仮面外れる時

@hidajouzi

第1話 出会い、桜に祝福されて

 宵空よいそら高校の校門近く、咲き乱れる桜の花びらが降り注ぐ。

 四月の空は徐々に暖かな空気を帯びて爽やかな青空が、こうして私含む新入生を祝福している……。

 思わず詩的なイメージで現実逃避もしたけれど、進学に至って私は不安に包まれている。

 中学からの友達は全然いないし、勉強とか部活とか……考え始めたらキリがない。

 だから、逆に悩まず思い切って決めることが大事だとした。

 それが樋水楓の人生哲学である。哲学とかよく分からないけど。


――――――――――――――――――――


 というわけで入学式が終わってすぐのこと、教室で先生を待つ間に前の席に座っている人に声をかけた。

「あの、友達になりませんか?」

 出会い頭どころか出会ってもいないけれど、名簿順に座らされた今なら、たぶん二年や三年でも近くの席に座ることになったり、顔を合わせたりするはず。だから仲良くなって損はない。

 振り向いた彼女は、とても綺麗だった。

 さらさらの黒髪は窓から光を浴びてキラキラ光って、影になった目元の長い睫毛に挟まれた目は凛として、私を見つめていた。

「はい?」

「あ……っと、あの、私と、お友達になってください、っていう」

「何故ですか?」

「名簿順的に」

「構いません」

 なぜですか、っていうのは結構冷たい感じだけど、友達になってくれることには同意してくれてほっと胸をなでおろす。なでおろすほどないけど。

 まだ警戒しているのか表情は硬いけど、そんな悪い子じゃないだろうし凄く美人で姿勢も良いし、ちょっと緊張はするけど私は安心してきた。なにはともあれ友達第一号だ。

「良かった~、いや空気が重いよね、みんな他人同士みたいだし。私は樋水ひみずかえで。あなたは?」

八科はっか智恵理ちえり、以後お見知りおきを」

「固い固い、八科さん固いねぇ」

 かちこちだな~と思ったけど、八科さんはまだピクリとも笑わない、どころか表情を緩めようとか、会話しようっていう感じもしない。

「こういう性分です」

「あ、そうですか」

 変わらず毅然とした態度で言う八科さん。どうもハズレくじを引いたような気がしないでもない。

 けど一応友達って了解は得たし、四の五の贅沢は言えない。

 私は人付き合いがそれほど得意じゃない。このヘタクソな友達作りを見てもらえれば分かる通り、五人も六人も人と一緒にいることはない。

 だから二人だけ。後ろと前の二人とだけ仲良くする。体育の二人組は、まあどうしようもないから一人でなんとかするけど。

「じゃさ、ちょっと後ろの人にも声かけるね?」

「何故です?」

「とりあえず三人で一グループみたいな」

「はぁ、どうぞ」

 要領を得ない様子だったけど、やっぱり八科さんは一応の許可はくれる。というか無関心なのかもしれない。

 ともかく、椅子を後ろに向けて次の人。

 後ろの席は、机一面に栗色の髪が広がっていた。

 顔面から突っ伏すように寝てる……寝てるみたいだった。

「あ……あのー」

 すぅすぅと寝息が聞こえる。これ机にキスしてるみたいな形だけど無事寝れてるんだろうか。

 起こすのも悪いと思うけど、できるだけ早く仲良くなりたい。起こす口実とかあればいいんだけど。

 そう思っていたら、教室に先生が入ってきた。

 これ見よがしに私はその子の肩をゆすって、強引に体を起こした。

「んん……?」

 寝ぼけ眼で半開きの目だけど、きょとんと私を見るその子も、すごく大人びた雰囲気で一瞬言葉を失う。

 掴んだ二の腕の柔らかさ、ふわりと揺れる髪の毛からする甘い匂い、なんかこう、挟まれたのが不憫になるくらい八科さんもこの人も美人だ。

 けど、めげない。

「あの、先生来ましたよ。あと友達になってくれませんか?」

「ん……ああ、はい、はい」

