十七 天下形勢

 酒とともに軽い酒肴さかなぜんに乗せて運ばれてきた。

 政子は酒が飲めないので、かわりにウリがでんと膳の上に鎮座している。


 そして、当然のような顔をして政子の横にちょこん、と座った童女がいる。



「……おい、保子やすこ。なぜぬしがおる」


「あねうえはあにうえいじめすぎです。あねうえがむちゃしないか、保子がみはります」



 きりっ、と言ってくる妹に、政子はかろうじて罵声を呑みこんだ。

 これが明智光秀ならまげを取って思う存分蹴ったり殴ったりしてるところだ。



「おにょれ小賢しい」


「八月某日。保子殿が天使過ぎて生きてるのがつらい」


「おい頼朝おぬし我が妹に手を出さばぶち殺すぞ!」


「政子殿も最高」


「まじでやめにゅか!?」



 と、ひと悶着もんちゃくあったのはさておき。

 みな、ひとまずは酒を楽しむ。政子姉妹はウリを食べた。冷えていて、ほのかに甘い夏の果実に、保子はほわあっと笑顔だ。



「まあともあれ、だ。魔王娘よ」



 ややあって、源為朝みなもとのためともが口を開いた。

 手酌でとくりと瓶子へいしを傾けながら、毛むくじゃらの顔に剣呑な笑みが浮かんでいる。



「――その魔王の知恵でおれさまに教えろよ。この後、天下はどうなる?」



 肴の塩を舐めながら、頼朝が先に口を開いた。



「平家はいよいよ東海の鎮圧、武士団の整理を始めています。関東に手を突っ込み始めるのも時間の問題かと」


「さよう。これから坂東かんとうは荒れるぞ!」



 うなずきながら、政子はオーラ全開で胸を反らす。



「あねうえ、ころびます」


「保子、ちょっと黙っておれ――平家はまつろわぬ武士団を弱体化させ、息のかかったものを抜擢し、関東を平家の傘下に収めんとするであろう」



 勢いづけにウリをかじりながら、政子は語った。


 京と繋がりがある者ならば、その未来を予測することは、もはや難しくない。

 坂東を実質的に支配している諸豪族、武士団は、哀しいかな身分が低すぎる。


 政治ではとうてい平家に対抗できない。

 かといって反乱を起こせば、畿内西国きないさいごくを中心に大規模な武士団を抱える平家の、格好の餌食だ。



「だが、このもくろみは完遂かんすいされぬ」


「ふむ? なぜだ魔王娘? なにか状況が変わるか?」



 盃を傾けながらの為朝の問いに、政子はにやりと笑って答えた。



「変わらぬ。だが考えてみよ。わしらの敵は平家かもしれぬが、平家の敵は、わしらばかりではないのだ」


「……どういうことだ?」


蘆島殿おじうえ。平家は出世しすぎました。それゆえ圧倒的な権力と武力を手に入れましたが、敵も増えたのですよ」



 首をひねる為朝に、頼朝が説明する。



「――寺社、公家、そして院。敵とは言いませんが、けっして味方ではない。平家が今相手にしているのは、そんな連中です」


「……都の魑魅魍魎ちみもうりょうどもが相手か。ぞっとしねえな」



 巻き込まれ、一族を失った保元ほうげんの乱を思い出したのだろう。

 つぶやきながら、為朝が眉をひそめた。



「しかし、おかげでこっちは片手間になるわけか、魔王娘」


「うむ。むろん相手はあの平清盛たいらのきよもりよ。だからといって油断は出来ぬ! だからこそ、宮中の対立が最高潮に達した、その機会タイミングで横からぶん殴るのだ!」


「あねうえ、ぶん殴るとか言っちゃダメです」



 魔王オーラ全開で高笑いしていた政子は、保子に言われて脱力した。



「なるほど、ぶん殴れる・・・・・力を求めて、おれさまを配下にしようと思ったってわけか」


「うむ、その通りよ」



 いくぶん失速しながら、政子はうなずく。

 その脇で、頼朝が酒をちびりちびりとやりながら、なにやらつぶやいている。



「それまでには……なにか名目が必要ですが、きっかけと根回し次第で応じてくれそうなのは、伊豆の武士団と比企ひき足立あだち児玉党こだまとうや鎌倉党……は怪しいですが、三浦みうら党、上総介かずさのすけ千葉介ちばのすけ……南坂東の大半と、北は状況次第で小山おやま……」


「おいそこの謀略の鬼。正確すぎる予測は止めよ。寒気がしたわ」



 寒気を覚えて、政子は突っ込んだ。



「……まあ南坂東は義朝あにきの本拠だ。乳母たちってえ直通の縁もある。一度結んだ縁はそう簡単にゃ消えねえ。とくに、そうしなけりゃ自分が滅びるってえ瀬戸際ともなればな――だが、教えろ魔王娘。なにがきっかけでそうなる」



 出し惜しみするな、とばかりにらむ為朝の視線を跳ね返しながら、政子は口の端をつり上げて言った。



「都の――皇族の反乱クーデターよ」




 

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