第10話 八科智恵理の鉄仮面
『二人がいなくなることが怖い』
と、八科さんが言ったのか。無感情、無表情の鉄仮面が。
「なにか」
と尋ねられても、私は答える言葉がない。分からない。八科さんのことが本当にわからないから。
「しゅっ、集合~! 不破さん集合~!」
「うん、うん!」
「八科さんそこで待ってて!」
「はぁ」
とりあえず待たせて、映画館の反対の壁の方に寄って、不破さんと小声で作戦会議。八科さんはじっと待ってる。
「不破さん今のなんだと思う」
「わからない。樋水はなんだと思ってる?」
「わからない」
相談になってない。子供の時に見たファンタジー映画の、頭の悪いオークがこういう会話してた気がする。あの豚みたいな化け物ね。
「っていうか……八科さんもしかして、可愛いこと言ってない?」
「うん、八科さんなんか可愛いこと言ってた気がする」
私の言葉に不破さんも追従、こうして一つ一つ確認していくことが大事な気がする。
二人で、八科さんを遠目に見る。八科さんも私達の方を見ていた。待たされてるから私達を見てることしかできないわけだけど。
「……寂しがってるのかな、八科さん」
「寂しがっているのかもしれない」
今度は私が不破さんの言葉に乗っかって、二人で目を合わせて、八科さんの方に戻っていく。
しかし、なんかぎこちない。気まずい。誰から何を言うのが正解なのか。
「あの、さっきのサプライズとか冗談ではない?」
「さっきのとは?」
「八科さんが怖いと思うこと」
「嘘は吐いていません」
「じゃあその……怖い?」
「はい」
主語が抜けてしまう。改めて聞くようなことでもないし、一夜の夢のようなふわふわした脆さがあるような気がして、確認するとするりと抜けて消えるような気がして。
八科さんは、変わりない。いつも通りで、本当に、ただ服装がダサいだけで。
「わた、私は八科さんのこと好きだよ!」
「えっ、わ、私も好きだよ!」
「はぁ。そうですか」
この『はぁ』は、とりあえずなんか言っとけのやつだ。たぶん、そう思ってたけど、もしかして私の認識が違ってたのか、それともやっぱり私達のこと、そんなに好きじゃないのかな。
不破さんとまた目を合わせるけど、分からない。相変わらず、八科さんのことが分からない。
「はっ、八科さんはっ、私達のこと好き!?」
「ばっ、樋水!」
それは違うだろ、と不破さんは静止するけど、これは聞かねばなるまい。八科さんの気持ちを確かめたい。
彼女は普段通りに、言った。
「好き……だと思います」
「お……思います、とは?」
「確証が得られないことなので」
それは、まあそうだ。人の感情は不安定というか、移ろいやすいというか。曖昧なものだ。
だけど、それは誰だってそうで、でも感情っていうのは一番分かりやすいところにあるものだから。
「八科さん、適当でいいんだよそんなの。っていうかあれじゃん、絶対私達のこと大好きじゃん! ね、不破さん」
「ん、うん。たぶん、そうっぽい。と思うけど」
歯切れが悪い不破さんを置いといて、八科さんに近づいてみる。手を握って、目を見て。
「絶対そうだよ!」
「そうですか」
違った。
ここまでして、ここまで興奮して、目を見て私の方が悟った。
私と不破さんが覚えた興奮の一パーセントもきっと八科さんには伝わってないし、八科さんはその一パーセントの興奮もしていない。
彼女の気持ちが理解できない。これほどとは、これほどとは……。
「……そこまでそうでもなかったっぽい」
「そうでしたか」
そうでした……。すごすご引き下がると不破さんがぽんと背中を撫でてくれた。
八科さんが本当に寂しいとか、怖いって感じるのかどうか、今は分からない。
八科さんは人間で、女子高生で……、そんな当たり前のことさえ彼女を前にすると疑問に思う。
確証を得られない、八科さんは自分の感情についてそう思った。でも違うんだよそれは。普通、自分の感情は自分でわかるものだから。自分で分からない感情は、それはもう違う。八科さんが、どう思うかなんだから。
好きなんだと思う、そう言ってくれただけありがたいかもしれない。今はそうじゃないかもしれないけど、きっと八科さんがそうなりたいと思ってくれているんだろうから。
「……今日は、どうする? これから」
「んー、ジャージの八科を連れ回すのもあれだし、適当にお昼食べてお開きにするってのでどう?」
不破さんの妥協な落としどころは、解散にする言い訳も良い感じに聞いていた。
単に、ちょっと私の受けたショックを気遣ってくれたから解散の提案なんだろうけど。気が回るいい子だなぁ。
でも、三人で食べるごはんはちょっと辛かった。
「……八科さん、おいしい?」
「はい」
そんな確認を意味もなくして、より虚しい気持ちになっていた。
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八科智恵理、鉄人、鉄仮面、運動も勉強もできる無愛想なクールビューティ。
前までと比べると、嫌なことは嫌っていうし、自分で考えて、自分の気持ちに正直に反応する子だなって思ったし、だから感情も露わになるかと思った。
でもそれは違う。彼女の鉄仮面は既に一人の女性を傷つけて破局しているレベルなのだ。
心が通じ合わない、理解の蚊帳の外にあるみたいな、絶対的な隔たりを感じた。
一人、敷きっぱなしの布団の上でごろごろしながら、そんな風に八科さんのことばかり考えていた。
もうすぐ期末テストだからそんなこと考えている場合じゃないんだけどなー……。
うじうじ、うにうに、だらーっとしてると突然不破さんから連絡が来た。
『怖くて寝らんないんだけど! 責任とれ!』
こっちは八科さんと違ってどんどん態度が砕けてきたなぁ……。
不破さん、寝てる時は完全に放置してるけど、私より全然頭いいしオシャレだし、なんかエロいし、改めて羨ましい。結構嫉妬するというか、羨望の目で見てる。
髪の毛は寝癖とくせっ毛らしいけど、ゆるふわなのも不破さんのお姫様らしさがあるし、なんか、顔が良ければ全て良しみたいな感じ。
胸も私達の中では一番なんじゃないかな……今度一回触らせてもらおう。あと食生活……は、聞いても仕方ないや。
二人とも背が高いの羨ましい。モデル体型ってやつ、もう五センチ背が高ければ憧れもしないだろうに、私はちょっと背が低すぎる。
『うちに来て添い寝してよー!』
『そしたらKISSするよ(*´ε`*)』
『(# ゜Д゜)』
顔文字使っといてなんだけど、顔文字に返す言葉は知らない。まあ怒ってるっぽいし、怒ってるなら怖いのも幾分か平気になっただろう。
スマホを置いて、目を閉じる。しばらくして、一回、二回と通知が来るけど、もういちいち見ない。
二人と仲良くなってきたと思ってた。でも実際は不破さんと気の置けない仲になっただけで、八科さんとの距離は何にも変わってないんじゃないか。
私が八科さんに対して図々しくなっていっただけで、八科さんはそんな私を疎んじることも良く思うこともせず、淡々と日々を過ごしているんじゃないか。
思い過ごしであってほしいけど、不安は拭えない。
八科さん、八科さんは家でどうしてるだろう。私みたいに不安にならないだろうけど。
三年間だけの付き合い、なんて言ってるのにもうこんなに参るなんて、先が思いやられる。
早く寝よう。ピロリンとまた通知が鳴るから、通知をオフにして電気を消した。
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