三 平治の乱

 平治へいじ元年(1159年)の末、都で大きな乱があった。

 そのことが信長=政子の耳に入ったのは、すべてが終わってからだったが、事の経緯は政子もっている。


 平治の乱。

 源氏と平家の血みどろの争い。その始まり。



「政変の主導者、藤原信頼ふじわらののぶよりに味方した源義朝みなもとのよしともは、関東に逃れる途中、尾張おわり国で裏切りにあい、殺害。ことを治めた平清盛たいらのきよもりは三位に登り、公卿になられたようです」



 武門の家である平家が、国家の政道を一手ににぎる、そのきざはし

 やがて平家は勢力を伸張し、名だたる名家を脇に押しやり、栄耀栄華を極めることになる。


 武家の世が始まる、その黎明。

 そこに、戦の匂いをたしかに感じて、幼い娘は笑う。



「まちゃに、乱世らんしぇよ」



 それは政子――いや、戦国の魔王信長にとって、故郷のごとき心地よさを感じさせるものだった。







 さて。数年が経ち、政子も満五歳になった。

 五歳にもなれば、それなりに動けるし走れる。

 兄の宗時むねときにため息をつかれながらも、政子は活発に野山を駆けまわった。


 さとの子供たちを引き連れて、だ。

 成長とともに、魔王オーラはいや増すばかりで、そこらの大人や野盗など、悪心を起こす前に逃げ散ってしまう。


 格好も酷い。

 直垂ひたたれくくばかまと、まるで男のような装いの上に、見事な小袖こそでを着流しており、腰からは袋をいくつも吊り下げて、干し柿や火打石、砂金の類を入れている。

 まるでかつての少年期くろれきしを取り戻したような珍妙きわまる格好で、徒党を引き連れてのし歩く政子は、いつしか「北条の修羅姫」と恐れられるようになった。



「やいやいやい、修羅姫さんよォ! オイラん土地で、でっかい顔しやがるじゃねえか!」



 それゆえ、狭い北条郷を越えるとこんな連中にも出くわす。


 政子たちの前に立ちふさがったのは、子供ばかり三十人あまり。

 敵、というわけではない。近隣の土豪の子供連中が、自分たちの土地に近づく政子たちに突っかかって来たのだ。



「政子、どうする」


「知れたこと」



 兄宗時の不安げな視線に、政子は口の端をつり上げて答えた。



「――遊びよ。石合戦とみゃいろうぞ」



 魔王オーラ全開だ。

 宗時は引いている。


 信長にとって石合戦の指揮など慣れたものだ。

 本当の戦であれば、もっと慣れているのだが、これは遊びだ。


 数は、北条側の子供たち15に対して相手側は30。

 劣勢とはいえ、そして遊びとはいえ、さきの第六天魔王、北条政子が指揮する子供たちだ。負けることなどあってはならない。



「者ども、かかれ、励め、そして――滅せよ!」



 無茶を言う。

 石合戦には勝った。







 その後も、政子は子供たちに、遊びを通して戦の仕方や諜報のやりかた、そして上下関係を魔王式スパルタで叩き込んでいく。

 いずれ起こるであろう、源氏と平家による、天下を巡る争いを睨んでのことだ。



「くっくっく、精鋭を作り勢力を広げ、牙を研ぐのだ。このわしが、戦国げんだいの戦を、まつりごとを、教えてやろうぞ!」



 そんな風に野心を燃えたぎらせる魔王だが。



「……すまん政子。言ってることがさっぱり理解できん」


「しっかりせぬか兄者!? 一族の子供で一番頭のいい兄者がそんなことでどうする! わしの心を折る気か!? もうわし泣くぞ!!」



 その道のりは、はるか遠すぎる。



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