第634話二つの花弁

 倶利伽羅天童に変身し、龍化した白銀の神々しいオーラを放つミコトの頭の上に乗るハクア。


 龍化したミコトの体は今までよりも大きく、ハクアを頭の上に乗せても余裕があるほどだ。


 しかもその内には、今までと比較にならない程の力が凝縮されているであろうことも見て取れる。


 それは龍神にも引けを取らない程だ。


 それもその筈、創成龍・ジェネシスドラゴンとは神話の時代に存在したとされる龍種。


 龍神の最初の眷属にして、唯一、龍神に近しい力を分け与えられた特別な存在。


 そして───龍神に代わり、この地を創ったとも言われる伝説上の龍なのだ。


 では何故ミコトはそんなとんでもない進化を遂げたのか?


 そしてハクアは一体何をしたのか?


 それは実に単純だ。


 ハクアが行った事、それは龍脈の力を使い、強制的にミコトを一時的な進化に導いた。


 有り得るかもしれない未来の可能性。


 その一端に無理矢理手を伸ばし掴み取るある種のイカサマチート


 それが今回の作戦だった。


 だが、言葉にすれば簡単なそれも実際に行うとなれば話は変わる。


 龍脈の力を身体の内で変換、自身の力と融合させたそれを無理矢理ミコトに注ぎ込み、肉体から溢れる程の力でオーバーフローさせ、ミコトの身体を新たに再構築する。


 そしてハクアはその瞬間に心龍召喚を使う。


 そうする事で、ハクアの力に変換されミコトの内にある龍脈の力は、ハクアの心龍召喚に呼応。


 結果、心龍召喚のスキルを誤認させる事で、擬似的にミコト自身をハクアの産み出す心龍として扱い、強制的な擬似進化を成功させた。


 だがここにも幾つもの制約が存在した。


 一つはもちろん、ミコトがハクアの心龍召喚の一部として認識出来るか。


 一つはミコト自身の成長度合いと神の力の兼ね合い。


 一つはミコト自身の身体がその進化に耐えられるか。


 それら幾つものハードルを越え初めて成し得る。


 しかしこれはあくまでハクアの卓越した力のコントロール技術と、古の方法を使った契約、心龍召喚という今や使い手が廃れた技術があって、初めて成立する強引な手法の奇跡。


 そして心龍召喚というスキルを細部に至るまで分解、解析し、拡大解釈する事でスキルを誤認させるという、荒業にしてイカサマなのだ。


 しかしそのイカサマの代償は大きい。


 その証拠に一見すればパワーアップを果たしたように見える二人も、その実その身体の内側は既に満身創痍と言ってもいいほどボロボロだ。


 ミコトは強引な進化により身体や魂が傷付き、ハクアもまた無茶を重ねて来た代償に、下手をすればミコトよりもその状態は酷い。


 それこそ戦い続けている事どころか、立っている事すら奇跡に近いほどには───。


 しかし二人はそれを感じさせない。


 ただ前を見据え、敵であるベルフェゴールを睨み付ける。


 そして時は動き出す。


「ハアァァァ!」


「ガアァァァ!」


「オオォォォ!」


 ハクア、ミコト、ベルフェゴールが声を上げ力を集中する。


 生まれるは二つの太陽。


 白の太陽と黒の太陽が向かい合い同時に放たれる。


「うわっ!?」


「ゴブッ!?」


「クッ!?」


 白と黒の太陽が互いの中間距離でぶつかり合い、一瞬の静寂の後、白と黒の光で世界を埋めつくし衝撃波を放つ。


 衝撃波により発生した突風が、幾つもの竜巻を産み出す。


 大地はめくれ上がり、ぶつかり合う力の余波で世界が揺れ、空気が悲鳴を上げながら軋む。


 永遠に続くかと思われた数秒の激突。


 しかし勝敗は徐々にだが片方に傾き始める。


「「オオオォォォ!」」


 ハクアとミコト。


 二人の声が重なり、それに呼応するように僅かにだが白い太陽が勢いを増し黒い太陽を呑み込み始める。


 それも当然だ。


 この一撃の為に時間を使ったハクアとミコト。


 対してベルフェゴールは、ハクアの呼び出した二人を排除する事に時間を使った。


 その結果、如何に邪神と言えどあの僅かな時間では、見た目も込められた力も同じように見えても、ハクア達の作り出す攻撃と同等の攻撃は出来なかったのだ。


 それでも相手がハクア達ではなければ黒い太陽は全てを呑み込んでいただろう。


 それほど神の力は絶大なのだ。


 しかし現実は違う。


 相手はハクア達二人であってほかの誰でもない。


