十六 頼朝と為朝


 政子が伊豆大島いずおおしまから帰還した。

 従者から報せを受けた源頼朝みなもとのよりともは、翌日、北条屋敷を訪れた。



「政子殿、大丈夫だったのでしょうか」



 政子は無事に帰ってこれたのか。

 とんでもないことをやらかしていないか。

 まったく。二重の意味で心配極まりない。



「まあ、あの小娘のことです。ただではぁ帰って来とらんでしょうな」


藤九郎とうくろう、怖いことを言わないでください」



 従者の言葉に頭を押さえながら、頼朝は北条屋敷の門前に立った。



「頼もう!」



 待つことしばし、門が開かれる。

 奥から顔を見せたのは、北条家の長男、北条宗時むねときだ。



「あ、頼朝様」



 宗時も、すでに十三歳。立派な好男子に成長している。

 が、どうも今日の宗時には、いつものすがすがしさがない。



「宗時殿、先日はどうも。政子殿が帰ってきたと聞いて、来させていただきました」


「ああ……政子ですね」



 疲れ切った大人の笑みだ。

 もうこの時点で嫌な予感しかしない。



「いま、呼んで来ますよ」



 そう言って屋敷に向かう宗時の後姿をみながら、頼朝は不安で仕方ない。



 ――いったい何があったんでしょう。



 考えていると、門の裏からぬっとでかい影が現れた。

 その姿を、頼朝は知らない。知らないが、頼朝の明晰な頭脳は、身体的特徴と前後の状況から、その正体を瞬時に判断した。



「あなたは……」



 ひきつった笑みを浮かべる頼朝に、影――髭もじゃの巨人は凶悪な笑みを浮かべて言った。



「どーも、頼朝様。蘆島太郎あしじまたろうくんです」







 ――どうしてこうなった。



 屋敷に招き入れられた頼朝は、案内された部屋で、盛大にくずおれていた。



「よく来たな! 頼朝! 元気がなさそうだがどうしたのだ!」



 元気をなくさせた元凶、北条政子は板間に敷かれた畳の上で上機嫌に笑っている。



「かかっ、どうしたどうした! 兄上――じゃなくて義朝よしとも殿のご嫡男がそんなになよっちくてはいかんぞ! にしても似とらんな!」



 そして蘆島太郎と名乗った毛むくじゃらの大男は、自分の正体を隠す気があるのか疑問である。


 源為朝。

 頼朝の叔父である。

 頼朝同様、流人であり、昨今珍しくないとはいうものの、朝廷の支配に弓引く反逆者。



「どうしてこんな状況になってるんですか」



 じとっとした瞳を向けると、政子と為朝は顔を見合わせて口を開いた。



「口説いた」


「口説かれた」


「……八月某日、叔父が幼女性愛者ロリコンで生きているのがつらい」


「おいやめにゅか」


「かかっ! 頼朝よ! 貴様冗談が上手いな!」



 為朝が遠慮なしにばんばん背中を打つ。

 当然の結果として、頼朝は水平にすっ飛んで木戸に衝突した。




「こら太郎! 加減せぬか! 頼朝がゴミクズのごとく吹き飛んだぞ!」


「いかん。加減間違えた――小娘、おれさまは客人だぞ。家人のごとく扱うな」



 ふたりのやりとりを聞きながら、頼朝は立ちあがる。



「頼朝、無事か!?」


「大丈夫です。こう見えても体は頑丈なので。むしろちょっと気持ちい――こほん……それより、叔父上――いや、ここではこう呼ばせていただきます。蘆島殿」


「なんだ?」


「どうして政子殿の客人に?」



 頼朝の問いに、為朝はにやりと笑って答える。



「うむ。この小娘が面白そうだったのでな」



 能天気な答えだ。

 巻き添えを食って殺されかねない頼朝としては、頭を抱えるしかない。



「それに」



 と、為朝は言葉を続ける。



「――この小娘は不思議の知恵を持っている。しばし世話になりながら、話を聞くのも面白そうだと思ってな」


「……なるほど」



 陽気の中に鋭い刃が隠れている、と、頼朝は見た。

 それは頼朝への敵意ではない。この男がみている先は、自分や政子と同じ――天下だと、頼朝は確信した。



 ――ずいぶんと荒い絵を描いてそうですが。



 いや、描いてすらおらず、まっすぐ腕一つで天下を睨んでいるのかもしれない。

 そのことに、頼朝は好感を覚えずにはいられない。


 対峙して、男の世界に入る頼朝と為朝。

 取り残されて面白くないのか、政子は眉根を寄せて仏頂面だ。



「あねうえさま、お酒をお持ちいたしましたわ」



 そんな空気を破るように、やってきた保子が、姉に対してにこやかに声をかけた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る