第12話 暮田文・嫉妬の仮面

 高校生の夏――

 なんだか無限の可能性を感じる、ときめきのある言葉だけど、現実で迎えてみればなんてことのない日常の延長線で。

 将来はこういう時間が特別だったと感じるのだろうか……、それとも高校生活まるごと、こういう時期があったなぁ、と思い出して懐かしむだけなのか。

 でも、これから先どんな人生を送ろうとこんな変な人達と出会うことはないだろう、それは確信を持って言える。八科さんも不破さんも絶対にいないような人達だろうから。

 うーん……若いんだからなりふり構わず適当に遊んでけ、って感じでいいや。たぶん人生ってそんなもんだ。

 もう少し二人と仲良くなろう、いい感じに暇もつぶせることだろう。


――――――――――――――――――――――――――


「かっ、家族で、旅行に……」

「……ずず」

 私の返事を待たずして、既に不破さんはふわふわの極致へ至った。まだ学校があるうちに夏休みの予定について聞こうとしてたところなのに。

 うすうす気づいてたけど不破さんってすごく育ちが良いというか、教養もあるというか、育ちの違いを見せつけられる。

 私は別に旅行に行きたいなんて思わないから良いけど、友達に差をつけられるってのは好ましくない。特に不破さん相手だと劣等感が強い。

「八科さんはそういうのないよね、ね」

「はい」

 そうだと思った、というと失礼だけど、こういう時に八科さんは望み通りの答えを返してくれる。旅行行くっていっても気にしないんだけどね。本当に気にしないけど!

「ま、不破さんそもそも友達少ないだろうし家族旅行以外は一緒にいられるよね。八科さんはどこか行きたいところとか、したいことある?」

 ちらり、と不破さんの方を見るけど、どうやら完全に堕ちてしまったらしい。色々相談したいことあったのに……。

「特にはないですね。樋水さんは?」

「お泊りしたいし、夏祭りでしょ、プールでしょ、花火も見たいし、いつもみたいに不破さんちに行って夢生ちゃんともゲームしてみたいな。あ、あと八科さんの家にも行ってみたい」

「多いですね」

「一ヵ月ちょいあるんだから、全部できるでしょ。ま、なんてったって夏休みだしね」

「宿題をする予定はありますか?」

「……。あ、そうだみんなで宿題しようよ! うん、その方が楽しい」

「そうですか」

 不破さんが起きてたらきっと「私達に頼る気なんでしょ」となじられていただろう。そしてその推測は大当たりだ。学年トップ二人がいて頼らない理由がない。

「また映画も見ようね」

「はい」

 この夏休みで、八科さんの仮面を外してみたい。してみたいことは色々言ったけど、大本命は八科さんの家に行くことだ。八科さんの家族とか、部屋とか、色々探って焦らせたり、変な顔させてみたい。

 我ながら立派な青春になってきた。夏のうだる暑さにも負けないくらい、私の気持ちも熱くなってきた。


―――――――――――――――――――――――


 許すまじ、八科智恵理。

 成績上位の者に羨望ではなく呪詛じゅそを吐きかける愚かさと惨めさを知らぬとは言わないが、それでも八科智恵理に対する呪詛は止みそうにない。

「八科さん、荷物検査していいですか?」

「はい」

 八科智恵理は素直に鞄を渡してきた。中身を確認するが、特に私物は持ってきていない。

 偏差値やテストの点数が書かれた紙、居並ぶのはテストの学年順位一位二位の並ぶ圧倒的な成績。

「誰この人」

「あ、不破さん寝てたから知らないんだ。八科さんを目の仇にしてるテストの順位がだいたい一桁の風紀委員の人。なんかめっちゃ八科さんに当たりキツイんだ」

 そんな風にだらっと喋っているのは八科さんの取り巻き二人だ。めつけると、萎縮せず、あろうことか聞こえる声で小気味よく笑っている。風紀委員への敬意もなければ、挙句嘲笑とは。

 しかしこの八科智恵理の点数……、なんていう好成績、不正を行ったのではないだろうか。

「めっちゃテストの点数見てる」

「荷物検査とか言い訳なんだよ、あの人。八科さんのこと超ライバル視してるもん」

 再び睨むと、今度は二人とも押し黙った。八科の取り巻きが私に意見するより、私は八科の言葉だけを相手にしたい。

 もっとも、八科は何も言わないが。

「……荷物、大丈夫そうですね。この前のように学校に不要な玩具類は持ってこないように」

「はい」

「……以前は何故持ってきたんですか?」

「必要だったので」

「何故必要だったんです?」

「円滑な人間関係のために」

「学校に玩具を持ってきていい理由ではありませんよ」

「私が友達を失ったとして、責任を取れますか?」

 意外と食い下がる。テストや部活動よりその友達の方が重要だと言いたげだ。

 それほど友情に篤いタイプには見えなかったが、少し認識を改めた方がいいかもしれない。

 あまり教室に長居するのも風紀が乱れかねない、今日はここいらで退散するとしよう。

「では」

「あ、逃げた」

「責任とれないんだ。ま、八科さんの友達って大変そうだしね」

 取り巻き二人を再三睨みつけながら、今度こそきちんと教室を去った。



 風紀委員として、朝は校門で生徒の登校を見守り、放課後は下校を見送る。

「すぅ……すぅ……」

「うわ、またいる」

 寝ている生徒を強引に運ぶこの二人組(後から知ったが、この寝ている生徒がまさか八科と成績の天下を二分する不破未代らしい)、運ばれるのも合わせて変な三人組のことは毎日のように見てきた。

「毎度毎度ご苦労なことで。八科さんはどうして部活には入らないんですか?」

「これが先約ですので」

「才能を高めたいと思いませんか? 学業でもスポーツでも、貴女ならきっと……」

「それは私には必要のないことですので」

 八科智恵理は一蹴して、脇目も振らず歩いていく。

「フラれちゃったね、暮田くれたさん」

 取り巻きの言葉に、今度は睨み返すことができなかった。

 許せないと思ったのはこの時からだろう。

 私は、ずっと八科智恵理を気遣っていたのだと気付いたのだ。そんな親切心を彼女は一切無碍に扱い、切り捨て、挙句私を見もしない。

 私は彼女に勝てなければ、彼女のように夢中になれるものもない。

 惨めで、情けなくて、愚かな人間だった。

 だから彼女を許せない。


※ ※ ※

 暮田ふみの傍からは嫉妬にしか見えない感情は、元をただせば何より強い敬意と羨望からなるお節介の気持ちである。

 彼女にとって自身が一番を目指す以上にこの宵空高校をより良くすることをよしとする、全体指向の傾向が強い。

 八科智恵理の友情への篤さに好感触を抱くが、一方で彼女の才能をより全体に知らしめるべきだとも考えている。

 それでも八科智恵理に対する態度が冷たく見えるのは天邪鬼だから――俗に言えば”ツンデレ”であるため。

※ ※ ※

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