 やった! と心の中でガッツポーズをとって私は前に向き直った。

 後ろからガン、と机に頭をぶつけるような音が聞こえたけど、それは気にしないことにした。


――――――――――――――――――――――――


「私は……不破、不破、不破……」

不破ふわ未代みよですね」

 不破さんが自分の名前さえうろ覚えなのを見かねて、八科さんが先に答えた。

 疑問に答えるみたいに、先に八科さんが喋る。意外とぺらぺら喋る。表情は変わらず、ちょっと冷たいけど。

「中学が同じでした。いつも寝ていますが、密かに人気で眠り姫なんて言われていましたが」

「へぇ~、不破さん美人だもんね」

「……ぐぅ」

「寝てるし」

 こっくりこっくり舟をこいで、また頭を打ちそうになったのを見かねて手を伸ばした。

 ナイスキャッチ、と思いきや手のひらにずしっと頭の重み。たぶん本気で頭打ちながら寝てるんだろう。

 一応入学式の日の放課後で予定は何もないのだけれど、不破さんのこと考えると帰って休ませた方が良いのか、むしろ不破さんが寝ちゃったから帰るに帰れないような。

「八科さんって中学どこだったの?」

 とりあえず前に向き直って、改めて親睦を深める。不破さんにはひとまず寝てもらおう。

 指から髪の毛が抜けて、つやつやのおでこからするりと離れる。

 本当に不破さんは素材が良いって感じの美人だ。人形のようで、見ていて優しい心になれる。

 一方の八科さんは、そうじゃない。とても冷たい雰囲気で、恐怖みたいに背筋にまで冷たい何かが走る。けど目が離せない。こんなクールな人、男子でも見たことない。

 それでいて、動作は女性らしく可愛らしい。時折自分の髪を弄っている姿は、なんだか小動物じみていた。

朝日あさひ中学です」

「あーそうなんだ。ここから近いもんね。あとソフト強いって聞いた!」

「三年連続で地区大会は優勝しているらしいですね。部員ではないのでそれほど誇ることでもありませんが」

「いやいや、誇った方が良いって。うちはカダチューだったけど本当に何もなかったからさ~」

「水泳で良い成績を残していると認識していますが」

「あ~そうだったっけ。よく知らないけど。あははっ、八科さん物知りだね!」

「いえ、それほどでは」

 謙遜でも照れもなく、本当に自分が物知りではないと思っているからの無表情か。固い、実に固いよ八科さん。今のところサイボーグって言われたら信じちゃうよ。

「そういえばお昼ってどうする? 予定ないなら一緒に食べ行かない? この辺りにどんなお店あるかも知りたいし」

「構いません」

「ちょっと不破さんも誘ってみるね」

「……はあ、まあ」

 八科さんが歯切れ悪くなるくらいには不破さんって厄介な感じなんだ。まあ見れば分かるけど。

「不破さん不破さん、ご飯食べに行かない? 三人で」

 すっかり寝てる不破さんを揺すって起こしてなんとか許諾を取ると、三人でやっと下校だ。

 一日二日では散り切らない桜は今もきちんと私達を祝福している。始業の日には上々だ。

 あとは不破さんがもうちょっと起きてて、八科さんが笑ってくれれば文句なしなんだけど。



 結局、駅前でよくあるハンバーガーショップに入ってしまった。不破さんのお財布事情がわからないから最悪私が奢れるように、ってあれで。

「八科さんでも不破さんのお財布事情は分からないんだね」

「彼女が外食したという話は聞いたことがないので」

「ふーん」

 その不破さんは、右から私に、左から八科さんに肩を支えられながらなんとか歩いてる。奇異の眼差しが痛いけれど……。

 まず食を共にする。これが友情の秘訣なのだ。たぶんね、知らないけど。

「不破さん、ふーわーさーんっ! 何食べる?」

「フィッシュバーガーにポテトとコーヒーのエム」

「えっ起きてる」

 むくり、とテーブルから顔をあげた不破さんは少し不機嫌そうな悪い目をして、私を睨んでる?

