第629話時間がない
「嘘……私達……だけで?」
「うん」
視線を外さないまま答えるハクア。
その言葉がミコトに重くのしかかる。
ここに来てようやくミコトは邪神と対峙する恐ろしさを理解した。
水龍王から力を取り戻したベルフェゴールは今までとは全くと言っていい程違う。
これは生物が抗っていいモノではない。
根源から来る恐怖。
抗おうとする意識すら奪い去る恐怖が身体を支配し、震えを必死に止めようとしてもそれすら叶わない。
全ての力を取り戻し、その力をものにした瞬間から、ベルフェゴールの発する威圧は力を超えた、恐怖をもたらすナニカになった。
今までがどれほど神格が落ちていたのか、嫌という程理解出来るほどに。
今までも決して楽に勝てる相手ではなかった。
力も何もかも自分達よりも遥か格上。
それでも諦めになければなんとかなる。
ハクアが居れば大丈夫だと信じられたし、そう自分を奮い立たせれば戦う事は出来た。
だが、今目の前にいるベルフェゴールはその根本から違う。
神とはそこに居るだけで全てを圧するモノなのだ。
魂が、その根源が、抗う事を否定する。
今すぐひざまづき、こうべを垂れて許しを乞いたい。
死などどうでもいいとさえ思える程の恐怖と絶望に屈してしまえばどれほど楽だろうか?
これが神格。
これが神。
こんなナニカに抗おうなどと自分はなんて馬鹿なのだろうか?
「───コト。ミコト。うーん……チョイさ!」
「アイタッ!? えっ、あっ、ハクア……」
「大丈夫か?」
気が付けばいつの間にかハクアがベルフェゴールから視線を外し、正面に居た。
そしてやっと今、自分はハクアから頭にチョップを食らったのだと頭が理解した。
それさえ気が付かないほど自分が呑まれていたのだと気が付き、ミコトをまた恐怖が支配する。
「むっ、もう一発行っとくか?」
「いっ、いいよ。それにそんな場合じゃないでしょ!?」
「やっといつもの調子に戻ったね」
頭を押さえて後ずさるミコトに笑いかけるハクア。
その言葉にいつの間にか自分の中の恐怖心が薄れている事に気が付いた。
「んっ、ごめん。もう大丈夫」
「グッド」
「でも……この状況。どうすれば」
視線を外し倒れている皆を確認しながらミコトが問う。
ベルフェゴールが使った【怠惰の世界】の効果は単純。
領域内に居る全ての敵にあらゆるデバフをかけ、ステータスを大幅に下げるというものだ。
しかもその効果が発揮された者は力も奪われ、立つことすらままならない虚脱感に襲われる。
これはかつてとある勇者が使っていたモノと同じような効果だが、威力はその比ではない。
使い手である勇者の事はきれいさっぱり記憶から消えているが、スキルについては覚えている。
そしてこれはスキルではなく権能である。
【怠惰の世界】の前では、スキルによる耐性は効果をなさない。
その為神力に抵抗出来るハクアとミコトは無事だが、弱体化に高い耐性を持つ龍族でさえ、毒や麻痺を受けまともに身体に力も入れられず立つ事すらままならない。
唯一、邪神をその身に宿し続けた水龍王が多少抵抗出来ている程度。
一緒に戦う事はおろか、避難させる余裕もないだろう。
それにハクアの考えが正しければ、ここから先は戦闘にはならないはずなのだ。
「ミコト様はもう大丈夫そう……ね。ハクアちゃん、わかってると思うけど……」
「うん。もう時間がない」
「ええ、情けないけど私の力を奪った以上、さっきまでのようには行かないでしょうね」
「ハクア。水龍王様。どういう事っすか?」
二人の言葉の意味がわからず首を傾げるシーナ達。
「アイツにとって今までの戦いはただの時間稼ぎ───いや、暇つぶしでしかなかったんだよ。だからなるべくならさっきまでの戦いで決着をつけたかったんだけどね」
ベルフェゴールがここまでハクア達と戦いの体を崩さなかったのは、ハクアの言う通り時間を稼ぐためだ。
そしてそれにはもちろん理由がある。
一つは神の力を吸収する時間を得る為。
自身の力を再び取り入れるのにも時間が掛かるが、何よりも水龍王が神の力を抑えることで、神と龍の力が同化した力。
通常なら不純物となるそれを自身のものとして取り込む事に時間がかかったのだ。
そしてもう一つ。
それが龍神の介入を防ぐ為だ。
通常、邪神とは違い、普通の善神は地上の事柄に介入する事が出来ない。
例えそれが地上顕現していたとしても───だ。
だが、それにもいくつかの抜け道が存在する。
その一つが、自身の守護する種の存続が危ぶまれ、地上にも絶大な傷が出来る時だ。
そうした場合、限定的な条件は付くが神としての力を行使する事が許される。
そして今回、龍神の介入をさせないように、ベルフェゴールは生かさず殺さずで龍族から力を搾り取り、ハクア達とマトモな戦闘をしたという訳だ。
その気になればハクア達ごとこの地を消し去る力を持っているのに、ハクア達と長々と戦闘したのはこの二つの理由があったためだ。
「じゃあ全部無駄で、ベルフェゴールの時間稼ぎに付き合わされただけだったって事?」
「無駄ではないよ。皆の協力でおばあちゃんの力を全て奪われるような事態は避けられたしね。ただ、さっきも言ったように時間がない」
「それはどういう意味だ」
「そのままの意味だよ。今のベルフェゴールには遊び目的以外で私らに付き合う義理はない。そうなれば───」
「一気に片をつけるという訳か」
「そう。しかも今のアイツはおばあちゃんの力を取り入れた事で龍脈とも繋がってる」
「ええ、恐らく半端な攻撃では傷一つ付けられないでしょうね」
「そんな……」
それに───と口にしようとしてハクアは口を噤む。
ハクアが言おうとした言葉。
それはハクアの考えが正しければ、龍神が出て来た所でベルフェゴールに勝てないだろうという予想。
ここまで出揃ったピース。
そしてハクアの考えが正しければ龍神が勝てる要素はほぼないというのがハクアの予想だった。
「それじゃあどうすれば……」
「極めて単純。最大火力でベルフェゴールを吹き飛ばす。これしか方法はない」
「方法はないって、そんな事出来ないから困ってるんだよ」
「……方法はある」
「えっ、本当に!?」
「一応ね。リスクも私とミコトが命懸けになるって事ぐらいだけど、ここで負けりゃどっちみちなくなるような命なんだから、ほぼノーリスクって所かな」
「簡単に言うなぁ……。けど、それしか方法がないなら、どんな事か分からないけどやるよ」
「良いのか?」
「うん」
ハクアを信じる。
そう決めたミコトに一切の迷いはない。
「そっかだけど問題はその時間がないって事なんだけどね」
本来ならその時間をほかのメンバーに稼いでもらう予定だった。
今こうして話している時間があるのは、ベルフェゴールが精神空間での体験から過剰にハクアを警戒しているからに他ならない。
ここでハクア達がなにか始めれば即座に行動に移すだろう。
だからこそハクアは行動に移せず、現状の確認に留めていたのだが、その時間も遂に無くなったようだ。
「ハクア……あれ……」
「まっ、こうなるわな。私でもこうする」
「マジ……っすか?」
「う……そ……あんなの反則なの……」
ハクア達の視線の先では、ベルフェゴールがこの辺りの全てを消し飛ばせる、太陽と見紛う程の魔力球を創り出していた。
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