第5話 日常に刺激を

 休み時間に何をするか、と言えばお手本が真後ろにいる。

「すぅ………………すぅ…………」

 一定のリズムで、たまに寝息を立てる不破さん。まあ彼女は授業中からこうしてたんだけど、しっかり休息をとるっていうのも重要だよね。

 私もきちんと飴舐めてる。エネルギー補給は重要だからできれば授業中も何か食べたいけど、そこまでしたら目を付けられるから我慢してる。いや小さなグミとかこそこそ食べてるけど

 移動教室で不破さんを運んだり着替えに行くために不破さんと不破さんの着替えを運んだり、もするけど基本的には八科さんにちょっかいをかけるのが休み時間の重要な仕事だ。

 そうこうしているうちに、私はあることを思い立って、改めてそれを二人に話すことにした。


「私、なんかめちゃくちゃ苦労してない!?」


「はぁ」

「はぁ」

 八科さんの真似して不破さんまで微妙なリアクションして、まるで無反応。

「いやさぁ、私だって友情に見返りは求めないよ? 私達の盤石な友情にはもう罅も入らないと思うけど、でもちょっとそれにしては二人からの歩み寄りがないっていうか~」

 ちょっと面倒臭いこと言っている自覚もあるけど、単純に構ってもらえない寂しさというのがある。申し開きを聞きたいではないか。

 するとほどなく不破さんが珍しく眠たさもない様子で、妙に厳かな声を出す。

「樋水、私達の盤石な友情を信頼しているからこそこういう空気のような関係になってるんじゃないかな……?」

 それっぽいことを言われた。まあ、それは言わんとすることは分かるが。

「甘いよ不破さん。私が彼女とか熟年夫婦の妻だったらそんな夫とは一緒にいられないよ。もっと本気で引き留めて」

「勉強教えたげるよ」

「そういうのは無償で。もっとこう……友達友達したことを」

「要領を得ませんね」

「樋水は頭が悪いからなぁ」

「コラーッ!」

 愛されてない……、愛されてる? 愛されキャラ? としてもちょっと扱いのひどさを感じる。

 私はいじられキャラとかではないのだ。あまりに二人の我が強くて私が振り回されている図になりやすい。

 あと、私だけ中学が違う。

 ちょっとだけ不安なのだ。こういう関係がそれなりに親しくなったからというのは分かる。気安い、と言うと聞こえは悪いがそうあることに抵抗はない。ただあまりに触れられないと、寂しくなる。自分の存在が不安になる。

 多少は悪口でも良いし愛してくれたって構わない。構ってほしい。

「共に食事し、共に帰宅し、談笑し、勉強し、健やかに過ごす。……これ以上をお望みですか?」

「えっ、重い」

「なら、従来の気安い関係で良いかと思いますが」

 八科さんはそんな風にいつも通り、理詰めで論破した。ぐうの音も出ないからぐぬぬと呻くしかできない。

 そんな私も八科さんには理解できているようで、けれど何をしてほしいかなんてのはわかるわけなくて。

「何かお望みならば、可能な限り答えますが」

「も~乙女心が分かってないなぁ。じゃ不破さんと相談してサプラ~イズでも準備して」

「え、サプライズ準備してって普通言う?」

 これには不破さんが真っ当なツッコミを入れるけど、そこは私とて持論がある。

「いいのいいの。不破さんが手伝うなら間違いないし私はそういう大事にされてる~っていう感じのを得たいわけだから」

「面倒臭い女だね」

「不破さんほどじゃないよ」

 うぐぐ、と少し睨みあう。不破さんは小さな声で。

「別に面倒なら無理しなくていいよ」

 なんて言うけど、それは別。

「もう私達は運命共同体だからね。面倒臭くて文句を言っても離れないのがルール。この面倒臭さに付き合って生きていくんだよ」

「なにそれ」

「生き方の話ですか?」

「生き方の話です」

 二人に反論を許さないように断言した。八科さんはいつもの表情だけどなんかとぼけた感じがするし、不破さんは呆れて苦笑してるけど、これはもうそういう話なのだ。三年間ぽっきりの話だけど。

 でもこれだけ発破をかければ八科さんも何かしら面白いことをするだろう。そんな満足感のまま、今日は下校した。不破さんが起きてるから珍しく先に一人で帰して。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「でこれなに」

