第632話なんかウザったいですね

(さて、どうするか……)


 攻撃を捌いた瑠璃も、ベルフェゴールに大ダメージを与えた澪も一見すれば優勢に見えるがそうでは無い。


 瑠璃と澪の活躍は目覚しいものだが、その実、本人達の想定を遥かに下回る結果だった。


 特に澪の攻撃は見た目こそ派手だが思ったほどの効果はない。


 ハクアの血を舐めた事で、瑠璃とは違い鬼の【破壊】の力を手に入れた澪の攻撃力は飛躍的に上がった。


 そこに自身の力を混ぜ合わせる事で生まれた紫氷は、氷でありながら鋼鉄並の強度。


 そして【破壊】の力によって貫通力が上がり、更に氷の特性により攻撃部位から凍結、侵食、組織を破壊していくという凶悪なものとなった。


 しかもこれには氷を除去するまで体力を削り、回復を阻害する効果もある。


 今回澪が使った氷血華はそれを更に強化したもの。


 体内で紫氷を爆発させ、侵食部位を増やしながら相手の血肉をも使いその範囲を広げ、効果は低いが飛び散った氷も同じ効果を発揮する技だ。


 しかし───。


(見た目に反して効果は薄いな……それにガワ・・をいくら攻撃でも届かないか)


「みーちゃん」


「ああ、相変わらずとんでもないのとやり合ってるなあのバカは」


 声を掛けてきた瑠璃に視線を外すことなく軽口を叩く澪。


 しかしその目は常にベルフェゴールを観察し、少しでも攻略の糸口を探り続ける。


 澪の氷は攻撃の用途に使われただけでない。


 全ての氷は澪の支配下にあり、どれほど細かく砕けようとその気になれば全ての氷の状態を把握出来る。


 そしてそれを使う事で、澪はハクアのように氷で攻撃を加えた相手の状態を把握する事が出来る。


 更にそれは身体を凍らせるとより詳細に相手の状態を調べる事が出来た。


 そしてそれはハクアと同じかそれ以上の精度で相手を丸裸にする。


 ベルフェゴールの巨体。


 目の前で受肉した場面を見ていたシーナ達は、当然のようにベルフェゴールが受肉の際に巨体になったと思っているが、その実、澪が看破したようにこの肉体は言わば肉の鎧のようなものでしかない。


 いくら傷付けようと本体へのダメージは軽微。


 肉体を再生させるエネルギーを、多少消費させるのが関の山。


 だからこそハクアは自分達を呼び寄せ、一撃で決着をつける為の仕掛けを施している事を、澪はこの一連の攻撃で全て理解した。


 澪がチラリと隣に来た瑠璃を見ると随分と楽しそうにしている。


 ここに呼ばれた状況や理由を含め澪のようにわかってはいないようだが、久しぶりにハクアに会え、何より頼られテンションが上がっているようだ。


(それにしても……あいつまた・・一気に強くなったみたいだな)


「みーちゃん。みーちゃん!?」


「なんだ?」


「えーと、今凄い顔してますよ。女の子でも勇者でもどっちの人でもしたらいけない顔してますよ」


「おいコラ失礼だぞ」


「えっ、だって本当に凄い顔してましたもん」


「因みにどんな?」


「……凶悪な感じで人をアレしちゃいそうな表情でしたよ」


「お前マジで失礼だな」


「だってそうでしたもん。少なくともあっちに向けるものであって、味方のハーちゃんに向けるものではなかったですよ」


「あー、それはなんとなく分かる」


 いつも通りと言えばいつも通りなハクアの急成長。


 自分の目指す先が更に上に居る。


 それが面白くてついいつものように闘争心が湧いてしまったのだ。


 正直に言えば、今も目の前に居る自分達を殺そうとしているどこぞの邪神なんかより、ハクアか何処まで強くなっているのかの方が気になると言うのが、澪の偽らざる気持ちなのである。


