第631話遅い
「さて……それじゃあ、アレは私がなんとかしますね。みーちゃんはその後をお願いします」
「わかった」
気軽に一言言って前に進みでる瑠璃。
そしてそれをなんの疑いもなく見送る澪。
「「「えっ!?」」」
そんな光景を目の前にハクア以外の全員が驚きの声を上げる。
それも当然だ。
ベルフェゴールの作り出した魔力球は、ここ中の誰であっても防げないほどにまでその威力を高められている。
もしあれを防げるとすれば、その可能性があるのは唯一地龍王ぐらいだが、その地龍王であっても命を懸けてようやくその可能性は半々。
なまじ命を懸けて防いだとしても、その威力を全て受け止める事は恐らく不可能。
この場の全員を無傷で助ける事は不可能、土地がそのまま吹き飛んだとしてもおかしくないだろう。
あくまでも被害を最小限に抑える。
それが精一杯だろう。
そんなものをなんとかするためにハクアは二人を呼んだのだ。
にもかかわらず瑠璃はその魔力球を一人でなんとかするという。
しかも澪は澪で、何も言わずに一言"わかった"とだけ返し、一人で対処することを了承した。
これが驚かずにいられる訳がない。
しかしそれはベルフェゴールにとっても同じ事だった。
全員を殺せるだけの威力がある。
それだけの力を込めて圧縮しているのだ。
それなのに出てきたのは人間の小娘二人。しかもその内の一人が挑発でもするかの如く前に進み出てきた。
小娘とはいえ、わざわざハクアがこの状況で呼び出した二人、ベルフェゴールも様子見をしていたが、前に進み出た瑠璃の顔を見た瞬間、本能が警戒を鳴らした。
前に進み出た瑠璃、そしてその後ろで腕を組み悠然と立つ澪、その二人の顔にハクアの面影を見たのだ。
それを感じ取った瞬間、ベルフェゴールは本能的に自身に仇なす敵を消し去るため、瞬時に魔力球を放っていた。
放たれる魔力球。
それを見た全員の中で"死"という単語が頭を過ぎる。
この場の誰でも、例え地龍王が万全であったとしてもあれは防げない。
そう思わせるには十分な威力がこもった一撃。
その場の全員が自分達の命は諦めたが、同時にハクアとミコトの二人だけはなんとしても守る為に結界を張り衝撃に備える。
「水転流特式・操流の舞」
だが必死に結界を張るシーナ達の鼓膜を涼やかな声が震わせる。
場違いなほどに涼やかな優しい声。
聴く者を安心させるような、包み込むような音に全員の視線がその発生源である瑠璃に寄せられる。
いつの間にか取り出していた鉄扇で舞う姿は、ハクアの洗練された目を奪う舞とはまた違う、見る者の目を惹き付ける暖かな空気を感じさせる不思議な舞。
瑠璃の舞に合わせて振るわれる鉄扇が軌跡を描き、気によってその軌跡が可視化され、空中に幾重もの線を残していく。
「えっ?」
それは誰が発した言葉か。
瑠璃の鉄扇が描く軌跡が折り重なり、次第に一つの形を取っていく。
その形は二匹の龍───双龍だ。
少し違うがハクアと同じように人間が龍の持つ気を使う事はある。
しかしあそこまで純度の高い龍の気を使う事は稀だ。
しかもトリスが知る限り、瑠璃がそんな力を持っていた記憶はない。
という事は、ハクアが龍の里に来て二ヶ月程の間に手に入れた力という事になる。
まあ、事実その通りなのだが、その経緯はトリスの想像するような、強力な龍族を倒して手入れた……なんてものではない。
むしろこれは予測不可能な事態と言うか、いつも通りというか判断に困る出来事の末に手に入れた力なのだ。
実はハクアは龍の里に来てから、定期的にテアに頼んで自分の血を採取して仲間───エレオノやサキュバス達に送っていた。
一度ハクアの血を吸血したエレオノには、必須とは言わないが必要なものであったし、ハクア本人からではなくとも、効率自体は悪いが血液からも精気を吸収出来るからだ。
なので送られたハクアの血液は、最初に権利を勝ち取ったサキュバスが精気を吸収、その後血液をエレオノが呑むというサイクルが出来上がっていた。
因みにエレオノ曰く、精気を吸われた後の血液は旨味や風味が落ちるそうだ。閑話休題。
さて、そしてどうしてこんな話になるかと言えば、簡潔に結論を言えば、ハクアが居なくなって禁断症状が出た瑠璃が、エレオノの呑んでる血に目を付け舐めた事が原因だ。
……うん。普段はまともなのにハクアが絡むととことんヤベー奴である。
まあその結果、何故だか分からないが瑠璃は龍の力を手に入れたのだ。
舐めるだけでそんなものが手に入るならと全員が舐めたが、結果龍の力が発現したのは瑠璃だけ。もう一人は別の力が発現した。
仮説としてはハクアの龍の力が強まった事なども挙げられるが、これには元女神含めて全員がわけもわからず首を傾げるしかなかった。
まあきっと、絆やら友情やら愛やらそんな感じの力が働いたのだろう。
世の中には原因をハッキリさせない方が良い事もあるのだ……多分?
