第633話ねぐや
「さて、向こうはもう大丈夫だからこっちも始めるよ」
「う、うん。でも、どうするの?」
「簡単に言えば、私がベルフェゴールに流れてる龍脈の力を奪って、その力でミコトを強化する。それで強化されたミコトに全力の一撃を撃って貰う」
「スリーステップで簡単に説明された!? えっ、他には? 他になにか作戦ないの!?」
「ないよ。ここまで来たらシンプルだ。小細工をする暇も仕込む時間もないから、相手の再生能力を超える想定外の一撃で削りきるしか方法がない。それにシーナ達程じゃなくても私達だって徐々に影響は受けてるしな」
とにかく時間がない。そう言ってハクアが焦るのも無理は無い。
ハクアの言う通り、シーナ達程ではないがベルフェゴールの使う怠惰の世界の影響は、確実にハクアとミコトをも蝕んでいる。
立ち上がれなくなるほどのシーナ達と違い、僅かずつの力の減衰に留まっているが、元々の自力が違う相手。
戦闘が長引けば長引く程不利になるのはハクア達なのだ。
「そうは言っても、私龍脈の力なんて使えないよ」
「そこは平気。私の身体を通す事でミコトが力を使えるように変換するから」
龍脈の力を使うには神レベルの肉体、それを扱える技量が必要となる。
ミコトには龍脈の力に耐えうる肉体はあるが、ハクアのレベルで力を扱う技量がない。
逆にハクアは龍脈を使う技量はあっても、その力に身体が耐えられない。
それがわかっているからミコトは聞いたのだが、ハクアは全く気にした様子もなく、それを自分の体の中でミコトに使えるように変換して、受け渡すと言ってるのだ。
「龍脈の力を変換って、そんなことをしたらハクアの身体がどうなるか……自分で力を行使しないからって平気な訳じゃないんだよ」
「だとしてもそれ以外に方法がない。やつの供給を絶って、こっちの強化に使う。これが一番シンプルで確実な方法なんだよ。それに……私の事ばっか言ってるが、それを受けるミコトの負担も軽いもんじゃないよ?」
「それはわかってるけど……多分、ハクアよりは大丈夫!」
「クソ。根拠はない癖にめっちゃ納得出来る自分が憎い。まあとにかく、今から言い争う時間なんざない。どちらにせよ失敗すれば死ぬんだから同じだよ」
そう言われてしまえばこれ以上反論する言葉はミコトの口から出せない。
何故ならハクア以上の策───いや、それ以下のものであっても、あの強大な敵を相手にする作戦など全く思い付かないからだ。
口では否定しつつも邪神相手に真っ向勝負にまで持ち込める策は、ミコトからすればそれだけで尊敬に値する程だ。
だがそれでも心配なものは心配。
ハクアもそれは重々承知だが、そんな事を言っていられる場合でもないのが現状だ。
「これ以上は時間を無駄に出来ない。やるぞミコト」
「しょうがない。無茶はしないでねハクア」
「それは難しいかな」
心配するミコトの言葉に曖昧に笑って答えるハクアは、そのままゆっくりと目を閉じると自分の意識の海に、深く、深く、潜る。
(見付けた)
龍脈を探り、ベルフェゴールが接続している場所を特定したハクアは、そこに介入するよう丁寧に術式を組んでいく。
タラリと流れる汗が一筋、二筋、次第に脂汗を浮かべていくハクア。
「ハクア!?」
ミコトの悲痛な声が響く。
当然だ。
脂汗を浮かべ始めたと思ったハクアが、今や血管が切れるのではないのかと思うほど浮き出て、脂汗と共に口からも鼻からも、目や耳からも血を垂れ流し苦悶の表情を浮かべているのだ。
その光景を見て心配するなと言う方が酷である。
しかし、当の本人であるハクアにそれを気にする余裕は1ミリもない。
常人であれば龍脈に干渉すること自体、その力に呑まれ身体が崩壊してもおかしくない。
そこに来てハクアは邪神から力を横取りしようとしているのだ。
それが楽な訳がない。
刻一刻と変わる状況に、頭の中では高速で術式を組み替えては挑み続ける。
それは例えるならカーレースをしながら、その道のプロを相手に将棋、チェス、オセロなどの様々なボードゲームを一手ごとに切り替えて戦うようなもの。
