七十三 問い
三条野合戦において、越前武士団の多くが平家方で参戦し、戦場の露と散った。
それゆえ、源義経率いる奥州兵は、合戦後、さしたる抵抗もなく軍を進め、越前国府を抑えることに成功する。
北条政子が北坂東軍2000を率いて国府に入ったのは、それから数日遅れてのことだった。
源義経たちと合流して、三条野合戦の恩賞の沙汰、といきたいところだったが、そう簡単にはいかなかった。
我も我もと参戦した武士たちが武功を謳う中、義経や為朝はろくに報告書も出さない。政子は仕方なく、源義経を側において、ひとつひとつ吟味しなくてはいけなくなった。
「……しまった。だれか目端の利くものをつけておくのであったわ」
後悔しても仕方ない。
幸い、義経は実に戦場をよく見ていた。
証言者と共謀しての虚言や、奪い首の類をさらりと指摘して、助平心を起こした武士たちを震え上がらせた。
とはいえ、大規模な戦の処理を一から十まで、というのはさすがの政子も堪えた。
「義経よ。つぎは、戦の経緯や功ある者などをまとめて書類で寄越してくれ。大将の心得ぞ……あと大将が兜首を取りまくるな」
「なぜだ?」
きょとん、と義経が首を傾けた。
「……大将が部下どもの功績を奪ってはいかん。戦の勝利は大将の功績となるんじゃから、首級は部下に譲ってやれ。知っての通り、戦は基本、手弁当なのだ。功を立てられずに破産する者も珍しくない。そんなとき、部下たちの恩賞の種を大将が奪えば、要らざる恨みも買おう」
「為朝の叔父上はおれよりもっと首を取っておったぞ?」
「……そういえば、あれに戦を教えられたのだったな」
政子は深く嘆息する。
つぎはちゃんと補佐役を置こう。そう決心し、切り変える。
「幸い今回は大勝利。軍功の種はあふれかえっておる。つぎは気をつけるがよい」
◆
そんなこんなで、論功行賞が終わったころ。
使者として奥州に赴いていた足利
「ちょうどよい。みなを集めよ」
政子は国司館の広間に、源義経、源為朝、木曽義仲、源
「さて、義兼よ。奥州の藤原
「はっ! 越後を藤原
「うむ」
「それから、これからなにかともの要りでしょう、と、かなりの量の財貨を」
「ほう……?」
政子は感心を示した。
越後の件に対する返答は、予想の内。
しかし、思ったよりもずっと踏み込んできた。
「奥州とこちらの距離を考えれば、判断を下したのは三条野合戦のはるか以前であろう。とすれば、かなり早くに決断しておったことになるな」
「はっ。秀衡殿は、すでに平家を見限っておられる様子。院との連絡を密にしつつ、坂東とも足並みをそろえる――つまりは我々の動きに相乗りして奥州の独立を確保する腹づもりかと」
――藤原秀衡め、やはり侮れんか。
心の中で評価しながら、政子は義弟の真っ当すぎる予測を鵜呑みにできない。
「義経、どう思う?」
政子は、藤原秀衡をもっともよく知る男に問いを向けた。
「うむ。わからん!」
義経は腕組して即答した。
彼に筋道立った返答を期待しているわけではないが、それにしてもあんまりな答えだった。
「おぬしな……」
「わからんが、まあしぶといぞ。あのおやじは」
文句のひとつもくれてやろうと口を開くと、同時に義経が語る。
その人物評に価値を認めて、政子は仕方ない、とため息をついた。
「……で、あろうな。まあ、情勢が動き難い以上、こちらが失着を打たねば、なにもして来んであろうが――油断はすまいぞ」
皆に視線をやり、言い聞かせる。
それから、政子は兄、宗時に顔を向ける。
「つぎ、兄者」
「はい。武士のための新たな都を作る、という話でしたが……みなと協議した結果、都には相模国鎌倉が相応しいであろう、と」
「理由は?」
「良港を整備しうること、三方が山に囲まれており、防衛しやすいこと、八幡太郎義家所縁の地であり、各地のまとめ役に源氏をいただく我らの都にふさわしいこと」
「ふむ……だれか、異見はあるか?」
見回しても、異論は出ない。
沈黙が続き、政子が不機嫌になるのを見て、源範頼がおずおずと手を挙げた。
「義姉上、すでに整備された伊豆の国府は、武士の都として適しませんか?」
「悪くないが……いかんな」
政子は笑顔になって範頼の案を否定する。
「国府は国府よ。都との結びつきを強く想起させる。武士の世を築く。そのために、新たに都を築く……築くこと自体に意味があることなのだ」
