第11話 続・残酷なまでの才能の差
「はぁぁぁあああああ」
「重い溜息を吐いてどうかしましたか?」
「八科さん……深くは聞かないで」
「そうですか。ところでもうすぐ期末テストですが、勉強の方はいかがですか?」
それだよ八科さん。それなんだって。聞いちゃってるって。
季節変わって七月の頭。いい加減不破さん運びしてると汗が滲むこの暑さで、集中して勉強しろなんて無茶な話で。
しかも教科がめっちゃ増える。中間の倍くらいは科目があるからいろんな勉強をしないとダメとかいう……無理ゲーってやつだ。ほんと無理ゲーだわ、無理ゲー(クラスで誰かが言ってた)。
これさえ乗り切れば夏休みなんだけどなぁ……。
「まあ……とりあえず赤点回避で……」
「……」
重い沈黙が始まった。不破さんはすっかり寝ているけれど、八科さんと一対一になると気まずさも一入だ。
なんてったって、こないだの映画から妙な引け目がある。遠慮なしに頼ったり適当に振る舞ったりしていいものか、良くなさそうな、遠慮しちゃうよね。
「八科さんってどういう勉強してるの?」
「どの科目にも言えることですが、予習復習を基本としています。授業の前日には教科書をあらかじめ理解できずとも読み、放課後には一日の授業内容を振り返りノートと教科書を確認する、といったところですね」
「そんなのしてない……」
「二学期からしましょう」
「今期はどうするんですか!?」
「どうするつもりだったんですか?」
「何も考えてなかった」
「そうですか」
沈黙が重くて何か話したいけど、今の八科さんにはそれも憚られる。
八科さんに、心はあるのだろうか。
顔を見るたびにそんなことを思ってしまう。サイボーグ、そんな言葉が頭をよぎって、あまりの馬鹿馬鹿しさに自分でもちょっと吹き出してしまう。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと」
くすくす、笑いながら、ゆっくり八科さんの口に手を伸ばす。
ふに、唇を押し開けて、舌をつまんだ。
「…………」
つまめた。ちょっと引っ張ってみるとぐにゃっとした赤い舌が伸びて唾液の糸が引いている。
と、同時に舌をつまむ手を八科さんが凄まじい力で掴んだ。
「ぎゃああああ痛い痛い痛い何すんの八科さん!」
「こちらの台詞ですが……」
口元に垂れた唾液を拭って八科さんは元通り、なのに手は放してくれない。
「いやだって、八科さんがサイボーグだったらどうしようって……」
「人間ですよ」
「だけど……」
「何がご不満ですか?」
物凄く馬鹿げたことを聞きそうになっている自分がいる。
そもそも、大体三年間だけの付き合いになるだろう友達っていう付き合い方をしているのに、そんな踏み込む必要もないし、冷静に考えれば別にそこまで仲良くなることもないし、今みたいに気安い付き合いでいいのだから、別に何も聞かなくていいし、適当に笑って過ごして、八科さんの気持ちのことなんて何も考えなくていいのだけれど。
「八科さん、私のこと好きじゃないんじゃないかって……」
言ってしまった、馬鹿げたことを。
私は八科さんに何を、どれくらい求めているんだろう。彼女に少し重い言葉を言ってから、考えた。
「今の私が不満ですか」
少しだけ、八科さんは思案するように首を傾けた。小さな小さな髪の揺れと首の傾きでそれがわかるくらいには、私も彼女のことを見ていたんだなって、思ったけど。
「どのように答えてほしいですか? と尋ねれば、ますます樋水さんは不安を感じるでしょう」
そんなこと以前も言われた気がする。一番萎える質問だ、言われた通りの反応をするんじゃ、八科さんの意志がないんだから。
だけど八科さんはますます思案するように、顎に手を置いた。
「……ですが、私には樋水さんが求める答えが分からないのです。私の気持ちというのを、伝える手段が分からないので。好きだという言葉以上に、何をすればいいのか……」
八科さんは一人で悩んでいた。けどそれは私に向けられた悩みで、八科さんからのSOSのようでもあった。
「八科さん……八科さん……」
なんていうか、その、表情は変わらなくても明確に悩んでいる八科さん。
「八科さん! こう!」
思い切り八科さんに抱き着いて、私は示した。