 ぶっちゃけ邪神なんて興味ないのだ。


 それは瑠璃も同じなようで、ぶっちゃけもうあんまり興味がなかったりする。


 とてもハクアの友人らしい───いや、類友とも呼べるらし過ぎる二人である。


「オオオオオォォ!」


「と、どうやら向こうは怒り心頭らしいな」


「そうですねー。なんかウザったいですね」


「確かに。まあ、実力的にもそうは言ってられないし何より───」


「ハーちゃんが頼ってくれたんだからしっかりと果たさないとですね」


「ああ、そうだな。私達ではまだ・・決めてに欠ける。それも含めてアレて経験値積むとするか」


「そうですね。アレにはきっかり経験値になってもらいましょう」


 あれほどの攻撃を受けてもアレ扱いは全く変わらない。


 何処まで行っても二人にとって、アレはハクアに任されたモノ。


 そして何処までも高く、何処までも速く、何処までも遠くに駆け抜けて行く親友に、追い付く為の経験値でしかないのだ。


 ベルフェゴールが強大な両の手を地面に叩き付けると、まるで水の塊が当たったかのように地面に腕が溶け広がり、黒い水溜まりを作り上げる。


 黒い水溜まりから生まれ出た怪物は、明らかにさっきまでの怠惰の軍勢よりも強い。


 それは龍族であるトリス達ですら手こずる程の強さ。


 それが数百体と生み出される光景は悪夢でしかない。


 しかし───


「ほう。物量に切り替えたか」


「そうみたいですね。私、結構苦手なんですけど」


「そうか。なら後ろにいてもいいぞ? 全部貰うから」


「あっ、ずるいです。苦手って言っただけでやらないなんて言ってないですよ。私にも少し回して下さい」


 今まさにそんな軍勢をたった二人で前にしている澪と瑠璃に緊張は全くない。


「……あの二人、なんであんなに余裕なんっすか!?」


「わかんないの。でも……」


「ハクアと似た雰囲気がします」


「……うん。どんな相手でもなんとかなりそうなそんな空気」


 そんな二人にシーナ達は知り合って浅い、しかしそんな付き合いの浅さなど関係ないほどに、濃密な時間を過ごして来たハクアを幻視する。


 そして実際、それは目の前で現実のものとなる。


「行け。氷槍剣烏ひょうそうけんう


 澪の創り出した紫氷が様々な形の剣や槍となり、それが無理矢理重なり合い、歪な形の巨大な鳥を創り出す。


 氷槍剣烏と呼ばれたそれは、一鳴きすると一気に怠惰の軍勢の元へ飛び出し、道中の全てを切り裂き、貫いていく。


 そして敵陣の中央に到達するとその場で大きな声を上げ、自身を形作る剣や槍を射出して、周りの全てを氷の彫像へと変えていく。


「行って」


 同じく瑠璃も舞によって創り出した双龍を敵陣へと向かわせる。


水籠みなかご


 双龍は瑠璃に従い敵陣へと到達すると、魔力球を閉じ込めたようにその場で旋回して、自身の身体で水の檻となって敵を閉じ込める。


 そして───


渦龍かりゅう


 瑠璃の呟きに応じた双龍が互いを食い合うように交差し、檻に捉えた軍勢を引き裂いていく。


「おっ、来たか」


「いらっしゃいませー」


 だが、そんな鳥と龍の猛威を抜け出し澪と瑠璃まで届く個体も居る。


 遠距離攻撃を仕掛けてくる相手には術者を攻撃する。


 これは正しい。


 だが───相手が悪い。


 何故ならこの二人は本体の方が強いのだから。


烈槍れっそう


「水転流特式・海刃かいじん


 突撃して来た個体を紫氷の槍と、鉄扇にオーラを纏わせた蒼い剣で駆け抜けざまに始末した二人が、敵陣へと突入し次々に敵を屠る。


 数体。


 数十、数百体。


 並み居る敵を全て蹴散らす二人だが、徐々にその勢いは衰えていく。


 当然だ。


 相手はどれほど倒してもすぐさま補充される。


 これはどちらが先に倒れるかと言う耐久レースでしかない。


 そうなれば、ただの人間である二人の方が劣勢になるのは当然だ。


 そして遂にその均衡は破られる。


 力を使い尽くし、傷付いた二人の身体が光を放ち次第に空へと溶けていく。


「ここまで……ですね」


「ああ、だがオーダーは果たしたぞ」


 そう、ハクアのオーダーは五分持たせること、二人は見事にそのオーダーを果たしたのだ。


 そして───


「最後の土産だ」


 澪は消え去る直前、戦いで撒き散らした全ての氷を使いベルフェゴールの体を凍りつかせる。


「最後は決めろよ」


「うん。当然」


 澪の言葉に神々しさすら感じる白龍の頭に乗ったハクアが答えた。

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