「流石に起きるよ。っていうかこんな恥ずかしい目に遭ったのは初めてだよ。流石の不破さんもびっくりだよ」

「あはは……起きてたんなら歩いてくれればいいのに」

「眠かったから」

 そこだけはブレないらしい。今もくぁ……と短く欠伸してるけど、目蓋をこするだけで眠る様子はない。

 結構な賑わいを見せる店内は子供の泣き声もあってかなりうるさいのに、不破さんは会話を辞めれば今にも眠ってしまいそうなほどだ。

「不破さんってなんでそんなに眠いの?」

「夜起きてるから」

 意外にも普通の理由で、ちょっと安心した。それにしては寝過ぎだと思うけれど。

 けど、会話の糸口になるから早速追及していこう。

「なんで夜起きてるの?」

「なんでだっけかな」

 ふわふわしてる。故に不破さん。

「不破さんっていうかふわふわさんだね」

「ん……あはははっ! それ面白いね」

 意外と不破さんはよく笑う。寝てばかりいる分、自分に正直なのかもしれない。その点は八科さんとは違う。

 というか、八科さんの方が何も分からない。物知り、ということしか分からない。

「八科さんって好きなものとかあるの?」

「私ですか? 特には」

「何食べる?」

「ハンバーガーのセットで構いません」

「ドリンクは」

「オレンジジュースで」

「カワイイね~」

「……はぁ」

 八科さんは釣れない。冷たい。でも付き合いは良い。不思議な人だ。

「ね、私は?」

「ん、不破さん? 不破さんは普通に可愛いよね。眠り姫って言われても納得したもん」

「うわ、恥ずかしいほど褒めてくれるね」

「二人に比べて私なんてちんちくりんだし……」

「背が低い方が可愛いよ?」

「でも百六十は欲しいし」

「え~。君はちっさい方がいいよ~。えっと……なんだっけ」

 不破さんは砕けて結構話しやすい人みたいだ。ただ、寝ぼけてて私の名前を忘れちゃってるのが難点。

「樋水。樋水楓。こっちは八科さん。八科なんだっけ」

「智恵理です」

「あれ二人とも初対面なの?」

 八科さんとの微妙な距離感がバレてしまったみたいだけど、特に隠すことでもないから正直に話す。

「二人とは今日初めて仲良くなった、高校の友達だからね。それじゃ、私注文してくるから」

 もっと仲良くなりたいし、関係が続けばいいと、それは本気で思ってる。

 だって、二人ともいい子だし。それは私にだってわかる。


――――――――――――――――――


 ちょっと駄弁ってから帰る頃には、もう不破さんは放っておいて帰らせるのが心配なくらいふらふらになっていた。

 仕方なく、私と八科さんでまた支えながら彼女の家まで連れて行く。

「電車乗らないんだ、不破さん」

「……すぅ、すぅ」

「寝ていますね」

「……ま、まぁ、この辺って言ってたし、表札見てたら余裕だよ。余裕」

 家までたどり着けるか不安だったけど、なんとか不破って表札を見つけてチャイムを鳴らす。

 すると不破さんを一回り小さくしたような女の子が出てきて、丁寧に会釈して、不破さんのお尻をぺちんぺちんと叩きながら担いで家の中に入って行った。

「たくましいね。妹さんかな」

「不破夢生むう。中学でも有名でしたよ。眠り姫の王子様ですね」

「王子様? 女の子なのに?」

「眠り姫を起こすのはいつも彼女でしたから」

「なるほど」

 マイペースなお姫様と、ちょっと無遠慮な王子様だ。仲は良いのかな、お互いに遠慮のない関係みたいだけど。

「まだ夕方だけど今日はもう帰るよね」

「そうですね。駅は……」

 同じ方面だから、電車でしばらく一緒になるってことが分かった。八科さんの方が学校に近いから早く帰れるけど。

 まだ夕方だから人もまばら、二人ともきちんと隣同士で座れる。

「あのさ八科さん」

 腰を落ち着けてゆっくり話せる状況だから。

 ちょっと言うか言わないか悩んだけど、この際はっきり聞いておく。

「迷惑じゃなかった? 誘ったり、色々」

「特には」

「そう? ……あんまりさ、楽しそうに見えなかったから」

「よく言われます」

 謙遜もない。遠慮もない。思いやりもない。

 ただ事実だけを告げているような口は、淡泊で、喋る時と食べる時以外は閉じている。

 おそらく自分から口を開くこともそうそうないのだろう。 

「八科さんって、笑ったことある?」

「記憶にある限りでは、ありません」

「うぇ、そうなの? 今日、楽しかった?」

「あまり、そういうのが分かりません。兄からは感情がない、などと言われましたが」

「そうなんだ……」

 感情がない、自分をそういいながら言葉通りに悲しみも怒りも表わさない。

 心で傷ついている、なんて言葉はあるけれど、その傷つく心がないかのような印象すら八科さんにはある。

「じゃあ、嫌とかってのもないの?」

「そうですね」

「じゃあこれからも一緒にいてね」

「……構いません」

「今の間は?」

「あまり言われたことのない言葉だったので」

「ふふ、不思議は感じるんだねぇ」

 ちょっとしてやったり。と喜んでみながら、鞄からポッキーを取り出してカリカリと頂く。

 普段はずっとお菓子食べてるけど、登校初日でだいぶ遠慮してた。常に食べる、それが私のアイデンティティみたいなものなのだ。

 寝る不破さんに、無表情の八科さん。そして食べる私ってなると、結構いいトリオかもしれない。

「八科さんも食べる?」

「では一つ」

 あーんと目を閉じて口を開ける八科さんは、心がないように冷たい人でも、純粋で可愛い人だとも思う。

 ポッキーを噛んで挟む、柔らかな唇に思わず見惚れる。両手でハンバーガー持つ姿も可愛かったけど、どうしてこんなに可愛いんだろう。

「八科さんって」

「……なんですか?」

 咀嚼を終えた彼女の言葉に、思わず言葉を失う。

 どうしてそんなに可愛いの、なんて初対面で聞くことじゃない。いや、普通に誰かに向かって言うことじゃない、口説いてるみたいだ。

「や、なんていうか。ポッキー好き?」

「普通ほどには」

 まあ、あんまり比べるものでもないか。普通に好き、っていうのが普通だ。

 それに、食べ物の好みはあるんだ。別に人間じゃないわけじゃない。

 八科さんはもう友達、これは決定。

「では、ここなので」

「うん。また明日ね」

 そんな風に軽く手を振って別れた。

 初日にしては上々、実に良い展開だ。

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