第630話私の為に死ね
ベルフェゴールが創り出した巨大な魔力球は今も尚、力が注ぎ込まれ圧縮され続けている。
どうやらアレで全てを終わらせるつもりなのだろう。
そう考えながらハクアは一番最悪な予想通りの行動に舌打ちする。
現状こうなる可能性は一番高かった。
今までベルフェゴールは、一番ハクアを警戒していた為威力よりも手数、面での攻撃を選択していた。
それはハクアを確実に殺せるレベルの攻撃をすれば、この辺り一帯を全て吹き飛ばさなければならない。
そう考えていたからだ。
だが、自身の力を完全に取り戻した今、ベルフェゴールはそのくびきから解放された。
そうなってしまえば後は簡単、ハクアを殺す為に決して逃げられない規模の攻撃をすればいいだけの話だ。
そしてなんらかの方法を使って、万が一にも逃げられない為に足枷も用意した。
ハクアの性格上、一緒に戦った仲間を決して見捨てない事をベルフェゴールは確信しているのだ。
勝利への確信。
確かなそれを得たベルフェゴールはニヤリと嗤う。
その光景に少しイラッとしながらハクアは現状を整理して一つの決断を下した。
ここは手札を切る場面だ───と。
「ミコト。あれは多分なんとかなる……いや、してもらう」
「えっ? えっ? ど、どういう事、ハクア!?」
ハクアは言うだけ言うと召喚していた使い魔達を送還し、そのままミコトの返事も聞かずに一気に魔力を高める。
「
それはテア達が用意してくれた術式の一つ。
距離を無視し、仲間を一時的に召喚する術式。
しかし使い勝手は悪く、呼び出せる時間は何もしていない状態でも十分のみ。
戦闘ともなれば半分の五分持てばいいほうだろう。
だからこそ攻勢の場面であった今までは使えなかったが、時間を稼ぎたい今の場面なら有用だと判断したのだ。
「彼方より此方 我が声に応え その身を顕現せよ 来てくれ澪! 瑠璃!」
ハクアの声に応えるように地面に浮かび上がった魔法陣から、二つの人影が現れる。
それはそれぞれに世界を渡り、奇跡的にこの世界で再開した最も信頼する友の名。
「ここは……って、ハーちゃん!?」
「ハクア? どういう状況だ?」
「澪に瑠璃。この場面でこの二人を呼んでどうするつもりだ!?」
ユエは驚きにかたまり、トリスが訝しげに質問を投げる。
それもそうだろう。
トリスの知る二人の実力は、龍の里に来る前のハクアと同等程度、ハクアはこの短期間で異常なほど実力を上げたが、それはハクアという特殊な存在、そして龍の里での様々な経験があったからだ。
仮に実力が上がっていたと仮定しても、この場面で邪神を相手取るには力不足のはず。
それを踏まえた上での質問だった。
「説明時間はねぇ。私の為に死ね」
だがハクアはその質問に答えず、澪と瑠璃の二人にそう告げる。
確かにベルフェゴールの作り出した魔力球は既に発射直前、懇切丁寧に状況説明する時間はないが、あまりにも乱暴すぎる台詞。
「ちょっ、ハクア!?」
「流石に端折りすぎなの」
「そうっすよ。それじゃ───」
たまらず反論する面々、しかし次に澪達から出た言葉は予想外の言葉だった。
「わかった。どうすればいい?」
「わかりました。何をすれば良いですか?」
反論も疑いもなく、二つ返事で死ねと言う言葉を受け入れる。
「グッド。五分稼いで、出来れば動きも止めて」
「了解」
「分かりました」
質問もなくあっさりと了承する二人に満足そうな顔をすると、ハクアは二人から離れミコト達の方へやってくる。
そんな事有り得るのだろうか?