 その結果が現実のものとして黒い太陽が白い太陽に呑み込まれる結果を生み出した。


「ガアァァア!」


 黒い太陽を呑み込んだ白い太陽がベルフェゴールを襲う。


 しかしベルフェゴールは両の手を前へと突き出しそれを受け止めた。


 ベルフェゴールの身体を破壊しながら進む白い太陽。


 それを阻止しながら破壊された身体を高速で再生して阻むベルフェゴール。


「あっ!?」


 それは誰の声か。


 身体を動かせず、その戦いを見守る事しか出来なかったシーナ達の視線の先で、先に力尽きたのは優勢に事を運んでいたハクアとミコトだった。


 倶利伽羅天童も創成龍としての龍化も解け、受け身を取る体力すらなく地面に叩き付けられる二人。


 しかしそれでも白い太陽は健在だ。


「行っけーっす!」


「行けーなの!」


 もう誰も動けない。


 本当にこれが最後の一撃だと確信した全員が声を張り上げ、ハクアとミコトの一撃の行方を見守る。


 徐々にだが両腕の再生能力を超え、体に近づく白い太陽。


 もうベルフェゴールにもどうする事も出来ない。


 そう誰もが思った瞬間。


「ガアァァア!」


 白い太陽が身体に触れた瞬間、ベルフェゴールは背中から四本の腕を新たに生やし、白い太陽を抱き締めるように抱える。


 消滅する身体と腕。


 しかし白い太陽もベルフェゴールに締め上げられその形を変え、まるで破裂する寸前の風船のようになっている。


 そして───


 パァンッと言う破裂音と共に衝撃波が生まれ、全てを吹き飛ばす。


「くっ、どうなった」


「……わから、ない」


 衝撃波に吹き飛ばされたトリスがなんとかのしかかる瓦礫を退け口にする。


 それに答えたシフィーにも状況は分からない。


 唯一分かるのは衝撃波によって土煙が上がり何も見えないという事だ。


 同じように吹き飛ばされた全員が戦いのあった位置に目を向けるがやはり何も分からない。


 ハクアとミコトの行方は疎か、あのベルフェゴールの巨体すら視認する事が出来ない。


 見たくなかった結果を先延ばしに出来た事に一瞬の安堵が過ぎる。




 ───だが、結果は絶望と共に現れる。




「う……そ……っすよね……」


「冗談きついの……」


「だが、現実だ」


「……うん」


 土煙から突き出された黒く大きな腕。


 そして徐々に現れるベルフェゴールの姿。


 身体は半分が無くなり、至る所がヒビ割れて今にも崩れ落ちそうな姿。


 だが生きている。


 だが動いている。


 そして───生き残りであるシーナ達の方へと近づいて来ている。


「クッソォ……」


 未だに身体は満足に動かない。


 ここまでの戦いでハクア達程ではないが、全員が満身創痍と言っても良い状態だ。


 いくら滅びかけていようと相手は邪神。


 立つ事すらままならない状態で相手が出来る敵ではない。


 それがわかっているからこそ漂う絶望感。


 それでも一人また一人と死を覚悟しながら立ち上がる。


 絶望を抱え死を覚悟した敗者達と、最大の敵を排除した勝者。


 諦めた者と確信した者。


 相反する二組。


 そこに居る誰もが互いの勝敗を疑わない。


 しかしそれに抗う者達もいた。


「「オオオォォォ!」」


 結果など知るかと、諦めなどクソ喰らえだと。


 土煙の中から飛び出した二つの影。


 緋色の光と白い光の二つの花弁のように散らしながらベルフェゴールに向かって跳ぶハクアとミコト。


 立てるはずがない。


 動けるはずがない。


 戦えるはずがない。


 しかし動く。


 諦めない。


 ただひたすらに勝利を手にする為に無様に足掻く。


 勝利を確信した者でも、敗北を受け入れ抵抗する者でもなく。


 勝利を目指し足掻き続けた者にこそ勝利は訪れる。


緋桜ひおう


龍桜りゅうおう


「「繚乱りょうらん!」」


 緋と白。


 それぞれの光を従え拳に宿したハクアとミコトの一撃が、反応が遅れたベルフェゴールへと突き刺さり、光の花弁を撒き散らす。


「「貫けぇぇ!!」」


 二人の声に呼応して、花弁がベルフェゴールに収束し爆発的な威力を生み出し胴体を貫いた。

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