八十一 南都北嶺


 義経の鎌倉入りからほどなく。

 主だった御家人を集めた盛大な式典が催され、関東武士団の行政府としての鎌倉は、名実ともに始動した。



「と、言うても、戦はしばらく無いのじゃがな……公文所は大忙しじゃが」



 御殿の簀子えんがわで、高欄てすりに体をあずけながら、政子はつぶやいた。


 平家の没落によって戦はひと段落ついたが、その分広げた支配地の行政処理、訴訟の調停と、処理せねばならない案件は山積みしている。

 人材が育つまでは、しばらく北条一族の活躍に期待するしかないのが辛いところだ。安易に都から下級貴族の官僚を調達して、組織の根っこを抑えられるのも上手くない。



 ――まあ、それでも、大江広元おおえのひろもと三善康信みよしのやすのぶなぞは、早めに引っ張って来たいところであるが。



 ともに源頼朝と近しい間柄の下級貴族だ。

 政子の知る後の世では、鎌倉幕府の政務、法務を担った鎌倉の大黒柱。そしてまた承久の乱では、治天の君に対して積極的に戦う事を進言しており、そういう意味でも信頼できる人間だ。



「――小娘、戦はしばらく無え、か?」


「む――おお、為朝か、聞いておったのか」



 唐突に声を掛けられ、見れば、簀子のそばまで為朝が来ている。

 目を閉じ、思索にふけっていたとはいえ、不覚である。政子は為朝を、恨めしげに見下ろす。



「その図体でよくそこまで気配を消せるもんじゃな」


「まあ、野生の獣相手にすんなら気配くらいは消せねえとな……てめえは出来そうにねえがな。そんな物騒な気配纏ってりゃあ、どんな獣も近寄って来ねえだろ」


「うるさいわ。というかおぬしにだけは、物騒呼ばわりされたくないわ」



 魔王オーラの欠点である。

 というか、基本的に隠密行動に向かないのだ。

 野盗野人の類も近寄って来ないので、単独行動自体は平気なのだが。

 そのあたり、今現在階の下に控えており、ふたりの会話を聞いているにもかかわらず、ふたりに存在を認識されていない北条義時とは正反対である。



「まあよい。戦はな、出来ぬと言った方が良い。年貢は都に納めたゆえ、蓄えがそれほどあるわけではない。都に兵を置いている以上、その消費も馬鹿にならぬしな。無理すれば外征出来なくもない、が……そこまで無理せずとも、数年の内には大義名分が転がり込んで来よう」


「大義名分?」



 政子の言葉に、為朝が首を傾ける。



「鎌倉を、いずれ全国の武士を支配する府とするは、後白河院にも納得させたこと。いや、いずれそれが皇子の手に渡る事を知っておる院の方が、むしろ積極的に過ぎるほどじゃ」


「なら……それから――全国の武士を支配してから、どこを攻めるんだ?」


「気が早いぞ。さすがに名分もなく、一足飛びに権力を与えることは、後白河院にもできまい。実績を積み上げるか、きっかけが無くてはならん」


「そのための大義が、数年のうちに転がって来る。てめえの――魔王の知識がそう言うんだな」


「うむ」



 政子はうなずいた。



「平家の没落によって、西国の武士団支配は緩みに緩んでおる……知っておるか? すでに目端の聞く西国の武士が数人、鎌倉に立場の保証を求めて来ておることを」


「へえ?」


「西国は荒れる。いまはまだ、飢饉で荒れる元気すら無いが、早晩争いは始まる。そうなれば、後白河院はそれ来たとばかり、鎌倉に西国鎮定を要請して来よう。派閥に入った地方の有力豪族に軍権を与える。平家を復帰させる。そんな選択肢を踏みつぶして、な」


「なるほど」



 為朝が、拳を掌に打ちつける。



「じゃあ、大暴れは西国が荒れるまで、しばらくお預けってわけか」


「さて……もうひとつの火薬玉と、炸裂するのはどっちが早いか、というところだが、そうなろうな……なんじゃ、為朝、ひまを持て余すか?」


「持て余すな」


「じゃったら、昔おった伊豆大島へでも行ってくるか?」


「よせよせ、あんなとこ、別に未練はねえよ……だがまあ、太郎たちを呼んで来るのは悪かぁねえか。もう影武者やらしとく必要も無くなったしな」



 為朝は犯罪者の身で自由を得るため、自分と体格的に見合う蘆島太郎を「源為朝」として伊豆大島に置いてきている。

 その罪も、後白河院がかなり渋ったものの、なんとか許されており、為朝は天下に大手を振って歩ける身分になっている。迷惑なことに。



「なら、その後はどうする?」


「さて、どうするか……越後の藤原国衡ふじわらのくにひらにゃあ期待してたんだがな。素直に魔王娘に尻尾振りやがって、面白くねえ」


「まあ、あやつは奥州の藤原秀衡の息がかかっておるからな。その意を汲んで、下手なことはせんじゃろう」


「つーか、ちゃんと考えろよ魔王娘。おれさまを退屈させないで居てくれるっつったじゃねえか?」


「めんどうくさい女みたいな絡み方するでない」



 政子はため息をついた。

 厄介この上ないが、もともとそんな約束で、為朝を従えたのだ。



「――じゃが、そうさな……そんなに退屈がいやなら、都の兄上を助けてやってくれぬか? ずいぶん回復したとはいえ、郊外の治安はまだかなり悪いらしい。寺社が暴れんとも限らん。暇つぶしにはなるじゃろ」


「かかか、寺社相手に暴れられるなら文句はねえんだが」


「それは最後の大仕上げ、じゃな。せいぜい楽しみにしておるがよい」



 為朝の物騒な発言に、政子はより物騒な答えを返す。

 為朝は、すこしだけ驚いたように眉をはね上げて。



「約束だぜ、魔王娘。せいぜい派手に暴れさせてくれよ?」



 口の端を、凶暴な形につり上げた。


 寺社は、古より、朝廷と絡み合って日ノ本を守って来た。

 だが、荘園制の隆盛とともに、それは不吉な色の花を咲かせ、末法の世である現在、爛熟を極めて腐敗し、悪臭を放っている。



 ――ゆえに、正す。



 どうしようもないほどに腐敗した者たちを、どうしようもないほどの暴力を使って。


 政子は、黙って空を見る。

 日増しに日差しが強くなる晩春の空に、灼熱の想いを吐きだして。



「ああ。せいぜい、派手に、な」



 北条政子は、魔王の笑みを浮かべた。







義時「……」

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