好きと言われた日 (3/3)

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 時計は四時四十四分を示している。案外良くあるね、この時間。普段は午前じゃなくて午後に見かけるけど。

 部屋の一面に開けてある窓の景色を見ると、元ちゃんのいた部屋が視界に入り込んだ。綺麗に片付けられたあのだらしない元ちゃんの部屋は、どうしても見慣れないんだ。

 いつも窓越しで話し合っていたなーと不意に思う。私も元ちゃんも、いつでも話せるように、一メートルの距離しかしないお互いの窓を開けておいたんだ。けど、今は元ちゃんの方の窓は閉めてある、、、、、

『お休み、凜ちゃん』

『お休み、元ちゃん』

 ほぼ毎日寝る前に交わしていた合言葉も、無論、済ませていないまま。

 いつになったらまた自分が描いたその窓ごしの景色を見れるのかな……


 再び電子時計に視線を戻すと、一秒一秒の瞬きを頭の中でカウントし始める。

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 これと言うわけもなく、息を止めた。

 四秒。

 五秒。

 六秒。

 七秒。

 心臓がパクパクと、体中に響き渡るのを感じる。

 ……

 五十秒。

 と、やっと口を開けて、息をする。しばらく息をしなかったせいで、胸が苦しくなった。そして、胸がぐっと詰まったまま、ふと元ちゃんとの窓越し記憶が蘇ってしまう。

『今日の夕ご飯は何食ったの?こっちは大根と椎茸の鶏汁物だよ。超―おいしかった!』

『明日から始まる林間学校が楽しみだね。リニーはもう支度を済んだのかい?僕はこのマッチ箱を持って行って皆で篝火を囲んで怪談しようと思ってさ!』

『そっか、凛ちゃん、また告白されてたんだ。ドンマイドンマイ、相手は今が悲しくても、きっと将来には凛ちゃんみたいな綺麗で優しい子に恋が出来て、いい青春の思い出ができてよかったなーと思うさ』

『凛ちゃんは休みを取るべきよ。大丈夫、配りものは凛ちゃんの分もとっておくから。いつものだらしないノートも今日だけは頑張って綺麗にとってやるから。』

『お、お前!着替えるときぐらいカーテンを閉めてよな!』

 ……最後のは思い出さなくて結構なのに。まったく、こっちの方がずっと恥ずかしいだっつうのっ。ラッキスケベできたのに感謝するどころか文句を言い付けるなど、もってのほか。

 それでも……

 聞いてもいないのに自分から言い出す元ちゃんのそのまさに名前通りの活気さ。それでいて、私が悩みを口にしたらいつも黙って全部聞いてくれて、相談に乗ってくれた。嬉しいこと、悲しいこと、濾せずに私と共有しようとする意思が火を見るより明らかに伝わる。そんな彼が過去に言ったことが頭の中に響くと、胸がいっぱいになっていて、

 そのいっぱいという感触の正体はといえば……

 いつの間にか嬉しくて、今でも空に飛んで行きそう幸せで、涙が密かに零れていたみたい。それは顔をなぞって線を引いた。こんな思いは初めてで、どうしたらいいか分からなくて、口が震えだして、顔の表情が歪んでしまって、可笑しくなる。

 けど、幸せという感情に気付くと、次の瞬間、心が裂けそうなほどに寂しくて、切なくなって、今度は意識するまま涙が溢れ出す。シンとした夜中に、顔が歪んだまま、サイレントな大雨だ。

『僕はずっと、のことが、好きだった』

 小手で両目を覆い隠すと、心の中で呟く。

 勝手に告白して、勝手に自分を振って、勝手に一人でアメリカなんか遠い場所に行かないでよ。

 ……

 行かないでよ!

 感情の波に襲われて、心の中で我武者羅に泣き叫んだ。

 げんちゃんのー

 ここだけは、どうしても口にしたくて、口を小さく開けた。

 この激しくて複雑あまりの感情を全部こめて、一つだけの言葉を、二つの音節でー

「バカ……」

 思いっきり叫んでやりたかった。そのつもりで口を開けたのに、出てしまったのはか弱くて、情けなくて,何処までも虚しく震えていた呟きだった。言葉が口から出て行った瞬間、胸から爆発しそうな勢いはまるで嘘のよう、全部、消えてしまった。

 涙が顔の横面をなぞってベッドにしみ込みながら、死んだ空間にその一つの言葉だけを形にして,誰かさんに届くように、命を与えた。

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