 クラス中の注目を集める八科さん、その姿には部活の勧誘に来た人たちも思わず静止してその挙動を見守っている。

「何がでしょう?」

 仏頂面の八科さんに、不破さんだけが必死に笑いをこらえて耐え忍んでいる。

 これは、ヒゲメガネだ。パーティグッズのデカい鼻とグルグルメガネと漫画みたいなヒゲがワンセットになった玩具。

 八科さんの無表情をあでやかに彩る馬鹿みたいなデカい鼻とオシャレにカールしたヒゲ。ぐるぐるの眼鏡から覗く冷たい八科さんの瞳は、普段通り色のない無感情の眼だった。

 八科さんが、ヒゲメガネを、つけている。

「何がでしょうってその顔の……」

 掴んで取ろうとすると、ヒゲが上下にくいっと動いた。紐で引っ張ると動くらしい。

「……フフ」

「ぐはっ! ひーっ面白い! てっ、鉄仮面の髭が動いてる! ひーっ、ひーっ」

 私がつい苦笑を漏らすと不破さんは堰を切ったように笑い出した。

 この悪趣味は、不破さんの趣味か……。無垢な八科さんになんてことを……。

「これ面白いと思ってやったの?」

「八科さんがやるから面白いんだって! 面白かったでしょ!?」

「いや……」

 ヒゲがくいっくいっと動く。でも、眼鏡の奥の八科さんの目は少しも笑っていない。しかしあまりにコミカルだ。

 安いサプライズだなぁ。驚きはしたけど、私よりも他の人達の驚愕、騒然の方がちょっと怖い。

「もう外しなよ」

 取ろうとするとヒゲがくいくいくいくいくいっ!と激しく上下した。

「ク……フフ」

「んはっ! 八科……ひーっ! ひっ、ひっ」

 ずるいなぁ八科さん。いい加減ヒゲメガネはぶんどった。


――――――――――――――――――――


「最高じゃなかった?」

「最低だけど面白かったよ」

 いい加減まどろみ始めたのか、そもそもあの馬鹿笑いも眠かったからなのか、いい加減不破さんがふわふわしてきた午後。

 風紀委員と八科さんのヒゲメガネを巡る争いも痛快だった。私だって八科さんからヒゲメガネを取り上げるなんてこと、そんな立場じゃできないだろう。結局風紀委員が折れて、ヒゲメガネは八科さんの鞄に入ったままだ。

「サプライズと言えば」

 八科さんが、私と不破さんが喋ってる時に入ってきた。

 既にすさまじく珍しいことなのでサプライズだった。今は私が後ろを向いているところなので、こういう不意打ちみたいな会話の参加の仕方がまずないからだ。

 僅かに、今まで感じられなかった八科さんの『意志』がそこにあるような気がした。

「な、なに、どしたの?」

「あっ! あれを見てください! UFOです!!」

 矢継ぎ早に囃し立てる八科さんの驚愕の表情! 慌てて指し示す震える指先! 平静ではない声!

 その指が示す方向を私は見た。私だけでなく、誰もが見ていた。教室中の視線がその外へと注がれていた。

 じんわり汗ばむ気候、輝く太陽が照らす空は燦燦サンサンと青くどこまでも広がっており、雨も降らさないような爽やかな積乱雲がどこか遠くに立ち込めていた。

 無論、未確認飛行物体なんていなかった。

「…………八科、さん?」

「わあああああああっ!!」

「ぎゃあああああっ!?」

 両手を挙げてお化けだぞーっ! てするみたいに八科さんがデカい声を出した。私も叫んだ。

 殺される? いやそもそもこれはなに? 夢? 狐憑き?

 ゆっくりと八科さんが両手を下げる。昼休みというのに教室で声を出す人すらいなかった。ただ、事の顛末を見守るだけで、誰もが八科さんを見つめている。

「サプライズになりましたか? 兄に相談して、お前が突然デカい声を出せば誰でも驚く、と言われたのですが」


「……………………」

 

「……どうかしましたか? 妙な雰囲気ですが」

「演技が迫真すぎる! もっと客観的に自分を見ろ! っていうかもう、ていうかもう……! 驚いたって!!」

 感情が追っつかないけど出てくる分は吐きだした。軽くぽかぽか叩こうとしたけど両腕ともあっさり掴まれたからぎゃんぎゃん喚いてたけど。

 まあ、そうこうしてると教室もちょっと元の雰囲気に戻ってきた。まあみんなまずは八科さんの話をするわけだけど……。

「驚きましたか。それなら良かったです」 

 八科さんはそっと手を放した。

 かなりズレてる子だけど、実際めちゃくちゃ驚かされたからその辺は考えている人なのかもしれない。

 私はこの人のこと本当に分からなくなったけど。UFOて。わーっ、て。

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