第2話 鉄仮面

 ホームルームが終わっても姿を現さない不破さん。

 昨日あれだけ眠ってる姿を見せられたら、そりゃこういうこともあるんだろうけど。

「不破さん遅刻なんだ」

「寝坊でしょうね。彼女はいつもそうでした。夢生さんが入学するまでは、それこそ毎日のように」

 これはどうにかしたほうが良いのかもしれない。友達として不破さんが成績ダメダメガールになってしまうのは阻止しないと。

「そういえば八科さん、不破さんって成績はどうなの?」

 言いながらポテチの袋を開封、一つつまんで差し出すと彼女は手を使わず、はむ、と口に入れた。

「非常に成績優秀ですね。体育はどうもふらふらと危なげで良くないですが、学力に関しては不足はないかと」

「えー、本当に?」

「少なくとも平均を下回ることはなかったはずです。国語などでは満点も多く取っていましたが」

「満点!? 小学校のテストじゃなくて?」

「満点なら私も取れますが」

「え、えええー」

 こういう変な人に限って妙に才能あるってパターンのやつだ!

 良いなぁ良いなぁ、私みたいな平凡なのに限って成績がダメダメだったりするんだよなぁ。

 ……ダメなんだよなぁ……私……。

「ちなみに、八科さんの成績は?」

「高校からは教科も増えますし、今成績など振り返っても……」

「重要なことだよ、これは」

「はあ。ミスもありますが、ほぼ全国一かと」

「盛ってる? 話盛ってる?」

「全てほぼ満点ですので」

「うそ、なんで宵空高校に?」

「近いので」

 想像以上にヤバい奴かもしれない。人間味に欠けるとは思っていたけどまさかここまでとは。

 しかも、自慢でもなく自信がある風でもなく、相変わらずただ状況と事実から判断しただけみたいな感じで冷静に言っているのが凄い。私なら天狗になってる。

 ご褒美、なんて言ってポテチをも一個あげると、ありがとうございます、と言って彼女はそれを食べた。

 うーん可愛い……と遊んでいる場合じゃなくて。

「不破さんが来たら話聞いてみて、なんなら朝起こしに行こうか」

「迷惑ではないですか?」

「遅刻が減るんだから迷惑じゃないよ! これからの関係を良好にするための一手、間違いない」

 これを口実に不破さんの家にお邪魔したりして、もっと仲良くなる。単純で良い考えだ。

 ただその日、不破さんは学校に来なかった。

 寝坊どころか風邪を引いたとかそういう用事なのかもしれない。おうちから連絡はなかったそうだけど。

 そして放課後。

「というわけでやってきました不破家」

「アポもなしですが」

「来てしまった以上は仕方なーし」

 休んだ日にいきなり訪問、まあ、迷惑だろうけど。

 でも早いうちに起こしに来る約束を取り付けないと一年間サボりまくるかもしれない。そうならないうちに手を打つべきなのだ。高校辞められたら私の友達二人計画がいきなり終わるし。

