もなく八科さんはそういうことを言う。急にキスされた私の方がだいぶ恥ずかしかったと思うけど。

 ……いや、それはつまり八科さんが勇気を出して私にスキンシップを試みたということ。

 八科さんの鉄仮面というのは、もう外れているのではないか? 表情が変わらないだけで、もうこんなにも私達に対して、密接に、感情を告白し合える仲になった。

「八科さん好き~! 八科さんも私のこと好きだよね~!」

「はい。恐らくは」

 そうだった。この子はまだ好きとかそういう感情に疎くて自覚が足りてないんだった。

 仲良くなりたいとか恥ずかしいというのは分かるにしても、いまだ友情や愛情には疎いんだろう。だから、人が離れていく。

 彼女の『好き』は、まだ、きっと、とても弱い。人に言われてなんとなく肯定する程度のもの。

 でも育っている。人に、スキンシップをとろうとするくらいには、好きという気持ちが育っている。

 何もなくても好き、なんて言ってくる風になったらそれはそれで怖いけど。

「ずるい、私も八科のこと好きだからな!」

「そうですか」

 不破さんも乗ってくるけど、相変わらず八科さんは冷たい。

 まあ、今はそんなに不安じゃないけど。

 八科さんはきっと不器用なだけで、そこに悪気はないし、人を悲しませたいとかの悪意もない。

 ただ分からないだけ、なんだと思う。

 だから、友達として見守っていきたいかな。

 ――あんまり長い付き合いになるのは本意じゃない。けどこの三年間くらいは二人と誠実な関係でいたい。だからできる限りのことはしたい。

「とりあえず、さっさと服買ってその場で着替えてもらうから」

 不破さんの冷たい声が響いた。

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