相手は神。
そしてハクアが呼び出したのはただの人間の少女。
二人がどれほど弱々しい存在で、力の差が分からなかったとしても、邪神という存在を前に魂のそこから湧き上がる恐怖を感じない訳がない。
今も尚、肌をビリビリと刺激し、息をするのも苦労する程の重圧をミコト達は感じている。
そんな存在を前に死ねと言う言葉を簡単に受け止め、この辺り一帯を簡単に吹き飛ばすことを容易に想像させる攻撃を前に、五分もの時間を足止めしてくれという願いを二つ返事で了承する。
この場の誰であっても、例え龍王達であったとしても、あんな存在を前に、この状況で二つ返事の了承は出来ないだろう。
そこには一体どれほどの信頼を築き上げれば辿り着けるのだろうか?
邪神と対峙しても微塵の恐怖も感じさせず、自然体で向かい合う二人の少女にミコト達は驚きを隠せなかった。
「ハ、ハクア。あの二人大丈夫なの」
「大丈夫。私が任せたと言って、二人が任せろと言った。なら攻撃は絶対に届かないよ。それよりも集中しろ、少しでも集中切らせば殺られる前に私達が自爆で死ぬと思えよ」
絶対の信頼。
命を懸けろと言われて了承する二人に、龍王ですら絶対を約束出来ないこの状況で命を託すハクア。
それはもう信頼などと言えるものではないのかもしれない。
何故ならハクアにとってそれは絶対に起きない事実であって、わざわざ信じる必要すらない事なのだから。
それほどの絆をあの僅かな言葉のやり取りで理解させられたミコトは、チクリとした痛みを感じた。
まあ、当の本人は何かあったら後で死ぬほど弄って、文句言えば良いとか心に固く誓っているという、わりと台無しなことを考えているのだがそれは本人と、澪、瑠璃以外知る由もない。
「うん。わかった」
これはきっと嫉妬や羨望、憧れと呼ばれるものなのだろう。
僅かな言葉のやり取りで、邪神相手に立ち向かう事が出来る。
互いの命を当然のように仲間に預けられる。
そんな関係に対する複雑な気持ち。
自分ではまだ届かないものへの感情。
そんな今まで感じた事のない気持ちを力に変えるように力強く頷くのだった。
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「むぅ。なんか不穏な気配がします」
「早い。速攻で電波受信するなよ」
「電波じゃなくて事実です。ほら、あんなに仲良さそうにしてますよ!? 私もハーちゃん成分足りてないから羨ましいんです」
「落ち着け、落ち着け。本気で涙目になるな」
「でもでも、またあんな可愛い子ばっかり」
「そこも諦めろいつもの事だ」
コミュ障だの、人間嫌いだの言ってる割には、すぐにトラブルに巻き込まれたり、ファンや信奉者を増やしてくるのは地球にいた頃から変わらない。
異世界に来てその傾向がより強くなった気もするが、それもまあハクアだからの一言で済む程度でしかない。
まあ、異世界に来た事で人間以外、それこそドラゴンや神や悪魔まで虜にし始めるのはどうかと思うが、それもまたハクアらしいと思ってしまうのだからしょうがないだろう。
「それに……アレの相手をさせられるんだ、後で好きなだけわがまま言えばいい」
「ハッ! そ、そうですね。確かに強そうですもんね。アレ!」
「ああ、とびきりだな」
邪神を目の前にしてアレ呼ばわりする二人。
その言葉にええ〜と、驚きながら若干全員が引いている。
そして二人のことを知る者以外の全員が思った。
ああ、確かにハクアの仲間だ───と。
そんなある意味失礼な感想をされてるとも知らず会話を続けるが、やはり二人に緊張感はまるでない。
恐怖を感じていないのか?
そう思うがそれが有り得ない事は自分達が一番理解している。
実際、二人は緊張感のない会話を続けながら、微かにだが震えているのが分かる。
「さあ、仕事の時間だ。成果を試すのに丁度いいだろう」
「そうですね。私達も遊んでいたわけじゃないって所を見せつけましょう」
そう言って笑う二人の顔はどこかの鬼にそっくりだった。
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