 私は友達が不良になるのを止めるのだから、ちょっと強引でも良いだろう。

 そもそも昨日来たばかりな上、学校からも近いし寄らない理由がない。駅からは逆方向だけど。

 普通の一軒家、表札の不破、それでは遠慮なくチャイムを鳴らさせてもらいます。

 ピンポンと定型句めいた音声の後に、出てきたのは夢生ちゃんだった。

「はーい。あ、昨日の……八科先輩も」

「ちわー夢生ちゃん。お姉さんいる?」

「あ、はい。部屋で寝てるから叩き起こしてきます」

「ううん大丈夫、私達が起こすから!」

 夢生ちゃんは困った顔だけど渋々って感じで家に入れてくれた。突然軽い調子で年上の人が来たらビックリするだろうに、礼儀正しくて立派だ。

 ただ、それより気になるのは、八科さんの顔色をちらちら窺っていること。先輩って言ってるし中学一緒なのは分かるけど。

「八科さんってもしかしてモテた?」

「いえ」

「なあんだ」

「あの、お姉の部屋ですけど」

 ドアの前にピンで止められたネームプレートが可愛らしくローマ字でHUWAMIYOと描いてある。ポップな字体で、たぶん小学校の図工とかで作ったんだろうな。

 ちょっぴり緊張はするけれど、遠慮していても仕方ないので。

「ノックせずにどーん!」

「起きてるんだけど」

「うわっ!」

 扉を開けるといきなり不破さんが目の前に立っていた。暗い部屋の中、結構な身長だから急に現れるとビックリ度が増す。

「不破さん起きてたんなら言ってよ……」

「チャイムで目が覚めたから。くぁ……で、何の用?」

 相変わらず眠そうで、ただパッと目が覚めて、家の中で私達がペラペラしゃべってるからわざわざ起きただけ。今にも寝てしまいそうな雰囲気だ。

「これ学校からプリント類。あと明日から毎朝起こしにくるねって話」

「……マジで?」

「マジ」

「本当ですか?」

 夢生ちゃんまで疑問形で、しかも興奮気味で問いかけてくる。まあ、迷惑な話かもしれないよね。

 と思いきや、夢生ちゃんは私の両手をとって、真剣な目で言う。

「私高校だと連れていけないから困ってたんです義務教育じゃないからどんどんお姉がダメ人間になっちゃうからこれからどうか未代をお願いします~!」

「え、うわ……。不破さん、妹さん困らせちゃだめだよ。夢生ちゃんガチじゃん」

「きをつける」

 まったく誠意のこもってない姉に対して、夢生ちゃんが握る手はますます強くなる。

「ご足労頂いてとてもありがたいです。ご迷惑でないかと心配ですけど!」

 よくできた妹さんだなぁ、と思いつつ、やっぱり八科さんに向ける目は何か特別な感じだ。見ず知らず、というわけでもないだろう。

「八科さんってやっぱり中学で有名人だったの?」

「自覚はありませんが」

「知らないんですか!? 八科先輩は本当に凄いんですよ!? お姉と友達になってたなんて全然知らなかった!」

 夢生ちゃん興奮大爆発といった具合で、そのお姉の方に目をやるけれど、不破さんの方は興味なさげで大欠伸。

「え~、鉄仮面てっかめん八科面はっかめんでしょ~」

「こらお姉!」

 妹、容赦なく姉を打った。お姫と王子というよりも、ボケとツッコミって感じがする。

「何が眠り姫だよチヤホヤされて周りに迷惑ばかりかけて! 八科さんを見習ったらどうなの!? 自分一人じゃ登校もできないくせに!」

「痛い、痛い、ごめんごめん。ふわぁ~」

 とにかく夢生ちゃんが苦労人だということは分かった。いや、不破さんもかなり苦労してそうだけど。

 あと、不破さんが言った鉄仮面。なるほど八科さんにはふさわしい渾名あだなだと思った。だって本当に彼女は鉄を被っているかのような表情だからだ。

 生物としての顔を模した銅像石像の方がまだ表情があるかもしれない。八科さんのそれは本当に、血が通っていないかのような冷たさすらある。

「八科さんは鉄人、だからね!」

 夢生ちゃんはそう念押しした。

 鉄仮面も鉄人も大差ないような、あるような。

「わかったわかった。はいはい。んで、お二人さんは今日の用事はそれだけ?」

「え、いや。ついでに三人で遊ぼう」

「……遠慮なしだ」

 ちょっと呆れられたけど、不破さんは私達を部屋に招いてくれた。そのあとベッドに腰掛けて、また大きな欠伸。

 部屋は小さなちゃぶ台みたいなテーブルと勉強机とベッド、くらいが目立った家具で、あとは漫画とか服とかいろいろ適当においてある。

「ところで不破さん、中学の時の八科さんって有名なの?」

 八科さんは自覚なしだけど、夢生ちゃんの態度は明らかにそうじゃない。何より寝てばっかりの不破さんでも知っているくらいだから、そこそこの知名度なんだろう。

 本人の目の前で評判を聞くのも結構やましい行為かもしれないけど。でも八科さんは絶対に気にしない。

「んー。くぁぁ……。結構、有名人だよ。っても、クラスじゃ総スカン食らってたみたいだけど。外聞はいいから後輩からはすんごい人気だった。ほら、夢生もそのあれ」

「へー。ファンとか多いんだ」

「ん。同級生からは苛めみたいなことされたって話聞いたくらいだけど、下の学年にはファンクラブなんかあったって聞いたよ」

 ニワカに信じられず、ちらりと八科さんの顔を覗いてみると、彼女は相変わらずの表情で私を覗いていた。

 けど、ちょっとヒヤっとなる。何も顔は変わってないのに糾弾されているような気がするのは、私が疚しい気持ちだからだろうか。

「えーと……事実なの?」

「私の関知しないことですね。後輩と付き合ったことはありますが」

「え! 付き合うってもしかして男女の関係!?」

 意外や意外な八科さんの過去。この言い方は完全にラブのそれ、だと思う。鉄仮面の八科さんが恋人と仲睦まじくなんて、いやとても想像できないけれど。

「いえ、ジョジョの関係とでも言うべきでしょうか」

「……女の子と?」

「はい」

 んんー! なんか踏み込んではいけないところに踏み込んでしまった気がする。

 付き合ったことがある、って言い方だからたぶん別れてるし、中学生だからそういうこともあるんだろうし、付き合うって言葉を深読みしたのか、それとも八科さんのことだから別に年下だろうが女性だろうが何も気にしないって感じもあるかもしれない。