その上で全て意味のある奇手の一手を打ち続けているのだ。
それに加えて術式の組み替えは精神力も体力も大幅に削る行為、例え魔法の才がある者でも、脳が破壊されてもおかしくない程の情報量なのだ。
だが、それでもハクアはやり遂げた。
龍脈に接続するベルフェゴールから、龍脈の力を奪い去り自分へとその流れを変える。
「ゴプッ」
膨大な力の奔流が足元からハクアへと流れ込み、その圧力に負けたハクアが口から盛大に血を吹き出す。
時を同じくして、ベルフェゴールから放たれた魔力球から二人を守るため、全員がハクア達を取り囲むように結界を貼る。
しかしそこで水龍王だけは違う行動を取る。
結界に見せ掛け、ベルフェゴールがハクア達の行動を察知出来ないようにする隠蔽を施した。
それはハクアと共に、ハクアが呼び寄せた澪と瑠璃を信じたからこその一手。
それを理解したハクアが信じてくれた事に口の端を上げる。
「ミコト行くぞ」
「うん」
だからこそハクアは自分のやるべき事を優先する。
そこに一切の迷いはない。
周りで起きている事も邪神が今も尚命を狙っていてもハクアに恐れはない。
龍脈の力に身体の内も外もボロボロになりながら、ハクアはミコトの手を握り締め、自身の内側で変換した龍脈の力を一気にミコトに流し込む。
「うっ、ああ!? ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」
ハクアを通り変換された力が、握り締めた手を通してミコトの身体を満たしていく。
それはまるで全身にマグマのような熱と、液体窒素のような冷気が同時に身体を駆け巡るような感覚。
ハクアは声も出さずにこんなものに耐えていたのか。
そう思いたくなるほど程の痛みと熱、そして身体を包む冷気にミコトは思わず叫び声を上げる。
身体が燃えるように熱い。
身体が凍るように冷たい。
身体が内側から切り刻まれるように痛い。
全身が溶けてしまったような、全身が凍りついたような、全身がバラバラに砕け散ったかのような感覚がミコトを絶え間なく襲う。
だが、耐える。
熱に寒さに痛みに、ひたすら耐える。
時間にすれば一分もない。
しかし二人からすれば途方もない時間が経った頃、龍脈の力がミコトを満たした事を感じ取ったハクアの口から音が漏れる。
「
歌うように。
「叶えたいことがある 成し遂げたいことがある だからどうか 一時その力を貸して欲しい その為に 捧げよう この身 この魂 この願い」
願いを込めて。
「
「ぐっ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
ハクアの詠唱が終わると同時に、一瞬ミコトの中で力が縮小する。
すると次の瞬間、今まで以上の爆発を持ってミコトの身体を蹂躙した。
爆発的な力の増加。
それに身体が耐えきれなくなり、その力に適応すべくミコトの身体が変化を始める。
それを確認したハクアは再び詠唱を開始した。
「絆結びし魂を以て 彼の者に力を与えん その牙をあらゆるものを砕き その爪はあらゆるものを切り裂く 猛ろ 猛ろ その魂を燃やせ!」
ハクアの言葉に呼応するように力がうねる。
「其は 古より来る者 其は龍の祖なり その身を変じ顕現せよ 創世龍 ジェネシスドラゴン」
力が、ハクアの言葉でその形を決定的なものにする。
それは女神と共に世界を作ったとされる創世の龍。
龍族であっても伝説、おとぎ話として語られるだけの存在。
それが今、邪神を前にこの地に現れた。
ミコトの放つ力に水龍王が張った隠蔽が解かれ、澪に体を凍りつかされたベルフェゴールの前に伝説が現れる。
「最後は決めろよ」
「うん。当然」
澪の言葉に答えたハクアは神々しさすら感じる白龍───ミコトの頭に乗ったまま答えた。
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