「好きって思ったらこう! こういう風に行動に示すんだよ!」
「は、はい」
私よりデカくて賢くて強いけど、こうなると八科さんは小さな子供みたいで、妙に愛しいところがある。
「ほらお菓子食べる」
「食べますが……」
「っていうか今焦ってなかった!? 八科さん、焦ってたよね!? 焦るってことができたんだよね!?」
「定かではありませんが」
「そう言われると焦ってなかったのかもしれない」
「そうですか」
ぬか喜びになってもいい。焦らなくても、ゆっくり八科さんと距離を詰めていこう。また遠慮なしになっちゃったけど、友達だからいいよね。
「勉強どうします?」
「不破さんが起きてから三人で相談したい……」
今は八科さんのことより考えなくちゃならない大問題がある。火急の用事ってやつだね。
―――――――――――――――――――――――――
まずテスト範囲の教科書を読む。分からないところは適当にまとめて、後日二人に教わる。
さらに不破さんが編み出した勉強法、いちいち連絡して一問一答みたいな問題をする。これが地味に厄介で八科さんと不破さんから色々問題が来るし、夜は全然寝ないという不破さんが答えないとどんどん問題を送ってくる。睡眠不足になりそうだから途中から通知切って寝るけど。
常に勉強しながら常に実践する。これによって私のお菓子食べながらダラダラテレビ見たりゲームしたりという自堕落な生活はあっという間に勉強漬けになった。
「精神がこわれる……」
言うまでもなく、私は夏休みの宿題は後の方に伸ばして最終日まで残っているタイプだ。夏休みが明けてもちょっと残ってたりする。
―――――――――――――――――
「終わり申した」
「申したね」
期末テストが終わって、武士言葉になった。武士言葉……いや……古文のことはもう考えたくない……。
「お疲れさまでした。手応えはどうでしたか?」
「まあまあでごわす」
「ごわすってなに?」
「武士言葉」
「薩摩の方言では」
「あーうー」
わからないことは何も言わないで欲しい。私も分からない言葉を使っているけど。
とにもかくにも四日間に渡る激戦を制したのは私だ。
「前より点数上がってたら、不破さんにデカい顔させないで済む……」
「こんだけ手伝ってやったのにどうして
呆れた風に
八科さんは鉄人だから勉強も強そうだけど、不破さんってなんか頭良いイメージないし、高校という環境の初の期末テスト、点数が落ちてダメダメになる可能性は充分!
さあ切った張ったの大勝負! 不破未代バーサス樋水楓! 不破さんに学力でめっちゃ差をつけられてるのなんかムカつくから私は負けたくない!
結果!
「ふわぁぁ……ん、全部平均点越えてるじゃん。やったね、樋水さん……」
「……うん」
「ん、ちょっとだけ目冴えたよ。デカい顔……ふぁ……してらんないね」
「はい」
「……どうしたの?」
「いや……別に」
大体の科目が不破さんと八科さんがワンツートップであるらしかった。なんかいちいちテストが終わると各科目の点数とクラス内順位と学年順位をまとめた奴が配られるんだけど、二人の奴を見るともう一位二位、一位二位、って……。
「……なんで不破さん頭良いの?」
「なにその疑問。これでもたくさん勉強してるんだけど」
「不破さんのくせに……自分で着替えもしないくせに……」
「へっへーん」
あな……あな憎しや……(なんて憎たらしい! みたいな意味だった気がする。詳しくは知らないけど。)
今にも寝こけてしまいそうなくせに不破さんはにやりと挑発するように笑う。本当に嫌なやつ。
と、頭にぽんと手が置かれた。
「本当に、よく頑張られたと思います。他人と比べず、前までの自分と比べて成長を喜ぶべきです」
八科さんの優しい言葉が身に染みてほろり涙がこぼれそう……。本当に今回は頑張ったから。
「えぇ~ん八科さん好き~! 不破さんきらーい」
「えーなんで!? 私だっていっぱい手伝ったじゃん! 私も八科さん好き~樋水きらーい」
「……なんですかこれは」
八科さんハーレムの完成する瞬間であった。ただ、この空間の人間関係はぎすぎすしている。
なんてね。
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