 とにかくちょっと変だけど、ちょっと聞いてみたいその話。

「その、なれそめは、どんな感じ?」

「ある日突然告白されましたが、一ヵ月と経たずに振られました」

「わっ、全部言っちゃった」

 随分気まぐれな女の子だったんだろうか、告白しておいて自分から振るなんて。

 と不思議に思っていると、不破さんがふわぁと欠伸しながら、ちょっと笑って言う。

「付き合って夢から醒めたんだよ。遠目から見たらクールな美女でも、近くだと本当に鉄仮面だもん」

「お姉!」

「いや、夢生も見たらわかるでしょ? ふぁ……、八科さん、かなり機械だよ」

「私は人間ですが」

「例えだから」

 機械、という例えも納得できる。

 どこまでも命じられたままに、人の意志の通りに、まるで自分の意志がないように、八科さんはそういうところもある。

 嫌も良いも感じない。嫌がないから、私にも付き合ってくれる。今の八科さんと私の関係はそんなのだ。

 それでも八科さんは、本人が言うように人間だから、利用しているような関係は嫌だなぁ。

「ま、その話はいいや。三人で遊ぼう!」

 鞄からスナック菓子の袋をいくつか取り出してばらまくように床において、早速部屋を物色。

 二人のことはちょっとずつ知ることができる。距離も徐々に縮めれば良い。高校生活は長いのだから。


―――――――――――――――――――――――――


「本当に……くるんだねぇ……ぐぅ」

「もち!」

 寝ぼけたままの不破さんを、八科さんと背負うようにして登校。

 身長が高い分重めな不破さん、ちょっと肩が不破さんの豊満なぼでーに触れてなんか悪いことしてる気分がする。 

「んぐ……ぐお……」

 担がれてばたばた揺れるからか、間抜けないびきをしているから疚しさはすぐに消えるけれど。

 こうしていると、少し八科さんのことが気になる。朝、こんなことを、これから毎日付き合わされると考えると嫌気がさすと思うけれど。

「ね、八科さん。迷惑じゃない? 毎朝私に付き合わせちゃって」

「まだ一日目ですが」

「まあ、懲りたら無理しなくていいよって話」

「樋水さん一人では不破さんを運べないでしょう。私が辞めると言えば、貴方は辞めるのですか?」

「え~、やめるつもりはないけど……」

「なら手伝いましょう」

 作業の途中だからか、八科さんはこちらを一度も見ることなく、そう言い切った。

 割と私に尽くしてくれてる……もしくは不破さんに尽くしてくれてるみたいだけど、喋れば喋るほど八科さん自身の意志というものを感じなくなってきた。

 考えすぎかな。夢生ちゃんとか不破さんの話を聞いてると、そんな感じみたいだけど。

 まあ、朝は付き合ってもらおう。不破さんを運ぶのは私一人にはできないし。

 んしょんしょと不破さんを運んでゆっくり三人で登校する。

 普通とは言い難いし、迷惑をかけているとも思うけど、なんだか少し楽しい朝の時間だった。


――――――――――――


「そういえばさ、鉄人と鉄仮面って何が違うの?」

 ふとした疑問を体育の時間に、不破さんにぶつけた。

 夢生ちゃんは鉄人と、不破さんは鉄仮面と、八科さんを評した。言葉の意味は違うけれど、無表情の冷血ってことなら鉄仮面の方がうってつけだと思うけれど。

「くぁぁ……もうわかるよ。鉄人八科の、人間離れした肉体」

「ん?」

 不破さんから聞くと同じくらいのタイミングで、凄まじい歓声が体力テストをしている八科さんの周りから聞こえる。

「五十メートル六秒……ろくびょうだい!? おまっ……日本記録じゃないか!?」

「ハンドボール投げ測定不能なんですけど! ちょっとメジャー持ってきて!」

「なになに」

「陸の鉄人八科智恵理。成績優秀スポーツ化け物決して表情を崩さないクールビューティ、故に鉄人」

 ぺらぺら喋った後、不破さんはぐぅと鼻提灯を浮かべて立ったまま寝始める。

 脚光を浴びる中、汗をかきながらも、少し疲れた風に口で息をしているけれども、やっぱり変わらない様子の八科さん。

 だけど、その姿が少し輝いて見えた。

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