「なら、いっそ平家が住んでる京の
「そりゃあいい! おれさまそっちに賛成するぜ!」
「義経為朝おぬしら話聞いておったのか都と結びつくどころか物理的に繋がっておるわ! その距離で朝廷の介入突っぱねられるのはわしか貴様らくらいのものじゃわ!」
脳筋ふたりがとんでもないことを言い出したので、政子は全力で突っ込んだ。
「木曽谷……」
「古河……」
「義仲貴様も頭で考えて話さにゅか! あと義兼は地元に引き込みつつ自分に利益誘導しつつ、しかも悪くない意見だから性質が悪いっ! だが鎌倉と比べれば、やはり見劣りするっ!」
一息に返して、政子はみなを見渡す。
続く意見はない。
「兄者よ」
「はっ!」
「鎌倉にも欠点はある。狭いことだ。坂東の武士の都ではなく、天下の武士の都としてはな……そのこと、くれぐれも考えつつ、建設を進めるように」
「承知いたしました!」
政子の言葉に、宗時はうれしそうに平伏した。
宗時はかつて野望に向け、一人突っ走っていた政子の態度を危惧し、苦言を呈した。
そんな兄としては、いまの政子が好ましいのだろうが、いちいち態度に示されると、黒歴史を掘り返される心地がして面白くない。
◆
「さて……みな、わしらは平家を倒して北陸道を抑えた」
評定は続く。
目を転じて、政子はふいに問う。
「兄者よ。わしらが今持つ手札で、なにが出来ると思う?」
「はい、御台様。現在、畿内西国は飢饉であり、今年も凶作になることが確実と、都から伝え聞いております。ゆえに凶作を逃れた北陸、東国の年貢米をたてに、我々の朝敵認定を取り消してもらいましょう」
「うむ。わしはもっとふんだくれると思うが、まずはよい目のつけどころだ――為朝、おぬしはどうしたい?」
と、今度は源為朝に話を振る。
源為朝は、巨体を畳むように腕組みしながら、笑顔で応える。
「おれさまは、おもしろけれゃなんでもいいぜ? 義経、どうだ?」
「都へ攻めのぼるには延暦寺が邪魔だな。潰すか」
「おい待てそれはまだ早い」
相変わらずの物騒な発言に、政子は待ったをかけた。
義経は意外そうに政子を見返す。
「攻めんのか?」
「まだ、な。一度戦力を削ったとはいえ、うち続く災害に戦乱……叡山に逃げ込み、その力となる民や落ち武者は、侮れん数になっておろう」
かつて強大な権力を振るった白河院をして「ままならぬもの」と言わしめた延暦寺。
全国に広がる末寺分社、広大な荘園、そして数多の信徒。そこから集まる膨大な財で、人材を、信望を、そして武装勢力を集める巨大勢力は、間違っても平家を討つ片手間で相手をしていい存在ではない。前世で懲りた。
ゆえに、と、政子は語る。
「やつらにも問いを投げようと思う。おそらくは、それで叡山は内部分裂を起こす」
「……分裂? なんでだ?」
「叡山は巨大組織よ。ゆえに様々派閥がある。以前の問題では親平家、反平家に別れておったが、あそこはそれほど単純ではない。問題のぶつけようで無数に割れる……特に、銭のことではな」
すべてを知り尽くしたように、政子は笑い、説く。
「知っておるか? 北陸には延暦寺の荘園がかなりの規模であることを。畿内西国が飢饉の今、北陸道は朝廷だけでなく、延暦寺にとっても生命線だということを。そして、北陸道を武力で抑えたわしらは、そこからの税を抑える能力があるということを」
加えて言うなら、北条政子は延暦寺の僧兵を滅ぼした仏敵だ。
対策を取るにも議論百出して、とてもではないが、まとまらないに違いない。
「かっかっか、そりゃあいい! あの山法師どもがあわてる様、ぜひとも見たくなった!」
為朝が笑いながら膝を打った。
その拍子に押された義経が文句を言うが、為朝は聞く耳もたない。
「おい、魔王娘よ! 延暦寺に使者を遣わすなら、おれさまを使え!」
「はっはっは、
政子も笑って南の空を見据える。
その先には延暦寺、そして京の都がある。
「さあ、朝廷と延暦寺……それから後白河院に、問いをぶつけてやろうか――最高なやつをのう!」
時に治承5年7月。
この月の半ばに、元号は治承から養和に変わる。
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