第636話小さな光

「寸劇だと……何を言っている。そんな事はどうでもいい早く殺せばいいだろう」


 その言葉に自然と心が冷めていくのを感じながらヤーカムルを見下ろす。


「悪いが。私はお前の希望を叶えてやるつもりは微塵もない。私はお前じゃなくてミコトの味方だからな」


「くっ……結果は何も変わらない。俺を殺せば何もかも終わる。それだけだろう」


「違うな。それにミコトはお前が思うほど弱い奴じゃない。色んなものを乗り越えて、その上でここに立ってるんだ。その強さを認めようとしないお前の言葉を聞く義理はない」


「……だから……だから貴様は気に食わなかった。最初から全てを見透かしたようなその顔が、貴様に何がわかる。何も知らない奴が……何を……」


「それでも私はミコトを信じるよ」


 一瞬、羨むような表情をしたヤーカムルは悔しそうに顔を俯かせ、抵抗を止めた。


「ハクア。どう言う事っすか?」


 私達の会話を聞いていたシーナが思わず割って入る。


 何人かは今の会話で察しているようだが、私は改めてミコトの顔を見る。


「ハクア。わたしも教えて欲しい」


 頷いたミコトは決意を込めてそう口にする。


「わかった。でもまず最初に……これはどこまで行ってもコイツが勝手にやった事、それだけは頭に入れておいて欲しい」


「うん。わかった」


「じゃあ結論から……こいつが事件を起こした本当の理由、そしてその望みは全て叶っている。だって……里を巻き込んで、邪神まで復活させたのは全部、ミコトのためだから」


「えっ……わたしの……ため? それじゃあこれは全部、私のせ───」


「違います! それは違いますミコト様! それが言ったようにこれは……これは全て私が独断で行った事です。貴女が……貴女が気に病む事など何もないのです!」


「ヤーカムル……」


「そうだよミコト。最初に言ったでしょ、これはコイツが独断でやった事だって」


「そうですミコト様。これは私の罪、私だけが背負うべきものです」


 そしてヤーカムルはポツリポツリと話し始める。


 色んな事を間違いながら、それでも孤独に愚直にミコトを救おうとした男の物語を……。

 ▼▼▼▼▼▼▼

 その男にとって里とは牢獄だった。


 かつて邪神が攻め滅ぼさんと攻め込まれた際、邪神側に付いた一族の唯一の生き残り。


 それがこの里におけるヤーカムルという男の記号だった。


 監視という名目で囚われ、常に迫害され続けた男にとって、生きるという事は暗闇の中をひたすら歩き続ける行為でしかなかった。


 いつか迎える終わりを信じてひたすら歩き続ける生き地獄、それが男にとっての生きるという行為だった。


 だが、それは唐突に終わりを迎えた。


 光に出会ったのだ。


 小さな光。


「貴方がわたしの教育係になって下さい」


 男にとってそれは自分の人生を初めて照らしてくれた暖かなものだった。


「私はこの里の穢れです。貴女のような方ならもっとふさわしいものが───」


「いいえ、わたしは貴方が良いんです。ダメ……ですか?」


「私で、私などでいいのでしたら……」


 だから───男はその光の為に己の人生全てをかけて支えようと決心した。


「それがミコトでその為に生きようとしたって事か」


「そうだ。私にとってはそれが全てだった」


 差し伸べられた手を取った世界。


 それは比べ物にならないほど幸福に満ちていた。


 迫害、嫉妬、妬み、それらは消える事がなかったが、自分を認めてくれる。


 そんな人間が居るだけで世界は驚くほど光に満ちていた。


 だがそんな世界にも影が差す。


 ミコトを見る視線。


 その中にとても既視感があるものが混ざっている事にはすぐ気が付いた。


 侮蔑、嫌悪。


 散々自分に向けられ今も尚続くその視線が、一部の者からとはいえ龍神の娘であるミコトにも注がれていたのだ。


 最初こそ意味がわからなかった。


 龍神の娘であるミコトは尊き存在。


 そんな存在に自分と同じような目を向ける者が居るなど信じられなかった。


 しかし偶然にも元老院の者達が話しているのを聞き、ヤーカムルはミコトの中の邪神の存在を知る事になる。


「確かに元老院はミコト様にめちゃくちゃ厳しかったっすもんね。ミコト様の近くに居たヤーカムルなら偶然聞いてもおかしくないって感じっすね」


「…………」


「ハクア、どうした?」


「いや、なんでもない。続けて」


 邪神の存在を知ったヤーカムルは、ミコトに封印されたベルフェゴールについて調べながら、様々な場所へと赴き、各地に残る邪神の噂や情報を集めて回ったらしい。


「なるほど……それと並行して、この里に種を埋めまくったって訳か」


「そうだ」


「種ってなんの事?」


「まあそれは比喩だけど、私が関わったは三つ、アカルフェル、里の対立、そして最後にマナビースト、あれもお前の仕込みだろ?」


 ヤーカムルは私の言葉に少し驚きながら、それでもコクリと頷いて同意する。


「なっ……あれも……!?」


「じゃあ私達が狙われたって事?」


「不自然ではないか? なぜアトゥイ達を狙ったんだ? 自分で言うのもなんだが、狙うなら妾達の方が影響は大きいだろう?」


「いや、確かに狙われたは狙われたけど、実際は誰でも良かった。あの場、あの時のタイミングが一番都合が良かったってだけ、私達はたまたま巻き込まれたに過ぎない」


「どういうことなの?」


 実際、重要だったのは誰を殺すかではなくて、誰も助けに来れない状況を作り上げる事だった。


「誰も来れない状態?」


 そう。仮にあの状態で静観以外の行動を起こすとしたら、ダンジョンを壊して無理矢理鎮静を図るしかない。


 しかしそうすれば全員が危惧した通り、中に居る私達ごとダンジョンを壊す事になる。


「そうなればどうなると思う?」


「どうって……」


「たまたま勝てたけど、あのままマナビーストに全員殺されてれば、助けに入らなかった龍王は非難される。無理矢理入って誰か怪我しても間に合わなくても死亡をしても同じ、どっちにしろ中に居る奴が倒す以外遺恨が残ったんだよ」


 実によく出来た罠である。


「確かに……ハクアが倒さなければそうなっていた可能性が高いっすね」


「里の対立も同じ。どういう方法かは知らんが、私が来た頃にはアカルフェル筆頭の過激派と穏健派に別れてたからね」


「ああ、時間を掛けて少しづつ意識を変えていった。思ったよりも簡単だった」


「……そう。例えば……そうだな。仮にそこらの子供を一人殺せば相手がやったと思って抗争に発展してただろうね」


 私の言葉に全員が押し黙る。


 それほど里の状態が臨界寸前だったとなんとなく感じていたのだろう。


「わかったでしょう。これが私の罪です。さあ、わかったなら早く早く私を───」


 《させると思う?》


 その声はヤーカムルの体、肩の辺りから聞こえてきた。


 まっ、そうだよな。


 一人納得していると、ヤーカムルは体を自ら抱き抱え震え出す。


 そしてボコリと音を立て肩が大きく膨れ上がり、それが現れた。


「まさか……ベルフェゴール……なのか」


 信じられないと言うようなトリスの呟き。


 そう、全員が死んだと思っていたベルフェゴールは、ヤーカムルの身体に取り付き、まだ生き延びていたのだった。

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