十八 皇族事情


「皇族の――反乱ん!? はっ、昔も今も変わらねえな。あの魑魅魍魎ども、つくづく権力闘争がお好きなようだ!」


「ふむ、そのお方を、我々は知っていますか?」



 吐き出す為朝。対する頼朝は、冷静に急所を衝いて来る。



「むろん、知っておる」


「ならば首謀者は後白河院ごしらかわいんの三の皇子みこ……以仁王もちひとおうあたりですか」



 頼朝は即座に断じた。



「ほう。頼朝殿よ。貴様都の現在いまにくわしいらしいな。説明しろ」


「では、説明いたしましょう」



 酔いが回ってきたのか、朱の差した髭面を向ける為朝に、頼朝は冷静に応じ、説明を始めた。



「大乱のきっかけ、というからには、反乱をおこす人物に、それなりの影響力がなくてはなりません。現状、その力がある皇族といえば、おそらく三人」



 言いながら、頼朝は三本の指を立てた。



「―― 一人目は、天皇親政派だった二条天皇のみゆきをきっかけに、勢力盛り返しを図る後白河院。二人目は現在皇太子であり、ほどなく登極されることが既定路線の、後白河院七の皇子、憲仁のりひと親王。そして、三人めが」


「以仁王か」


「いえ、八条院はちじょういん――暲子内親王あきこないしんのう様です」


「おお、後白河院の妹皇女ひめ様か」



 為朝がぽん、と手を打つ。



「ええ。八条院は白河院、鳥羽とば院が蓄えた莫大な皇室荘園を相続されました。潜在的な実力は、院や藤原摂関家をもしのぎます。その八条院が後ろ盾になっておられるのが」


「以仁王、というわけだな」


「その通りです」



 頼朝はうなずく。



「これに対するのが憲仁親王か、後白河院か、いずれにせよ、こちらの勢力に清盛が加わる。いや、ひょっとして政権を握った清盛そのものが敵なのかもしれない。この絶対的な武力に抗するため、以仁王は八条院の力を借りて、全国の八条院領より武士を招集、同時に比叡山ひえいざん園城寺おんじょうじ興福寺こうふくじなどの寺社の力を借り――そして、天下を揺るがす一大決戦に……なるかならぬかは読み切れませんが、それをきっかけに、こちらが関東の武士団を一手に握って、横合いからぶん殴ることは可能でしょう」


「……ぬしがおると、未来さきの知恵を持った甲斐がないわ」


「おや、当たっていますか」



 頼朝がしれっと返すと、政子は苦虫を噛み潰したような表情になる。



「ねえさま、殿方の前でふくれてはだめです。おさなくみられます」


保子やすこ。わしはこの男に子供だと思われようが、べつになんとも思わぬぞ」


「八月某日、政子様のね顔超かわいい」


「むしろそれのがイヤぞ、いいかげんやめにゅか!」



 と、年少三人がそんなやりとりをしていると、思案顔だった為朝が、ふいに笑い声をあげた。



「かかっ、なるほど。それが五年先か十年先かは分からねえが……それまでに以仁王か八条院に食い込んどけば、おれさまも楽しい事態に立ち会えるってわけか」


「さすがにやめてくださいね? 伊豆の田舎ならともかく、都をうろつかれちゃ誤魔化しようがないですからね?」


「安心しろ! おれさまもそこまで向う見ずではない! だがよ」



 言いながら、為朝が髭もじゃの顔を政子に向けてくる。



「――こっちの魔王娘も、都の様子が気になってたようだからな。行ったついでにおれさまのことも、会った連中にいいように吹きこんでくれても罰は当たるまい……なあ魔王娘?」


「うむ。よいぞ! 都へはわしも行きたいと思っておった!」


「いや、いやいや。いやいやいや」



 頼朝は無理だ、あり得ない。と言うように、手のひらを高速で左右させた。



「……政子殿、ちなみに、都に登られたら、どうされるつもりです?」


「安心せよ! 事を起こすにせよ、まずすべきはは偵察ものみよ! とりあえず鞍馬くらまでぬしの弟、源義経みなもとのよしつねに会ってみて、つぎに八条院、できれば清盛と後白河院にも会いたいものぞ!」


「無茶すぎる!? どんな強行偵察カチコミですか!?」


「はっはっは、頼朝殿、この娘、止めても止まらんぞ」


「それは蘆島殿おじうえよりよーく知っておりますっ!」



 悲鳴交じりに頼朝が声をあげた。



「――だからといって、放っておけば、政子殿のことだ。目的を達するために、必ず無茶をやらかします! やらかせば北条家など吹き飛んでしまいます! 政子殿も心配ですが、それ以上に私の今後にも関わってくることです! ならば、可能な限り障害を取りはらって衝突を避けるが上策! 政子殿、都へ登る件、私にすべて任せていただけますか!」


「デアルカ! 大義!」


「よりともさま、あねうえをよろしくおねがいします」



 ふんぞり返る政子に対し、保子が深々と頭を下げる。



「任せてください! 幸い、私は八条院から援助を受ける身です! 時節の手紙で折につけ政子殿に触れ、八条院が政子殿に興味を抱くよう仕向けるなど造作も無きことです!」


「おい。おぬし、さらっと怖いこと言わなんだか!?」


「京への旅も、従者の藤九郎とうくろうに保護者役をしかと任じておきますから、保子どのはどうかご安心を!」



 別室で控えている藤九郎の運命が、勝手に決められている。

 ともあれ、政子を全力で援助するという頼朝の言葉に、妹の保子は顔を輝かせた。



「よりともさま、ありがとうございます!」


「……八月某日、保子殿がマジ天使すぎて幸せすぎる」


「だから、それを止めろと言っとるのだーっ!」



 とまあ、そんなわけで。

 翌年四月には、政子は八条院のお声がかりで京に上ることになった。

 出世の好機と、狂喜して舞いあがる北条時政ときまさを尻目に、兄宗時むねときはひたすら般若心経はんにゃしんきょうを唱えつづける毎日だった。



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