唯一全員が納得したのは、古くからハクアと関わりがある最古参と言ってもいい存在だからだろうと言う言葉。
これには全員が何も言えない謎の説得力があった。
そうして手に入れた力を磨き上げ、瑠璃は水転流の技に組み込むまでに昇華したのだ。
「さあ、行って」
瑠璃の創り出した双龍が舞に合わせて宙を駆け、ベルフェゴールが放った魔力球へと向かい、魔力球とぶつかる寸前で方向を変え、その周りを縦横無尽に旋回する。
幾重にも幾重にも、瑠璃の舞に合わせて魔力球の周りを飛び回り、自身の身体と宙を飛び描く軌跡で覆い尽くす。
しかしその間にも魔力球は刻一刻と瑠璃達に向かい突き進み、遂に瑠璃の数メートル先まで迫る。
やはりもうダメだ。
そんな思考が全員の頭に過ぎる。
「水転流・ 水面ノ月 」
涼やかで柔らかいしかし凛とした声が全員の鼓膜を震わせ、到達した魔力球を瑠璃の鉄扇が軽く下から上へ軽く触れた。
その次の瞬間、瑠璃に直撃するはずだった魔力球がふわりと浮き上がり、あらぬ方向に吹き飛んで行く。
「んな!?」
「本当に一人で防いじゃったの!?」
「むっ! すみませんみーちゃん。弾き返すつもりだったんですけど、方向逸らすだけで精一杯でした!」
「……いや、アレを弾き返すつもりだった事がビックリなんだが?」
自分がした事を誇るでもなく謝る瑠璃の言葉に、いつの間にか瑠璃の後ろに居たはずの澪が、ベルフェゴールの近くに駆け寄りながら冷静に返す。
「ガアァァ!」
その言葉に澪の存在に気が付いたベルフェゴールが、虫でも叩き潰すように拳を振るう。
しかし───。
「遅い。
ベルフェゴールが澪に拳を振り下ろす前に、澪が生み出した紫色の氷柱がベルフェゴールを取り囲み、四方八方からその巨体を突き刺す。
強力な攻撃に一瞬その身体が止まる。
だがベルフェゴールはそのまま無理矢理体を動かし、拳を振り下ろす。
「残念だが……まだ終わっていないぞ。染まれ
ベルフェゴールにそう告げた澪からは、いつの間にか紅く禍々しいオーラが立ち上る。
それに似た姿をミコト達は何度となく見ている。
澪が指をパチンっと弾くと、紫色の氷柱が一瞬で紅く染まり、ベルフェゴールの体に突き刺さったまま爆発を起こす。
そして爆発を起こした氷柱はベルフェゴールの血肉を元に、赤い氷の華を身体中に咲かせ、今度こそ体の動きを完全に止められた。
「凄い……」
「あれがハクアの仲間……」
驚きに固まるシーナ達の視線の先には二匹の龍を従えた瑠璃と、ハクアのように紅いオーラを迸らせる澪が立っていた。
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